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予期せぬ試合

闘技場での試合が始まります。

 鈍い金属の振動。俺の身体が宙に浮く。


 僅かな浮遊から地に戻ると、四方からの歓声が俺を囲んだ。


 闘技場の地面は、乾いた砂漠のような感覚をしている。血を残さず吸い込んでしまう無情の砂。それに満ちている。


 刺すような視線を、俺と同じ場から感じた。闘技場の向こうからだ。


 狭い鼻の洞を空気が出入りする音。蛇の呼吸だ。


 鮮血の両目に、金属光沢を放つ灰青色の鱗。そいつがとぐろを巻いて俺を睨んでいる。


 対戦相手だ。確か、別の市民階級の家で使役されている毒蛇の魔物。


「お前が今日の獲物か。せいぜい楽しませろ」


 低い声でそう語りかけてくる。気配で分かる。こいつは強い。たぶん俺と同じ中級なのだろうが、そのなかでも猛者なのだろう。


 戦闘を告げる大きな銅鑼の音。俺は瞬時に身体を後ろにそらしていた。


 直感的に動いて正解だった。俺が体を反らしたその場所を、鋭利な毒牙が切り裂く。喰らっていれば、ただでは済まない。


 獣の咆哮をあげて、俺は反撃に転じた。右手の爪で、奴の顔を狙う。


 しかし、その一撃は虚しく空を切った。奴の頭は素早くトグロの方へ吸い込まれてしまう。


 くそ! どうすればいい?


 そこそこまともに立ち会えていることも驚きだったが、それよりも奴の反応速度についていけない。かわすのが精いっぱいで、二度三度と同じ刹那を繰り返す。そのたびに闘技場の客席では、頭に血が上った観客達の雄たけびがあがった。


 趣味の悪い連中だ。命のやり取りを見世物にして楽しんでる。


 だが、自分の立場を嘆いている暇はない。


 にやりと大蛇の口角がつり上がったように見えた直後、奴の口から黒紫の霧が吐き出された。毒なのは色と匂いで簡単に想像がつく。


 思考よりも精髄反射で、俺の肺が大きく空気を求めた。喉元が熱くほとばしり、それを俺は吐きだす。


 灼熱の炎。その熱量は凄まじく、業火が毒霧を飲み込む。そのままの勢いで、炎は大蛇を飲み込んだように見えた。



 やったか!?



 その油断が、左から襲い来る影に砕かれる。


 紅い口蓋が俺を呑みこもうと迫っていた。生物としての恐怖が、俺をとっさにしゃがませる。


 鋭い牙が空を切った。敵の一撃は外れたのだ。


 地面すれすれで半身になりながら、俺は最後の雄たけびをあげた。渾身の一撃が、剛腕から放たれる。回転の勢いをのせた一撃は、黄金の爪先から奴の頭蓋へ炸裂した。


 鱗にこちらの拳がめり込む、確かな感覚。その直後に、奴は身体ごと闘技場の壁へ飛ばされていった。


 吸い込まれるように石造りの壁に大蛇が撃ちつけられ、崩れ落ちる。


 静寂。


 そして、割れんばかりの歓声。


「うおおおお!!!」


「見たか、あの動きを!?」


「ああ。やはり名家の魔物だ!!」


「アヴェンタゴールドはすごいな!!」


「跡取りがまた強力な魔物を手に入れたぞ!!」


「アヴェンタゴールド万歳!!」


「アズメリア万歳!!」



 そんな喧騒が頭から降ってくるのを、俺は他人事に用に受け止めていた。


 戦いから解き放たれたことをようやく認識した体が、だらりと弛緩する。疲れた。


 魔物の運動神経と戦いのセンスは本物だ。俺はすごい力を手に入れたのかもしれない。だが、短い時間ですごく、くたびれたのも確かだ。息もつけない緊張だった。


 観客席の中に、俺は銀髪の少女を探した。キイラは戦いの場から近い席で、にっこりほほえんでいる。一応認められたのだろうか。なら、いいのだが。


 ふう。そうため息をつくと、俺の口からは弛緩した獣の唸り声が響く。つくづく自分が魔獣になったのだと、再認識した瞬間だった。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 






「酷いじゃないか。俺はなにも聞かされてなかったぞ。なのにいきなり……」


「まあまあ。いいじゃない。勝ったんだし。でも、見直したわ。意外とセンスあるのね。アズには期待されてなかったけど、才能あるかもしれないわよ? みこみありって感じ?」


「見込みありってなぁ……」


 やるせない思いと、冷めやらぬ興奮。そういうものがまだぐるぐるしてる。


 試合と闘技場から解放され、俺は関係者たちの熱烈な挨拶を受けた後、キイラと合流した。


 彼女は勝気な笑みで俺を出迎えた後、闘技場での試合についてあれこれ感想を語った。その大半は、あの善戦からは驚くことだが、駄目だしと指導だった。彼女曰く、まだまだ戦地で十全な働きをすることは遠い目標だという。ありがたい話だ。(皮肉)


「でも、グリちゃん。ほっとしたわ。あなたがアヴェンタゴールド家、ひいては上級魔物の同僚である私に泥を塗る存在じゃなさそうで」


「見習いとして少しは認められたことはうれしいけどさ……」


「認めてない。まだ、その資格があるかもしれないって話。調子にのらないでよね。いいこと?」


「はいはい」


「はいは、一回」


「……はい」


 年下の少女にものすごく隠した扱いされながら、二人並んでアヴェンタゴールドの屋敷まで戻る。


 俺が闘った場所は、丁度、都の中心地だ。人気の娯楽施設が都市の中心にあるのは、前の世界でもこの世界でも変わらない。


 そして、金持ちの住居が都市の一等地にあることも。だから、アヴェンタゴールドの館は闘技場から結構近いところにあるみたいだ。やっぱり、俺の使える貴族の家は、大富豪なんだろう。


「でも、ひどいじゃないか。新人研修であんな試合を組むなんて、おまけに、試合の収益まで何割かせしめたんだろ?」


 俺の抗議に涼しい顔のキイラは、うんうんとしたり顔で頷く。


「当然。魔物は、使役者の所有物。所有物のあげる利益は、所有者であるアズメリア・アヴェンタゴールドの利益。そして、アズのおこずかいは、私のスイーツ代。世の中、良く出来てるわね」


 できてねーよ。と思ったが、黙っておくことにした。


「それに、新人研修なんて、おまけよ」


 と、キイラが言ったからだ。


「おまけ?」


 あの壮絶な戦いが、訓練以外の目的だったのか? 俺は愕然とした。


「そう。知っての通り、今、アヴェンタゴールド家は狙われてるわ。その家が、新しい魔物を雇った。都のちょっとしたニュースよね?」


「ああ」


「それを、一番熱心におうのは、だーれだ、グリちゃん?」


 キイラの翠玉眼が、鋭い眼光を放つ。そこには、遊びではない刃のような威圧があった。


 遅かったが、俺もようやく気がつく。


「……そうか。そういうことか」


「そう。すごく熱心に見てたと思うわ、あなたのこと。逃げ出した捕虜さん達はね」


 捕虜を装って、共和国内に侵入した工作部隊。彼らは、共和国の主力を担うアヴェンタゴールド家を狙っている。


「……もしかして、俺、囮?」


 嫌な予感がした。試合で流したような冷や汗が、首筋を伝う。


 満面の笑みのキイラ。やっぱり、嫌な予感は当たりらしい。


「今からグリちゃんには、夜のお散歩に出てもらうわ。ひ・と・り・で・ね」


 うそぉ! いやだぁ!!


 心の中で叫ぶ。でも、泣き言は言えない。だって俺はしがない雇われ魔物なのだから。


「でもそのまえに、晩餐で滋養をつけられるわ。よかったわね、アヴェンタゴールドの魔物になれて。ここのシェフ、すごく腕がいいのよ」


 慰めみたいなことを言われても、全然気が晴れない。


 俺、初仕事がテロの囮なのかぁ。


 生きていられるんだろうか。


 ……戻りたいな、もとの世界に。





続く





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