2-12 流言
場所を移してユージェニー様の部屋で、私達は顔を突き合わせていた。部屋には私達3人に加えて、トバイアスお兄様もいた。
ユージェニー様に母の話をしたのは、ユージェニー様の侍女だった。どうやら、落ち込むユージェニー様を励まそうと、その話をしてわざと敵を作ることで、元気を出してもらおうと思ったようだ。大成功だよ侍女さん。お陰でユージェニー様は元気一杯私をいじめてくれたよ。とほほ。
でも、その話は侍女の創作ではなく、彼女も別の使用人から聞いたそうだ。その噂の話を聞いたのはトバイアスお兄様は初耳だったらしく、首を捻っている。
「それ、おかしくないか?」
「どういうことです?」
「俺達がお前の話を聞いたのは、本当に最近なんだ。母上がパメラ――あぁ、母の侍女な――から聞いたのはいつですか?」
「それも、最近だったと思うわ」
「やっぱり。おかしいぞ」
「確かに、おかしいかもしれないわね」
おかしいと訴えるトバイアスお兄様に、ユージェニー様も同調する。だけど私とルサルカお姉様は訳が分からず首を傾げていた。
「お兄様、どういうことですの?」
疑問を代弁してくれたルサルカお姉様に、お兄様とユージェニー様が説明してくれた。
私の事はごく最近まで秘密にされていた。知っていたのは辺境伯と奥様、セバスチャンと侍女長のロベルタだけだ。それなのに、私の存在が明かされてすぐに、私の誕生秘話が噂されるのはおかしい。
真偽は別にして、これは辺境伯家にとっては確実な醜聞だ。口さがない使用人たちが、勝手な想像で噂を盛り上げることは勿論あるだろうが、それはセバスチャンとロベルタが諫めるはずだ。こんな話が外部に漏れるなどあってはならないからだ。
「加えて、こんな話が俺達の耳に入ったら確実に軋轢が出来る。少なくとも俺達や本家筋の人間の耳には入らないように、セバスチャン達が立ち回っていたはずだ。それなのにパメラの耳に届いているからおかしいんだよ」
「本当は規制されていたはずの噂が流れているということですよね。じゃぁこの噂は……」
「誰かが意図して、私の耳に届くように流した噂ということね」
例えばパメラの居るところで、わざとこの話をしてパメラに知らせた。そういうことだろうか。
ユージェニー様のまとめた結論に、みんなでうーんと唸る。
「何が目的かしら? 私に対する嫌がらせ?」
「嫌がらせにしても悪質ですわ」
ユージェニー様の疑問に、ルサルカお姉様が憤慨する。全く悪質よ。私も腹立つわ。私とルサルカお姉様がプリプリ怒っていると、トバイアスお兄様が私に向いた。
「例えば、母上達とお前の対立が深刻になったら、お前は今度どう行動した?」
「え? そうですね……あまりにもエスカレートして、もうどうにもならないと思ったら、この家から逃げると思います」
「殺すとか言いださなくて安心した」
「流石にそんな度胸はないですよ……」
やろうと思えば簡単だと思うよ。でも精神的に無理。若い身空で犯罪者になるのも嫌だし、それなら当初の予定通り国外逃亡するよ。
トバイアスお兄様が私のことをどう思っているのか、小一時間問い詰めたいところだが、私の話を聞いてユージェニー様も思案している。
「もしそうなると、私達が苛めて追い出したようなものだから、旦那様も私達に責任を追及するしかなくなるわね」
「そうですわね……」
「つまり目的は、シヴィル達ゴリンデル家と、俺達ブラウン家の排除か?」
「そうなると、一番得をするのは……?」
「マリーベル様かしら?」
「私達が居なくなったところで、マリーベル様の地位が向上するとは思えませんけれど?」
「本人はそう思ってはいないのかもしれないぞ」
「とはいえ、これも想像でしかないわ。証拠なんて何もないもの」
またしてもユージェニー様の出した結論に、みんなでうーんと唸る。少し考えて口を開いた。
「では、噂の出所を追跡してみますか? お父様に呪いをかけた人物と、噂を流した人物が同一人物とは限りませんけど、この家の中に敵がいることは間違いないのですし」
「そうねぇ。私達が直接探るわけにはいかないから、パメラに頼んでみるわ」
「私の方でも探ってみます」
「でも、ステラの話でしょう? ステラを動かすのはちょっとどうかしら」
「その辺は大丈夫です。私も母も隠蔽とか隠形は出来るので」
「……スパイ活動が出来る令嬢ってどうなんだ」
3人が目を細めて私を見る。ほっといてください。
それに、もう一つ情報を探る当てはある。頭爆発しそうになるけれど、覚醒を使ってみようと思うのだ。マリーベル様含め、怪しい人物に話を振ってみて、その時に覚醒を遣えば、その人が心の中で何を考えているか読み取れるかもしれないからね。いざという時のために、これから練習しておこう。
とりあえず、当面の目途が立ったし、お昼の時間になったので、私は挨拶をして退室しようとした。それを、ルサルカお姉様が呼び止めた。
「はい?」
「あの……」
ルサルカお姉様は、何か言いたそうにしつつも、もじもじして中々口を開かない。でも呼び止めたということは何か用事があるのだろうと思い、ルサルカお姉様が口を開くのを待つ。唇を噛んだルサルカお姉様が思い切った様子で顔を上げた。
「あなたにしたこと、謝るわ」
「えっ」
「ごめんなさい」
ルサルカお姉様が、私に楚々と頭を下げた。私も泣きたいくらい辛かったけど、ルサルカお姉様だって辛かったから文句を言ったのだ。そのことをちゃんと反省して謝ってくれるなんて、本当は出来た人なのだろう。
少し前まで打ち負かしてやろうと思っていたことなど、ルサルカお姉様の謝罪を聞いて吹っ飛んでしまった。
「ルサルカお姉様、顔を上げてください」
私は努めて笑顔で、ルサルカお姉様に頭を上げてもらった。
「私の方こそ、辛い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。今度私に、お茶会の作法を教えていただけますか?」
「えぇ、えぇ! いいわ!」
ルサルカお姉様のお顔が明るくなって、弾ける様に笑った。ルサルカお姉様が私にこんなに屈託なく笑ってくれたのは初めてで、泣きたいくらい嬉しかった。嘘。ちょっと泣いた。
※3/27 諸般の事情により、3日ほど連載をお休みします。すみません※




