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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第2章 少女期-未成年―

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2-16 事件のその後


 それを見送り、私達はようやく椅子に腰かけて、「はぁ~」と溜息を吐いた。


「緊張しました……」

「私もよ……」

「嘘ですよ! 絶好調だったじゃないですか! 実は演技じゃないんじゃないかって、私はすごく不安でしたよ!」

「何言ってるのよ。今更シヴィルを攻撃するわけないじゃないの」


 ルサルカお姉様と言い合っていると、ユージェニー様から声がかかった。


「シヴィル様、先程は守っていただいて、ありがとう」

「いえいえ、当然の事ですよ」

「それにしても、すごい身のこなしね。ドレスでもあんなに動けるなんて」

「んっふっふ、鍛え方が違いますからねぇ」


 なんて話をしていたら、予想外にサフィナお義姉様が食いついた。


「それよ! 私も驚いたわ!」

「そういえば、サフィナお義姉様は元騎士でいらっしゃいましたね」

「そうなの。こちらに来てからは流石に騎士など出来ないでしょう? 体を動かせなくて鬱憤が……」

「まぁ。それでは訓練をご一緒にいかがですか?」

「よろしいの!?」

「勿論です」

「ありがとう! 本当はジャスティンの稽古にも私が付き合ってあげたいのだけれど、この立場でそんなことは出来ないものだから……」

「裏庭ですから人目には付きにくいと思います。ジャスティンも是非」

「ありがとう」

「いいえ、私こそ騎士を目指す者として、サフィナお義姉様に教えを頂けることを嬉しく思います。よろしくお願いいたします」


 思いがけずサフィナお義姉様とお近づきになれそう。サフィナお義姉様は、この領地では珍しい元女性騎士だ。地元では戦乙女と呼ばれるほど活躍した姫騎士だ。技術もそうだけれど、騎士としての心構えとか、女性騎士ならではのこととか、そういうことを教えてもらえると大変ありがたい。


 場が一通り落ち着きを取り戻したとみて、奥様が「さて」と場の注目を集めた。


「サフィナ、ソフィア。驚かせてしまってごめんなさいね。実は今日の茶会は、先程の件を暴くために催した茶会です。巻き込んでしまってごめんなさいね。すぐに新しいお茶を用意しましょう」


 奥様の合図で、すぐにメイド達が新しいお茶を用意してくれた。そういえば、お茶はすっかり冷めてしまっていたのだ。

 それからしばらく私達は事の顛末をサフィナお義姉様とソフィア様に説明しながら、和やかにお茶会を終えたのだった。




 その後、マリーベル様は家を出されることになった。実家を継いでいるサンド男爵――マリーベル様のお兄様――は、実家に戻ってきたマリーベル様を見た人たちから噂されることを恐れたのか、実家への出戻りを拒否したそうだ。

 そもそも辺境伯を操ろうとするなど、その被害に関わらず大罪だ。だから、マリーベル様の身柄は辺境伯家で如何様にもとのお返事だったそうだ。

 

 ギデオンお兄様の聞くところによると、マリーベル様は男爵家の次女として生まれた。幼い頃から美しく出来の良い長女と比べられて育ったようだ。長女はいつも新品のドレスを与えられるのに、マリーベル様はそのお下がり。長女に許されることが自分には許されない。

 そういう鬱憤がいつしか姉に対する嫉妬に変わったのだろう。ある時マリーベル様は姉の恋人を誘惑し奪った。そのことが問題になり侍女見習いとして家を出されたのだそう。

 マリーベル様が貴族なのに窃盗なんてスキルを持っていたのは、「姉の物が欲しい」と、ずっと願っていたせいなのかもしれない。


 結局マリーベル様は、貴族籍剥奪で平民になり、田舎の修道院に送られることになった。でもそこはちょっとお父様に待ったをかけて、私のお願いを伝えてみた。そうしたら、意外にも引き受けてくれた。


 これからマリーベル様は平民として、私達がかつて住んでいた家で暮らすことになる。マリーベル様は家事なんかできないから、侍女が一人ついていくことになった。過去に一緒になって母に嫌がらせをしていた仲間だそうだ。方向性間違ってると思うけど、理解者いるじゃないの。



 13年前のことを暴いて、ユージェニー様とルサルカお姉様とも和解して、何もかも解決したけれど、一人の人を追い出すというのは、どうにも罪悪を感じる。

 ユオヅ村に向かって走り出した、マリーベル様を乗せた馬車を見送っていると、私の隣に背の高い人が立った。それを見上げると、お父様が立って私を見下ろしていた。



「面倒をかけた」

「いいえ。奥様とユージェニー様達の協力があっての事です」

「そうか」


 この件の被害者の一人なのだ。お父様も複雑だろう。無表情を気取っているけれど、少し当惑しているのがわかる。

 だけど、この人は悪くなかった。私を家に連れてくると決断したのはお父様だけれど、13年前の事は事故だ。あの事で恨むのは、やめにしないといけない。


「あの……」


 そう思って声をかけようとしたら、先にお父様の方が私に視線を向けた。

   

「お前達の身に降りかかったことを、私は許せとは言わないし、お前たちに謝罪はしない」


 あぁ、本当に嫌になる。

 この父親は最悪だ。

 私達に恨む余地をわざわざ残してくれるなんて、人が良すぎる。

 こんな人だったなんて、大誤算もいいところだ。くそ親父だったら殴ってやれたのに。



 だからせめて、私は父の期待に応えよう。


「はい、謝罪は結構ですし、許しません。ですから今後もこの件でお父様に嫌味を言いますし、取引の材料として引き合いに出しますのでご了承ください」


 私がそう告げると父は愉快そうに笑って、「それでいい」とでも言うように小さく頷いた。





****王都 アズメラ大聖堂****



 マリーベルの起こした事件は、王都にいる娘のドナにも知らされた。このスキャンダルを受けて、教会ではドナの扱いについて議論されたこともあったが、神はこう言ったことに興味がないのか「どーでもいい」と言われてしまったので、ドナは教会の判断に任せていた。

 結局はスキャンダルがドナの神聖性を脅かすものではないこと、ドナ自身にはなんの責任もないこと、神が気にしていないことから、ドナは神託の巫女として続投することになっていた。


 執事のセバスチャンから送られた、事の顛末を記された手紙を読み終わり、ドナはどこかすっきりした気持ちになっていた。


(やっと、お母様から解放された気分だわ)


 野心的だったマリーベルは、自分がのし上がれないならと、それをドナにも強いた。父や義兄達に媚を売るように言いつけられ、母が開く茶会に招かれた子息たちにも色目を使えと言われ続けた。幼い子どもには、どうすればそれが出来るのかすらわからないというのにだ。

 そもそもドナは大人しく内向的な少女だった。積極的に男性に話しかけられるような少女ではなかった。それなのに、そんな無理を強いる母のプレッシャーに耐えられず、母を恐ろしいと思っていた。


 だから、10歳になったある日、頭の中に男性の声で「可愛い子みっけ! よし、君に決めた!」と響いて、それから間もなく教会から、先代の巫女よりドナが次代の神託の巫女だと託宣があったとして、神託の巫女として招聘された時、これが母から離れられるチャンスと考えて、すぐに飛びついた。マリーベルは絶対に行かせないと癇癪を起したが、ドナの意志を尊重するように言った父が行かせてくれた。

 お陰で10歳から過ごしたこの王都の教会は、母の居る家よりも、余程心安らぐ場所だった。贅沢が出来なくても、お勤めが大変でも、そんなことは苦にもならなかった。ただ、親しい人との別れに、少しだけ寂しさはあったが、それでも母の傍にいるよりは遥かにマシだった。


 そんな母が、罪を犯して地方の開拓村送りになった。恐らくもう、二度と会うことはない。これまでの重圧から解放されたという解放感と、僅かな虚無感がドナの胸に去来した。


 少しだけ呆けた後、ドナはもう一通の手紙の封を開けた。その手紙にもセバスチャンの手紙と同様、事の顛末が簡潔に記されていた。そして最後に、ドナの欲しかった言葉があった。


「もう俺達の邪魔をする人はいない。君が役目を終えたら、迎えに行く」


 ドナはそっとその手紙を胸に抱きしめる。抱きしめた手紙の当たり、胸が温かくなる。


 母からの重圧に耐えきれず、ドナは苦しんでいた。引っ込み思案で、誰にも相談できず、一人で苦しんでいた。そんなドナの苦しみに気が付いて、寄り添ってくれた、たった一人の人。庭園の隅で見つからないように泣いていた幼いドナと、そこに偶然現れた少年。あの日から、ドナにとっての最愛は母でなく少年だった。教会入りを決意したのは、その少年の後押しもあったからだった。


 ドナが役目を終えるのは5年後。離れて余計に想いは募り、待ち遠しい思いをしながらも、ドナは微笑んだ。



「待っているわ、トバイアス」



 数年後、かつての子爵領を与えられたトバイアスは、ドナを妻として迎え、ユージェニーを信奉する領民たちに支えられ、ギデオンの優秀な陪臣となるが、これはまだ先の話。


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― 新着の感想 ―
[一言] トバイアス君意中の神託の巫女を妻に迎える未来があるようですね。
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