9.新しい商人が来た
リディアちゃんが毎日牛乳を持って来てくれるようになった。
毎日は大変やからと断ったら、来るのは二日にいっぺんになった。
それでも大変だからと言ったら、目に涙を浮かべて訴えてきた。
「メロさんは、わたしが来るの迷惑ですか?」
「め、迷惑とちゃうよぉ?そうやないけど、馬車で往復するのも大変やろ?」
「ちっとも。わたし、好きなことは苦にならないんです」
キラキラと瞳を輝かせて迫ってこられて怯む。
どないしよと思っとったら、ロッテちゃんが腰に手を当てて仁王立ちで現れた。
「リディア、また来たの? メロちゃんが来なくていいって言ってるでしょ!」
「でも感謝の気持ちを届けたいの。とてもよくして貰ったから」
「あっ、あたしだって、メロちゃんに命を助けて貰ったもん!」
「ああ、迷子になったんだって? まだ小さいから仕方がないけど、余り迷惑をかけちゃ駄目よ?」
「ぐぐぐ……」
ロッテちゃんは顔を真っ赤にして怒っている。
どうやら年上のリディアちゃんに口では勝てないようや。
「リディアちゃん、はよ帰らんとアンヘルさんが心配する――」
「あたしなんか、一緒に住んでるんだからねっ!」
ロッテちゃんがわいの言葉を遮って、大声で言い放った。
ちょ、言い方。ビックさんもロリィさんもおるやろ。
「朝は寝癖を直してくれるし、夜は寝る前にお話もしてくれるんだから」
ロッテちゃんは勝ち誇ったように鼻息も荒くそう言い、リディアちゃんに威張るように胸を張って見せた。
わいは黙ってしまったリディアちゃんの代わりにロッテちゃんを嗜める。
「ロッテちゃん、メロちゃんは自慢道具やないよ?」
「メロちゃん……あたし、そんなつもりじゃ……」
わいはシュンとしてしまったロッテちゃんの頭に右手を載せ、左手をリディアちゃんの頭に載せた。
「メロちゃんは物とちゃう。物やったら一人にしかあげられへんし、分け合うこともでけへんやろ? でも、メロちゃんはこうして自由に動けて話せるからぁ、ロッテちゃんともリディアちゃんとも仲良くできるんや。それじゃイヤか?」
「イヤじゃ、ないけど……本当はちょっとイヤ」
「わたしも」
「……」
二人の回答にわいはちょっと空を仰ぐ。
アイドルの理論やったけど、女の子には通じないんやね。
「言い方を変えるわ。メロちゃん、一人だけと仲良うするのはつまらんから、皆と仲良うしたいんや。ごめんな」
「……分かった」
「分かったよ」
渋々と頷いた二人を見てホッとする。
わいは元々独占欲いうんが余りないから、他人のそれも理解でけへん。
「ほな、そろそろ仕事に行くわ」
わいはそそくさと二人から逃げ出した。
七味畑に行く途中で、わいを呼びに来たシクロ君に会うた。
「メロさん、お客さんです。王都から来た商人だって」
「またかぁ。来て貰ても、売るもんがないんやけどなぁ」
順調に七味が売れ、小麦粉もジャムも練乳も売れとる(アップルバターは作るのが大変やから販売は諦めた)。
それはもう、卸す側から売れてしまい、とうとう作るのが全く追い付かなくなった。
七味だけは辛うじて足りているが、在庫に余裕はない。
こんな状況なのに、七味の仕入れ先を嗅ぎ付けた商人がボチボチとこの村へやって来て、自分にも売ってくれとしつこい。
わいはサンさんが店を構えているカタルヘナの町以外の商人になら卸してもええと思うとるんやけど、商品がないんやどうしようもない。
「メロさん……」
村長がわいの顔を見てホッと表情を弛めた。
「どないしたん?」
「この人が、人手や足らん道具なんかの相談に乗ってくれるって言うんや」
「それは……豪気なことやなぁ」
金を出してスポンサーになっても元が取れると踏んだのか、村ごと乗っ取る気か。
わいには食いもんにされる未来しか思い浮かばへん。
「あなたが七味の考案者ですな?これはこれは、お若い……」
小太りで太鼓腹のいかにもな商人が、わいの顔を見て驚きを隠せないようにそう言った。
こういうリアクションは久し振りやね。わい、若くて可愛いんやった。ワッハッハ。
「メロウです。商人はん、王都から来なはったん?」
「はい。サン・クリストバル・マラガから参りました、アマンシオと申します。メロンさんとお呼びしても?」
「わいの名前はメロウやっ!」
なんでどいつもこいつもわいの名前を聞き間違えるんや?
こっちの世界ではメロンを定着させないんやからねっ。
「これは失礼しました。ではメロウさんと呼ばせて頂きます。私の事はアマンシオとお呼び下さい」
アマンシオと名乗った商人は、割りと全うに交渉を始めた。
「そやから、売ろうにも物がないんや。人手が足りてへんねん」
「ふむ……ですがこの村に、急に余所者を増やすのもお嫌でしょう?」
「そら、そうやな。ギクシャクして上手くいかへんやろ」
人手不足を一気に解消できない理由はそこにあった。
元々百三十名程の小さな村で、わいを受け入れてくれたことからも分かるように排他的ではないが、コミュニティは出来上がっとる。
この村のやり方に馴染まない者や、性根の良くない者に入り込まれては困るんや。
「でしたら別の場所で作ってはどうでしょうか?」
「別の場所?」
「ええ。ここからそれ程離れていない場所に、畑や製粉所を増やすことは可能ではありませんか?」
成る程。
いずれ近くの村に分業をお願いしようと思っていたんやし、それなら最初からその為の村を作ってもええかもしれん。
「人はどないするん? 移民なんてそう都合よくおらんやろ」
「大丈夫です。戦禍で村を焼かれて、再建しようにも安全が覚束無い為に、村を放棄して逃げ出してきた者達がおります」
「戦争?」
わいは思わず顔を顰めた。
ナニソレ怖い。こっちの世界って戦争してるの?
「ああ、山を越えた遠く向こうの国の話ですよ。我が国では知らない人の方が多いでしょう」
メロちゃん、絶対に山の向こうの国には行かない!
「でも、言葉も習慣も違うやろ? いきなり連れてきて働け言うても――」
酷なんやないか、と続けようとしたらアマンシオが薄く笑った。
「カルビ山を越えてきたくらいですから、生きる為には何でもするでしょう」
カルビ山? 何それ、美味しそうな名前なんやけど。
それにしても――
「地球人を連れ去る、宇宙人みたいな顔しとるで」
「は? ち、きゅー? ナニ人ですって?」
「いや何でも。それより、その人達に一旦会わせて欲しいねんけど。話はそれからや」
わいは村人達と話し合う事にした。
***
「メロさんの思うようにしたらええ」
村長はそう言うが、そんな訳にはいかへん。
わいは大人達に集まって貰って、近くに分村を作る事について相談をした。
「戦に巻き込まれた奴は気が立っているからな……」
若い頃は村を出て傭兵をしていたという男が言った。
「寝るところと、食べる物を分け与えるのは別にええ。けど、言葉が通じんのは大変なんやないか?」
心配性のミゲルがそう言った。
わいはそれについてはちょっと思うところがある。
「わいなら、言葉が通じるかもしれへん」
わいはこの世界にきて最初から言葉が通じたので、自動翻訳付きかマルチリンガルになっとんのとちゃうかな~と思っとる。
「メロさん?」
「ほら、ずっと旅をしとったし、色んな国の歌も知っとるから、何となくいけるんやないかな~て……」
「そうか、でもそれやとまたメロさんの負担が増えるなぁ」
「心配してくれておおきに。それでも人手が増えるメリットは大きいんや」
家と故郷を失った人達に、安全な寝床と仕事を与えられる。
うちは生産量を増やすことが出来て助かる。
条件さえしっかりと調えたら、お互いに良い話や。
でもなぁ――
「あの商人は、信用出来るのか?」
アンヘルの言葉にわいは眉を顰めた。
アマンシオは欲しいものを正直に言って、わいの話もよう聞いてくれた。
配送方法や販売方法も良く考えられていて、商人としての力量もありそうやった。
こちらの事情もよく踏まえ、細かく寄り添うてくれたと思う。
それでも。それでもアマンシオの避難民に対する態度が気になるんや。
「他国の人間やからかもしれへん。けどなぁ、人を下に見るもんは、平気で人に酷いことをするんや」
わいは芸能畑におったんでよう知っとる。
他人を見下す奴はそいつを自分と同じ人間やとは思ってないから、平気で踏みにじるんや。
人間やと思っていないから、罪悪感もなくほんまに酷いことをする。
そういうの、嫌になるくらい見て聞いてきた。
「別に国が違ったって、同じ人間やろ? 息をして飯食ってクソして寝て、大体おんなじような事で笑って泣いて。悲しいって気持ちが分かるなら、お互いのことを思いやれるねん。わいはそう思う」
ちょっと熱く語り過ぎたか、と恥ずかしゅうなっとったらビックさんがぽわんと言った。
「ほな受け入れようか」
「そうやな。取り敢えずそれは決定でええやろ」
「あの商人はこっちが警戒しとったらええ」
村の重鎮達がビックさんの言葉に賛同した。
「ちょ、ええのん? まだ意見を出してみて――」
「メロさん、それはもう必要ありません。メロさんが私達にしてくれたことを、他の人にはするななんて言えません」
「マルコ……」
「心配するな。守るものがちょっと増えるだけだ。俺達に任せておけ」
あん、ライツったら男前。惚れるわぁ。
「メロさん。俺達はメロさんの親衛隊っす! メロさんの望みは叶えるっす!」
うん、それ非公式やけどな。
「皆、おおきに。アマンシオさんのことはちょっと心配やけど、避難民で分村を作る方向で話を進めたいと思うわ。でも、勝手に村を作ったりしたらあかんのやろ? 届け出とか、認可は――」
「それはこちらの方でやっとく。あの商人も力添えをしてくれるやろ」
「村長、宜しく頼んますぅ。場所とか、人数と時期なんかはどないしよ? 余り多いと一度には無理やろ」
「多分、多くても数十人といったところだろう。幾ら何でも、カルビ山を大勢で越えてくるのは無理だからな」
「避難民ならきっと酷い扱いを受けているだろうから、なるべく早く受け入れてやった方がいいんじゃないか?」
「取り敢えず寝泊まりする家があって、寒ささえ凌げれば何とかなるかぁ」
「場所は川沿いがええやろ? 牧場の向こう側がええんとちゃう」
「そうやなぁ、温泉もあるしなぁ」
ふふふ、温泉が、あるんや。わいが張り切って温玉を作ろうとしたら、温泉が湧いたんや。
せやから温泉玉子も作ったけど、川の水を引いて温度を下げて、温泉に入れるようにもしたんや。
ずっと温かい湯船に浸かりたいと思うとったから、ほんま嬉しかったわ。
風呂に浸かる習慣のない村人達も、わいに感化されてぼちぼち入るようになってきた。
どういう訳か年配者ばかりで、若い者の間には広まらないんやけどな。
そのうち塀で囲って女性用もちゃんと作るつもりや。
「食料は小麦を分けてやればええな」
「手伝ってくれれば肉も野菜も分けられる」
「牛乳も卵も増えてきとるしな」
「ごま油もあるし、なんとかなるんちゃう?」
その他の最低限生活に必要なものは、アマンシオさんに支援して貰おう。
駄目なら村でプールしている金から出してもええ。
「ま、留学生が来たと思えばええやろ」
わいは軽い気持ちでそう言った。