13.海辺の町の猫は逞しいようや
「お~う、海はええなぁ~」
寒々しい暗い海やった。
荒涼とした浜辺には洗い流された流木が転がっている。
それでもようやっと着いたと思えば感慨深い。
道中はほんまに大変やった。
プリケツは途中で勝手に脇道に逸れるし、モーは大人しい癖に頑固で疲れると一歩も動かなくなる。
怪しい風体の男がわいを女の子と勘違いして付き纏ってきたり、シクロ君とまとめて攫って売り払おうとしたり、旅の一座に勧誘されたりもした。
一座と暫く一緒におったのは楽しかったんやけど、わいに女装をさせたがるのは勘弁して欲しかったわ。
何故かわいは、昔から女性に着せ替え人形扱いをされるんよ。女性に顔とか髪とか触られて、キャッキャウフフするのはええんやけどな。
それからお姉様との「メロさん、肌きれいね。何を塗ってるの?」、「ううん、何も」ってやり取りが懐かしゅうて、思わずパックを作ってあげた。
パックはうどん粉と、オリーブオイルと、塩を混ぜて、七味用に持っとった柚子で香り付けをしてみた。軽くマッサージをしてから十分置いて流しただけで、肌がえっらいピカピカになってお姉様にめっちゃ感謝されてもうた。
もしかして、うどんの加護で効果補正もあったかもしれんな。これもそのうち売り物にしよ。
他にも美容製品はないのかとしつこいお姉様を振り切って、やっと海辺の町へ着いたんや。
この荒涼とした景色を見ても、ホッとした気持ちになるのも無理はないやろ?
「メロさん、まずは村長のところに行きますか?」
「そうやな、その方がええやろ」
よそ者がウロウロしとったら目立つやろうし、事を荒立てたくはない。わいは鰹節さえ見つかれば、出汁昆布さえ作らせて貰えればそれでええんや。
でも事はそう簡単やなかった。
「昆布が欲しいって、あんた阿呆か!? あんなゴミをどうすんだよぉ!」
ゴミって……。日本では高級な昆布は結構なお値段やったで? わいは思わず身を乗り出して訴えた。
「昆布を天日で干して、カラカラに乾燥させたものを水に入れるとええ出汁が出るんです! 水で戻した昆布を煮ても旨いし、日持ちもするし、あんなええもんをゴミやなんて酷いですわ」
「一度乾燥させて、また水に漬ける? 訳が分からないな……」
村長は納得がいかない様子で首を捻っとる。
確かに、磯臭い海藻を干して水で戻したら旨くなるなんて、知らない人からしたら信じられへんかもしれん。でもな、昆布なら幾らでも採れるやろ? もしも売れるとなったら、この村の財政は一気にウハウハやで。
わいはなんとか分かって貰おうと頑張った。けれどもどれだけ説得しても、村長はうんと言うてくれんかった。
それならと、鰹節に似たものはないか聞いてみたが、わいの説明が上手くない所為か、そんな気持ちの悪いものは作っていないと臍を曲げられてしまった。
参ったな。八方塞がりやで。
わいは一旦出直して、態勢を整える事にした。
町中をうろついとったら、随分と野良猫が目についた。
背中に小っさい羽根が生えていて、空は飛べないが結構な距離をジャンプする。
かわええなぁと見とったら、猫が海の上を走り出したんで吃驚した。
「ちょ、シクロ君っ。猫が海の上を走っとるで!」
「わぁ、本当だ。初めて見ました」
そう言いつつシクロ君は大して驚いた風やない。
こっちの世界の猫は、わいが知っとる猫よりもずっとアクティブな動きをするようや。
暫く羽根猫を見ていたら、海の上をヒョイヒョイと跳び跳ねては器用に何かを咥えているのに気付いた。
わいは気になったので、悪いとは思うたが羽根猫をうどんで捕まえて口の中を覗いてみた。
「うわぁ、小魚を食うとったんかぁ。うひっ!」
羽根猫はわいの手の中で暴れて、スルリと身を捩り抜け出して行った。そしてまた食事の続きに戻る。
少し離れたところに、わいらを遠巻きに窺っとる村人がいたので近付いて話し掛けてみた。
「すみませ~ん、何をしとるんですかぁ?」
「わしはバカ貝を拾うとるの」
この人はわしなんて言うてるけど女性や。しわしわで分かりづらいけど多分そう。
「あんた達こそ何しとるん?」
「猫が海の上で魚を捕まえとるのが珍しくて、見てましてん」
「あらま、変わっとるの~」
この辺ではちっとも珍しくない光景やそうで、猫が捕まえとるのはマメ鯵やと教えてくれた。
「魚を猫に獲られちゃってええんですか?」
「だってわしらが食べるとこなんかねえから。捕まえてもしようがねえよ。ただなぁ、いっくらでも獲れるもんで、猫が増えちまって困っとるの。子猫ばっか産んでなぁ」
おばあさんが本当に弱りきった口調で言うのがなんやおかしい。
わいは笑いながら、少しマメ鯵を捕獲して餌を減らしたらどうかと言った。
「食べないのに捕まえるのはいけねえよ。海神様に怒られちまう」
困ってると言いつつ神様に怒られる事を心配しとるのが呑気でええなぁ。
「ちゃんと食べたら怒られへんのやろ?」
「でも、食うとこなんて――」
「あんなぁ、これ、乾燥させたら売れるんちゃうか?」
この小さな魚を乾燥させたら、煮干みたいにならへんやろか。
猫が喜んで食べとるんやから、ええ出汁が出そうな気がするんや。栄養もありそうやし。
「乾燥させて、のすんかぁ?」
「のさへん、のさへん。そのまま酒の肴にしたり、料理の出汁を取るのに使うんやぁ」
「あらま、変わっとるの~」
そんなものが本当に売れるのか、とおばあさんは目を丸くしとるが、やり方次第で売れるんちゃうか。
煮干はラーメンの出汁にも使えるし、猫の餌として貴族に売ったってええ。砕いてふりかけにしたら、成長期の子供にも良さそうや。
「取り敢えず作ってみて、上手くいったら儲けもんやろ?」
「そうだねぇ、ならそうしよか」
おばあさんはあっさりと頷いて、わい達に協力してくれる事になった。
煮干を作る間は家にも泊めてくれると言う。
「おおきに、お世話になります。わいはメロウ言います。メロちゃんと呼んで下さい」
「僕はシクロです」
「あらま、そういや名乗って無かったなぁ。わしはタズ。タズばぁでええよぅ」
タズばぁは身軽に浜辺を歩いて家まで案内してくれた。海に近い場所にあるそれは、家と言うよりも小屋に近い。
「タズばぁ、独り暮らしやの?」
「家はもう倅に譲ったでなぁ。一人が気楽なのよぅ」
笑ってそう応えるタズばぁに、強がった様子はない。ほんまに好きでそうしとるようやった。
「そうや。タズばぁ、夕飯はわいに任してなぁ! 旨いうどんを食べさせたるでえ」
「うどん? 食ったことないのぅ」
「あ、メロさん。茹でるのと、味付けは僕がしますね」
わいの料理の腕を全く信用しとらんシクロ君がそう口を挟んだ。悔しいけど、タズばぁに不味いものを食わせる訳にはいかんので、わいは大人しく従った。
この村には魚醤に似たものがあったので、釜茹でうどんにしてみた。七味を控え目に掛けて食べさせたら、タズばぁはうどんをえらく気に入ってくれた。
「このふわふわ柔らかいのに、プツンとした歯応えがあるのがええのぅ」
「タズばぁもええ舌をしとるわ。この辺の人達ってグルメなんか?」
ここにくる途中で出会った行商人といい、このタズばぁといい、言うことが玄人っぽいねん。
「煮干から取った出汁に魚醤で味を付けて、かけうどんにしてもきっと旨いでぇ」
「そら楽しみだのぅ」
タズばぁは地蔵のようにニコニコと笑ってそう言うた。
わいとシクロ君は朝早く起こされてタズばぁと船に乗り、浅瀬で網を投げてマメ鯵を捕まえた。
タズばぁが幾らでもいると言うてた通り、マメ鯵は網を投げれば簡単に獲れた。
「警戒心のない魚やなぁ」
わいは呆れながらもせっせとマメ鯵を捕獲し、急いで浜へ戻ると熾しておいた火で魚を茹でた。
それから網に広げて天日に干し、羽根猫に盗られないように子供達に箒を持たせて見張らせておく。
空いた時間で色んな魚や食材を見せて貰い、鰹節に近いもんがないか探した。
「鰹節はないなぁ……」
残念ながら、やっぱりこの世界に鰹節はないようや。大分探したんやが、少なくともこの辺りでは見かけへん。
「せめて煮干と出汁昆布だけは、完成させて持って帰りたいわ」
作り方さえ分かれば、この村の人達に生産を任せて定期的に送って貰えばええ。
ちゃんと作れたら絶対に売れる筈や。乾物は日持ちがするし、栄養価も高いし、おまけに美味しいとええこと尽くめやで。
わいとシクロ君はうどんを食べつつ煮干し作りに精を出した。
何度かの改良を重ね、比較的スッキリとした上品な味の煮干しが出来上がった。
完成品を羽根猫に差し出したら喜んで食べたので、まずまずの出来やないかと思う。
わいは約束通り、煮干しの出汁を魚醤で味付けしたものをシクロ君に作って貰い、うどんにかけてタズばぁに供した。
「あ゛~っ、ええ香りだぁ~」
タズばぁが目を細めてうっとりと言った。
魚に馴染みが深いせいかも知らんが、どうやら煮干しの出汁はタズばぁの魂に触れる味らしい。
「これなら村長も納得するやろか」
「あの子に反対されてんのか?」
「『あの子』っ!?」
「村長はわしの息子だよぅ」
ぺらっと明かされた事実に目眩がする。
あの村長が、まさかこのフットワークの軽いタズばぁの息子だとは。
「タズばぁ、何とかならんの?」
「そうさなぁ、したら宴会でもしようか」
「宴会?」
「酒でも飲んで、旨いもんを食ったら気持ちも変わるかもなぁ」
なる程。アルコールでも入れば、村長の態度も少しは柔らかくなるかもしれへん。
それに歌でも歌って村人と仲良うなって、鰹節の情報を少しでも集めたいところや。
わいはタズばぁに宴会の準備をお願いし、選曲を始めた。
***
砂浜に巨大な櫓が組まれ、辺りを明るく照らして盛大に燃え上がっとる。
今どき、日本じゃこんなん見ることはないやろな。流石に異世界や、とわいは変に感心しとった。
「メロさん、煮干しのスープうどんが大人気です」
「そうやろ? わいは絶対に受けると思ったんや」
「でも七味はもっと人気です」
「う~ん、肉にも魚介にも合うからなぁ」
香辛料や調味料の乏しいこちらの世界に、掛けるだけで風味が増し辛さを味わう事が出来る七味は魅惑的な食べ物や。
鍋に貝と油と酒を入れ、蓋をして蒸し焼きにしてから七味をぱらりと散らす。それだけで酒飲みには大絶賛されるんやからな。
「メロさん七味! 七味を分けてくれよぅ」
ええ年したおっさんのおねだりに、わいは笑顔で頷く。
「ええで、煮干しと出汁昆布と交換やな」
「あんたもしつこいのぅ」
村長は呆れたように溜め息を吐いたが、どうやら話を聞いてくれる気になったようや。
「村長、わいにはありふれた七味があんた達には珍しいように、海でしか採れんものを欲しがる人達がいるんや。煮干しも、出汁昆布も、わいの故郷の料理には欠かせんものやし、これから大きな町で流行らせるつもりや。煮干しと昆布が売れるようになれば、漁に出られんものも仕事が出来る。羽根猫の数も少しは減るやろ。どうや? 作ってみぃひんか?」
「う~ん、これも時代の流れかのぅ。そこまで言うなら、まぁええ。一回やってみるかぁ」
やった。煮干しと出汁昆布の仕入先を確保したで。
更に初めの納品量や代価と時期を話し合っとったら、別のおっさんが乱入してきた。それにしてもこの町はおっさん率が高いな。
「そんな難しい話ばっかしてないで、あんた達も飲むべ」
「飲んで歌うべ」
気が付けば、周りのおっさん連中はええ感じに出来上がっとった。
そんで歌ったり手を叩いたりしとるんやけど、調子っぱずれでなんや尻がムズムズしてくる。
あかん、わいにマイクを持って来いや。
わいは特注で作った拡声器を取り出し、なんとか音頭やホニャララ節を歌い始めた。
鼻にかかった『ンガッ』という独特の鼻音に節回し、顎を上げてこぶしもぶん回して気持ちよう歌う。
わいは歌いながら手拍子を打ちステップを踏み、軽快に地面を蹴る。
簡単な振り付けやから、周りも直ぐに真似して踊り出した。
村人達は焚き火を取り囲んでぐるぐると回る。
同じ動きの繰り返しは、軽いトランス状態に入りそうや。
時を忘れて歌い、躍り続けて、だらけてきたところでわいは男の演歌を歌う。
兄弟舟とまつりはめっちゃ盛り上がったで。アンコールが止まらんかったほどや。
「メロさん、あんたこの村に住まないかぁ?」
「え? わいは待っとる人達がおるから――」
「昆布でも何でも採ってくるから、ずっとこの村にいてくれよぅ」
おっさん共にやけに熱の籠った眼差しで見つめられて、わいはまた親衛隊が増えたことを知った。




