2-27 週末はアルバイト
やっとフリーズが解けました汗
大変お待たせいたしました。
やはりというべきか、ルパートは懲罰委員会にかけられて1週間の謹慎処分になったそうだ。連帯責任で他2人もだ。騎士団の謹慎は、部屋に閉じこもるような生ぬるいものではなく、発言は一切許されず、始業から終業まで一日中ランニングという罰だ。これを1週間というのは、相当キツイ。
ルパートは当然私から蹴られたと被害を訴えたようだが、怪我もしておらず目撃者もいないので、ライアン様達には言いがかりだと判断されたようだ。お陰で私はお咎めなしだ。
とはいえ、この点はルパートにとっては理不尽極まりないので、一層恨みを買っただろうことは想像に難くない。完全にヤッチマッタのやつだ。本当に反省しなきゃ……。
これが裁判だったら、私のしたことなんか審理の魔眼でアッサリ見破られるのだ。迂闊に行動に出るのは本当に危険だと、冷静になってから鳥肌が立つ。
なまじ魔物を倒しながら成長してきたからか、私って結構攻撃的なんだよね。これは欠点だと思う。一旦立ち止まって、深呼吸して、考える癖をつけなさいと、以前奥様に言われた。これを今後は順守するよう心がけよう。
もし裁判だったら、なんてことに考えが行きついたのは、今日は騎士団がお休みで教会に来ているからだ。お休みの日は時々教会に顔を出すようにしている。治療院のお手伝いだったり、治療院で使う分や販売する薬、ポーションなんかの作成を手伝っている。いわばアルバイトだね。
領都の治療院に来て気づいたんだけど、やっぱり師匠は異端だった。師匠は当たり前のように心肺蘇生法や外科手術を行っていたけれど、治療院の治療師は、誰一人そんなことを知らなかった。
虫垂炎の患者さんを診て、内臓には治癒魔法の利きが悪いと言いながら魔法をかける聖者に、「では開腹術で虫垂を摘出しますか?」と言った時の、聖者の顔と言ったら。目玉が零れ落ちそうになっていた。ちなみに患者さんも、腹を切られたら死んでしまうと言って固辞したので、結局は聖者が頑張って魔法をかけて治した。
最初がそんな感じだったので、私も軽く異端児扱いされている。私としては、医学と治癒魔法を併用すれば、かなりレベルの高い医療を提供できると思うんだけど。実際師匠はそれで、現代日本でも死んでいそうな人を救っていたしね。
そう考えている人も少数ながらいるようで、特に治癒魔法やスキルレベルの低い術師さんなんかは、レベルの低さを補うために知識でカバーしようと、私に解剖学なんかを聞きに来てくれる。
「私も、一人でも多くの人を救うお役に立ちたいのです」
そう言って私に教えを請うたのは、司教様の娘さんで、11歳。聖女見習いのジェニファー。彼女は司教様の娘なので、第一スキルに精霊眼があるのだけれど、第2スキルの治癒で人に貢献する道を選んだのだそうだ。なんという気高い精神。ジェニファーは聖女の鑑だ。
嫌々聖女になって、小銭目当てでアルバイトしてる私とは大違い……。なんか最近、自分の矮小さが際立って、精神的ダメージが蓄積してる気がする。
薬局の奥の調剤室で片手間で薬を作りながら、ジェニファーに簡単な診断の仕方を教える。顔色が黄色くくすんでいる人は胆肝系の病気を疑う。息切れや浮腫の症状がある人は心不全の可能性あり。何故そう言う診断結果になるのかという、病態生理や解剖学なんかを説明していると、それを聞きながら必死にメモを取っていたジェニファーが、ひと段落して感心したように顔を上げた。
「シヴィル様のお師匠様は、素晴らしい知識をお持ちの方なのですね」
「ええ、大変厳しい師匠ではありましたけれど……。教会では解剖学や病態生理についての教育はございませんの?」
「多少はありますが、何故顔色が黄色くなるのかなどは、聞いたこともありません。私達が学ぶのは、薬の作り方や魔法やスキルの使い方ばかりで」
「まぁ、そうですの?」
「はい。私はその……落ちこぼれですので、授業にもついていけないものですから、教会のやり方を批判できる立場にはないのですけれど」
自分の事を落ちこぼれだと卑下したジェニファーは俯いていたけれど、ふと顔を上げて笑顔を見せる。
「私には小さな怪我を治すことしかできませんけれど、知っていることが増えるのは良いことだと思うのです。それで少しでも、人々の助けになれたら……。ですからシヴィル様、これからも教えていただいて良いでしょうか?」
なんて健気で前向きな女の子なんだろう。恋愛小説だったら、この子が絶対ヒロインだわ。思わずキュンときちゃったわ、好き!
「ええ、勿論ですわ。この知識は大変役に立ちますのよ。実際この知識を与えた師匠の師匠は、治癒魔法もスキルも使えなかったそうですが、医学の知識で多くの人の命を救ったそうですの」
「スキルもなしに!?」
「そうですわ。ジェニファーにはスキルがありますわよね。更に知識と技術があれば、あなたはきっと立派な聖女になりますわ。勿論私で良ければ教えられることは教えますし、私はジェニファーを応援しますわ」
スキルがなくても人を救えると聞いて、ジェニファーは驚いていたけれど目を輝かせる。
「はい! 私、頑張ります!」
「その意気ですわ」
もう本当素直でいい子。可愛い大好き。ジェニファーが喜んでくれるなら、もうなんでも教えちゃうよ。機会があったら外科手術もやりたいな。大抵の手術は師匠の補助でついていたから覚えたし、私もちょっと手伝ったことはあるけど、自分が執刀したことはないのよね。だって私のスキルは、わざわざ体を開かなくても、他人の内臓とかいじくれるんだもん。
私のスキルと剣の才能を思えば、外科手術も綺麗に出来るとは思うけれど、こればかりはやって見なきゃわからない。チャンスがあったらやりたいな。今度騎士団で大怪我した人が出たら、治癒を使わずにオペに協力してもらおうかな? すっごく嫌がられそうだけど。
今日も大量に薬を作って、ジェニファーが本物のポーションを作るのを眺めて(私はズルした作り方だから人に見せられない)、夕方になったので帰り支度を整えた。
神殿入り口までジェニファーがお見送りしてくれると言うので、ジェニファーとお喋りしながら歩いていた。途中、ブーツの紐が緩んだので、その場で結びなおしていると、「ジェニファー!」と男の子が話しかけてきた。
ジェニファーと同じ聖者見習いの男の子かと考えつつ、靴紐を結んで立ち上がると、私の存在に気付いた男の子が、目を丸くしてあんぐりと口を開けた。
「あら、ルパート」
「シヴィル様、ルパート様とお知り合いですか?」
「ええ、同じ騎士団の同期ですわ。ジェニファーこそ、ルパートとはどういうお知り合いですの?」
「それは……」
「ジェニファー!」
ジェニファーが話そうとすると、それをルパートが遮る。全く、こんな時まで態度が悪いんだから。でもまぁ私は帰るところだし、ルパートはジェニファーに用事があるようだから、私はここで退散しよう。
「あ、あの」
「構いませんわ、ジェニファー。私はこれで失礼させていただきますわね」
「シヴィル様、すみません……」
「どうぞ気になさらないで。またね」
「はい、お気をつけて」
一応チラッとルパートも見た。
「ルパートも」
「……あぁ」
ジェニファーの前で流石に無視は不味いと思ったのか、一応返事はした。でも返事が素っ気ないから、ジェニファーがアワアワしている。気を遣わせてごめんね、ジェニファー。
私はさっさとその場を立ち去った。そして神殿入り口を出たところで、すぐに扉に隠れて二人の様子を伺う。
ルパートが何やら小さな箱をジェニファーに渡した。ジェニファーは恐縮しながらもそれを受け取っている。ジェニファーは少し困っている様子、なんで贈り物をされるのかがわかっていないみたいだ。だけどその理由は一目瞭然。ルパートは顔を赤くして照れている。
ほぉう、そうかそうか。ほうほうほーう!
これは実に良いものを見た。
私は扉の陰からのぞき見して、一人でほくそ笑むという、騎士としても聖女としてもあるまじき姿をさらして、神殿に入ろうとしている人たちに白い目で見られた。




