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その聖女、ゴリラにつき  作者: 時任雪緒
第2章 少女期-未成年―

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2-9 情報収集

 まずは奥様に相談してみることにした。以前奥様に聞いたところによると、貴族達は高度な言い回しで、下手したら嫌味と気づかないほどの嫌味を言ってくるらしい。それって嫌味になるの? 私多分気づけないから嫌味にならないよそれ。ユージェニー様とルサルカお姉様は、比較的ストレートに言ってくれる分、まだ親切なのかもしれない。

 とにかく、そういう嫌味や皮肉を言われた時の対処法をその内教えると言っていた。それを今日前倒ししてもらうのだ。

 奥様のレッスンの時間になり、昨日に続きアズメラ国史を講義しようとしていた奥様に待ったをかける。


「奥様、授業の内容を変更することは出来ますか?」

「構いませんが、どのような内容をご希望ですか?」

「悪口や嫌味を言われた時の対処法です」


 そう告げると、奥様は相変わらず無表情だったけど、なんとなく目が据わった気がした。


「教えることはやぶさかではありませんが、その対処法を知って、あなたはその相手とどうなりたいのですか?」


 本当は、打ち負かしてやりたいと思っている。だけど、同じ家に住む家族なのだし、変に遺恨を残すとそれがずっとついて回ることになる。トバイアスお兄様が言っていたように、私に文句を言わなければならない事情が他にもあるのかもしれないし、和解が無理だとしても、せめて今の状況は打破したい。

 私はそう考えているのだけれど、多分だけど奥様は私がユージェニー様とルサルカお姉様と対立しているのを知っている。だから、私がこんな講義を希望する理由が気になるし、私があの二人に対してどう思っているのかが気になるのだ。家の管理を預かる夫人として、私の教師として、そういう立場で奥様は私の返答によっては助言はくれない。

 多分私が、悪口を言われて悔しいから、奥様から文句を言って欲しいなんて他力本願なことを言ったら、奥様は私に失望するだろう。

 だから、私が奥様に望むのは、助けを求めることじゃない。


「ユージェニー様とルサルカお姉様を怒らせてしまいました。ですが、私はお二人のことをよく知りません。お二人のことを教えてくださいませんか? 何故怒らせてしまったのかは、自分で考えます。そのうえでお二人と話し合いをして、可能であれば和解を目指したいと思っています」


 奥様の据わっていた目が少し優しくなって、「いいでしょう」と答えてくれた。




 ユージェニー様とルサルカお姉様は、この家では特殊な立場だ。夫人ではないけれど、辺境伯から愛された女たち、それがユージェニー様とルサルカお姉様。

 ユージェニー様は元々辺境伯の陪臣のブラウン伯爵家の長女で、別の子爵家にお嫁に行っていたのだそう。結婚してすぐにトバイアスお兄様を授かり、政略結婚だったけどそれなりに上手くやろうとユージェニー様は努力なさっていた。

 だが、トバイアスお兄様が生まれた頃に、ユージェニー様は衝撃の事実を知ってしまう。なんと子爵家は、その領地で初夜権を行使していた。これに怒り狂ったユージェニー様が文句を言うと、夫には「嫉妬に狂うとは見苦しい女だ」と一蹴され、夫の父である子爵には暴力を振るわれたそうだ。ユージェニー様が怒ったのは、妻としての立場ではなく、領内の女性とその夫となる男たちの人権が蹂躙されていることで怒ったというのに、それを子爵と夫は全く理解しなかった。

 的外れな反論をされて更に怒り狂ったユージェニー様は、こっそりと辺境伯に連絡を取って、子爵の非人道的な行動を通告。辺境伯にとってもあまり役に立つ陪臣ではなかったらしく、当然初夜権など認めていない。二人で協力して子爵を追い落としユージェニー様は離縁、子爵家は没落。

 子爵領は辺境伯に没収されて、現在は辺境伯領になっている。その領地の人々は、子爵を没落に追い込んでくれたユージェニー様に、大層感謝しているのだとか。


「ユージェニー様、カッコイイですね……」

「ええ。彼女は元々正義感が強い方です。性根もまっすぐで、正直申しますとあまり貴族には向かない性分と言えます。そういうところに、旦那様は惹かれたのかもしれません」

「でも、あの」

「あぁ、わたくしのことでしたら心配は無用です。わたくしは既に辺境伯夫人としての役割を果たしていますし、旦那様もわたくしには十分に気遣ってくれます。ユージェニー様も愛妾として弁えていますし、何より彼女にはそういった野心はありません」

「そうですか。失礼しました」

「構いません。話を続けます」


 奥様は複雑な気分だったんじゃないかと思ったのだけれど、そうでもなさそう。奥様もユージェニー様も強いなぁ。

 奥様がそういう理解のあるお方だったのも良かったに違いない。その過程で辺境伯とユージェニー様は惹かれあい逢瀬を重ねて、やがてルサルカお姉様を授かり、一緒に暮らすようになった。

 だけど、同時に問題が発生した。妊娠したユージェニー様が辺境伯家にやってきて間もなく、私の母ステラの妊娠が発覚し、出奔するというトラブルが起きた。このことは辺境伯、奥様、セバスチャン、侍女長しか真相を知らされず、ユージェニー様達には最近まで隠し通されていたようだ。

 

「え? その時期に母が私を身籠ったんですか? へん……お父様は、ユージェニー様を愛していらしたんですよね?」

「そうです。あの時は流石にわたくしも頭に来ましたが、冷静になって考えるとおかしな話です。旦那様は女性に関してそこまで器用な方ではありませんから。ステラにとっては不幸なことでしたが、わたくし達はあの頃の旦那様に、魔術的な……例えば呪いか何かがかかっていたのではと推測しています」

「……」

「話を続けますよ」

「は、はい」


 ユージェニー様と協力して子爵を没落させ、愛を交わした、一番盛り上がっている時期のはず。仮にユージェニー様が妊娠中だったから持て余したという理由なら、何も母じゃなくても妾のマリーベル様がいらっしゃったはずなのに、わざわざ母に手を出すなんておかしい。

 これまで辺境伯の事は、母に無体を働いた下種野郎としか思っていなかったけれど、いや、実際下種野郎なんだけど、これは変だ。そのことが引っかかったけれど、奥様は話を続けた。


 

 やがてルサルカお姉様がお生まれになる。辺境伯とユージェニー様からたっぷりと愛情を受けたルサルカお姉様は、すくすくと成長した。愛情を受けて育った分、ルサルカお姉様はこの家の誰よりも、パパっ子に育った。

 そうして幸せに暮らしていたある日、ユージェニー様とルサルカお姉様を、私という嵐が襲ったわけだ。


「あー……はい。考えるまでもありませんでしたね……」

「あなたのことについて、旦那様も説明はきちんとしたはずですし、一応納得はしていたのですが。頭では理解できていても、感情が伴わないことはどうしてもあるのでしょう」


 真っ直ぐな性根のユージェニー様と、パパ大好きなルサルカお姉様にとっては、余計だろう。

 自分だけを愛してくれていたはずの男が、実は浮気をしていて、それを最近まで隠されていた。しかも、その浮気相手の子どもを引き取るというのだ。もうこれだけで星一徹クラッシュを決めてもいいのに、その子どもは平民上がりで騎士団に入ると言い出し、この家に泥を塗ろうとする。

 私にはどうしようもない部分もあるけど、お二人の立場でこれは……嫌いになって当然だわ。私でも嫌いになると思うわ。


 でも、私にだって当たり前だけど言い分はある。二人の気持ちはわかるけど、私は何にも悪くないんだから! そりゃぁこの家の立場とか、二人の気持ちを忖度できなかったところは申し訳ないけれど、そもそも望んでこうなったわけじゃない。

 それに、二人の言い分は理解できるけれど、それならそうと言ってくれればいいのに。あんな嫌味みたいな文句を言う必要がどこにあるっていうの。あと、臭いは言いすぎだと思う!


 

「お二人については以上ですが、この話を聞いた上で、あなたはどうしますか?」


 奥様の問いに、私は憤然として言葉を返した。


「正面からぶつかっていきたいと思います! 喧嘩上等です!」

「おやめなさい」 


 速攻で却下された。奥様は頭痛がするのか、憂い顔でこめかみを揉んでいる。なんでダメなんだよう。


「そういう衝動的な行動は感心しません。一旦立ち止まって深呼吸をして、考えてから動く癖をつけなさい。でないと、その行動がやがてあなたの身を滅ぼしますよ。それと、また下唇が出ていますよ」


 無意識に尖らせていた下唇を引っ込めた。ダメってトバイアスお兄様にも言われてたんだった。


「直接話し合うのは結構です。ですが、喧嘩腰で話して、冷静に話し合えると思いますか?」

「……いいえ」

「少し頭を冷やしなさい。西の庭園が、今頃夏の花が咲いた頃でしょう。花でも眺めて心を落ち着けなさい」

「わかりました……」


 花なんてどうでもいいわと思ったけれど、確かに冷静じゃなかったかもしれない。奥様から聞いたユージェニー様達の情報をまとめて考える時間は、奥様の言う通り必要かも。喧嘩するにしても話し合うにしても、相手の訴えそうなことを想定していた方が、私も言い返せるだろうし。うん、奥様の言うとおり、西の庭園に行ってみよう。

 私が少しは落ち着いたのが分かったのか、奥様は少しだけ安堵した表情をした。


「西の庭園では、それは見事な大輪のヒマーリが咲きます。散歩してごらんなさい」

「はい、ありがとうございます」


 話が終わると、奥様は当然のようにアズメラ国史の講義を開始した。奥様は本当にぶれない人だ。

 それに引き換え、私はぶれまくり迷走しまくり。そういうお年頃なんだけども。私も奥様みたいなぶれない女になれるだろうか。当面は、奥様の言うことをちゃんと聞いておくことにしよう。



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