大問題編
「容疑者が見つかりました」
通夜の翌日。
なんとなくゴロゴロしていた私の元に、新町は現れた。
「住所、教えたっけ?」
「本官はこれでも刑事なんですよ」
インターホンの画面の中で、女は卑屈に笑った。
本当に刑事ならば、追い返すわけにもいかない。
仕方なく、招き入れることにした。
部屋に入った新町は、挙動不審にきょろきょろと目を泳がせる。
「ひええ。やっぱり、銀ちゃんもマンションで一人暮らしなんですねぇ。お金持ちの子だ、うらやましい……そうそう、昨日は、どうして誤魔化したんですか? 本官が一人暮らしなのかって聞いたとき」
「別に誤魔化してなんかいないし」
「ホントかなぁ」
嘘である。
たしかに私は新町の質問をはぐらかした。
私にとって、犯行現場はこのマンションだから。
夢の中の殺人――
自分の部屋のベッドで夢に落ち、居ながらにして夢の世界を浮遊して、私は我妻のマンションを訪れて、この手で首を絞めて殺害した。
もちろん、証拠なんて残ってるはずがない。
全ては夢の中……とはいえ、他人を招き入れたくはない。
それよりも、新町は気になることを言っていた。
「見つかった容疑者って?」
「きっと、銀ちゃんと同じ高校の女の子です」
「……そう」
「ひょっとしたら、銀ちゃんのクラスメイトの可能性もあります」
新町の表情が読めない。
「そうだとして、なんで私にそれを教えるの?」
どういう意図の探りを入れているのか?
「捜査上の機密ってやつじゃないの、そういうのって」
私を疑っている?
だとしたら、なにをきっかけに?
「私なんかにペラペラ喋っちゃって、大丈夫?」
「大丈夫です。銀ちゃんは本官の友達ですから」
「昨日会ったばかりなのにもう友達、ね」
私はソファに腰を下ろした。
とすん、と軽い音を立てて新町も座る。
「……近いんだけど」
「銀ちゃんに見てもらいたい映像があるんです。ひょっとしたら、それで容疑者がわかるかもしれません。その……お願いできますか?」
「なんで私が」
「刑事のカンです。容疑者は、銀ちゃんの友達かも……」
新町が取り出したタブレット。
そこに映っていたのは、見覚えがある場所だった。
「ここって……」
「鏡花ちゃんのマンションのエントランスです。マンションの裏口は施錠されているため、基本的にはエントランスを通過しないかぎり出入りはできません」
新町が見せてきたのは、監視カメラの映像だった。
どういうことだ?
私の犯行は全て、夢の中で完結している。
夢の中の私を捉えることができるカメラなんて無いはず――
すでに実験済みだ。
そもそも私が夢の世界で侵入した経路はベランダである。
間違っても、エントランスなんかに痕跡が残されているはずがない。
「ここです。ちょうど死亡推定時刻の少し後」
「えっ……!?」
映っていたのは、学生服の少女だった。
カメラの画質が悪いのと、角度のせいで顔は見えないが……
間違いなく、私たちと同じ高校の制服を着た女。
誰だ?
なんとなく、雰囲気は我妻に似てる気もするけど……。
モノクロだから、髪色もわかりづらい。
「……知らない。っていうか、よく顔が見えないし」
「そうですか。銀ちゃんは絶対知ってると思ったんですけど」
「だから、何で私が……っ」
新町は上目遣いをして、甘えるようにしなだれかかる。
「古都子、さん……?」
「この事件は、おかしいことだらけなんです。完璧な密室、けれどもその密室には意味がない。まるで、ただ出来るからやっただけ、とでも言うように。本官の推理が正しければ……この事件は、子供の遊び。つまり、犯人は子供です」
「根拠は?」
「刑事のカン……と、銀ちゃんの失言ですね」
私の失言だと?
昨晩の通夜、新町との会話を回想する。
多少、動揺はしてたものの……
犯人だとバレるような落ち度は無かったはず。
「銀ちゃんは……一昨日の晩。鏡花ちゃんの部屋を訪れましたね?」
それなのに、新町は確信を持った眼差しで私を責めたてた。
「なっ……!?」
なんで。そのことを、知ってる?
新町はTVの前の棚を見て、一本のDVDを指さした。
「ポール・バーホーベン監督のインビジブル……あれ、怖い映画ですよねぇ。本官も昔、観たことがあります……透明人間になった主人公は、誰にも見られてないのを良いことに……うふふ。お向かいのマンションにいるお姉さんを、レ、レイプ……しちゃうんですよねっ……お風呂上りのお姉さんを、力任せに抑えつけて……誰にもバレないと思って……きっと、何されてるかわからなかったと思いますけど……でも、お姉さんも良くないですよ……あんなにえっちな身体を、劣情を煽るような仕草で、ま、窓越しに見せびらかしたりするから……」
新町はリビングの奥にある寝室に目を向ける。
「ひょっとして……ベランダの窓から、見えるんですか? 鏡花ちゃんの、マンション……見えますよね、きっと。だって、向こうからも、ここが見えたから。ふふふっ、ひっ、ひひひ」
「なんなの、お前……ッ!?」
気色悪い。でも、それ以上に意味がわからない。
私の密かな願望を、まるで見てきたように、言い当てて……!
「見てきたように、じゃないんです。そこに、いたんです」
ふぅ、と耳元で新町がささやきかける。
「ありがとうございます。シロちゃん」
息を忘れた。
私はすぐ横にいる化け物から逃れられずにいる。
シロちゃん……銀ちゃん。
我妻だけが知ってる、私のあだ名。
なんでコイツが知ってるんだ?
見ていたから?
そこにいたから?
私が、我妻を殺すさまを……新町が、見ていた?
飛び跳ねるようにしてソファを立ち、私は新町を見下ろす。
新町はというと、喜色満面に笑みを浮かべた。
「銀ちゃんは、やっぱり、本官の友達です……」
口を封じなくては。
そう思って、とっさに近くにあったリモコンで殴りつけた。
新町古都子は華奢な身体を丸めて横たわり、頭から血を流している。
やってしまった。
リモコンを握った手が痛みに痺れる。
これは夢なんかじゃない、現実だ。
「どうしよう……」
夢の中の殺人とはわけが違う。
殺人。
我妻が飼ってた猫を殺してみたのが、最初だった。
次は、我妻自身。
これが三度目……でも、心臓がうるさいくらいに胸を打つ。
現実の殺人だ。
本当に、人を殺してしまった――
「銀、ちゃん……」
新町が、弱弱しく息を吹き返した。
まだ、生きてる……! とどめを刺すべき。
リモコンを握り締める。
もう一度、殴らないと……でも、力が入らない。
「銀ちゃん……待って。本官を、殺さないで」
「い、いまさら命乞い!? 無理だよ、アンタを殺さなきゃ、私が捕まる」
「違うんです。逆なんです。本官を殺したら、銀ちゃんが逮捕されちゃいます」
何を言っているのかわからない。
それでも、不思議と耳を傾ける気になった。
「どういうこと……?」
「さっき見せた映像に映ってた容疑者は……本官です」
「は?」
「言ったでしょう、映ってるのは銀ちゃんの友達だって。へへへ……本官なんです。銀ちゃんの友達っ……あの夜、本官も、鏡花ちゃんのマンションにいました」
「古都子さんが、我妻のマンションに? どうして?」
「鏡花ちゃんも……本官の、友達だったからです」
☆☆☆
「友達は、また0人になっちゃいました……」
ん?
新町が妙なことを口走った。
「0人になった、って?」
☆☆☆
そういえば、あのときに新町は妙なことを言っていた。
友達が0人になった……
つまり、友達だった我妻が死んだことで0人になった?
「古都子さんが我妻の友達になったの? なんでまた」
「きっかけは、猫が殺された事件でした。完全な密室殺人、けれども被害者は人ではなく、猫……面白そうな事件だったので、本官が担当することになったんです」
事件捜査中に、関係者の女子高生と友達になる――社会人としては非常識なふるまいではあるが、新町は私に対しても同じことをしていた。
昨日から捜査を始めたわりには、猫殺しの事件に詳しかったのも頷ける。
それでも、私にはわからないことがたくさんある。
「どうやって、私にたどり着いたの? 古都子さんも、私と同じように明晰夢のチカラを持ってるってこと? 夢を夢として認識し、夢を自由に改変する能力を……」
「寝言です」
「なんですって?」
思わず、私は聞き返す。
新町は当然のように、同じ言葉を繰り返した。
「寝言です。寝言を聴いたんです、本官は。鏡花ちゃんは殺される瞬間に、寝言を喋っていました……”なんで””シロちゃん”と」
「あっ……!」
☆☆☆
我妻と目が合った。
彼女の黒目に、パジャマ姿の女が映る。
死への旅路に赴く、刹那――。
夢の中の私を、我妻は認識できるらしい。
「なんで……シロちゃん」
☆☆☆
私が支配する明晰夢の世界には、眠っている生き物と死んだ生き物しか入り込むことはできない――しかし、死の直前の我妻は、その存在が生と死の狭間にあり、夢の世界にいる私を認識することが可能となっていた――そのときに発した言葉は、寝言という形で現実の世界にも放たれていたのか!
「通夜の席で、私に事情聴取してきたのは――」
「黒沢 銀ちゃん。お通夜の出席名簿を確認して、”シロちゃん”に該当しそうな名前の人物を見つけました。銀はしろがね、です」
それでも、解せないことがある。
「古都子さんが我妻の寝言を聴けたわけがない。だって、あのとき犯行をおこなった寝室には、私と我妻しかいなかったはず!」
「本官にも、なんとなくの事情がわかってきました。本官から見て、あのとき鏡花ちゃんを殺した殺人犯――銀ちゃんは、まるで透明人間のようでしたけど……ひょっとしたら、銀ちゃんにとっても、本官は透明人間だったのかもしれません」
「私には、古都子さんが見えなかった……?」
「明晰夢のチカラ。どうやら、単純に透明になるだけの能力ではないみたいですね。本官にも、詳しい説明を開示してくれませんか?」
「いいけど……」
どうせ、いつでも新町の息の根を止めることはできる。
私はここまで把握している自身の能力について整理することにした。
能力名:EXDREAMER(夢を超える者)
本体名:黒沢 銀
破壊力:C
スピード:D
射程距離:A(本体から約1km)
持続力:D(夢が続くまで。レム睡眠は10分~20分程度)
精密動作性:A
成長性:B
能力:
現実世界と連動した夢を見ることが出来る。
夢の世界には生き物はいないが、例外として眠っている生き物は存在する。
(衣服など、生き物がまとっている物質は夢の世界にも存在する)
夢の世界で本体の手によって生き物を殺害すると、現実世界でも連動して生き物は死ぬことになる。
また、殺されている途中の生物は「生と死の狭間にいる」と本体が解釈しているため、生き物ではないという判定になり夢の世界に留まることになる。
現実の世界から夢の世界にいる本体に干渉することはできない。
夢の世界の物質は本体のイメージによって改変することが可能であり、夢の世界で改変された物質は現実でも改変されることになる。
新町はハンカチを頭に当てて、血を抑える。
「なるほどです。ひょっとして事件当夜、銀ちゃんは窓ガラスを改変することによって鍵を開けて、ベランダから侵入したんじゃないですか?」
「えっ、そこまでわかるんだ……」
「現場検証のときに、鍵の周囲だけガラスの埃が綺麗に払われてたのが気になったんです。銀ちゃんの能力による明晰夢の改変では、ガラスに干渉する際にはきれいなガラスをイメージして改変することになる――だから、自然についた汚れまでは再現できず、現実世界に改変の痕跡が残ったのかと」
「古都子さんって、バトル漫画のキャラなの?」
「刑事です。同時に、銀ちゃんが本官に気づかなかった理由もわかりました。やはり、あの夜にかぎっては本官は透明人間だったんです」
新町は透明人間だった……?
彼女の謎めいた言葉に向き合うことになった。
「私の支配する明晰夢の世界には、生き物は存在しない。だから、私は生き物を視認できない……けれども、服を着ていれば、服だけは見えたはず。逆に言えば……」
新町が服を着ていなかったとしたら、私には見えない。
「つまり、あの晩……古都子さんは、我妻の寝室に全裸でいた?」
「半分は当たっています。耳が痛いです」
へらへらと新町が笑う。いや、笑いごとではないだろう。
「現職の女刑事が、未成年の寝室で、全裸にッ!?」
「ですから、全裸ではありませんっ。一応……」
新町がスーツのポケットを探ると、
チリン と、鈴の音が響く。
☆☆☆
チリン。
見ていたものがいる。
私の醜態を。
視線の先には、赤い首輪。
ああ、そうだ。
「新しく飼うことにしたのか……」
☆☆☆
取り出されたのは、赤い首輪。
「新しい猫……?」
「銀ちゃんが犯人だと、本官が確信した理由がこれです。鏡花ちゃんが、新しい猫を飼うことにしたと……いくら友達相手でも、言うはずがないんです。だって、鏡花ちゃんの言う猫とは、本官のことで……」
新町は、小さな手で私の手を握った。
「あの晩、本官は鏡花ちゃんに監禁されていたんですから」
新町古都子が全裸だったのには、理由があった。
彼女が着ていた服は、全て我妻 鏡花によって処分されてしまったのだ。
いかなる動機があったのか、もはや定かではない。
死人に口なし……。
とはいえ、裸に首輪だけという写真を何枚も撮られていたらしいので、そのことをネタにしてなんらかの脅迫をしようとしていたのは間違いないだろう。
目的は金か、それとも身体だったのか。
それが判明する前に、我妻は私の手によって殺されてしまった。
彼女が元から狂っていたのか、それとも大事にしていたであろう猫を惨殺されたことで精神の均衡が崩れたのか、妙に距離感がバグった美人の女刑事にグイグイ来られて欲情してしまったのかは、今となっては不明である。
現場から逃走した新町が高校の制服を着ていたのは、我妻のワードロープから奪ったためらしい。
余談だが、いわゆる女同士でヤるときの受けのレズを「ネコ」と言うそうだ。
そんなこと、私は初めて知ったんだけど。いや、ホントに。
「一言、お礼を言いたかったんです。本官を助けてくれた、透明人間さんに」
「それが、我妻を殺した犯人を探してた理由ってわけなの?」
「うふふ。はいっ!」
ありがとう、と言われたのにも合点がいった。
「なのに、殴るなんてぇ……ひどいですよ、銀ちゃん」
「あんなキショい迫り方してくるからでしょ……」
ところで、と新町は言った。
「銀ちゃんはどうして鏡花ちゃんを殺したんですか?」
「別に特に理由はないっていうか……夢の話だから」
そもそもの話。
本当に死ぬかどうかもわからなかった。
今でも、ちゃんと殺したのか実感が湧かない。
「私が好きな映画をオススメしたら、たまたま猫が死ぬ映画だったんだよ。それを見たとたん、わざとらしくピーピー言ってたのがむかついてさ……」
「えぇ……猫が死ぬのって悲しくありません?」
「バリバリのスプラッターだったんだよ? それこそゴミみたいに人間が死んでいく映画なのに、猫が一匹死んだくらいで過剰に騒いで……なんか、お猫様だけがイチバン大事で、人間には価値なんてないと思ってんのかなって思ったら、腹が立った」
「でも、殺されるほどの理由じゃないです」
「私もそう思う」
だから、これは全部きっと、後付けで。
結局のところ……インビジブルの透明人間と同じ。
誰にもバレずに、やれるとわかったから、やってみただけだ。
「つーか、古都子さんは古都子さんでアイツに監禁されてたんでしょ? そっちは普通に殺す理由になるくね?」
「うーん、どうでしょう。流石に過剰防衛になる気がしますけど。まぁ、逮捕されたらわかるでしょう。本官は、そろそろ行きますね」
ん? 逮捕って。
「古都子さんが、逮捕……?」
「言ったじゃないですか、容疑者の情報がわかったって」
いてて、と頭を抑えながら新町は言う。
「現場は完璧な密室。窓も、ドアも施錠されてて……中には、被害者に監禁されていた女が一人。現場から服を奪って、逃走――どうみても、本官は立派な殺人犯です」
「えっ。じゃあ……」
そんな、馬鹿な。
私はそんなこと、望んでない。
「古都子さんが、殺人犯として、捕まるの……?」
「そうです。夢の世界での殺人なんて、この世のどんな名探偵にも証明することは出来ませんから」
「でも、私が殺したんだよ?」
「不能犯、という言葉があります。銀ちゃんは知ってますか?」
「映画で観たよ、不能犯。松坂桃李の無駄遣い」
不能犯――
たとえ殺意があったとしても、殺害手段が非実現的なものなら、その犯行は裁かれることはない。つまり、呪いや超能力といった立証不可能な手段による殺人は罪ではない……というもの。
「銀ちゃんの殺人は、裁かれることはありません」
「嫌だよ、そんなの」
我妻を殺したことなんてどうでもいい。
目の前の新町のことが問題だ。
「本官も嫌です。だって、銀ちゃんが可哀想ですから」
何を言っているんだ。
可哀想なのは、罪もないのに逮捕される新町に決まってる。
「裁かれないのって、不幸ですよ。銀ちゃんは人を殺したんです。でも、その罪がきちんと裁かれることがないのって……良くないと、本官は思います」
そう言った新町の瞳には、警察官らしい光が宿っていた。
「……初めて、古都子さんが大人に見えたかも」
「ひどいっ!」
新町のことが、初めて友達に思えたのは内緒である。
「ですから、本官は銀ちゃんの友達として……銀ちゃんの罪を知る者として、ずっと監視しますから。もう、あんまり悪いことに能力を使っちゃ駄目ですよ?」
「明晰夢、か。こういうチカラを持ってる人って、他にもいるのかな」
新町は血に染まったハンカチに触れた。
「銀ちゃんみたいな超能力者ですか。本官はこれまでに見たことないです。あっ、そういえば……前に似たような友達がいたような気がしますが、たしか、あの子は超能力じゃないって……」
――バタリ。
フローリングの床に新町が倒れた。
「えっ」
えっ?
華奢な身体を揺さぶるが、返事がない。
脈を取る。
嘘でしょ。
「し、死んでる……」
さっきの良い話はなんだったんだ。
これも因果応報というべきか――
頭部への打撲傷は、意外にも致命傷だったらしく。
現職の女刑事を殺害した犯人として。
私の罪は、しっかりと裁かれることになるのだった。
EpisodeⅠ『VS.EXDREAMER』…END
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