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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第2章 少女期-未成年―

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2-19 騎士団入団試験 3

 スタートラインに受験生が集まる。最前列では押し合いへし合いしているので、見知らぬ男性とくっつきたくなかった私は最後尾に回った。受験生にはゴリマッチョなウサギの獣人さんもいれば、俊足と言われる鹿の獣人の人もいる。油断せずに行かなきゃ。

 今か今かと合図を待つ私達に、ついに試験官の「始め!」という合図がかかった。


 一斉に走り出す受験生だけれど、5kmという距離の為か、最初からぶっ飛ばすような人はいない。最前列で時速30km、最後尾で20kmくらいだろうか。このくらいなら、余裕ね。


 私はタンッと軽快に地面を蹴って、みるみる速度を上げていく。最後尾を抜き、ぐんぐん人をごぼう抜きにし、あっという間に一番前に躍り出た。最前列を抜くときに、その列にいた鹿の獣人さんと体格の大きいウサギの獣人さんが、私を見て目を見開き、途端にキッと目つきが鋭くなったのが横目に見えた。

 

 でも、そんなの知らないとばかりに私はぐんぐんスピードを上げる。すぐに1周し、2周する頃には最後尾を追い抜いた。3周する頃には獣人さんたちを再び追い抜いた。

 観客席にいた人たちがどよめいている。私は余裕で祖父達に手を振りながら、後続と2周半の差をつけて、ぶっちぎりトップでゴールした。


 流石に晩夏にジャケットを着てのランニングは暑い。パタパタと襟元や背中を扇いでいると、記録をしていた試験官が、後続が来るまで暇なのか話しかけてきた。


「君は……聖女だよな?」

「そうですわ」

「辺境伯閣下のご令嬢だよな?」

「そうですわ」

「……」


 何かを言いたいが、何を言ったらいいかわからないという複雑な表情をしつつも、試験官は「まぁ……次も、頑張りなさい」と言ってくれたので、お礼を言って微笑んでおいた。


 しばらくすると後続が追いついて、ゼーゼーと息を荒げながらゴールで倒れこんでいる。ちなみに2番は鹿の獣人さんで、3番はウサギの獣人さんだった。

 中には外周を歩いていたり、途中で力尽きて倒れた人もいるようだ。その中には、生活魔法実技でトップだったであろう、茶髪の少年と黒い尻尾の少年もいた。

 逃げる場面の事を考えたら、長く早く走ることは大事だから、ランニングは出来ないと本人の命が危ないんだよね。遅いだけの人はともかく、走り切れない人は訓練に慣れるのも大変かもしれない。まぁ、やってればその内慣れてくるし、大丈夫かな。

 疲労なら置いておけば回復するけれど、もし怪我をしているようなら治癒すると伝えると、途中で転んだらしい受験生を一人連れてこられた。擦り傷だけだったので、ぱぱっと治した。



 次は重量挙げだった。と言ってもバーベルみたいな便利器具ではなく、大きな石を持ち上げるというものだ。石のサイズは40x30x30くらい。見た目80kgくらいかな。100はなさそう。それでも一個は持ち上げられた。積み上げた2個目も大丈夫。3個目は流石に少し踏ん張った。4個めはギリギリ持ち上げられた。5個目は持ち上げようとしたらバランスが崩れて倒れてしまった。どの道5個目は無理だったかな。

 あぁ、腰が痛いと腰を反らしてトントンしていたら、周りからまた注目されているのに気が付いた。なんですか。見世物じゃありませんよ。


 最後は腕立て伏せだ。やっぱり騎士は上半身の筋肉がないとね。これはお昼の時間――あと30分ほど――まで好きなだけ腕立て伏せをするようにとのことだった。重量挙げで手がプルプルしているのに、容赦がない。

 私はズルをして筋繊維の破壊を治したので何ともないけれど、見れば腰を痛めてしまった人もいるようだった。その人の腰も治してあげた。無理はいかんよ。腰は一生に関わるから大事にね。



 試験官も数をカウントしてくれているが、自分達でもカウントするよう言われた。腕立てしながら声を出すのは中々キツイ。


「ご~お、ろ~く」

「じゅう……に、じゅ……さん」

「31! 32! 33!」


 ウサギの獣人さんはまだまだ余裕だなぁ。人によっては結構へばっている人もいる。とりあえず彼をライバル認定。私も負けない。


「60616263646ガッ」


 腕立てのスピードに舌が付いて行かない件。噛んだ。恥ずかしい。試験官が生暖かい眼差しで「俺が数えるから」と言ってくれた。なんか、お情けを頂いた。余計恥ずかしい。



 ようやくお昼になって、お昼休憩の時間だ。私の腹の虫も大騒ぎしている。私は祖父達と合流して観客席でお昼ご飯にした。周りには私同様家族と一緒にご飯を食べている人や、外に食べに行く人や、受験生同士でご飯を食べているグループもある。そしてこちらを見て何やらヒソヒソ言っている。もう慣れました。


 外野をスルーして母手製お弁当のパニーニを頬張っていると、ザッザと複数が歩いてくることに気が付いた。見ると試験官を含めた騎士数名がこちらに近づいている。何事かと見守っていると、騎士達は私達の前に来て一斉にダンッと足を止めた。そして、白髪交じりのオレンジ色の髪をした、一番年かさの騎士が声を張り上げた。


「ゴリンデル元副団長殿に敬礼!」


 拳を左胸に当て、一斉に敬礼する騎士達に圧倒されつつも、祖父の様子を窺うと、祖父はやれやれといった様子で苦笑した。祖父が「なおれ」と言うと、騎士達はまた一斉に敬礼をやめた。


「よせよ、バーナード。俺ぁもうただの護衛のじじいだぜ」

「いいえ! 自分にとってはいつまでも敬愛すべき上司であります!」

「馬鹿野郎。団長サマが自由市民にへりくだるんじゃねぇよ。それにしても、お前も老けたな」


 祖父の軽口に、その男性――バーナード・バレンタイン団長――も、苦笑して肩をすくめた。それに合わせて他の騎士達の雰囲気も、ふっと軽いものになった。

 その内の一人、ずんぐりむっくりした髭のドワーフの騎士が、祖父と私を交互に見ながら話しかけてきた。試験官の一人だ。


「なぁ、ドゥシャン。護衛ってアンタ、領主様の?」

「正確にはシヴィル嬢の護衛だな」

「……彼女に護衛、いるか?」

「はっはっは! いるわけねぇよ! 俺が手塩にかけて育てたからな!」

「なるほど。納得がいったぜ」


 騎士達は一様に、「この人が育てたのなら、彼女の強さも頷ける」とウンウン納得していた。

 外では私が庶子だと大っぴらには出来ないから、祖父も他人行儀に私の事をシヴィル嬢とかお嬢様とか呼ぶのが少し寂しい。でも、詮索されるのも面倒だし、私が慣れるしかない。だから私も外ではお爺ちゃんとは呼べないのだ。


「ねぇ爺や、団長様も騎士様方も、爺やの元部下ですの?」

「そうですぜ。こいつ、ザック――ドワーフの騎士――なんざ、傭兵時代からの馴染みでさぁ」

「まぁ!」


 お爺ちゃんがお世話になりましたと言いたくなるのをぐっとこらえて、私は立ち上がって敬礼を取った。


「団長様、騎士ザック様ならびに騎士の皆様方には、当家の護衛がお世話になったようですわね。ありがとうございます」

「とんでもない。世話になったのはこちらだ。シヴィル嬢が入団した暁には、是非とも彼の武勇伝を聞かせたい」

「まぁ! それはとても楽しみですわ!」

「勘弁しろよ……」


 やっぱり祖父はやれやれしていたが、満更でもなさそうだった。祖父が退団して10年以上経過するというのに、こうして祖父を慕う人がいるのは本当に嬉しい。思いがけずご機嫌になり調子に乗った私は、「午後の実戦では一番を取って見せますわ」と啖呵を切った。

 若者らしい傲慢さ、根拠のない自信。私くらいの年齢ではありがちな、思い上がった発言だ。言った後に発言した私は後悔したというのに、団長様達は、「そうだろうな」と普通に納得していた。納得されても、ちょっと反応に困った。




 その頃周囲ではやはりヒソヒソと噂をされていた。


「聞いたか今の?」

「元副団長が護衛だとよ」

「どうせ金で雇ったんだろ。いいよな、金のある奴は」

「つーか、領主様のお嬢様が、なんで騎士団なんかに?」

「ワケアリっぽいよな。関わらない方がいい」


 そういう話をしているのは、主に自由市民や平民出身の受験者だろう。


「おい、聞いたか。辺境伯閣下のご令嬢だと」

「ここで顔つなぎしておいた方が良いか?」

「だが、今ここで声をかけて、騎士団に入団できなければ恥の上塗りだ」


 そんな話をしているのは、貴族の次男坊三男坊というところだろう。

 結局どちらにも遠巻きにされる私。あーやだやだ。勝手にレッテルを貼って距離を取る人も嫌だし、ゴマをすって近づく人も嫌。顔を覚えておこう。入団しても彼らは相手しない。


 せっかく祖父の事で上機嫌だったのに、彼らのせいで台無しだわ。彼らにだけは負けたくない。午後からも頑張る。

 


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