魔物に向いてる!?
※久しぶりの投稿です。気楽に読んでね。
「君は、人間よりも魔物がむいてるね」
目の前の神様が言った。
「まもの?」
俺は聞き返す。まもの? なんだそれ。干物の亜種だろうか。アジやカレイとかの末路みたいな。
「魔物だよ。異世界である魔界の生物。呼び出される世界とは別の世界の住人で、生態も全然違う。そういう妖し~い存在さ。悪魔ともいうね。君達の世界では」
「悪魔。ああ、あの魔物ね。ソロモン七十二柱とかの。バルバトスとか、アスタロトとか」
画点がいった。ファンタジーだ。
俺もガキの頃好きだったよ。闇の存在って奴だよな。中学二年生ぐらいの頃にすきだった。腕に紋章なんかマジックで書いたりして。黒歴史ってやつだ。思い出して、ちょっと恥ずかしい気持ちになる。でも、あの頃の俺は、自分の人生がこんな風になるなんて思ってなかったろうな。
「そうだね。腕に自分でデザインした紋章を書いていた十四の君には、理解できないかもしれない。自分がその六年後に死ぬなんて」
驚いて中性的な顔立ちの神様を凝視する。だが、彼(彼女)はさも当然といった顔だ。自称しか証拠がなかったから怪しんでいたが、全知全能の片鱗を見せられると、信じてしまいたくもなる。
「自分がすでに死んでいるから、こうして神と対面していることに?」
神様が言う。この空間に初めて来たとき驚きは、もう薄れてきている。人間、なんにでも馴れてしまうのだ。なんとなく、神様の放つ気配で納得できる。できるというか、納得させられてしまう。そもそも突然、神様とやらと対面させられたら、考えるのなんかやめてしまいたくなるし、俺は実際そうつつある。頭のいい人間なら、もっと何か思い浮かぶのかもしれないが、平凡な俺にはこの『現実』に圧倒されるのが関の山なのだ。
「そう。迂闊だったよ。歩きスマホのサラリーマンにぶつかられて、それで特急に――」
ラグビー選手のようだった俺の死因を思い出す。忙しそうで高めのスーツを身につけた若い勝ち組。
「つまらない死に方だ。誰かを助ける訳でもない。誰かに恨まれた訳でもない。君が死ぬ原因をつくった相手は、自分の生涯を終わるそのときまで、君の間抜けな死に、苛まれる」
「一応、後悔ぐらいはしてるんだな。あのサラリーマン」
「君より遥かに深い考えの持ち主だ。七十七歳まで幸せに生きる。――君のことを除けばね」
無感情な神様の言い方が、妙に鼻についた。
「死んだのはこっちなのに。被害者面かよ……」
「モノの見方さ。全ての角度からモノを見れなければ、神は務まらない。それに、ある意味、幸運だ。あれだけ痛みも恐怖も感じる暇なく生命を手放せるのは、珍しい」
俺の訴えは、神様に一蹴される。これ以上彼(彼女)の話の流れに逆らっても取り合ってもらえそうにないので、俺は渋々ではあるが自分の死因についての話題を諦めた。
「まあ、いいさ。もう済んだんだろ。戻らないんだろ? 俺も、他の誰もそれを予想していなかった。不慮の事故だ。仕方ないさ。仕方ない……」
やりたいことはまだまだあったが、仕方ないと口にして考えないようにするしかない。
ここはもう、さっきまで俺がいた前世とは別の場所なのだ。関われない場所のことに、思いを馳せても仕方ない。
「不慮の事故。まあ、そういう言い方もできるだろう。君からすれば」
長い白髪をすこしも揺らさずに、目の前の相手は唇だけを神秘的に動かす。
性別も判断できないが、年齢も分からない神様だ。光の当たり具合によって、生まれたばかりのようにも見えるし、ものすごい歳月を生きているようにも見える。掴みどころがなさすぎるのだ。相手の邪推を阻むかのように、その白い神様は限られた情報しか、俺に与えてこない。
「そう。ぼんやりしてた。高い学費を工面するための金策で走り回って、その日も地元の信用金庫に学資ローンの話をしにいってた。奨学金だけじゃ、足りなくてね。それで保証人やら返済期間やらの話で頭が一杯になって、バイトの情報誌をホームの一番前で読んでいたら、急に……」
「おやおや。もう考えないようにするんじゃなかったのかい? また考えているよ。もう戻れない場所のことを」
神様の微笑みがそこ意地悪く見えるのは、きっと俺が急に取り上げられた人生に未練があるせいだ。
「わかったよ。でも、そんなに簡単に整理なんてつくわけないだろ。あまりにも急だったんだ」
「でも、君にはこれから、別の人生がある。それを今度は生きないといけない。分かるね?」
「わかるわからないじゃなくて。そうするしか、ないんだろ……?」
ため息をつきたくなる。どうしようもない倦怠感。でも、この大きな流れに抗うことはできない。俺は無力だ。冴えない一人のモブに過ぎない。
「そうだ。でも、冴えない君にも新しい人生、いや魔生がある。転生するさきの世界で、それを生きてもらうよ」
話が魔物として生きることで進んでる。もう抵抗する気力も何処かへ行ってしまったが、不安はある。
「魔物として生きるって、どういう風にすればいい? 訳が分からないんだが」
「まあ、そうだろうね。でも、心配はいらない。転生先で、いろいろ君の主人が教えてくれるさ。チュートリアルってやつだ。色々頼るといい」
「主人? 俺、誰かに使えるの?」
琥珀色の神様の両目が、柔和に細められる。
「そうだよ。さ、時間だ。そろそろ、お喋りは終わりにしよう。神様は忙しい。冴えない君と違ってね」
嫌みのない嫌みな笑みを浮かべて、忙しい神様はこちらに右手をかざす。
より多くの説明を求める前に、俺は白い光に包まれ神様の目前から消された。
そして辿り付く。
次の冴えない人生(魔生)の舞台に。
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