大招集
その爆発は、突然起こった。
爆発は画策されたものではない。
とある現象の副産物、のはずだった。
しかし、その爆発の威力は凄まじく、すべての物を消し去る威力を持ち得ていた。
光と音だけではない。物質的なものだけではなく、精神的な構成物をも破壊する衝撃。その爆発にはそれが含まれていたようだ。
『氣』と『真』は、不可分な双対関係。
これがあるからこそ、精神力と物質の存在とが連動することがある。
人は、これを心霊現象と呼び、『ゾーンに入る』と表現し、アミノ酸が意識を持つという観測結果を得る。精神が肉体を凌駕することも、この関係があるからこそだ。
界元神皇エリクシールが、集中するあまり現次の姿を失いながら放った≪索≫により、ファルガの身体は、徐々にその性質を変えていく。もはや、この術は≪索≫ではないのかもしれない。エリクシールの準備した、怒りと悲しみと恐怖を全て包含した感情を、現次の一個体に注ぎ込むなど、正気の沙汰ではない。空間生命体ですら若年の個体なら、発狂消滅をしていたやもしれぬ。
空間生命体。
それは、通常の生命体と異なり、所謂『外皮』を持たない存在。
生物『内』がいわゆる個体となり、生物『外』がそれ以外となるのが通常だ。しかし、空間生命体の場合、明確な内外差を持たず、そのまま意思を保持できる存在なのだ。
その形態を『確率体』と呼称する。
『確率体』は、限りない体積を持ちつつ、濃度でその存在を決められる状態を指すが、『星辰体』は、その濃淡が『氣』と『真』で織り成されるのではなく、完全なプレーンエネルギーで成される。それ故、ダメージという概念がない。安定型を崩される際の負荷をダメージと呼ぶが、プレーンエネルギー『ライザーン』は、加工しない限り熱も音も光も質量も持たない。しかし、それ故、力が加わるとすぐに変異してしまう。現在の全界元に『ライザーン』が存在しないのはそれが理由だ。いや、存在しないのではなく観測できない、という表現が正しいかもしれない。
ファルガの発する『氣』が膨張し、『氣』として存在できなくなった瞬間、エリクシールの繭の中で大きく弾けた。
音もなく圧もなく、突然草原にはじき出されるエリクシール。
エリクシールは、突然自分に起こった状況を理解する。
界元神皇が城として使っていた、足元も頂点も見えぬ塔。
そんな幻のような建造物を維持できたのは、エリクシールの作った疑似仮想空間のおかげだった。
だが、それは掻き消えた。
エリクシールのいる草原は、青い空を掲げている。
周囲をさわやかな風が駆け抜けていく。
雑草にしては、あまりに背の高い下草。
かつてジルゴが旅をし、今はエリクシールが呼び出した神勇者の一部が旅をする星の大地だった。
「……あの爆発が、私の作った『疑似仮想空間』を消し飛ばしたというのか……」
現次での爆発とはまた違う結果。
急激な膨張による、他の構造物……原子や分子で構成される物質も含む……の破壊ではなく、領域の破壊。
上空に酷く強く攻撃的な『氣』が存在する。
それは、まだかろうじて『氣』だった。
エリクシールは光の宝玉形態から、通常現次で姿を現す時の赤子の姿に戻った。
エリクシールは絶句する。
上空にいるのは、間違いなく神勇者ファルガだ。
だが、その姿は人型に近いが、フォルムとしてはかなり異なっている。
体から噴き出す炎は、黄金のオーラ=メイル。戦闘時の集中を経ずとも、常に吹き出し続けている。これが戦闘時に『氣』を集中させたら、一体どれほどの濃度になるのか、見当もつかない。
人型の臀部から生える強力な尾と、背から生える一対の巨大な皮膜翼。そして、頭頂部から後頭部に向かって緩いカーブを描きながら細くなっていく一対の角。
象徴的な姿。
かつて、超妖魔・グアリザムを一瞬で屠った『超勇者』の姿に間違いなかった。その場に居合わせたロセフィン=クラビットからの記憶の転送で、エリクシールもその容姿を知ることになる。
しかし、グアリザムとの戦闘の時ですら、その姿を保てたのは一瞬だった。
現在は、時空を歪めかねない圧倒的な力を常時発しながら、中空に佇んでいる。
どうやら、爆発の直前に繭を通じて送り込んだドイム界元の超神剣装備が、ファルガと反応し、形状こそ同じだが全く別の装備として、彼の身体に装着されているようだった。
神々しい……という表現すら陳腐だが……黄金の輝きを放ち続ける、上空の竜人のような姿をした存在。
エリクシールは上空のファルガであったものに、突然強く引かれた気がした。いや、界元神皇だけではない。他の地上にあるありとあらゆるものがそれを感じているはずだ。ただ、表現できないだけで……。
空気が動いたのか。
エリクシールがそう思った瞬間、無造作に突き出されていたファルガの右腕から、一本のまばゆい光の帯が打ち出された。
エリクシールは目で物をみていない。だからこそわかるのだが、ファルガの手から、一本の強い輝きが放たれた。
次の瞬間、大爆発と共に遥か遠方の山脈が消えた。
「片手で軽々と溜めもなく放ったが、あれは≪八大竜神王≫……。しかも、恐らくかすかに残るファルガの意識が、出力を抑えたはず。それであの威力か……」
「界元神皇エリクシールよ。
何故、我が眷族をあの姿にさせた?」
籠の中で赤子の『フリ』をするエリクシールのすぐ横に、一人の青年が降り立つ。
黄金に輝く肩までの髪をなびかせ、まるで美の化身のように美しく佇む、孤高の神。
かつて、ドイム界元のとある星に、同じ容姿の『天使を喰らう美神』と評された男がいた。彼は、己の持つギャップに苦しんでいた。
今エリクシールの前に佇む存在は、その者とは似て非なる存在。完全にその者を超越している。全てを包含し、喜怒哀楽全てを美に取り込んだこの男が、初めて怒りを露にしていた。
「オーラ=クロスよ。
今は正確なことは言えん。だが、私の中の『予知』がそうさせる。
現次であるはずのあの男を、『超妖魔殺し』にまで高め、そこに超神剣の装備を流し込んで装備を蘇らせろ、と」
黄金の巨竜・オーラ=クロスは、界元神皇エリクシールの言葉を聞き、怒りは拭えないが、この強制変化に理解を示さないといけないものであることは了承する。エリクシールの演算は、根拠のない預言とは違う。様々な可能性を全て加味した高速演算を行なった結果のものであり、発生確率、発現確率は限りなく正しい。
しかし、それでも、悠久の時を超え『故郷』にたどり着いた青年神勇者ファルガ=ノンを受け入れたオーラ=クロスからすれば、今回のエリクシールの処置は、あまりに酷な中身に思えて仕方なかった。
上空で咆哮するファルガ。
と同時に、一瞬、彼の周囲を取り巻く輝きが掻き消えた。
超界元ユークリッドで稼働する、生命体の外郭に溢れた『氣』を吸収するシステムは生きている。それは超勇者化したファルガに対しても同様だった。
だが。
オーラ=メイルが一度掻き消えたことで、周囲の空気が変わる。
何か、満ち足りたような不思議な雰囲気があたりを包む。と同時に、ファルガの放つ『氣』の上限がやっと見えてきた気がした。
「ファルガの『超勇者』化したために大量に発生した『氣』によって、ユークリッド界元の失われた『氣』が完全に補充された……」
黄金巨竜オーラ=クロスの言葉に合わせるようにエリクシールは呻いた。
「そこまでの容量があったというのか、あの超勇者形態になったファルガの『氣』には……」
超界元ユークリッドは、その巨大さゆえ、常時生命体に対する『氣』の総量が足りず、体外にて扱う『氣』を吸収して補完しようとする機能があった。
この界元を訪れたばかりのギューが、≪天空翔≫にて飛行しようとし、界元の特徴である『氣』の奪取の効果により、ほぼ全ての『氣』を奪われ、半死半生の憂き目にあったこと。それを避けるために、この界元の神勇者ジルゴが考案した、『真』で体をコーティングすることで、オーラ=メイルを張りながら戦うことのできる技術が存在すること。
そうせざるを得なかったのだ。
この超巨大な空間生命体の作り出す界元。
その界元を、生命体の礎として機能させるためには、膨大な量の『真』が必要だった。しかし『真』から『氣』は生まれない。『氣』があって初めて、接触した『真』が『氣』となるのだ。
その為に、エリクシールはその巨大な『確率体』に、生命体から『氣』を集める機能を持たせたのだ。その機能の特徴は、体外に溢れ出た『氣』のみを収集するもの。そうすれば、生きとし生ける生命体の命を奪わないで済むからだ。
その意味では、『氣』を身体能力向上や術の発動に使うために体外で管理しようとする神勇者の存在は、かなり稀有なものだといってよかった。
だが。
ユークリッドは満ち足りた。
それ故、今後『氣』を体外で用いた時に奪われる現象は無くなった。
「……恐ろしい存在だ。
ユークリッド全域に供給するだけの『氣』を放ってなお、あの形態を保っているのか」
オーラ=クロスの憂いなどお構いなしに、上空のファルガは猛り狂っている。
再度、≪八大竜神王≫を発射する。輝きは先ほど放った物とは比較にならない弱さではある。だが、それでも氣功術最強の攻撃術だ。その威力は瞠目に値した。
放たれた光の帯は、次は海の向こうに飛び去って行った。着弾から爆風まで、かなりの時間があったことを見ると、相当遠いところに打ち込んだようだ。
「……まずいな。
これ以上この星がダメージを受けてしまうことは、超界元の形成に影響を及ぼす」
エリクシールがそう呟く。
超神剣の装備をファルガの超勇者形態の『氣』に当て、修復するつもりだったエリクシール。その目的は、見る限り達せられている。しかし、エリクシールが準備した怒り・恐怖・悲しみの感情は、ファルガの人生経験に置いて覚えた合計値を遥かに超えるものだった。
その為、その感情によって引き出されたゴールデン=ゴールドの力は超神剣のガイガロス抑制機能と相まって、恐ろしく膨大な量を持つことになった。
おそらく、超妖魔・グアリザムを瞬殺した時の力より、遥かに強いもののはずだ。
「……術者を集めよう。≪真・八大竜神王≫を使うしかない」
オーラの言葉に、エリクシールは頷かざるを得なかった。
オーラ=クロスは、美しい黄金の髪を振り乱しながら、駆け出し始めた。そして、数歩進んだところで、跳躍する。
いや、跳躍という速さではない。まるで弾丸のように打ち出されたその姿は、もはや人の形をとっていなかった。
急加速で接近してくるオーラに気づいたファルガ。
だが、その眼前で、オーラ=クロスは変身する。黄金の大ドラゴン『ゴールデン=ゴールデン=ゴールド』に。
巨大なドラゴンに変身したオーラ=クロスは、その耳まで避けた口を大きく開く。
中には青白く縁どられた黄金に輝く宝玉が見えるが、それが一気に膨らんでいく。
そして、その次の瞬間、巨大なドラゴンの口から、青白く縁どられた黄金の光の帯が吐き出された。
突然出現したドラゴンの躊躇なき全力攻撃に、ファルガは思わず腕で顔を覆う。
だが、ダメージが通っている感じはない。むしろ、プールで水を掛けられた子供のように、軽く腕で顔を拭うような仕草を見せると、凄まじいエネルギーの奔流の中、超勇者と化しているファルガは、ゆっくりとドラゴンの方に近づいていく。その間も、オーラ=クロスの口からはエネルギーの奔流が迸り続けているのにも拘らず。
黄金の翼を持つ人型のシルエットは、奔流の中を苦も無く掻き分けて進み、巨大なドラゴンの腹部に突きを放った。
熱線を吐き続ける黄金の大ドラゴンは、思わず咳き込み、人型の何かとして佇むファルガから距離を取った。
空間生命体であるオーラ=クロスに対して突きを入れる。
目で見ている限りでは、何でもないことだ。
確かに巨大な黄金のドラゴンに対して攻撃ができる人型の存在というのは、劇的な光景ではある。だが、目で見える範囲ではそれだけの意味しかない。
だが、『確率体』と『実体』双方の形態を持つ超妖魔が、『実体』でダメージを受けるという事が、そもそもの異常事態だ。
そして、並の超妖魔であれば、あのファルガの一撃で実体維持できずにバラバラにされ、消滅してしまうだろうことも、容易に想像できる。そして、その証明はグアリザムの時にすでになされていた。
超妖魔が消滅する。
山岳超妖魔が、火山の爆発に巻き込まれ、消滅したように。
それはもはや、単なる『氣』の生命体である者たちには理解も想像もできない。
界元神皇であり、超妖魔だからこそ理解できたといっていいだろう。
そして。
超妖魔に容易に一撃を加えられるファルガの強さを特筆すべきか、はたまた、超勇者の一撃に耐えた超妖魔王の強さを特筆すべきか。
エリクシールは、超妖魔にない空間生命体の……神皇の特性の一つである、自身の界元内に無数の実体を出現させ、そこに≪洞≫のゲートを作り出すことに集中する。
界元神皇であるエリクシールが、現在緊急で集めなければならないのは、自身を含めた術者八人だった。
オーラ=クロスが時間稼ぎをしている。
大技に賭けるために。
神をも圧倒する存在ですら、そんな泥臭い対応をせざるを得ないほど、この空域の戦闘は常軌を逸していた。
少年ギューは、無言で三人の黒服の巨人の背後を歩いていた。
巨人は一歩が大きい。ギューが小走りになるのも無理はない。
背の高い下草が延々と続く草原。
そこに、紫の放電現象を伴う黒い宝玉が姿を現す。
足元に巨大な違和感を覚えた巨人たちは、立ち止まって足元にできたそれを確認する。
「……なんだ、これは?」
巨人たちは≪洞≫のゲートを知らない。
ギューは即座に何か異常があったことに気づいた。
確かに今までは、油断していると体の外に力を奪われていく感覚が、微かにあったはずだが、今はそれが失われている。
ギューは、眼前に現れた籠に横たわる赤子に話しかけた。
「何か……。何かあったんですね。火急の事態が」
ギューは、エリクシールの説明を待たずに、≪洞≫のゲートへの進入を了承した。そして、足元で繰り広げられる幾つもの奇跡を目の当たりにして、言葉を失ったまま立ち尽くす黒服の男たちにはっきりと伝えた。
「ちょっと行ってきます。後で送ってもらいますので、皆さんは先に進んでいてください」
ギューはそういい残すと、≪洞≫のゲートに飛び込んでいった。
あとに残された三人の巨人は絶句するしかなかった。
山脈を抜け、湿地帯に入ろうとしていたアクアマリンの髪を持つ戦士カインシーザ。そして、彼につかず離れず共に進行する、緑色の道着を身に纏った釣り目の少女・キュネ。
彼らの眼前で、一瞬空間が揺らぎ、直後に紫色の放電現象を伴った漆黒の宝珠が姿を現す。
≪洞≫のゲートはちょうど湿地帯の上に姿を現す。恐らく、その麓に立てば、膝までは水に浸かるだろう。だが、ジャングルというにはあまりに背の高い大森林を形成するこの森において、≪洞≫のゲートは小さかった。
彼らの前に、籠の中で横たわる赤子が姿を現す。
キュネは息を呑んだ。
「カイン、なんでこんなところに赤ん坊が……。しかも、お前より遥かに気持ち悪い」
なんと失礼な物言いをする少女だ、とカインシーザは笑った。
界元神皇の『実体』を気持ち悪い呼ばわりするとは。中々の大物だ。
「エリクシール様自らのお出迎えとは。
何かあったのはわかるが……。先ほど世界が揺れたことと関係があるのか」
カインシーザは、キュネと旅を続けていていつのまにか柔和になった表情を引き締める。
「行かねばならんのだな。事案終了後はここに戻してくれるな?」
カインシーザは、キュネを残していくわけにもいかず、キュネに≪洞≫の術の説明をすると、未だかみ砕いて理解できていないキュネの背を押し、≪洞≫のゲートに歩みを進めていくのだった。
ゲートは掻き消え、周囲には、沼より目だけを出したまま彼らを取り囲んでいた巨大な鰐らしき爬虫類どものみが残された。
ツヤ消しの鈍い銀色の空間に、突然現れた赤子。
籠の中で横たわっているが、そもそもどうやって籠ごと移動して、この空間に現れたのか。
眼前に現れたエリクシールの姿に、只一人を除いては皆愕然とし、動きを止めた。唯一驚かなかったのは、ディグダインのみ。
ディグダインのハイコンピューターは、エリクシールの出現ではなく、紫雷を纏う漆黒の宝玉の出現を感知していた。そして、その術を使うことができるのは、超界元ユークリッドにおいてはエリクシールかマラディのどちらか。
このタイミングでここに現れるのは、エリクシールしかいない。
「エリクシール……様」
言葉を絞り出すように呟くアミツ。
彼女には、ジルゴ程巨大な恨みはない。ただ、ジルゴが接触を拒否する事だけはわかっていた。だからこそ、彼女もそれを守っていた。
エリクシールもそれを理解していたからこそ、ジルゴに繋がる神賢者アミツにも、接触は図ってこなかった。
だが。
今この瞬間、彼柱が現れたという事は、火急の要件。
神勇者ネスクを連れて行くわけにはいかない。
用事があるのはディグダインだ。
「ネスク。このまま飛行を続けてくれ。
奇跡の泉の位置情報は、この飛行機に読み込ませてある」
そう言うと、ディグダインはゆっくりと歩みを進め、黒珠へと入っていこうとする。
「……すまんな。本来ならば私が行くべきところを……」
呻くようなジルゴの言葉にディグダインは口角を上げると、そのままゲートの中へと姿を消した。
マラディに襲われ、ファルガがいなくなった草原。
そこに、アグリ界元の神勇者エスタンシアとグオン界元の神勇者ゴンフォンは残されていた。
移動しようにも、目的地がない。
強いて言うなら、超神剣の装備の修理依頼に行ったドイム界元の神勇者ファルガ=ノンのいるところだろう。
だが、彼は界元神皇エリクシールを呼び出し、その地へと行っている。そこに行こうとするなら、ファルガが通っていった≪洞≫のゲートを通るしかない。しかし、彼女たちにそのゲートを開けることは出来ない。
ファルガが戻るまで、待つしかなかった。
彼らはその待機の時間をより優雅に過ごすため、背の高い下草を編み合わせて作った頑強なブロックを組み合わせ、既に小規模の平城並の建造物を作っていた。
ゴンフォンのその容姿に似合わぬ繊細な指先と、最強の農耕民族直伝の一帯に生え揃う下草に対する加工技術は、界元を超えた建造技術として、他の界元に伝えたいほどの完成度を誇ることになった。
そこには、エスタンシアの持つ手ぬぐい術の粋もふんだんに盛り込まれている。
手ぬぐいに仕込まれた様々な効能を、ユークリッドの大地に繁茂する膨大な量の雑草と掛け合わせることで、非常に強いブロックを作り上げることができ、それを組み合わせて建築を完了させたのだ。
「ゴンフォン、今度アグリ界元に行ったら、これで私の家を作ってね?」
神の選んだ戦士に、自宅の造営を頼むエスタンシア。
流石である。
そして、ゴンフォンも嫌な顔はしない。
もし、元々の目的である命光石集めが無事に終わって、この役割から解放されるようなら、観光がてらアグリ界元を訪れて、そこでエスタンシアの住居を作ってもよいかもしれない。
ゴンフォンは、その種の特徴である単眼の目じりを下げて、平和になった世の中を想像しながら首肯する。
と、その次の瞬間、エスタンシアの平城の屋根部に、紫色の稲光が走る。ちょうど鯱のような屋根飾りの間に、漆黒の宝珠が誕生した。
確かに、その直前、異常なほどに強力かつ暴力的な『氣』が、はるか遠くの地に出現した。そして、それを抑えようとする『妖』でも『魔』でもないフラットな『氣』。
そして、油断すると吸収されてしまう『氣』の窃盗現象の消失。
世界を震わせたその力が、エスタンシアとゴンフォンに、異常事態を知らせていた。
「≪洞≫のゲートね……」
エスタンシアの呻きに、ゴンフォンも応じる。
「……イメージは伝わりました。ただ、某はそこまで≪八大竜神王≫を得手とせぬのですが……」
『氣』の窃盗現象のなくなったこの地において、飛行術である≪天空翔≫の使用は当然可能になる。
ふわりと浮き上がったエスタンシアとゴンフォンは、屋根に準備されたゲートに向かって寄っていく。
斜度のある屋根に微妙なバランスで引っかかっている籠の中に、果たしてエリクシールはいた。
ただ、マラディに急襲された経験を持つ彼らは、その赤子が従うべき『妖』の界元神皇かの判断を瞬時には下せない。
だが、その直後に、超勇者化したファルガと、その超常現象に等しい存在と戦う『ゴールデン=ゴールデン=ゴールド』オーラ=クロス、そして、各地から集まる≪八大竜神王≫の術者たちのイメージが、少女と巨人の脳裏にはっきりと流れ込んできた。
「もう……、仕方ないわね」
そう言いながら宝玉に入っていくエスタンシアに追従するように、屋根に降り立ち、ゲートを潜る巨人。
「この状況でも、上から目線とは流石ですな……」
ゴンフォンの皮肉はエスタンシアに届いただろうか。
レーテは、その場にはいなかった。
エスタンシアとゴンフォン。二人の神勇者が≪洞≫のゲートに飲み込まれていくとき、ファルガの相棒は、少し離れた小川のほとりにいた。
本当は、超神剣の修理に付き添っていきたかったレーテ。
だが、何故かエリクシールに断固拒否される。
その理由はわからないし、エリクシールの対応にも何故か不自然なものがあった。
ただ、レーテ自体はそれに逆らってまで、という頭があったため、エリクシールの懇願にも似た同行拒否に応じた形だった。
川のほとりで何人かの服を洗濯するレーテ。
川できれいな水を汲み、傍に置かれた桶の中で、水流をコントロールし、洗濯機のような要領で汚れを取る。
マナ術にも氣功術にも、衣服の汚れを取るという術はない。
というより、洗濯という行為を分析すれば、洗浄行動の一部を切り取って、それぞれ対応できそうな術を使うことは勿論可能だ。だが、それをするくらいなら、レーテは手で洗ってしまうタイプだった。
今回、大量の汚れものがあったため、ゴンフォンに作ってもらった、下草を編み合わせて強度を増した大きめの盥に水を満たすと、マナ術で水流を作り、簡易洗濯機の要領で服を洗浄にかける。
盥の端に両手をつけ、水流を作るとそこで皮脂を分解するための細かい泡を起こし、更に埃を落とすために、水の回転を何度も逆にする。最後は、やはりゴンフォンの作った物干しに洗濯物を干した。風が吹いているので、本来はここで一気に乾燥に掛けるところだが、レーテはその風に当たりながら気持ちよさそうにうつらうつらとしていた。
と、盥の中の水流の上に黒い宝玉が現れた。紫の放電現象は、それが≪洞≫のゲートであることを物語っている。
「……何? 招集?」
すぐそばのエスタンシアとゴンフォンの『氣』が失われている。
彼らも呼ばれたのだろう。
レーテは素早く神賢者の装備『暁の銀嶺』と『黄道の軌跡』を呼び寄せ、身に纏った。
「……ファルガに何かあったのね。エリクシール様が私をファルガと離したのは、これが理由なのね」
はるか遠くから伝わってくるファルガの『氣』と、それと戦う何か。その波動は、≪洞≫のゲートを通しても、まるでステレオのように感じられる。
ドイム界元の神賢者にして、神勇者の候補でもあるレーテも、他の戦士たち同様、躊躇なく≪洞≫のゲートに歩みを進めたのだった。
……術者は揃った。




