大瀑布へ
「そのままシュト大瀑布へと街道に沿って歩いていこう。あくまで自然に、だ」
黒く立ち込める雲の下、光の龍が踊り狂う中、レベセスは進行方向から目を離さずに、静かに呻いた。後をついて歩くファルガとレーテは、周囲に視線を配りたい衝動を抑え、僅かに頷いた。
後世に『大陸砲惨』として伝えられることになる大惨事を目撃した少年と少女は、その日中救助活動に従事することになった。
周囲を見渡す限り、死者は見当たらない。だが、命に別状はないものの、応急処置を必要とする者は多く、横たわる者や蹲る者は多数いた。野戦病院を思わせる呻き声が周囲を埋め尽くす。
身体的な損傷より、精神的な損傷が問題視される者も多かった。しかし、無理もないだろう。比較的精神状態の安定していた者の目の当たりにした情景の証言を総合すると、それはどう見ても悪夢だった。覚める事が自分の意志で可能ならば、何の選択をする事もなく覚醒を望んだはずだ。
その悪夢とは……。
ファルガとレーテが見たあの空飛ぶ巨大遊覧船。あの巨大な船が、岸壁にいた者に直接襲いかかったというのだ。
眼前に爆発的に広がった光の渦。その渦から飛び出してきたのは、彼等の愛した巨大帆船。平和の象徴であり、カタラット国の栄華を見守ってきた筈の同志が、海上を疾走し今まさに岸壁に衝突するその瞬間、眼前で大きく飛び上がると、光の奔流に飲み込まれ、バラバラに砕け散ったのだという。
その有り得ない情景を見た人間は、身動ぎひとつできない状態で、小さくなったとはいえ天から降り注ぐ、燃え盛る破片を幾つも体に受けた。中には、岸壁に打ち付けられた波にのまれ、海に引きずり込まれた者もいる。
上空で『英雄』が爆ぜた直後、少年と少女は岸壁に駆けつけ、レベセスを探した。
予想に違わず、元聖剣の勇者であるレベセスはあっさりと見つかる。レーテの父レベセス=アーグは無傷で、率先して救助活動を行なっていたからだ。
彼等もレベセスに合流し、怪我人の救助に従事した。
そこで衝撃の事実を目の当たりにする。
岩壁にいた人々のほとんどが、実は無傷か擦り傷程度の軽症だった。少し大きめの負傷といっても、光の爆発の際に海に投げ出された人々が、大量の海水を飲んで気を失った程度だった。
街並みも最大で半壊した家が数棟。屋根が飛ばされた家は若干数あったが、カタリティの最期を見送るためにこの地を訪れていた人々が目の当たりにした衝撃的な光景に比べ、被害は著しく少なく見え、そして実際少なかった。
英雄カタリティが最後にこの国を守ったのだ、と人々は感じた。彼らは感謝とともに英雄の死を悲しんだ。元々この地を去る存在だった英雄が、最後に人々を守って逝った。そう考えると感謝と共に、一抹の物悲しさが人々の間に流れた。
老王ビリンノの崩御が伝えられるまで。
ビリンノの死が国内を駆け巡った時、国民は愕然とした。
それまで様々な施策を行なってきた王を突然失ったのだ。それは国家のブレーンを失ったに等しく、様々な国の機能が一時停滞する。
古代帝国の遺跡から出土した様々な物品も、輸出するのか破棄するのかの判断をする人間がいなくなり、流通が滞る。
王の指示によりなされていた自給の物品の物々交換の会合も開かれないため、国民は自分の仕事として作った製品に埋もれ、また他者との交換で入手していたそれ以外の日常品に飢えた。
それぞれが自主的に考え、行動すればよいはずなのだが、少ない財を効率よく分配交換する為に、老王ビリンノが国内向けの産業の生産量から流通方法に至るまで管理運営していたことが、この状況下では完全にマイナスに機能していた。人々が自身で分配法則を作り出すまでには、それなりの時間を要することとなってしまい、国内に流通に関する混乱が生じたようだ。
そんな中、宿に宿泊していたレベセス一行は、宿を払い、出発した。
国の混乱は、元々為政者だったレベセスには痛いほど感じられた。
だが、この国は自分とは関係ない。手を下すことはできないし、手を下してはいけない。カタラット国民たちもそれを望んではいないだろう。
見て見ぬふり、といえば聞こえは悪いが、レベセスは傍観を決め込むことにした。
これはカタラット国の問題だ。人としての手伝いはできるが、為政者がいるこの国で自分がその面で出ていく事はない。
今はレベセスもファルガもレーテも、SMGの特派員となっている。一国の内政に干渉することは極力避けなければならない。
そう思うことで何とか自身の心に折り合いをつけ、激しく後ろ髪を引かれながらも、本来行うべきことに従事することにした。
本来すべきこと。
それは聖剣『光龍剣』を入手すること。
数年まで自身が所有者であった伝説の四聖剣の一本、光龍剣をガガロより先に手に入れることで、聖剣の所有バランスはガガロが二本に対し、レベセスも二本となり、数の上でのバランスはイーブンとなる。ドレーノで発生したような聖剣による駆け引きは事実上存在しなくなり、仮にそのまま戦闘に突入したとしても、見習いとはいえ聖勇者二人を相手にガガロが圧倒できるとは到底思えない。
平和裏に話し合いを行うにしても、背景の戦力はイーブンかそれに近い状態でなければならない。その条件を満たすためにはどうしても先に光龍剣を入手しておく必要があった。
対巨悪対策に傾倒したガガロに対し、レベセス側が聖剣を二本所有することは、古代帝国が滅びたといわれる大規模世界抗争『精霊神大戦争』の再発回避に大きく貢献する。巨悪に対する対抗策を講じるあまり、精霊神大戦争の再発を辞さないガガロに対して、予防線を張ることができるからだ。
精霊神大戦争の発生を軽んじさえしなければ、ガガロの言うところの巨悪の撃退に協力することはレベセスとしても吝かではない。
聖剣をすべて揃えると、世界を支配できる力を手にすることができると言われている。それは、余りに漠然とした情報であり、そして誰もが知る物語だった。
レベセスは、その力こそが、精霊神大戦争を引き起こす力だと考えていた。
聖剣を一人の下に四本集めさせてはならない。一人の聖勇者が四本の聖剣に対し、同時に所有契約を結べるのかは不明だ。一人一本で、四人で四本なのか。はたまた、一人で四本とも所有契約を結べるのか。
かつて、ガガロは『死神剣』と『刃殺し』の二刀流でレベセスたちと戦闘を行なったことがある。あれは、二本とも所有契約を結んだ上で戦っていたのか。それとも、聖剣の所有資格のある人間が剣を抜くことができるのを利用し、二刀流で戦闘に臨んでいたのか。
自身の娘レーテは、勇者の剣と所有契約は結んでいない。だが、抜刀し、能力を引き出すことはできた。ということは所有契約を結んでいなくとも、聖剣を発動させることは可能だということだ。
ならば、なおさら四本をガガロの手元に揃えさせるべきではない。
幸い、ガガロはまだ光龍剣には到達していないようだ。
追いつくならば今しかない。
今は、光龍剣との所有契約を解除し、彼以外に知らぬ場所に隠す判断をした過去の自分の考えを悔やむしかなかった。その当時の状況下では仕方のない事だったとはいえ。
「……尾行られているな。結構な人数だ。気配は完全に消している。かなりの手練れだ」
街道を進むレベセス一行。
突然発せられたレベセスの、ともすれば独り言とも捉えられそうな言葉を聞き、ファルガとレーテは思わず周囲を見回そうとし、レベセスに制された。そして、そのまま何も気づかない振りをして進むことになる。
「街中での戦闘は避けたい。何とか街を外れたシュト大滝までは到達したいところだな」
「宿で休んでいるヒータックさんは大丈夫かしら……」
レーテは心配そうに呟いた。
宿を出る時には、既に追手はあったようだ。だが、どの時点から監視されているのだろうか。そして、何のために監視されているのだろうか。そもそも、この国ではまだファルガたちは監視されるようなことはしていない。
自分達の存在はカタラット国にとって違和ではあるが、直接の害を及ぼそうとしている訳ではないし、そもそもこの国で何かしでかそうというわけではない。この地の人ですら立ち入らぬ所に物をちょっと隠しておいただけだ。
「感謝こそされても、監視されるような覚えはないんだけどなあ……」
ファルガは背負った聖剣に手を掛けたい衝動を抑えながら呟いた。
危機を覚えた瞬間に無意識に聖剣に手が伸びるようになった。それは、ある意味トレーニングの効果ではある。戦闘に突入した時に、聖剣をすぐに手元に置く事で、彼が経験してきた殆どの脅威については対応できる。その思いが、彼の聖剣に対する絶対的な信頼を確固たるものにした。
レベセスはファルガの背にある聖剣に、違和感を覚える。
聖剣の為に準備された鞘。だが、剣であると分からせないために棒を収めるための袋に鞘ごと収めている。剣を剥き出しにしない事で、一瞬トラブルに対する反応は遅れるが、それを補って余りあるパワーアップを聖剣は聖勇者に施す。それに、聖剣の能力を発動させようとするなら、剣を鞘から抜き放つ必要はない。剣が体に一部触れているだけで、その機能は十分に使うことが出来る。
それ故、トラブルに襲われた時の対応より、平常時のカタラットの国民に気付かれることをファルガたちは憂慮した。
その聖剣を収めた袋が、若干太い。太さで違和感を覚えるよりはむしろ、聖剣を収める袋がパンパンになっている事に対して違和感がある。
「……ファルガ、その袋、どうしてそんなに太いの?」
レーテの指摘に、一瞬固まるファルガ。
まさか、道中でこの指摘を受けるとは思わなかった。本当はこの状態は宿にいるうちからそうだったのだが、よりによって今気づくのか……。
「いやぁ……、宿払っちゃったから、あそこに置いておくわけにもいかないし、今更飛天龍に置きに行くわけにもいかないしさ」
そう言って、ファルガは聖剣の収められた袋から、一本の棒を取り出した。
それは、無色透明の美しい結晶だった。水晶の結晶体のようにも見えるが、それにしては些か細長過ぎる。
「綺麗だから、拾ってきちゃった」
レベセスがため息をつく。と、同時に不思議と口角が上がった。
……あの男にそっくりだ。
「……これが原因か」
ファルガが手にしたのは、カタラット国の国民たちの欲した力の象徴。SMGが憂慮し、彼らを派遣した理由でもある『大陸砲』だった。
無色透明の細長いガラス状の結晶なのだが、ガラスとも水晶とも異なるのは、結晶の中心部に一本の青白い線が存在する。結晶の中の不純物、まるで電熱線のようにも見えるその線はうっすらと発光しているようにも見えた。
ファルガは当然大陸砲の名前は知っていたが、それが船に積んであるような大砲の形をしているものではなく、美しい結晶体だということは知る由もなかった。自分が拾ってきたものが、SMGが手に入れようとしてきたものであり、カタラット国の象徴、巨大木造遊覧船カタリティを消滅させたものであり、そして、古代帝国の伝説の兵器の一つであることを知り、目を白黒させた。
「あなた、どこでそんなもの拾って来たのよ!」
彼が手にするものが大陸砲だと知り、感情剥きだしで少年ファルガを責めようとする少女レーテ。彼女からすれば、聖剣入手に忙しい時に、本来直面しなくてもいい敵の襲撃を招き入れる事になってしまったのだから、その怒りもわからないでもない。
だが、レベセスは苦笑しながらそれを制した。
「確かに、このタイミングでの敵襲は、我々としても余りいいものではない。だが、考え方を変えれば、今回のSMGのミッションは、これで終了だと言っていい。SMGの特派員としての実績は積んだことになる」
レベセスは一段階声のトーンを落とした。
「ファルガ君、大陸砲を保持した状態で、そのまま進行は可能か? 可能であれば、このまま聖剣の入手に取り掛かりたい。大陸砲を保持しての移動が困難だというなら、検討もしなければならないが。
大陸砲の保持は、聖剣の使用には若干影響するかもしれん。だが、それを補って余りある好機なのだ。それに、大陸砲の保管は、君がしていることが実は一番安全だ」
聖剣を発動させることがなく済めば、何とか進行はできる、とはファルガの弁。
「どうしてそんなこと言いきれるのよ……!」
抑えてはいるが、途轍もなく鋭い揶揄の言葉。レーテからすれば、わざわざ敵から追跡されるような拾い物をしてきてのほほんとしているファルガが理解できず、そして許せなかった。
レーテの言い分も尤もだった。
知らなかったとはいえ、彼のこの行為は、わざわざ味方を危険に晒すような行為だ。それをファルガが自ら進んで行なったとすれば、それはやはり憂慮すべき選択だったと言える。
それに、この大陸砲が先日カタリティを消し飛ばした物であるとするなら、あの凄まじいエネルギーを放出できる結晶をファルガは常に背負っている事になる。大陸砲と名乗っている物ではあるが、その使用法は定かではない。何かの拍子にまかり間違って誤射でもしようものならここにいる人間は全滅してしまう。
大陸砲はそれだけの危険を孕んだ物だという事なのだ。管理運用できればそれだけで国家間、組織間で圧倒的優位に立つことができる。だからこそ、SMGも躍起になって手に入れようとしている。カタラット側も必死になって取り戻そうとしてくるだろう。
「……それは大丈夫。昨日持って帰ってくる前に色々試したんだよ。俺でも、レベセスさんでも、多分レーテでも大陸砲のコントロールはできるはずだよ」
ファルガはそういうと、背の袋に結晶を戻した。それは言葉の裏にある自信の表れでもあった。
三人がシュト大瀑布に進行を始める前日。
大陸砲が発射された日はワーヘの港近辺でレーテと共に怪我人の救助に従事したファルガ。
前日の救助活動の疲れが出たせいか、明け方目を覚ましたファルガがベッドから起き出した時も、隣のベッドで寝息を立てるレーテが目を覚ます気配はない。
昨日、ファルガたちが作業を終えて宿に戻った後も、レベセスは現場で作業に従事していた。部屋の様子から、まだ彼は現場から戻っていないようだ。夜通しでまだ働いているというのだろうか。
疲れて休んでいるレーテを起こすのも憚られたファルガは、レーテを宿に置いたまま、外に出た。何となく名を呼ばれたような気がしたからだ。
稜線が薄紫に染め上げられ、肉眼でも徐々に周囲の様子が確認できるようになってきた。黎明のこの時間は、少し肌寒い。
ファルガは装束の帯を締め直すと、ファルガは、自分を呼ぶ声のする方に移動を開始した。
彼を呼んだそれは、果たして声だったのか。はたまた別のものだったのか。それは未だにわからない。だが、少年ファルガはその方角に著しく興味を惹かれ、足早に進む。彼自身気づかなかったが、その歩みは徐々に早くなっていた。
ファルガが到達したのは、町から少し離れた崖の中腹だった。
カタラット内を走る街道は、海岸線に平行に伸び、その周囲に住居が立ち並ぶ。場所によっては街道筋から少し離れた所までぽつりぽつりと存在する何件もの丸太小屋。
その間を縫うように、ファルガは街道に背を向け、高原のほうへと歩みを進める。
カタラット国はシュト大瀑布を持つが、その大瀑布が成立するためには、その川幅以上に長距離に渡って活断層の露出が必要になる。その高低差がそのままシュト大瀑布を構成するからだ。街道から外れたところに存在する巨大な活断層は、ディカイドウ大河川同様、水平線、あるいは地平線の彼方まで伸びている。
何度かの聖剣を用いた戦闘を経験し、目に見える変化こそ起こさないものの、自身は殆ど疲労することなく、身体能力を少しだけ高める方法を見つけたファルガ。後に父の著書より、この状態が『作業用氣功術』と呼ばれる類の物であり、聖剣発動の形態としては『準備段階』と呼ばれるものであることを知る事になる。もっとも、今の時点では、聖剣が体に馴染んできた程度にしか思っていなかったのだが。
声の場所まで到達する頃には、ファルガはその声が声ならざる者、人ならざる者の呼びかけであるということを感づいていた。そして、その正体も何となく予想できていた。
『大陸砲』。
彼は、声の場所に近づいていくにつれて、その存在を確信する。
活断層に近づいたファルガは、周囲の岩が焼け焦げている所に彼の身長より少し大きいクレーターを発見する。
そのクレーターの中心に、突き刺さるようにその結晶は存在した。なるほど、遠くからではこのクレーターは発見できまい。それほどに大陸砲の威力から考えられるクレーターの大きさとしては小さかった。
クレーターの中に突き刺さる結晶を目にしてから、その声らしきものは途絶えていた。
ファルガはゆっくりとクレーター内に降りていくと中心にある結晶を恐る恐る触れ、そのあと強く握って大地に刺さった状態から大陸砲を解放した。
手の中にある、聖剣と同じか少し長いくらいの無色透明の結晶。その結晶の中にある黒い線が、只の水晶の結晶とは異なる事を物語る。
ファルガは手にするが、その瞬間異常に気付く。
ファルガが手にした瞬間、大陸砲はファルガの手から漏れ出た氣を感知し吸収、それを使って大気中にあるエネルギーの回収を開始したのだ。
やがて大陸砲そのものが光を発するようになった。大陸砲の結晶の中で何が行われているかを理解するのは、ファルガには容易だった。
ファルガは慌てて大陸砲の結晶を手に取ると、聖剣を用いて氣のコントロールを行い、大陸砲内に溜まり始めたエネルギーの吸出しを試みた。
その結果、氣のコントロールと同じ要領で、大陸砲の収束エネルギーをコントロールし、大陸砲から一度エネルギーを吸い出し、体内に取り込んだエネルギーを大気中に逃がすことで大陸砲内のエネルギーをゼロにすることに成功した。
ファルガ自身、まだ術を使った事はなかったため、体内にマナを集める行為をしたことはない。ただ、氣を練って増幅させた時の、全神経が研ぎ澄まされ、自分自身の能力が大幅に引き上げられる感覚とは違い、ずっしりとした重たいものを感じた。ちょうど重い重火器を持ったような感覚。その力は大きく圧倒的だが自分自身の体の一部とは到底いい難く、取り回しに苦労しそうな感じ。
だが、これがレベセスの言っていた、収束させた『真』に方向づけを行う事で現象を発生させる『マナ術』の感覚なのだろう。好き嫌いで論じていいものではないが、できる事ならこの感覚を体内では味わいたくない。マナ術の術者が集めたマナに関連付けをするまでの間、一か所に留めておく場所を体内にしないのは、この得体の知れぬ違和感のためかもしれない。彼はそう思った。
ファルガはその感覚をレーテに説明する際、『氣』は暖かく柔らかい感触がするが、『真』は無機質で冷たく硬い感触がした、としている。大陸砲からエネルギーを吸い出した時の感触が、氣の感覚ではなかったことから、ファルガは、大陸砲とは何かきっかけを与える事で大気中の『真』を結晶内に収束させ、一定量貯まった段階で、指向性で打ち出す兵器なのだという事を何となく察した。
先日の大陸砲の誤射は、大気中のエネルギーの収束が、何かの手違いでいつの間にか始まってしまっており、カタラット国の人々がそれに気づかないまま臨界点を迎え、大陸砲が発射されてしまったという事なのだろう。そして、ファルガが握っただけでエネルギーの収集を始めた大陸砲の結晶。恐らく、カタラットの遺跡発掘者からカタリティに搭載されるまでの間に、何人か素手で触っている筈だ。その素手で触った時に手から染み出す氣を吸い出し、それを充填の為のエネルギーにしたとするなら、大陸砲の稼働理屈としてもわからなくはない。
しかし、コントロールする人間がいなければこれほどに恐ろしい兵器はない。
弾数は無限。きっかけを与えてさえやれば、エネルギーの収集は大陸砲本体が自動で行い、狙いさえ定めておけば、充填が完了し次第発射する。砲撃手は発射後、空になった大陸砲に何らかの刺激を与えてやることで、再度の充填が始まる。その刺激とは、大陸砲の結晶に軽く触れるだけ。
恐らく、大陸砲の砲撃手は『真』のコントロールが出来る人間が担当したのだろう。所謂マナ術者。マナのコントロールに長けていなければ、大陸砲内のマナをコントロールはできないだろう。そして、マナをコントロールすることで大陸砲の威力を自在にコントロールできた。
レベセスは、マナ術の術者はマナエネルギーを使って様々な自然現象を起こしたとファルガに説明した。
もし大陸砲撃手がマナ術の術者であれば、大陸砲から放たれるエネルギーも様々な状態に変換されて放つこともできただろう。天変地異は思うが儘。人を救う事も滅ぼすことも大陸砲で出来てしまう。
なるほど、飛天龍に加え、そんな兵器を幾つも持っているのであれば、古代帝国の覇権維持も納得できる。ならば、それほどの国家が何故滅びたのか、という問題は依然付きまとうのだが。そして、このマナエネルギーを完全に取り扱うことが出来れば、永久機関として都市機能を維持し、大陸を浮かせ続ける事も可能だろう。『真』の収束技術こそが、古代帝国の技術の骨子なのだろう。もし学者がいれば、ファルガの実体験を聞いてそう結論したはずだ。
ファルガは『真』についてそれほど知識があるわけではない。
だが、大陸砲というものが、何かのきっかけで結晶そのものに大気中のマナエネルギーを集め始め、それが一定量以上貯めると、そのエネルギーに指向性を持たせて放つ構造になっているのだと察したファルガは、ここに放置しておくことで、捜査を知らぬ人間が大陸砲に接触し、結晶が誤ってエネルギー収集を始めないように、持ち帰ることにした。
取りあえずは、大陸砲がマナエネルギーを集め始めても、自分がそれを結晶外に逃がせばよいのだ。
「なるほど、それで聖剣を使わないで済めば、か。わかりやすい」
レベセスは頷いた。
レベセスは、レーテと再会してすぐのころ、ファルガのいないところで、少女から少年ファルガの事をいろいろ聞いたことがあった。
当初のレーテの印象は、罪の意識に苛まれた少年であり、いつもどこかで自分を責めている様だったという。ジョーの非道さを責め、自身の力の無さを責め、周りの大人の無力さを責めていた。だが、デイエンでの出来事で、少年はどこか変わった気がした。聖剣を使えることの優位性を認識したことで、自分がやらなければならないという意識がより強くなったように感じる。
それ故ロニーコ到着時には暴走もあった。 その出来事があってから、優位性に溺れず、状況を見極められるようになった。
そんな印象を受けるとレーテから聞いた時、恐らく彼の無二の親友であったあの男も、今のファルガのようになるまでにいろいろ経験したのだろう、とレベセスは思ったものだった。
今のファルガからは、レーテが感じ取った、当初の陰の部分はあまり感じない。徐々に素の彼に戻ってきたという事だろうか。或いは、彼が今まで行なってきた冒険が彼の殻を破ったのだろうか。
「ファルガ君、聖剣を発動しながら術を使うこともいずれ出てくるだろう。聖剣を発動させながら大陸砲の管理も行うことがトレーニングになる。意図的に聖剣を使ってみるといい。
感覚としては、通常の『真』コントロールより、速く大量のエネルギーの移動ができるようになるはずだ。だからこそ、加減を間違えるとエネルギー操作にミスが起きやすくなる。今回の場合は、大陸砲の誤射にも繋がる。
速く大量に、しかし精密なエネルギー移動を、別の事に注意を払いながらもできるようになることが、聖剣をうまく使えるようになるコツだ。それができるようになれば、聖剣がなくとも『氣』のコントロールも可能になる」
一瞬いやそうな表情を浮かべるファルガ。さらに自分がしなければならないことのハードルが上がってしまったからだ。
だが、そんな様子を見ていて、レベセスは思わずニヤリとせずにいられなかった。
レーテは、危険だと反論する。
レベセスはそんなレーテにぴしゃりと言った。
「お前が光龍剣と契約を交わしたら、お前も同じトレーニングをするぞ」
レーテは黙り込んでしまった。
そうこう話しているうちに、民家もほとんどなくなり、常に耳に入ってきていた大瀑布の水が海に流れ落ちる音も、耳鳴りのように小さい物から、空気の振動が周囲の木々を振動させ、通常の会話ができない程の大きいものになってきていた。
街道を、海を右手に見ながら歩いてきたが、ここにきて街道が二股に分かれる。右の道は滝のほうへと降りていく道。左の道はそのまま左に伸びていき、森の中へと入っていく道。町から離れると、遠く左手に見えていた森が、だいぶ傍まで近づいてきていた。その森は正面の森へとつながる。
「これから合図したら、絶対にこちらを見ずに走れ。行先は右の道だ。そのまま進めば滝の麓に出る。水を回り込むように進むと、滝の裏に入れるはずだ。そこまで一気に走るぞ」
三人横に並ぶように歩いていたレベセスが、一歩下がる。
その距離が、二歩分、三歩分と開いていく。
敢えてレベセスは奇怪な動きをすることで、追跡者の注意を引くつもりだった。
くるりと後方に振り返るレベセス。そして、絶叫した。
「お前たち、走れ! ≪操光・閃≫!!」
レベセスの絶叫を聞いた瞬間、強い光に後ろから弾き飛ばされるような錯覚を覚えるファルガとレーテ。その輝きに後押しされるように、彼らは全力で走った。




