表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
界遊記  作者: かえで
ラン=サイディール禍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/299

マーシアンの悩み

デイエンで起きている問題の主要人物の一人が登場します。

 ハタナハから歩き始め、新しいラン=サイディールの象徴となる新首都を目指した少年と少女が、デイエンに到着しようとするまさにその瞬間、デイエンの薔薇城内で、一つの会談が終了した。大きな観音開きの扉が開かれ、一人の男が日没の直前の薄暗い廊下にその影を延ばす。

 廊下に連なる窓からは、朱色の空を望むことが出来た。だが、この時間はまさに沈もうとする太陽光のせいで、夕日以外は周囲の物が非常に見えにくいのが現状だ。『逢魔が時』とはよく言ったもので、夕暮れの赤い光の中、人ならざる者とすれ違ってもわからない位の視界しか確保できない。

 本来であれば、廊下に穿たれた無数の窓から、日没前の家路を急ぐ雑踏を臨むことができた。それは、彼が今までやってきた活動の成果とも言える、人々の生活の潤いの象徴。この雑踏がテキイセでは失われて久しい。それを無くさず、もっと規模の大きい物にすれば、彼らはもっと潤い、生活に張りも出るはずだ。だが、それもこの美しい夕日で見ることが叶わない。

 薔薇城の居館部には、城壁より低い位置の商業区からは直接上がる事はできない。それは政治と経済の密着をそこまで望んでいないベニーバの明確な意思で設計されている仕様だ。従って、城の三階にある彼の実務室は、一度城の外に出て、薔薇の庭園を通り抜けた上で、もう一度地上に降り、別の入口から戻らなければならない。その構造自体は、彼自身もある程度納得の上ではある。しかし、先程の会議の結果は、彼に実務室までの移動距離をより長く感じさせた。

「一体何を考えていやがる。幾らデイエンがラン=サイディールの首都とはいえ、所詮一国の一貿易港に毛が生えた程度に過ぎない。この国の防御力は、幾ら城壁があったところで高がしれている。そんな港が奴らに襲撃されればひとたまりもない。このデイエンが機能停止すれば、ラン=サイディールが崩壊することだってありうる。それなのに軍部の奴ら、まるで危機感がない。軍を動かす気はないのか」

 現在、デイエンはテキイセ貴族からの自爆的な攻撃に対する防衛で殺気立っている。自らの命を省みぬテロは、防衛者に対して過度の負担を強いる。テキイセに出兵し、討伐したとしてもその前に地下に潜って力を蓄えているテキイセ貴族だった者たちを根絶やしにすることは難しい。現時点ではまだ最強のラン=サイディール軍でも、地下に潜ったテロリストの全滅は非人間的な方法を使わざるを得ないだろう。だが、それではテロリストだけでなく、その地に生きる人々や他の生きとし生ける物をも屠ることになり、稀代の悪手だと後世まで罵られることは想像に難くない。

 やはり、最善の策というのは、テロに対して防御に徹し完封、テロリストたちが摩耗しその力を失うまで待つしかないのはわかるのだが……。

 彼の名はマーシアン=プレミエール。

 ラン=サイディール国において、名を轟かせるのはその軍事力。だが、その陰に隠れてこれも世界屈指の産業なのが貿易だ。

 近隣の海岸線の地形が遠浅のため、巨大な貿易船を接岸することが非常に困難なティノーウ大陸において、デイエン近海だけは地形的に水深がある為、接岸した巨大貿易船に直接大量の荷を積載することが可能なのが、貿易が発展した理由だ。

 そして、その貿易の発展に多大な貢献をした男こそ、元商人ギルド長、現通商省長官のマーシアンなのだ。

 マーシアンの力量は、その類稀なる折衝能力にあった。

 通常であれば、貿易を行うにあたって、通常は自国と相手国の間でルールの取り決めがなされていればいい。だが、この世界では二者間の貿易に於いてすら、第三者が介入してくる。

 その第三者こそが『超商工団体』。

 超商工団体というと、各国の産業に関わる部門が関わり、国を超えての運営がなされていそうな印象だが、その実態は空中武装商船団だ。

 かつて古代帝国が浮遊大陸を天空に浮かべていた時、支配下にあるとされた地上と浮遊大陸を結ぶ、人員の輸送や物資の輸送を担当したとされる古代帝国の国営商船団だった。

 しかし、三百年前の古代帝国の滅亡により、古代帝国の国としての機関は壊滅したが、古代帝国所有の商船団は武装化した。古代帝国の滅亡後、生き残った人々が再び集団で生活し始め、国家を形成、様々な理由でいくつかの国家が紛争状態に陥り、統廃合が行われた際、かつての国営商船団がSMGという名の空賊として、彼らの元に残された古代帝国の技術を使い各国に干渉し、様々なものを搾取する構図が出来上がった。SMGは、『超商工団体』を意味する古代帝国の公用語の単語の頭文字をとった表現だ。

 当然新しい国家は、上空からの干渉を排除しようと試みる。だが、剣や槍、弓は勿論の事、失われた技術を復活させたとされる砲ですら、上空の空中武装商船団を捉えることができなかった。行われたのは蹂躙。人々は空中武装商船団『SMG』を恐れる事となった。そして、その時代は長く続き、人々の心の中に拭いきれぬ恐怖として刻まれることになる。

 そんな中、マーシアンはティノーウ大陸に別大陸の物資を持ち込み、また別大陸への物資を輸出する業務を取り仕切った。当然、長年貿易を陰で取り仕切ってきたSMGには目をつけられるが、そこで彼の類稀なる折衝能力が余すことなく発揮された。

 なんと、SMGにもある程度の上納金を払うことで、SMGからの保護を勝ち取ったのだ。それにより、デイエンは飛躍的な発展を遂げる。

 だが、軍事国家としてのラン=サイディールに限界を感じていたベニーバがデイエンの貿易都市としての機能に目をつけるのは時間の問題だった。

 ベニーバは首都をデイエンに移す。

 と同時に、自分を支持すると誓った貴族たちとともにデイエンへと移住してきた。マーシアンはSMGとの折衝能力及び港町デイエンを一大貿易都市として発展させた力量を買われ、通商省長官に就任する。

 だが、彼が貿易を都市計画として運営できたのは、SMGと上手く付き合ってきたからであり、単純に貿易だけに特化して作業をしていたわけではない。しかしながら、ベニーバとその一派はその部分を加味せず、デイエンの貿易による利益を用い、ラン=サイディールを立て直そうとしていた。

 ラン=サイディールの立て直しに仇なすのはテキイセ貴族のみ。財政難に陥りそうなラン=サイディールは、SMGへの上納金をカットし、その分の利益を国庫に移す決定をしたのだった。

 その背景には、SMGの伝説がある。SMGは誰しもが知る組織ではあるのだが、その組織の存在が伝説上の代物に過ぎないと考えられていたからだ。

 『伝説でしかないSMGに対する上納金は、マーシアン一派の活動資金として確保されている』。

 そう解釈したベニーバの家臣たちは、満足な調査も行わずに、それすら回収した。

 もし、仮にSMGが実在の組織であったとしても取るに足らない。

 そう判断したのだ。

 マーシアンは烈火の如く怒る。デイエンの安全はSMGとの契約の賜物だ。それを破棄するのは非常に危険だ。だが、その一方で、SMGと敵対する事の危険性を若干軽視していたマーシアンは、他国の脅威となるほどに強力なラン=サイディール国軍が協力してくれさえすれば、SMGの呪縛を解くことが出来るかも知れない。自国の利益を全て自国で使うことができるのかもしれない。

 そう目論んだ。

 それほどにラン=サイディールの兵力は他国と比べても圧倒的だったのだ。

 そして、SMGの伝説は多々あったが、具体的なSMGの軍事力を垣間見たことのないマーシアンからすれば、SMGへの上納金は保険程度の位置付けに過ぎなかった。

 SMGからの離別も視野に入れて、兵部省副長官との会談に望んだマーシアンだったが、兵部省副長官は、テキイセ貴族とその息のかかった者たちからのテロ行為を阻止するのに手一杯で、兵力を割くことはできないと回答した。

 実質、デイエンの貿易の安全を誰も保護してくれない状態になってしまった現在、マーシアンは上層部の判断に怒りを覚えるしかなかった。

 組織を庇護する上部組織の変更は、実は非常に難しい。当然上部組織の意図で変更を余儀なくされるならば、致し方ないところもあるが、下部組織が上部組織の変更をするなら、それは下克上となる。


 役人は、上からの命令しか聞かない。

 マーシアンを追い返せ。

 そのように指示を受けたであろう役人は、再度兵部省の上層部と会談を持ちたいマーシアンを薔薇の庭園の奥に設置された城門の横にある詰所で受け入れることをせず、まるで汚いものでも扱うように、邪険に追い払った。

 兵士が奥に姿を消した後も、独り言に近い罵詈雑言を、城門の向こう側の愚かな決定をした者共に投げかけた壮年の男は、口髭を腹立たしく二、三度撫でると、庭園の池に石を蹴り込んだ。餌をくれると思って近付いてきていた鯉たちは、自分たちの上に落ちてきた石に驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。鯉が逃げていく波紋が、夕日で染め上げられた水面を揺らす。

 彼は、別にSMGが好きだというわけではない。ましてや恩義を感じているわけでもない。ラン=サイディールという国に対してもそれほど思い入れがあるわけではない。

 だが、彼が生まれ育ってきたデイエンという一港町が、貿易というには余りにも小規模な、船を使った物品のやり取りで生計を立ててきた事を、マーシアンは重々承知していた。そして彼自身、その町の特徴の恩恵に預かりながら成長してきた自覚もあった。彼はデイエンだけは好きだった。

 彼は、商品の運搬のための船の停泊場を管理維持運営し、船がそこに留まっている間の安全の確保と、荷揚げ等の具体的な作業を取り纏め、荷の運搬保管売買の仲介をすることで、町を栄えさせてきた。町が栄えてくれば、ともに働く人々や、その家族、仲間たちが潤う。自然に笑顔も増えてくる。それが彼のエネルギーになった。

 当然、SMGが干渉してくるが、SMGにも恩恵を確約することで、デイエンを介して行われる貿易を、SMGの協力を取り付けた状態で継続することができた。

 だが、デイエンの現状を知った土地の為政者ベニーバにより、その貿易の利益をラン=サイディールに還元しようとするための法制度が整備されてしまった。その法律の一つが遷都である。それにより、デイエンの貴族は否応なしにベニーバに従わざるを得なくなってしまった。

 デイエンは、SMGの協力都市である前に、ラン=サイディール国の一都市なのだ。都市毎の条例よりも当然国家の法律の方が強い。

 結果、ラン=サイディールの法律とデイエンの条例の間に挟まれることになってしまったマーシアン。SMGは国家扱いをされていない。そのため、デイエンとSMGの間の関係は、私設組織と都市との契約という捉え方になる。私設組織のSMGに対する『契約金』という名の上納金を違法とされ、その契約は国家命令により破棄された形になってしまう。

 SMGとの協力関係は条例で決定されたものであり、SMGが貿易の保護を認めたのも港町デイエンのみだ。それが、ラン=サイディール国の首都デイエンとして貿易を行ない、その利益が都市デイエンに還元されるのではなく、ラン=サイディール全体に還元されるとなれば、SMGとの契約違反となる。

 当然、契約が履行されないSMGは、自身が発行した免状の返還を求めるが、ラン=サイディール側がそれに応じる筈もない。それどころか、免状の解釈を変え、SMGもラン=サイディール国その物の貿易管理権を認めたが故の免状として周囲の国々に喧伝し始めた。

 となれば、SMGの実力行使による免状の奪取以外に選択肢は無くなってしまう。

 同じ都市、同じ組織の長でありながら、立ち位置が微妙に変わってしまった。そして、それが自分の意志で行われたのではないとすれば、マーシアンにしても不本意だ。

 SMGがかつての伝説の通り、圧倒的な武力でデイエンを攻撃するならば、ひとたまりもないだろう。だが、SMGにかつての力があるとはマーシアンは考えていなかった。もしその力があったなら、免状奪取などという方法を採らず、ラン=サイディールそのものを焼け野原にしたはずだ。だが、それをしてこなかったのには二つの理由が考えられる。一つは、ラン=サイディールに免状を預けておくことで、奪取する以上のメリットがある場合。そして、もう一つは、ラン=サイディールを焼け野原にする力をもはや所持していない場合。

 マーシアンは後者を考えていた。そして、デイエンさえ防衛できれば、SMGの呪縛からデイエンを解き放つことが出来る。そう考えてのラン=サイディール軍によるデイエンの防衛依頼だった。

 だが、兵部省は首を縦に振らない。それどころか、軍は動かすことが出来ないと結論の出たベニーバを交えた会談以後、兵部省副長官は、通商省長官のマーシアンの再三の会談要求を拒否した。

 もし、レーテの父、レベセス=アーグがこの地に留まっていたならば、また話は違ったかもしれない。だが、レベセスは属国ドレーノに総督として派遣されていた。

「デイエンを……、ラン=サイディール国を守る為の戦いを、何故軍部は拒否する? ベニーバ様は、過去の柵を断ち切り、ラン=サイディールを立て直す為に、過去のラン=サイディールの栄光に溺れた亡霊を置き去りにし、デイエンに遷都をした。それは、テキイセを首都とした状態でこれ以上の発展は愚か、衰退に歯止めがかけられないからだ。解決策が遷都しかなかった以上、その結果出てくる問題は兵部省も通商省が共に取り組み、解決するしかないだろうが!」

 怒りを抑えられなくなったマーシアンは、誰も聞いていないだろう兵部省の一室に向かって、庭園から声を張り上げた。

 だが、彼の魂の叫びは掻き消されることになる。皮肉なことに、彼がベニーバとともに作り上げた市場が織りなす、夕食の食材を求める人々の喧騒によって。

19歳ごろ一度完結させた章ですが、今読むとお恥ずかしくて、ほぼ全部書き直し、設定も変わってしまっています。

まっさらな状態で書きだすより難しいな、こりゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ