2-32 冬の定期討伐 3
晩御飯の鹿の丸焼きにかぶりつく。一応周りから「貴族なんだから」と気を遣われて、一口大に肉をカットされている。それでも私の肉の量はみんなの3倍はあるので、初日は第4の人や聖者さん達に注目されていた。私の隣では、デリックが豪快に骨付き肉にかじりついている。デリックとティモシーの食事量も、中々多い。
「君たちは、本当によく食べるな」
若干引き気味でルパートに突っ込まれた。それに苦笑しながらデリックが肉汁でピカピカした口で答えた。
「僕らは元々小食なほうだったんだけど、シヴィルに鍛えられてから、食べないともたなくなっちゃったんだよ」
最初はデリック達も普通の量だったんだけれど、訓練を重ねるうちにどんどん食事量が増えていったのだ。無理矢理筋力を増強しているので、普通の食事ではエネルギー量が足りないのだ。
「そうなんだよ。シヴィルが山ほど食うのも当然だって理解した」
「そうか……まぁ、あれだけ動けば、そうだろうな」
会話に参加したティモシーに、ルパートも苦笑して答えた。私がルパートと仲直りしたので、2人もルパートと普通に話してくれる。周りも私とルパートが談笑しているのを見ると安心したみたいだ。心配かけてたんだなぁ。
ご飯を食べながらしみじみとしていると、ある一角から視線を感じた。見なくても分かる。どうせ狩人達だ。
この討伐に参加してくれた狩人達は、この近辺の村や町に住む狩人だ。討伐に参加すると、狩った獲物に加えて参加料ももらえるので、普通に狩りをするよりも割は良い。期間中拘束されることと、騎士の指揮下で動かなきゃいけないことを除けば、彼らには特に大きなデメリットはない。
それでも問題がある。騎士は、生活を脅かす魔物を、領民を守るために討伐するという使命があり、かたや狩人は、村や自分達の生活のために狩りをする。目的に根本的な差異があるから、一部の騎士は「狩人は自分の事しか考えていない」と思っている人がいるし、一部の狩人は「騎士は狩人を見下しているいけ好かない奴ら」と思っている人がいて、そういうのが長年積み重なって、あまり仲は良くない。一応、生活を守るという利害は一致しているので、組合に依頼したら狩人は派遣してくれるんだけど、たまーーに相互の過激派同士が喧嘩になるのだそうだ。
そんな彼らが私に注目するのは、「ガキの小姓、しかも女を前線に出すなんて、騎士達は森を舐めてやがる」と思っているからだろう。普通に考えて、守る必要のある人を連れて行くわけがないのだし、私は毎日元気に帰って来ているのだから、察してほしい。毎日報告はしているのだから、察しなくても知っているはずなのだけれど、半信半疑なんだろう。
視線を向けられるとちょっと居心地が悪いけど、気にすると一層気になるので、スルーするようにしている。しかし、スルー出来ない人もいた。
「何か文句がありそうだな?」
剣呑な目で見返し呟くルパート。ちょっと君お黙りなさい。
「放っておけばいいのよ。彼らが信じても信じなくても、討伐の結果は変わらないのだから」
「腹が立たないのか?」
「確かに気分は良くないけれど、彼らが命令違反をしたわけでも、損害を与えたわけでもないのだから、揉める必要がないじゃない?」
「確かにそうだが……」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。もしかしたら私が美人で見惚れているのかもしれないし」
「……中身を知らなければ、そうかもな……」
「何か聞こえた気がしたけれど?」
「なんでもない」
じとーっと見ると、ルパートはサッと視線を外した。心配してくれたり、私の代わりに怒ってくれたり、ルパートは根は良い子なのよね。ちょっと沸点は低いけど。
私とルパートの会話に、最初はオロオロしていたデリックとティモシーも、結局は苦笑いしていた。
翌日。
今日の討伐には、私は狩人のグループに行けと言われた。ザック様に詳しく聞くと、狩人のリーダー、ジョーさんからお願いされたのだそう。ザック様もちょっと渋ったそうなんだけれど、「彼女に対する疑念を晴らしてあげないと、見ていて少し可哀想だから」と言われてしまったらしく、渋々許可したとのこと。
ちなみに治癒能力は使うなと言われた。これは第3だけの秘密だと通達されているので、勿論私も把握している。ちなみに同行している魔術師達にも緘口令を敷いているし、彼らはこの領地での任期があと2年ほどあるそうだから、最低でも2年は守秘義務がある。2年経って異動になっても、普通はそういう秘密をペラペラ話す人はいない――というか魔術師団の魔術師は寡黙な人が多い――ので、大丈夫だろうとのこと。
とはいえ、目の前で怪我をした人を放置するのも座りが悪いので、聖者から小さなポシェットを借りて、応急処置キットを入れておいた。
そういうわけで、長身でゴリマッチョで、顔に向こう傷があって顔面が凶悪なジョーさんに連れられて、狩人達の前で紹介された。
「今日は世話になるわ。騎士小姓のシヴィルよ」
騎士団内では無礼講なんだけれど、外部にはそうじゃないので、私よりも年上の人達に向かって、この挨拶。年上の大人に対して、こんな態度を取るのはどうも気後れするけれど、あちらは自由市民・平民で、私は貴族だから仕方がない。これは私が慣れるしかない。
狩人達が気を悪くしないといいけれど、と思っていたら、予想外のコメントが帰ってきた。
「は? おい、ジョー! 聞いてねぇぞ!」
「俺も聞いてないぞ。どういうことだ?」
二人の男性がジョーさんに詰め寄っている。確か二人は別のグループのリーダーだ。狩人達は今回の討伐で15人一組になっているけれど、本来は3つの別々のパーティなのだ。どうやらジョーさんは、2人には相談せずに勝手にザック様に相談に行ったらしい。そりゃちょっとまずいんじゃないかな?
こちらは心配しているというのに、詰められたジョーさんは不服そうに腕を組む。
「言ってねぇのは悪かったけど、なんか問題あんのか? あ?」
いや怖いから。2人ともちょっと怯んじゃったから。でも2人は頑張って立ち向かう。
「あるに決まってんだろ! 俺らがお嬢ちゃんの面倒なんか見れるわけねぇだろ!」
「そもそも、どういう理由で彼女を?」
「おめぇらがゴチャゴチャうっせーからに決まってんだろ! つまんねぇことでガキに因縁つけやがって、恥ずかしくねぇのかてめぇら! コイツに世話なんかいらねぇ! 俺が連れてくんだから文句言うな!」
二人はしばらく文句を言っていたけれど、ジョーさんが私の面倒をみること、戦闘の邪魔をしないことを条件に、私の同行を渋々許可した。
二人が背を向けたのでジョーさんを仰ぎ見ると、それに気づいたジョーさんが、強面なのに思い切り眉を下げていた。
「すんません。あいつ等は貴族の道楽だなんて思ってやがるみてぇで。挨拶もろくすっぽしやがらねぇで……無礼な野郎どもで、面目ねぇです」
なるほど。お嬢様がワガママを言ってついてきていると思っているようだ。確かにそう思われるのもわかる。私も小さい頃は、大して役にも立たないのに、興味本位で狩りに連れてってとねだっていたしね。
「構わないわ。世話になる気などないし、邪魔もしないわ。あなたの指示に従う。それでよろしくて?」
「へい」
ジョーさんは巨体でペコリと頭を下げた。ジョーさんは多分何度も討伐参加していて、貴族とか騎士と関わるのに慣れている方なんだろう。味方というか、一応理解してくれている人が一人でもいるのは気が楽なので、ジョーさんに迷惑をかけないようにしなきゃね。
とはいえ、余所者が紛れ込んだら連携が取りにくくなるのは明白だ。なので、私は後衛で射手をするように言われた。剣は大得意だけど、弓も得意なので引き受けた。
一応腰に剣は佩いたまま、背中に弓筒を背負って弓を握り、ジョーさんについていく。見ているとやはり、騎士と狩人は戦い方が全然違う。
騎士は効率よく討伐するために、大人数での行動が基本。人数で波状攻撃とか、物量で圧倒する戦術だ。倒すことが目的だから魔術師も攻撃するし、騎士も滅多切りにする。
狩人は魔物を狩るのが目的だから、そんなに人数は必要ない。基本的にはゲリラ戦法で、傷がつかないようになるべく急所を攻撃する。
私も見かけた魔物にヘッドショットしながら、狩人の戦い方の方が子どもの頃から慣れているので、懐かしさと親しみやすさを感じている。そうそう、ジョーさんには、なるべく状態のいい魔物や、いい値段になりそうなものは確保してほしいと言われていた。狩人なら当然だよね。
射った角兎は、角は素材に、肉は食肉になるけど、下手に荷物を増やすのもどうかと考えて、角兎を拾おうとしたところで、茂みが揺れた。
意外に早かったけど、気づいていたよ灰銀狐。飛びかかってきた灰銀狐の口の中に、角兎から引き抜いた矢を素早く刺し込んで串刺しにした。うん、これなら毛皮も傷がつかないし、完璧。そのまま矢じりで食道を切って心臓を刺し、逆さまにして血抜き。
「灰銀狐を捕まえたわ。良い毛並みよ」
後ろ足を持って逆さ吊りにした狐を差し出すと、ジョーさんは相変わらず強面だったけど、ぽかんと口を開けていた。どうしたのかと声をかけると、はっと我に返った。
「いや、なんでもねぇです。しかし、うーん」
なんでもないという割に何か考え込んで、仕舞いには私に断ってから他のリーダー二人と話し始めてしまった。狩人って私を無視する習性でもあるのかな? ちょっと傷つく。
3人はコソコソ話しているけれど、私は絶賛覚醒中なので丸聞こえ。どうも私が、皆の出番を奪う勢いで射殺してしまうので、自分の取り分が無くなると焦っているようだ。討伐に出ると、狩人もそういうルールを作るらしい。結局は、私が倒した分は全員で山分けという話に落ち着いた。
しばらくすると戻ってきて、今度は前衛をやってくれと言われた。勿論快く引き受ける。弓は弓筒と一緒に背中にかけて、剣を鞘から抜いた。
風魔狼が放ったかまいたちの風を剣で防ぎ切り、長い尻尾の打撃も躱して懐に入り、頸動脈の部分のみ切断。風魔狼が体動するたびに、ピュッピュッと血液が首から迸っている。それを確認して下がると、背後から射手の放った矢が眉間に突き立った。
狩人達から控えめな歓声が上がる。風魔狼は強い魔物なので、普通の狩人では中々倒しきれない。討伐でもないと、倒そうとすら思わない相手だ。各地で稼いでいる狩人なら狩るだろうが、土着の狩人は狩らない。なんと言っても風魔狼は風魔法を操るので、魔法を使えないなら何か尖った能力がないと敵わないのだ。
いくらの儲けになるかと話をして盛り上がっている。私のおかげだとお礼を言ってくれる人も沢山いる。ようやく認めてもらえたみたいだし、みんな楽しそうで何よりだ。
彼らが話している間に、戦闘中に怪我をしてしまい、私が担いで後方に下げた怪我人の手当てをする。
近くにいる人に生活魔法で水を出してもらって傷口を洗い、治癒ポーションを振りかけて傷薬を塗り、ガーゼを当てて包帯を巻く。その様子を、怪我をした狩人のおじさんは呆けたように見ている。
「手当をされるのが、そんなに珍しいかしら?」
「あ、いや……いいえ。手慣れてんなと思いやして」
「これでも騎士団の一員ですもの」
「でも、貴族のお嬢さんに手当してもらうのは、なんかこう、恐れ多いっつーか……」
こんなことでもなければ、貴族が手ずから平民の治療をするなどあり得ない。慈善事業はするけど、現場に貴族が出ることなどないのだ。そもそも平民が貴族に触れることすらも許されない。それが当たり前だから、彼が恐縮するのも無理はない。
「貴族なら、確かにそうね。でも、私は騎士小姓だもの。騎士団には、怪我人を放っておく人なんかいないのよ」
包帯をきゅっと結び、はいできたとニッコリ笑って見せると、おじさんはやっぱりポカンと口を開けていた。その顔が可笑しくて、つい笑ってしまったら、おじさんはバツが悪そうに顔を赤くしてそっぽを向いていた。
その時だった。森の中に悲鳴と怒号が響き渡り、ぞくりと背筋に悪寒が走る。慌てて立ち上がって、悲鳴の聞こえた方角を見る。あっちはライアン様達の班がいる方向だ。触覚を拡大してその方向に伸ばす。大きな生命体が一つ、そして騎士らしき生命体がいくつか倒れている。
なにか強い魔物に襲われたんだ。聖女である私がいない時に限って。私の焦燥に気が付いたのか、手当てしたおじさんが立ち上がりながら言った。
「お嬢さん、行きな。ここは俺がなんとかするから」
「っ! ありがとう!」
礼を言うと、なんとかするという彼の言葉を信じて、私は一目散に悲鳴の聞こえた方角へと走った。




