新天地と主人
※一話の長さや行間など、リクエストあれば下さい。
神様がかざした右手が、徐々にホワイトアウトしていく。
身体が見えない何かに引っ張られているのを感じる。俺は、どこか別の世界に送られようとしているのだ。今まで生きてきたのとは違う、どこか別の世界に。
「待ってくれ! どこに連れて行かれるんだ? 前世の記憶とか、言葉とか、風習とか、どうすればいい!?」
何の説明もないまま知らない土地に送られそうになって、俺は矢継ぎ早に質問した。
だが、返事はそっけない。
「君の主人が説明するといったろう。心配しなくていい。楽しんでくるといいよ。魔物としての生涯をね」
「一体どういう生涯になるんだ?」
「さぁね。君しだいさ。でも、助かったよ。君が人間よりも魔物に向いていて。戦争で魔物の数が減っていたからね。補充したいところだったんだ。世界のバランスが壊れてしまう」
戦争!? 不吉な言葉があったぞ。
「おい! なんだよせん――――」
問いただそうと思ったが、もう遅かった。
柔和な笑みで、神様が俺に別れを告げる。
「それじゃあ、あとは君の主人に色々頼るといい」
すべての感覚が全て白に塗りつぶされていく。見えない巨大な手に掴まれ、深い穴に引きずり込まれていくようなものだけが、例外だった。
どんどん深部へ、戻れないところまで連れて行かれていく。
もう、俺はもとの人生には戻れない。これから始まるのは魔物としての人生、いや『魔生』なのだ。
それにしても、『魔生』とは、一体どんなものなのだろうか?
旅人でも襲って餌にする人生なのだろうか。でも、野良魔物じゃない可能性が高い。だって、主人がいるのだものな。あの神様、たしかに『主人』といっていた。魔王にでも使えるんだろうか?
――あとで分かることだが、この予想はあまり正しいものじゃなかった。確かに主人はいたが、恐ろしい魔王ではなかったのだ。まあ、恐ろしい魔王ではなくて、恐ろしい貴族令嬢だったのだが。
引きずり込まれる速度が臨界に達しようとしていた。いよいよ新天地につくらしい。不穏な新しい人生の舞台は、どういう場所なのだろう。衣食住に困らないといいが。
全ての感覚が、今度こそ完全に白化した。
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「……きなさい。起きなさい。我が新しき奴隷よ」
声が聞こえる。女性だ。若い。死んだ時の俺か、それより下くらいだろう。
一度にいろんな情報が与えられ過ぎて、うまくそれらを認識できない。体がすごく重いし、視界はチカチカしてる。さっきの声にも、うまく応えることができない。唸り声のようなものがでるだけだ。頭がすごく痛い。酷い乗り物酔いをしたときのようだ。
「……う。ここ……は?」
「我が一族の屋敷よ。貴様の住居でもある」
女性、いや、やはりまだ少女だ。たぶん、十七かそこらの。その声は、嫌に高圧的なものだった。命令するのになれている。高い地位に長年いることで育てられるものだ。巨大企業や有名政治家の子息みたいな感じがする。
ようやく視界が正常になった。紅い高そうな絨毯から、視線を上に向ける。高圧的な声の方に。
そこには、女が三人いた。三人とも若いがそれぞれ微妙に年齢層も身長も異なっていた。
右が一番幼くて背が小さい。いたづらっぽい視線で俺をみている。翡翠色の両目に銀髪。小学校高学年くらいだろうか。真ん中に宝石が埋め込まれたステッキみたいなものをもっている。何なんだろう、あれは?
一方、左が大人びていて、身長がとても高い。二十代前半で、二メートルはありそうだ。紅髪灼眼で、すごい威圧感がある。腰にとても長いクレイモアを帯びている。きっと武人だ。真ん中の奴のボディガードだろうか。
そして、中央。
「起きなさい、奴隷。僕がみっともないと、主人の私までみっともなくなるじゃない。これ以上、同じことを私に言わせるな」
凄まじい高圧さ。高貴さ。前の人生では見たことない人種だ。(まあ、左右もそうだけど)
澄んだ青空のような碧眼。繊細な金細工のような髪の毛。息をのむ美貌。それでいて、年齢に不釣り合いな自信と落ち着き。
間違いない、この少女が俺の主人だ。新しい魔生の上司。いや、ほんとうに下僕と使役者の関係なのだろう。気軽に逆らえそうにない。俺を見下す目線は、生まれながらに人の上に立ってきた存在のものだ。
(うわ。すごい美人じゃないか。でも、ちと恐ろしいぐらいに厳しそうだな……。挨拶とかしたほうがいいのかな)
でも、こういうとき何といえばいいのだろうか? ビジネス敬語すらままならないのに、位の高そうな彼女を満足させる言葉が見つかるとは思えない。
とりあえず、指示通りに立ち上がる。
立ち上がったときに、ようやく身体の異変に気がついた。
立ち上がったときの視点が、やたらと高い。前の人生(確か、前世の身長は170㎝くらいだった)の四倍以上はある。単純計算で、立ち上がったときの高さは七メートルほどだろうか。すごい巨体だ。天井に頭がぶつかりそうなものだが、豪邸だからか天井までには数メートルほどの余裕がある。広い家だ。家主は金持なのだろう。
それに、身体の全部を漆黒の体毛が覆っている。堅そうな毛皮だ。やわな刃や牙など通しとうにない。両手を眺めてもっと驚いた。巨大な肉球の先に、黄金の爪がついている。五本指で、手の平の肉球の下に、モノを掴むためのこぶがついている。見覚えがあった。ヒグマの手だ。俺は熊に生まれ変わったのだろうか? あるいは、熊に似た何かの魔物に? 舌で口内を調べてみると、縦長の口の形と、鋭い犬歯を確認できた。肉食獣のそれだ。
おまけに、尻尾まである。その異様に長い尻尾だけは、体毛以外に棘状の鱗におおわれている。振り回せば敵をなぎ払えそうだ。しなやかな凶器。
翼はついていなかった。体には頭部と強靭な四肢、そして尻尾だけだ。それにしても、すごい姿に生まれ変わったものだった。いきなりの変化に戸惑ってしまう。その感情が、この恐ろしい魔物の表情に表れるかはしらないが。
「あ、あの……」
獣の口で言葉がしゃべれるのか不安だったが、無事にできた。少し安堵する。人間らしい部分がようやく見つかった。
「黙れ。誰が発言して良いといった? 私が許可を与えるまで口を開くな、奴隷風情が」
ぴしゃりと中央の美少女に叱られる。七メートルの巨体を、百六十五センチたらずの少女が威勢よく御している。俺の姿が怖くないのだろうか?
「……残滓で呼び出したとはいえ。小さいな、アズメリア? 私とキイラの召喚で、ほとんどメモリーの余りが無かったのではないか?」
主人の左に控える武人のほうが、俺を一瞥して言う。値踏みが終わった格下の相手をさげすむような目だ。俺のことをよく思っていないのだろうか?
「くすくす。そうね。アズが呼び出すには、少し貧弱ね。よくて全部が平均値ってとこ? 私達の足元にも及びそうにないわ。外れ枠よ。残念だけど」
かわいらしい見ためによらず、えぐいことをいう銀髪の女の子。魔法の杖みたいなのをもった子だ。こちらも、翡翠の両目から冷めた光を落ちらに向けている。
なんだか、居心地が悪いな……。さんざんこけにされるし、おまけに中央の主人が機嫌を悪くしている。両脇の従者にからかわれた怒りを、俺に向けている。なんだか理不尽だ。
「……今は戦時よ、二人とも。蚤のような戦力でも、必要な時期なの。私だって、こんな冴えない魔物と契約するのは気が進まない。でも、仕方がないわ。お父様から直々の命なのよ。元老院からこのアヴェンタ・ゴールド家に、配下の魔物をメモリーの限り従えるよう命が下ったの。戦が終われば、側解雇するわ。こんな鈍物」
酷い言いようだ。全く歓迎されていない。
家の名前も舌をかみそうな大仰なものだし、俺はとんでもないところに呼び出されてしまったのかもしれない。
……これから、俺はどうなるんだろう。
不安で仕方ない。




