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界遊記  作者: かえで
ラン=サイディール禍

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デイエンの変遷

ちょっと説明っぽくなってしまっていますが、仕方ない!?

 ラン=サイディール国首都デイエンの中心には、小さい山ほどの大きさの巨大な城がある。

 遥か遠くから見ても、デイエンを取り囲む城壁にその巨体が隠れる事はない。その代わり、城壁の中は城しかないようにしか見えないのに、何故城塞都市と呼ぶのか、と旅人の疑問を喚起する。それ位城は巨大な物だった。

 諸国家の人間がデイエン城と呼ぶこの城の事を、デイエンの住民たちはそのようには呼ばない。デイエンという首都において、城は一つしかないからだ。わざわざ城の名前に都市の名前を冠して呼ぶ意味はない。だが、ただ城と呼ぶだけでは面白くないのだろうか。いつしか、所有する壮大な薔薇の庭園になぞらえて『薔薇城』と呼んだ。それは、純粋に美しい庭園を称えての呼称なのか、はたまた、薔薇の栽培に掛かった税金を国民の為に使えばもっと良い治世が出来た筈だという皮肉に準えたものなのか。いずれにせよ、国民はそこをずっと『薔薇城』と呼び続ける事だろう。

 薔薇城は、国王不在の珍しい城だ。

 国王は数年前に病死。その実子であるマユリ=サイディールが成人していない為、亡き国王の実弟ベニーバ=サイディールが後見人として、実質的な公務を執行する。本来マユリは女性であるため、成人しても王位継承順位としては、かなり低位のはずであったが、ベニーバの『王の遺言』演説によって王位継承順位が繰り上げられ、今年中にも即位する予定になっている。

 この国の軍隊は、かつて近隣諸国を睥睨するほどの強さを誇っていた。それは国家成立後、物語としても語り継がれるほどだった。

 だが、十数年前に病床に伏せた国王に変わり、国王代行として采配を振るい始めたベニーバは、建国三百年を期に国策の大転換を行なった。それがちょうど十年前だ。

 彼は、国富を増加させる手段の見直しを図った。武力による近隣諸国への干渉、搾取にて得られる利益から、貿易を主体とした経済的な国富をめざす方針に切り替えたのだ。理由は当人の口からは語られていないが、ベニーバはどうやら搾取による国富増加に限界を感じていたようだ。

 一国の卓越は、近隣諸国の財政を圧迫する。特に、近隣諸国からの搾取のみで成り立っている国富は、近隣諸国の崩壊により喪失する。その兆候を捕えたのだろうか。近隣諸国が崩壊すれば、搾取によってのみ成り立っていたラン=サイディールが崩壊するのも時間の問題だ。

 国富増加。その目的は以前と変わらない。だが、その方法が異なる。

 その方針転換の具体策として、まず行われたのが軍備削減。

 無論これは、今ある設備を破壊する、といった非生産的なものではなく、これから生産はしないという程度のものだ。そして、段階的に行われる兵の削減。

 ベニーバの軍縮の目的は、軍備拡充にのみ割かれていた予算を、他の事業に回す事で国家としてのバランスを保つ狙いがまずあったのだが、その背景には、国家の政策転換をアピールし、他国のラン=サイディールのイメージを回復させる事に主眼を置いていた。

 イメージ回復を最優先するならば、先程非生産的として挙げた例の方策を取るのが一番効果的ではある。持っている軍備をすべて放棄する事で、他の国家に方針転換した事を明示する事ができるからだ。

 だが、かつてのラン=サイディールは、現在も残る数多のテキイセ貴族の逸話に象徴されるように、自国の民や近隣諸国に対して傍若無人に振る舞いすぎた。流石のベニーバも、突然軍備を放棄することは、他国のラン=サイディールへの攻撃を誘発する行為でしかない事は理解していた。

 もしそれを実施に移したなら、近隣諸国に流れるだろう空気は、最初は戸惑い。それが積もり積もった怨念を燃料にし、憤怒の業火に変わり、ラン=サイディールを焼き尽くすだろう。そして、未だにベニーバに対して反抗心を持つテキイセ貴族は地下に潜り、内紛からの覇権奪取の為に牙を研いでいるはずだ。

 内から外からの敵対勢力を抑えつつ、近隣諸国を富ませ、結果ラン=サイディールも富国にする為には、徐々に国家の性質が変わった事を周囲に印象付けた上で、軍備を徐々に縮小していく以外ない、とベニーバは考えていたのだ。

 そして、国家の方針転換の象徴的な事業がもう一つ。

 それが遷都。

 元々、この国の首都はテキイセだった。

 ノヨコ=サイ国に代表される隣国を牽制、搾取しつつ国力を表すという目的で敢えて国境付近に設置した巨大都市。それがテキイセ。だが、絢爛豪華な装飾品や、外敵に対する防御の為に設置された様々な武装は、その設置だけで国力を消耗させた。都市設備は設置だけでは成り立たない。定期的なメンテナンスを必要とするのだが、そのメンテナンスを行う事を怠ったテキイセの都市は、見てくれだけの無機能都市と化し、そこに住むテキイセの貴族たちも、自尊心だけが肥大した醜い集団と化していた。

 貴族と名乗る者達は、貸し与えた土地からの農作物を過剰に徴取した。それにより、貸し与えた農地から農民は逃げ出し、耕作地帯も荒れに荒れた。他の都市から輸送してくる様々な物品に関しても申し訳程度の代金しか支払わないテキイセ貴族には、商人集団も荷を卸さなくなった。ついにテキイセ貴族たちは実力行使で簒奪を始めたが、その技術もなく、やがて荒れ果てた広大なだけの屋敷に死に体で留まるしかなくなってしまった。それでも彼らは天から授けられたと信じて疑わぬ貴族の地位に固執し、消耗の生活を続けた。

 ベニーバは、デイエンへの遷都に同意し、新しいラン=サイディールの創造に協力を誓った貴族に対しては、デイエンに誘致し、手厚く出迎えた。彼は、テキイセからデイエンに移り住んだ貴族たちを、テキイセ貴族と区別してデイエン貴族と呼称させ、消耗する前の財産を町の機能の整備に投資させたが、その分彼らの財を使って整備された部分には貴族の名を冠させるなど、目先の富ではなく、歴史に名を刻むことで、彼らの自尊心を満たさせた。デイエンは、貴族達からの援助により、規模の大きめな一港町から貿易に特化した首都へとその姿を変貌させていく。

 薔薇城は、その変貌の一環で建築されることになった。

 元々、ベニーバたちの住居は城の周囲にある大きめの屋敷だったが、デイエンを世界に知らしめる巨大都市にするため、その象徴として建築される。この城は、ほぼベニーバの私財で建造されたとされ、亡き兄の王の財についてはほぼ手をつけなかった。その為、国庫が傷むことはなく、表面上は潤った首都としての体を保っている。

 そして、デイエンが貿易都市として十年前に遷都されながら、彼が構築を急がせたのが、二重の城壁だった。薔薇城の周りに一般住民の居住区としての区画があるが、城との境界に内側の城壁を。そして、デイエンの敷地を囲うように、城壁を建築した。内城壁と外城壁は、薔薇城を中心とした同心円となり、デイエンそのものも円の形状になり、環状線と薔薇城から放射状に延びる街道が整備された。薔薇城から海に向かって伸びる街道の先には貿易港を整備。元々大きかった港は、巨大な運搬船の接岸が可能な巨大貿易港として整備され、そこからの荷揚げ品は、外城壁の外で検疫を受けた後、その後薔薇城に運び込まれ、そこからデイエン内へと流通する。薔薇城は、王の居住地としてだけではなく、輸入品の管理倉庫としての機能も持つに至った。更に、薔薇城の二階は市場としての機能も持たせ、地上三階までは、完全に商業に特化した区画となった。

 これは、今までの城の概念からは完全に逸脱している。権力の象徴、戦争の際の防御の拠点としての城から、経済の拠点としての城に姿を変えた。無論、王族の居住区には市場や倉庫からは上がる事はできない。経済と政治が蜜月にならないようにとの体現だ。三階部分に美しい薔薇の庭園が造られ、その庭園は二階部分と一階部分の機能を殺すことなく、巨大な天然の薔薇の装飾を施すことになった。

 当初、黄金の竜の像を城の頂に掲げようかという話も持ち上がった。だが、それでは経済国家への転換があからさますぎる。そして、武力のイメージも付きまとうドラゴン。ベニーバは趣旨を説明し、それを推した貴族たちを宥めた。そして、その貴族達を責めた貴族たちを律した。意見を出すことは悪い事ではない。様々な意見を持ち寄り、その中でベターな物を採用していく。そのスタンスを明確化するために、一見ベニーバの趣旨と反した意見であれ、一度は検討し、その上で理由を示して採用しなかった。

 ベニーバが採用したのが、世界に例を見ないほどの手入れの行き届いた美しい薔薇の庭園だったのである。これは、デイエンのイメージを、武力を連想させぬ豪奢なものとするための選択だった。

 品位は黙っていても自然と立ち込める。

 それがベニーバの考えだった。

 貿易によって富んだ国は精神的に余裕ができ、その結果町並みの整備や、庭園にまで力を注ぐ事ができる、という連想を周囲の国家の人間に期待したのだ。軍事国家という物は、当然軍備の充実が国策の第一に来なければならない。軍事力が大きく、それでいて庭園が整備されているなどという国家は、絶対君主制でしかありえない。そして、そういう国家形態を取った場合、概して民衆の住む街は廃れている。名君が即位すればまた違うのだろうが、そこは人間の愚かな所。名君の子が名君とは限らない。

 ベニーバの狙いは、国家も国民も富める国、という印象を周囲の国々に与える事だった。

 そして、ベニーバは更にラン=サイディールにとって革新的な試みをする。それは、庭園の整備を行う宮廷庭師の長として、次期王であるマユリを就任させたことだ。

 美しい薔薇城を次期王のマユリが管理する。勿論、実際に薔薇の剪定を行なうのは何人かの職人ではあるのだが、その中にマユリもいた。この施策が、デイエンの主都民にデイエンへの親近感を持たせると共に、国内外にデイエンの良さを伝える宣伝として、十分すぎるほどの効果をもたらす。

 搾取の首都テキイセから、生産の首都デイエンへ。

 このイメージの植え付けは、大成功を収めた。

 王代行の政策に反対した貴族もいたが、ベニーバはそういう輩は相手にしなかった。彼に賛同した貴族だけをデイエンに移住させ、反対した者たちはそのままテキイセに住まわせておいた。

 その結果、生産せず消費するだけの貴族に搾取され続けた民はテキイセを捨て、デイエンに移ってきた。

 元々貴族たちは、自分たちの所領に住む民からの納税によって生計を立てており、他の所領からの納税は、彼等の懐に入ってこない為、全く興味を持っていなかった。彼等は自分たちの懐を暖める為に無計画な徴税を繰り返し、結果領民に逃げられる事になってしまった。

 収入の無くなった貴族たちは自滅していった。勿論、自滅の過渡期でデイエンへの移住を希望した者もいたが、疑り深いベニーバは、裕福になった瞬間に自分の腹を掻っ捌かれてはたまらない、と断った。

 デイエンに反抗する輩は武装蜂起したが、既に力を使い果たしてからの貴族達の戦力では、近隣最強の軍を持つ王には敵わない。こうしてベニーバは、自分に反対する勢力を一掃し、かつ国政の転換をも成功させたのである。

 後年、彼は無能な貴族によって食い尽くされたテキイセ周辺を再び農耕地として開墾、デイエン周囲よりもより安価な農地として、希望者に貸与した。この地域は、洪水が良く発生し土壌自体は肥えていたが、生産方法を知らない貴族をそこに投げ込んだところで、どんなに肥沃なでも、彼等にとっては砂漠と変わらない。技術を持つ農民が、そこで富を得ていった。

 こうしてデイエンはベニーバの手腕により、遷都してたったの十年でテキイセを人口、国民総生産、国民純生産ともに追い越し、名実共に首都として国内外にその名を轟かせることになった。

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