ゴウの困惑
カタラット国新王……自称は仮王だが……が、ワーヘ城の中庭で気を失った状態で発見されたのは、ワーヘ城の門の前で行われた演説の日の翌日、黎明の時間帯だった。
巡回していた衛兵が、黒い寝巻に身を包んだゴウを発見した時、すぐにゴウだと認識することはできなかった。只の黒い盛り土が不自然に存在したのだと考え、訝しみながら近づいたところ、即位して間もない新王ゴウ=ツクリーバだった。
この件は、王城でもごく一部の人間が知るだけであり、特段公にはされることはなかった。
仮王と名乗ったとしても、政治的な責任はすべて王にある。
この事件で、その責任を全うできないならば、そこは大問題になる筈だったが、早朝に発見されたゴウは、ただそこで倒れていただけで、事件や事故として取り扱う必要はなく、その後の王城医の診察でも健康に問題はなかった。それ故、発見者と一部の城の関係者はこの件を不問とした。特に発見者には厳重な口封じが成されたようだ。
当初は、カタラットの血統を重んじた一部の過激派がゴウの暗殺を試みたのではないか、との憶測も飛んだ。だが、その考えは杞憂に終わった。過激派も、今ゴウを屠ってしまうとカタラットの政治が立ち行かなくなり、自分たちの生活も圧迫されてしまうと踏んだのだろう。
結果……。
王ゴウは、即位の極度の緊張故、早朝に起き出したものの寝ぼけて中庭で眠りこけてしまった。
そんな馬鹿な考えが受け入れられてしまう程に、ゴウの立ち振る舞いや言葉にも違和感はなかった。
実際、その後の執政にも取り立てて問題はなく、即位してすぐ故の王としての不慣れな部分はあったにせよ、むしろ優秀な王の部類と言えた。
ゴウのそんな痴態もすぐに忘れ去られてしまった。
誰もが、ゴウの過労による突発的な夢遊病だと解釈していた。
ゴウ当人を除いて。
執務室にて書類を作成し、ハンコを押し、日常業務にいそしんでいる時は、いたって普通であり、どちらかというと聡明な為政者という印象を受ける。
だが、問題があった。
その問題とは。
他の人間には全く関係のない内容。
その内容とは、一日のうち、何時間か仮王ゴウの記憶に空白部分が存在し始めたというのだ。
最初は、一瞬ボーっとする時間が出来る、というものだった。
作業に熱中していると、いつの間にか手が止まり、何かを考える訳でもなく、中空を見つめている時があった。
空白の時間の直後、彼は苦笑し、頭を掻きながら伸びをし、再度デスクワークにいそしむ。そんな事が稀に起きた。
だが、その進度は恐ろしく速く、翌日にはその回数が十倍以上に増える。疲れからくるものだろうという意識はあったが、今立ち止まる事も出来ず、その時間を何とか無くすため、声を出して作業を行うようになった。
「私も年を取ったという事か。高々この程度のデスクワークをこなせないで、真の王が現れた時にすんなりと譲位できるような体制を整えられるものか。真の王が現れなければ、私が即位すればいいだけの話だ」
蝋燭の明かりが執務室の壁や天井を微かに揺らす。
その炎を見ながら、ゴウは自分の口から出た言葉に違和を感じる。
確かに、真の王が現れなければ、実質自分がカタラットを治めていかなければならない。だが、それはあくまで非常事態であり、前提はどこかにカタラットの血族が存在し、彼等にいつか王権を譲渡するのが彼の目標だ。その目標をどこか軽んじた言葉が自分の口から洩れるとは。そんなことを言おうと思ったつもりなど微塵もないのに。
だが、その時にはやはり過労が先行し、作業効率や思考効率が落ちているために口から出た言葉が意味不明であったのだろうとゴウは理解した。一抹の不安を残したまま。
その日から、ゴウの自問自答の日々が始まる。
ゴウが発見された翌日。副宰相に聞き直される事が増えた。彼の出す指示が不思議な内容を帯びる事があったからだ。
「真の王の捜索状況はどうなっている? 見つけ次第殺せ」
「ゴウ様、今なんと?」
「見つけ次第、お迎えする準備を」
「……仰せのままに」
ゴウの選任した副宰相は、『仮王』からの推挙であり、国民からの推薦ではない。ゴウの私兵のトップである、スサッケイ=ノヴィという男だった。
彼は、男性の平均よりも大分小柄ながら凄まじい鍛錬により、はち切れんばかりの筋肉に覆われた体躯は、ややアンバランスに見える。その人間が体のラインを隠すべくローブに体を隠すと寸胴でずんぐりむっくりな容姿となってしまうのだ。
まだ宰相に登用される前からゴウに仕えていたスサッケイは、ゴウとそう年齢は変わらない。幼馴染と言ってもよい関係だった。
だが、スサッケイは、ゴウの臣下であるという意識を変えることはせず、常にゴウに対して敬意を表し、絶対の服従を誓っていた。
幼少期のゴウに魅せられた、とスサッケイは語るが、実際にスサッケイがゴウに心酔するような事件が起こったかどうかは知る者は誰もいない。
そんなスサッケイが、初めてゴウの発言内容に違和感を覚えた瞬間だった。
副宰相とは名ばかり、現実は実働部隊の隊長であるスサッケイ。
彼は常に執務室の扉からではなく、天井板を外し執務室に参上し、また退散した。
だが、それを仮王に即位したばかりのゴウに注意を受けた。
副宰相として執務室を訪れるときは、扉から入るように、と。自分の作業を切り分けるためにも、表向きの副宰相の時は表向きの所作をするように、というわけだ。
スサッケイは、暫く沈黙した後、御意と答えた。そこに、スサッケイの意志はあるとは思えなかった。
天井裏から退散したスサッケイは、自室に戻ると、ゴウの言葉を反芻した。
「聞き間違いではないな……。主は確かに真の王を殺せと口にした」
今までのゴウを知るスサッケイは迷う。
主の真の言葉なのだろうか、あの表現は。それこそ、気の迷いなのだろうか。それとも、あってはいけないが、反面そうであってほしいと思う、自身の聞き違いか。
主ゴウ=ツクリーバは、確かにあの時言い直した。言い直したということは、やはりあの内容は自分の聞き違いではなかったということだ。もし、自分の聞き違いならば、自分が聞き違えているということが分かるような言い回しをするはずだからだ。
聞き違いでないというのならば、主の発言は気の迷いなのか? 言い直したということはやはり、一瞬でもその選択肢が仮王の頭をよぎったということなのか?
そこで、スサッケイは思考をやめた。
自身は主の意志によって動く。
主が望めばそうなるように動き、主が求める結果を出すように尽力する。
ただそれだけだ。
主はカタラット国のために動くが、自分自身は主ゴウのためにのみ動く。それが仮にカタラット国民を裏切る行為になったとしても。
そして、副宰相である自身が受けたゴウからの正式な指示は、『飛び去った大陸砲の結晶を探すこと』。カタリティが崩壊した直後に下されたこの指示は、まごうことなき主の意志。
そして、見つけ次第回収してくること。
既に先発隊は派遣してある。
カタラット国がかつて最強の軍事国家であったラン=サイディールを退けたもう一つの理由。
それは、カタラットに伝わる『忍』の技術。そしてそれを手足のごとくに使いこなす隠密集団『影飛び』。
マナ術とも、氣功術とも違う、独自の術であり、人間の錯誤を利用した物であることが多い。勿論、『忍術』と呼ばれる物には氣功術を使った物であったり、マナ術を使った物であったりもするのだが、術学的には、全く別派生の術系統に属し、同じ現象を引き起こす術でありながら、名称も違えば威力も違う。威力に関しては、優劣は術によって異なり、恐らくマナ術師と忍術師が情報交換をすれば、より良い術が生まれそうなものだが、それに関してはお互いの文化の違いと、それぞれの術に対する自信で、双方の術が交わる事はなかったとされる。
『影飛び』は黒装束に鎖帷子を身に纏った、非常に身体能力が高く、同時に強い意志を持って行動をする、カタラット独特の文化の一つだ。時代が時代なら無形文化財に指定されようかという、かなり独自性の強い技術だ。それを研究したいと望む研究者も多い。
だが、研究者垂涎の技術もこれを語り継ぐ資料がない。その『影飛び』は、カタラットに伝わる口伝の一部に存在するだけなのだ。
古代帝国崩壊後、一番早く無国家時代に終止符を打ったのがカタラット国だった。
カタラット国は『影飛び』の身体能力向上の為の格闘鍛錬や、洞察力を向上させるための鍛錬を学校教育の一環とした。
今の子供たちは、自分たちがかつては最強の軍と謳われた無形文化財としての価値を持つ『影飛び』の技術を知らぬ間に習得しているとはつゆほども思うまい。
ゴウは、私財を投げうって、『影飛び』の優秀な人材を集め、更に鍛錬を積ませた。
現在では他国の精鋭の暗殺者クラスの手練れが、国内に普通に生活をしているレベルだ。惜しむらくは彼らは自分たちの突出した能力を知らないということか。
スサッケイはその中でも優秀な者たちを集め、五人でチーム組ませ、それを何組か大陸砲の捜索に当てた。
最初の部隊がファルガによって回収された大陸砲を見つけたのは、まだ、少女レーテの父レベセス=アーグが、カタリティの被害者を救助しているうちだった。
そして、彼らが宿を払い、シュト大瀑布に向かって歩みを進め始めたときには、すでに二個小隊が遠くから追跡を開始している。
元聖勇者レベセス=アーグだからこそ『影飛び』の追跡に気づいた。
只の手練れの戦士ならば、到底気づくはずもない。活動の際の気配は完全に消し去っていたはずだからだ。発生することこそが生命の証であるという『氣』の流れを感じることのできるレベセスでなければ発見どころか、違和に気づくこともできなかっただろう。
「大陸砲の回収は時間の問題だ。だが、大陸砲回収成功の結果を果たしてゴウ様にお伝えしてよい物か」
スサッケイは迷っていた。
あのゴウ=ツクリーバという男は、確かに今は亡きビリンノ王の遺志を継いでいるように見えるが、実は全く違うことを画策しているのではないか。
その考えを否定すればするほど、スサッケイの脳裏には何かどす黒い靄のようなものがじわじわと湧き出して、彼はいてもたってもいられなくなっていた。
今は、主ゴウに従うのみ。
ゴウの変化に感づいていたのは、私兵集団影飛びの長、スサッケイだけではない。
ゴウ自身も気づいていた。
ただ、ゴウは当初から、自身に起きつつある変化を変化として受け止めていたわけではない。どちらかというと、口から過労による誤表現として受け止めていた節がある。
執務室で書類を作成していたゴウにもたらされた報告。それは、飛び去った大陸砲の発見と、その回収の見通しだった。
「なるほど。その少年が大陸砲を発見してくれたという事なのだな。もし、可能であれば、その少年に褒美を取らせる必要があるな。カタリティ亡き今、第二のカタリティが築造されるまでの間は大陸砲が心の支えになるだろう。無論、そのような機会が訪れない事が望ましいが、大陸砲は国民の心の支えだ」
その後、ゴウは一瞬凄まじく怒気を孕んだ表情を浮かべ、その後、その表情を一瞬でかき消し、温和な表情でスサッケイを送り出した。
スサッケイが部屋から出て行った後、ゴウは思わず呟いた。
「頭に必ずよぎる、どす黒い思考は何なのだ。私は、確かにカタラット国の世界一位を望んでいる。しかし、それはあくまで国力増強であって、無謀な侵略や殺戮を望んでいるのではない……」
彼が怒気と共に飲み込んだ言葉。
それは、国力増強のために大陸砲を回収してくれた少年を惨殺し、十字架に掲げて城の前に吊し上げる、という残虐な処刑方法だった。
その目的は何なのか。
ゴウ自身自問自答する。
だが、結局その目的は浮かばない。
ただ、大陸砲を回収してきてくれた少年を惨殺し屍を晒す意味などない筈なのだ。
狂気を帯びて来たゴウの思考。
加筆修正の可能性ありです。すみません。




