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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第2章 少女期-未成年―

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2-17 騎士団入団試験 1

 領都ストルファの中心地にある辺境伯家のダイニングは、今日も魔道具のシャンデリアが煌々とオレンジ色の灯をともし、その光を磨かれたガラス窓やカトラリーがキラキラと反射している。テーブルに並ぶ食事は一流シェフの自慢の逸品ばかりであり、それを食す人間たちも、一流の貴族ばかり。


 この席に並ぶことになって、早一カ月。騎士団入団試験を明日に控えた私は、緊張と興奮が入り混じって、いつも以上によく食べていた。


「シヴィル、そんなに慌てなくてもまだあるよ。緊張しているの?」


 ちょっと呆れ笑いで、変声期前の中性的な声で話しかけてきたのは、私の甥っ子にあたるジャスティン。サフィナお義姉様が一緒に訓練をと連れてきてから、毎日私達の訓練に参加するようになり、すっかり仲良くなった。


 ジャスティンが最初に参加したあの日、一番最初はやはり女だてらにと思っていたのか、胡乱な目をしていた。しかしそれも私と祖父との立ち回りを見るにつれ、驚き、興奮、ドン引きへと見る見る変化していったのが印象的だ。ドン引きされたのは、祖父による治癒乱発ブートキャンプのせいだ。


 更にジャスティンは、サフィナお義姉様の強さにも圧倒されたようで、母親には素直に憧憬の視線を向けていたのが、なんだか年相応で可愛らしかった。

 サフィナお義姉様は元々騎士なのだけれど、戦乙女なんて二つ名がつくのは伊達ではなかった。私や祖父の剣を剛と呼ぶなら、サフィナお義姉様は柔の剣。加えて技巧派で、私がパワーとスピードを落とした状態で対峙すると、死角から攻撃が来たり、私の攻撃はふわりといなされてカウンターを叩きこまれたりした。これには祖父も驚いて感激し、サフィナお義姉様に技を教えて欲しいと頼んでいた。勿論普段の力を出したら、サフィナお義姉様が技巧を凝らしても力でゴリ押しできるのだけれど、私も祖父にいつかは勝ちたかったから、サフィナお義姉様にお願いした。


 ジャスティンはいつも騎士に強請って稽古に付き合ってもらっていたそうなのだけれど、サフィナお義姉様が私を圧倒する様を見て大興奮で、ジャスティンもサフィナお義姉様からの師事を強請っていた。その時のサフィナお義姉様の嬉しそうな顔は、普段の数倍綺麗に見えた。きっと以前から、そうしたかったんだね。


 そんなわけですっかりジャスティンと兄弟弟子になった私達は、お互いに砕けて話すようになった。私も大分令嬢言葉が板についてきた。


「ごめんなさい。見苦しかったかしら。確かに少し緊張しているかもしれないわ」

「見苦しいとは思わなかったから気にしないで。俺はシヴィルなら大丈夫だと思うけど?」

「そうかもしれないけれど、初めてのことだもの。不安はあるわ」

「何が不安なの?」

「時間を間違えて遅刻しないか、迷子になって遅刻しないか、回答欄を一つずらして記入したりしないか……」

「あはは。試験に受かるかじゃなくて、全部おっちょこちょいが原因の不安だね。大丈夫だよ、会場までは付き添いがいるんだろ?」

「そうね」

「シヴィルが合格しないなんて、それこそ余程のおっちょこちょいじゃないと有り得ないよ。きっと大丈夫だよ、頑張ってね」

「ええ、ありがとう」


 優しいジャスティンの励ましに微笑み返すと、ジャスティンは今度は反対側を向いた。


「お父様、試験内容は筆記試験、生活魔法実技、魔法実技、体力測定、実戦でしたよね? シヴィルなら大丈夫ですよね?」


 ジャスティンの言うとおり、試験は5段階ある。騎士団に入ったら最初は小姓になる。小姓の仕事は騎士のお世話だったり、騎士団の事務や雑用も含まれる。だから最低限読み書き計算は出来なければならないし、第3騎士団だと入団後に魔物の勉強もあるので、多少の知識は必要だ。

 次に生活魔法なのだけれど、私はこれはサッパリなので減点は覚悟している。とはいえ、生活魔法は大体の人が使えると言ってもバラツキはある。マッチ程度の火を出せるのがせいぜいな人もいれば、虫よけや匂い消しなんかも出来る人がいて、そういう優秀な生活魔法使いは「旅の魔術師」として旅人や騎士団では重宝されるのだ。見つけたら是非確保しておきたい逸材なので、生活魔法の試験もある。

 魔法実技も、使えるなら使えるでラッキーな科目。魔法使いクラスの使い手は魔術師団に入団するのだけれど、魔術師団の試験に落ちて騎士団に入る人もいるし、滑り止めで騎士団を受ける人もいる。基本的には魔術師団から派遣された魔術騎士も駐屯しているのだけれど、いかんせん数が少ない。弱い魔法しか使えなくても、目くらましや時間稼ぎなど、使いようによっては有用だと言うことで、多少魔法を使える人も有利だ。この点も私は減点だ。

 体力測定と実戦は、騎士団なら最低限は出来て当たり前。私が点数を稼ぐべき科目はこれだ。


 話を振られたギデオンお兄様は、一口ワインを飲んで食事を嚥下した後、ジャスティンに返した。


「そうだな。シヴィルは魔法はからっきしだが、それ以外は頭抜けている。まず問題ないだろう」

「ほらね!」


 なぜか自信満々なジャスティンに、つい可笑しくなって笑ってしまった。


「ありがとう。頑張るわ。いつかジャスティンと騎士の制服を着て肩を並べたいわ」

「うん! 俺も頑張るよ!」

「頑張るのよ」

「応援しているわ」


 ジャスティンやルサルカお姉様、サフィナお義姉様も応援してくれて、私は胃袋も気力も、十分に満たしたのだった。








 騎士団の詰め所は石造りの大きな建物だった。石造りの建物の裏には木造のアパートのような建物もあって、そちらは寮らしい。ギデオンお兄様やトバイアスお兄様は家が近いから自宅通勤だけれど、領都以外から引っ越してくる団員の方が多いので、団員のほとんどは寮住まいなんだそう。

 最初は筆記試験で、案内を見ながら他の受験者と思しき少年達と入室したのは、扇状にテーブルが配置された、講堂のような広い部屋だ。多分小姓の勉強などもここで普段行われているのだろう。


 普段はドレスかワンピースを着ているか、訓練の時はシャツとズボンといった格好だ。だけど今日は背中の裾が長い紺色のジャケットと、足にフィットするキュロットにブーツ。乗馬服と騎士の制服の中間みたいな格好だ。足の形が出るのが少し恥ずかしいけれど、ジャケットが長めの丈でお尻なんかは隠れているから良かった。

 周りを見回してみると、案の定というべきか、女は私一人だけだ。私と同年代位の男の子が30人くらいいるのに、女は私一人。流石にちょっと心細い。心なしか、私が講堂に入室した途端、先に来ていた受験生たちがざわめいて、私に注目した。

 女が珍しいのはわかるけど、そんなに注目しないで欲しい。視線が痛いよ。私も周りを観察したかったのに、周りから観察される羽目になって、居たたまれなくなり俯きながら席を探して腰かけた。


「見ろよ、すっげぇ可愛い子」

「なんであんな子が騎士団を受けるんだ?」

「着てる服見ろよ。あれはどっかの貴族だろ」

「じゃぁ厄介払いか」

「可愛いのに勿体ねぇなぁ」


 そんな噂話を、聞きたくもないのに拾ってしまう私の地獄耳。厄介払いじゃないのに。私は私の意志で希望しているのに。思わずむっとして、危うく下唇を尖らせそうになり、なんとか抑え込む。

 こんな風に好奇の目で見られることは覚悟していたんだ。大丈夫、大丈夫。私に変な評価をつけるのは勝手だけれど、魔法以外の科目では高得点を取るつもりなのだ。前日に樹里から「一丁、かましてやれば」と軽く言われたのを思い出して、私はふっと肩の力を抜いた。


 俯いていた顔を上げると、まだ私には不躾な視線が刺さっていたけれど、もうさっきほどには気にならなかった。大丈夫だ、この感じならいける。



 やがて時間になり受験生がめいめい着席し、試験官が問題用紙を伏せて配る。試験官の合図で問題を捲り、筆記試験がスタートした。



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