ひと狩りいこうぜ!
ちょいと過ぎちゃいましたが、バレンタインネタをお届けします。
カッとなってやった。後悔は……この状況を考えれば、もしかしたらした方がいいのかもしれない。
吹き荒れるブリザードを背負っているのに、顔には美麗な微笑みを浮かべつづける素敵執事様を見上げつつ。
久々の正座で既に足がつりそうなわたしは、なんでこうなったんだっけと思っていた。
***
「なんで女がここにいるっ! 今すぐ帰れっ」
ヒトガタリナイ。タスケテプリーズ。
何故かカタカナだけで、しかも切羽詰まっているんだか何だかわからない文章の末尾には顔文字までつけたメールを、阪本先輩から受け取ったので。先日、秘蔵の酒を飲みほしちゃったお詫びになるならばと、イレギュラーで頼まれたと言う魔獣駆除をお手伝いすることにした。
ルーカスさん謹製の転移のお札、またの名をどこでもドア。
こいつを使えばひとっ飛び。と言いたいところだけれど、青いネコ型ロボットの物とは違い、お札に組み込まれた座標の場所にしか飛べないので。
ルーカスさんが知っている座標の街までまず飛んで、そこから肉眼でうっすら確認できる峻嶮な山を目当てに、ちょいと飛んで。
その山裾にある、異世界に来て最初に見たファン○ルンの森をさらに広大にしたような森の近くの村の、そばに降り立ち。いや、いきなり飛んでったら驚かれて、攻撃されるかもしれないからね。村の入り口までてくてく歩いて行ったらば。
何故か怒鳴られてしまいました。
初対面の、猫耳戦士に。
「えっと、阪本先輩。こちらは……?」
うんまぁね。考え方はそれぞれだから。出会いがしらに、しかも性別を理由に怒鳴りつけられたくらいで、すぐにカッとなるほどこちらも子供ではないし。
声とともにぴくぴく動く頭上のまっるっこいモノは本物? あ、後ろにちらりと見えるのは、尻尾ですか。しなやかな毛並みが美しいですね。ということは、もしかしてあなたは獣人ってやつですか?
なんて、テンションがちょっと上がっちゃったのもあるし。
だからあくまで穏やかに。猫耳戦士の後ろからやってきた阪本先輩に、説明を求めるだけにとどめたわたしを、誰か褒めてください。
「あれ、そっか。優くんは初めましてなんや。こん人は、この村を守ってる戦士のキッサさん。見たらわかるかもしれへんけど、豹の獣人やねん」
「いや、耳としっぽだけで種族までは分かりませんよ」
「そうか? 優くんは猫好きやから、毛の模様だけで分かると思うてたわ」
「模様も何も、キッサさんとやらの耳としっぽ、真黒ですよね?」
「あ~そういや、そやった」
いや失敬、失敬。
何がおかしいのか一人で笑っている先輩は無視する事にして、眉間にくっきりとした皺をよせてこちら(たぶんわたしですかねぇ)を睨んでいる猫あらため豹耳戦士を観察する。
ふむ。
身長、たぶん190近く?
体重、革製と思われる胸当てやその下の生成りのシャツを通して分かるほどの筋肉の盛り上がりから推察するに、相当重そう。豹の獣人というだけでなく、戦士という職業にあるからこその体型かな? うん。でも森に入ったらそれこそ豹の特性そのままに、木にするするっと登って紛れちゃいそう。
って言うか。シャツの下はモフモフなのだろうか。獣人っぽさは頭上で時折ぴくぴく動く魅惑のお耳と、ぱたんぱたんと揺れるしっぽ以外、見当たらない。毛におおわれているのは、いまや日本では絶滅の危機にひんしている芯まで黒い、切りっぱなしの髪と頭上の耳としっぽだけ。
腕あての先にあるごっつい大きな手も肉球じゃない。残念。
というかね。そもそも獣人、いるんだ。そう言えば、異世界生活最初の頃にセバスチャン検索で人口がどのくらいなのか調べたらば、「亜人」って分類があったか。
いや~さすが異世界。獣人か~。まぁ目の前のこの御仁は豹耳としっぽがなければ、いかついお兄さんで通りそうだけれど。魔人とかエルフとかもいるのかな。できればドワーフとはお友達になりたい。
「サカモト、どう言うことだ。何故ここに女がいる。お前の女なら早く村に」
「いやいやキッサ、落ち着けって。この子は優。今日は手伝いに来てくれてん。俺と同じ魔導士で、俺よりめっちゃ強いから心配せんでええって」
「強い? しかも『錬金術師』とまで呼ばれるお前よりも? 冗談だろ」
異世界の不思議について想いをはせている間に、阪本先輩がわたしを紹介してくれたようだ。
まぁ、かなり高い位置にある豹耳戦士の金色の目が胡乱げに細められているから、信じてもらえてはいないのだろうけど。
えぇ確かにね。ワタクシ、身長は160に少々たらずで、筋骨隆々なわけでもなく。怪しくも強そうな雰囲気を醸し出す魔導師のローブを着ていませんしね。元々持ってないし。
そしてさっきの発言から推察するに、女性蔑視と言うよりも、「女は守らなきゃ」なんて想いでいるのでしょう。それが種族ゆえの気質なのか、個人の性質によるものかは知らないけれど。
別にいいや。お掃除しに来ただけだし。
「さて先輩。紹介も終わった事ですし、さっさと仕事にかかりましょう。鹿型の魔獣が大量発生したんですよね?」
「あ~せやねん。ここらあたりではペウラって呼んでんねんけど、俺らから見るとトナカイっぽい感じ?」
「おい、サカモト。話はまだ」
「ペウラ……あぁ、聞いた事があります。大きさはオスの成獣で3メートルくらい。後ろ脚と、角を使った頭突きが要注意とか」
「そうそう。さすが優くん。よう知ってんなぁ」
「セバスチャンが教えてくれますから」
「あ~、さすが敏腕執事様。僕も創ろうかなぁ」
「おい、サカモト」
「いんじゃないですか? うちの執事様とメイドちゃん達は最高ですよ」
「いや、アヌリンちゃんとヤスミーナちゃんは可愛くていいねんけど、セバスチャンさんはなぁ……」
「うちの素敵カッコイイ執事様が、なにか?」
「いや、大分前やけど、あの人にごっつう睨まれて」
「何やらかしたんですか?」
「サカモトッ!」
あぁもう、うるさいな。
せっかく先輩と楽しくディスカッションをしつつ、持ってきた罠を仕掛けているんだから、肩つかむんじゃなく手伝ってくれればいいのに。
なにかしら?戦士は獲物を追うもの?それとも3メートル以上ある巨体と真っ向勝負して「獲ったど~!」とか叫びたいのかしら? 先輩の話では、群れでいるらしいのに?
「はい、キッサさん。こっちの端押さえてください」
「は?」
「はい、早く。これは『くくり罠』というシカ猟でよくつかわれる罠です。ペウラの被害はこの村の畑近くで起こっているんですよね? だからこれらの罠を畑近くに複数設置します」
「いや、しかし……」
「ペウラの元々のテリトリーは森の中ですよね。それが村の近くまで出張ってきたのは何故か探る必要はありますが、わざわざ森に分け入って片っ端から狩る必要はありません。人里近くに来ると嫌な目に会う。危険だと認識させて、来させないようにすればいいのです。はい、一丁あがり。次いきますよ」
「お、おう……」
「いや~。優くんがおると、楽できるわ~」
ごちゃごちゃ言う人間は言葉を無視してこちらのペースに乗せちゃうのが一番。そして人に任せる気満々な先輩も顎で使って効率よく罠を設置して。
設置している間に遭遇した、美味しそうな牡鹿君をさっくり仕留めて、本日のお仕事完了。もちろんペウラのお肉は熟成させて美味しく頂き、毛皮も使わせて頂きます。
そんで、罠の説明方々先輩と二人して、村の広場で開催された宴会に参加したのはいいんだけれど。
その間中、「いやこれは女には危ない」「女がそんなことするなっ」なんて口走っていちいち邪魔をする豹耳戦士に、ちょっとキレた。
あ?「だから黙って俺に任せろ」って言いたい?
自分たちで処理しきれないから阪本先輩が派遣されて、先輩だけじゃ厳しいからわたしが来たってこと、分かってますか~?
せっかく好みのシブメンなのに、だからこそよけいに腹が立つ。なんてことはないんだからね!
「阪本先輩。百聞は一見にしかずですよね」
「は? ちょっ、優くん、いつの間にそんなに飲んでんねん」
「やっぱり認識を変えさせるには、ショックを与えるのが一番かと」
「いや、あの、越谷さん? 目が据わってませんか?」
「あぁ丁度日本では、バレンタインデーですねぇ。猫にチョコレートは厳禁なんですが、異世界のネコ科の獣人さんにはどうなんですかねぇ?」
「は? バレンタイン? チョコでなにする―――まさかチョコプレイ!?」
「魔獣より恐ろしいものがこの世に沢山ある事を、あの獣人さんにはちょっと知ってもらいましょう。じゃ、先輩はどうぞごゆっくり」
「ちょっ、優くんっ、あかんてっ!」
なにか喚いている先輩は放置して。
広場の中心で盛大に燃えているたき火。その火灯りを顔に受けつつ、キツネによく似た耳を生やしたおじさんと談笑していたキッサさんのシャツの襟首をつかんでっと。
「ぐっ、誰だ? ユタカ? 何をして」
「はいはい、行きますよ~」
「お~嬢ちゃん、情熱的だねぇ。キッサの家は、この道をまっすぐ行ったところにあるぜ。青い扉の家だ」
「御親切にどうも」
「いやいや。若いっていいねぇ。キッサ、やり過ぎんなよぅ!」
「はっ? 村長、何言って。待てユタカ、離せっ」
「はいはい、うるさいですよ~。かよわい女のわたしに、大人しく運ばれなさ~い」
ふふふっ。たとえ筋力はなくとも、異世界には魔導と魔力がありますからね。身長差と体重差なんてないも同然。ちょちょいと風を操って、片手で運んでやりますよ。おっと、ここのようですね。
「っぶっ、ユタカ、なんのまねだっ」
ここら辺では家に鍵をかけないのでしょう。魔導で開けるまでもなく開いた青い扉の、家の奥の部屋。部屋の大部分を占める大きなベッドに寝かせてあげたのに、豹耳戦士ったらうるさいですよ。
「はい、キッサさん。これを舐めてみてください」
「は? 舐めるっ? 何を破廉恥なっんぐっ!」
珈琲と同じく、こちら、少なくともサカスタン皇国で把握している限り、チョコレートはない。
だからちょいっと魔導で呼び出し(もしくは創りだし)た明○の板チョコ(赤)を、丁度大きく開いたキッサさんのお口に突っ込んでっと。
「どうです? 気分が悪くなったり、めまいがしたりしませんか?」
「っんぐ、んむ。これは―――甘いな。いままで一度として食べた事のない味だが、とてつもなくうまい」
ふむ。経過測定も必要ですが、いまのところ問題はなさそうですね。
そして味も気に入ったご様子。なにしろわたしががっちりとした腰のあたりに馬乗りになっているのに、夢中で食べていますから。
「それでは、遠慮なく頂きましょう」
「は? 頂くとは何を……っば、ユタカ待てっ、やめっ、ぅわぁっ」
お知らせします。
この世界の獣人基準かは分かりませんが、豹の獣人であるキッサさんのお肌は、結構つるすべでした。胸毛や腕毛にすね毛は生えておりましたが、我らが世界の欧米人なみでした。
ですから魔導でちょちょいと溶かしたチョコも、美味しく頂けました。
***
とまぁ、そんな感じにバレンタインデーを満喫し、何故かげっそりしている阪本先輩と先輩謹製の転移陣でお家に帰ってきたらば。
ブリザードを背負ったセバスチャンに出迎えられましたとさ。
うん。どうしてこうなった。もしかしてばれてるのか。
そう言えば、「二日目カレーありますよ」の言葉につられてほいほい着いてきた阪本先輩も、何故か横で正座させられているんだけれど。執事から魔王にジョブチェンジしている様ないまのセバスチャンには、突っ込んじゃいけないんだろう。