産地偽装問題編
後日のこと。
わたくしの私室を訪れたアラマチは、とんでもないことを言ってきた。
「異世界転生……ですって?」
「はい、ミルホワ様。ここだけの話、本官には前世の記憶があるのです」
きょろきょろと周りを見回し、アラマチはわざとらしく声を落とす。
「ナイショですよ」
「そんなこと、言いふらしたとしても誰も信じたりしませんわ。でも、そうですわね……」
たしかに違和感はあった。
医学、指紋、昆虫学――
アラマチの知識は平民のレベルを超えている。
「前世でも本官は今と似たようなことをしていたのですが、前にいた世界の文明はこの世界よりも進んでいたんです。そういったこともあって……というより、本官はそもそも、犯罪を捜査するのが好きで、これはもう趣味みたいなものなんですけど」
「あまり良い趣味とは言えませんわ」
「でも、これでミルホワ様の友達になれます」
どういうことだ?
急に話が飛んだので、わたくしはついていけなかった。
「あなたが、わたくしの友達に?」
「本官は趣味が悪いので……あと性格も悪くって……良いのは前世から持ち越してきた顔くらいなものなので、あまり友達が出来ないんです」
「顔が良いのは素直にうらやましいですわ」
わたくしは金髪で隠した目元の火傷をなぞった。
「わたくしは、見てのとおりですし」
アラマチは椅子から立ち上がり、小さい手をブンブン振った。
「と、とんでもないですっ! ミルホワ様はお美しいです! 美とは完璧だけに宿るものではありません。そもそも、大抵のヒトの顔は左右対称ではなく、微妙に均衡が崩れてるものでして……」
「何を言っているのかよくわからないけど、フォローしてくれてるのね?」
「ふれんどしっぷ計画っ!」
「訂正。本当に何を言ってるのかわからなくなりましたわ」
アラマチは椅子に座り直した。
「計画の第一段階として、まずはミルホワ様の犯罪を証明します」
「…………っ!」
やはり、アラマチはわたくしを疑っていた。
弛緩していた空気が引き締まる。
あらためて、わたくしは「敵」と向き合うことにした。
「わたくしの犯罪、ですって?」
「まずは皇太子グラシエ様の殺害から。事件当夜、グラシエ様の寝所をフリュン様が訪れていた様子を何人かの衛兵が目撃していますが、これは真実ではありません。証言を正確に確認すると、彼らが目撃したのはフリュン愛用の赤いドレスを着た女性でした。顔はおろか、髪すらもヴェールで隠されて見えなかったとか。これはミルホワ様の変装だと推理します」
「たしかに、わたくしとフリュンは背格好も似ていますわ。でも、だからといってわたくしが変装していた証拠はないんじゃないかしら」
「変装していた証拠はありません。ついでに言うと、フリュン様の寝室で見つかった刃物――殺害に使われた凶器についても、指紋の検出は上手くいきませんでした。ミルホワ様の指紋らしきものもありましたが、状態が良くなく……おそらく、フリュン様捜索の際に複数の人が無頓着に触れてしまったようです。もっとも、フリュン様本人の指紋についても、一つもそれらしいものが検出されなかったのが妙な話ではありますが」
それは妙な話でもなんでもない。
「フリュンは普段から絹の手袋を着けていましたわ。きっと犯行時にも、その指紋とやらは付かなかったはずですわよ」
「なるほど。どうりで、私室にあった指紋が少なめだったわけです」
「わたくしの指紋らしきもの、では証拠になりませんわね?」
「はい。ですので、あっちの殺人はオマケです。どのみち、フリュン様を殺害した犯人の方がミルホワ様だと証明できればいいので」
なんでもないような顔をして、アラマチは話を続けた。
「次に、フリュン様失踪――否、殺害事件について。おそらく殺害場所はフリュン様の私室だと思われます。そこがもっとも目撃されるリスクが少ない」
「そこで殺したとして、死体をどのように隠したというの?」
「まずはミルホワ様の私室に隠すことにしたのだと思われます」
☆☆☆
「これは不敬かもしれませんが……既にミルホワ様の私室についても捜索されてますでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ。衛兵たちが王宮中を隅々まで探し尽くしてから、でしたけど」
☆☆☆
「捜索が始まってから、ミルホワ様の私室が捜索されるまではタイムラグがあった。そのあいだに作業を完了させた――」
作業。アラマチの言葉選びに、わたくしは警戒心を強めた。
もしかしたら、本当に気づいているのか?
「ミルホワ様の私室は、フリュン様の私室の隣。運び込むにしても、目撃されるリスクは小さいですし……あるいはこの時点で、固有魔法を使っていた可能性もありますね。その場合にはリスクをゼロにできます」
「わたくしの固有魔法――?」
「小物を収納する程度の魔法《ハダンノキコン》ですよ」
ハズレスキル中のハズレスキル。
フリュンに愚弄され、父に見捨てられ、王宮中から馬鹿にされてきた弱小魔法だ。
でも、どうしてその名前がここで出てくる?
困惑するわたくしをよそに、アラマチは語る。
「ミルホワ様の固有魔法は指定した対象を異空間に入れて、別の指定した場所に出すことができます。お二人の私室は隣同士です。射程距離の範囲内。フリュン様の私室で死体を異空間に入れた上で、壁越しにミルホワ様の私室で出してしまえば、運ぶところを誰にも目撃されることはありません――!」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
なんだ、そのイカレた話は。
わたくしはそんなことはしていない。
あのときは、イチかバチかの賭けだった。
衛兵に見つからない可能性に賭けて、裸のフリュンを引きずって隠したのだ。
「いくら隣室同士だからって、見てもいない場所に向けて出し入れするなんて……」
「えっ、出来ないんですか?」
「で……出来る、かも、しれませんけど」
正直なところ、試したこともなかった。
言われてみれば、出来ないこともないのかもしれない。
とはいえ、だ。
「そもそも、アラマチさんの推理はツッコミどころが多すぎますわ。まず、どうやって火魔法の達人であるフリュンを、このわたくしが殺害できたというんですの?」
先日話した論点に戻すことにする。
はたから見たら、まずはこの点が謎となるだろう。
魔法についての知識が少ないアラマチなら、火魔法の弱点――水気が多い場所では始動が遅れるという点に気づいていないはずだ。
だとしたら、そこでつまづく可能性が高い。
自信満々に言ったわたくしの挑発は――
「ミルホワ様の魔法だったら、そもそも火魔法って効かないんじゃないですか?」
――アラマチからの予想外の反撃を食らうことになる。
「ど、どういうことですの……?」
「火魔法って、要するに燃焼を起こす魔法ですよね。ミルホワ様の固有魔法は指定した物質を異空間に収納できるのだから、相手の周囲の空気を異空間に収納して真空状態にしてしまえば、そもそも燃焼は出来なくなると思うんですけど……」
「空気がないと、燃焼が出来ない……?」
「燃焼は科学的には物質と酸素が結びついて急速に酸化が進んでる状態を指すので、酸素を含む空気がないと燃焼は発生しません。それに空気は体積に対して重さが非常に軽いので、軽いものしか収納できないミルホワ様の固有魔法であっても、問題なく実現できる戦術になると本官は思います」
「そんなこと言われても……わたくしには、そんな知識ないですし」
「もっと言えば、たとえばあらかじめ酸素だけを異空間に収納しておいて、相手の鼻先に高濃度の酸素を出して吸引させることで酸素中毒を引き起こして昏倒させるとか……あっ、そもそも出し先って体内に指定できるんでしたっけ? それでしたら即効性の毒物を直接投与するとか、血管に空気をブチ込むとか、色々とやりようはあると思いますよ。あとは生物も対象に取れる魔法である以上、相手の目玉とか心臓とか脳の一部とかだけを異空間に収納することで直接的に殺害することも出来そうです。すごいですよ、この魔法は。ひひひ、ゆ、夢が広がりますね、ミルホワ様……!」
こ、怖い。
何を言っているのか半分も理解できないけど……!
「もしかして……わたくしの固有魔法って、ハズレスキルじゃないんですの?」
「ハズレスキルなんてとんでもありませんっ! 本官だって、せっかく異世界転生したんだから、ミルホワ様みたいな超チートスキルを持って生まれたかったです!」
ドブ川みたいに濁った目をきらきらとさせて、アラマチは力説した。
「とまぁ、フリュン程度のザコなら、ミルホワ様が自分の魔法と向き合ってさえいれば、殺害することは難しくないでしょう。そういうわけで、死体をどのように隠したかに戻りますが……」
「ザコって……」
「まずは、フリュンの死体を壁越しに出し入れしたとしましょう」
「勝手に推理を進めないでくださいまし。わたくしの魔法は何度も言うように、小物を収納する程度の能力しかありませんわ。死体のような大きなものは……」
「小分けにすればいいです」
「…………っ!」
「というか、フリュンを解体することについては、ミルホワ様も実際にやったんじゃありませんか? そうでないと、フリュンが見つからない説明がつきません」
小分け――解体。
最初に思ったのは、どうやってフリュンを隠すかだった。
花嫁修業のために料理を学んでいたわたくしは、畜産動物の解体については知識があった。肉や臓器と骨を正確に取り分けていけば、女の力であっても解体自体は難しくない。バラバラに小分けすれば、わたくしの固有魔法を使えば持ち運びが可能となる。作業は私室にある浴場で実行した――。
「肉や臓器については、絶好の隠し場所がありましたね。ミルホワ様の私室にあった、冷蔵所――あそこに隠しておいたのでしょう」
「うっ……!」
「お姫様でありながら日常的に料理をしているミルホワ様の私室でしたら、冷蔵所にお肉がいっぱいあってもおかしくありません。実は、初めて会ったときに本官にはミルホワ様が犯人であることはわかっていました……だって」
うふふ、とアラマチは気味の悪い笑みを浮かべる。
「あの味には、覚えがありました。今から10年前のことですけど」
☆☆☆
エメンダリ王国は貧富の差が激しい。
王宮という鳥籠に閉じ込められた身にも、それとなく聞こえてくるくらいに。
10年前の大飢饉では、多くの民が飢え死んだと言われている。
☆☆☆
「まさか、あなた……!」
「人の味を食べるのは、初めてじゃないんです。この世界は、本当に過酷でしたので。えへへ。美味しかったのはホントですよ? 食肉は熟成をすることでタンパク質が分解されうま味成分のアミノ酸に転じるため、死後1週間が経過した先日はまさに食べ頃でしたし。そうそう、挽き肉の配合を聞いたときには”牛と豚の合い挽きの7:3”とおっしゃってましたが――まさにそんな感じのコクとうま味でした。あの味を知っているということは……フリュンの肉については、ほとんどはミルホワ様自身で処分したのではありませんか?」
「……いくらかは、使用人にも振る舞いましたわ」
「ミルホワ様が悪意をもってやったのではないことはわかっています。一刻も早く処分する必要に駆られていた、だからこそ手段を選ばずにはいられなかったことも」
全て、知られていた。
わたくしのおこなった禁忌が。
人としての領分を超えた、許されざるおこないが。
それでも――
「全ての証拠は消え失せましたわ。アラマチさんのお腹の中にね」
「いいえ、残っています」
アラマチは窓を開けて、中庭を見下ろす。
そこには庭園が広がっていた。
――やはり、気づかれていたみたい。
「どんな料理上手でも、最後まで処分することが出来ない食材が存在します。それは、骨。解体されたフリュンのうち、骨については固有魔法で持ち運びが容易となるくらいに砕かれたのでしょう。骨粉はリン酸とカルシウムが豊富な、一級品の肥料となります」
☆☆☆
「あら、そう? ふふっ、あのお野菜はね、肥料が良いのよ。苗も厳選した一代品種を他国から取り寄せてね。どれも、中庭にある家庭菜園で採れたものですのよ」
☆☆☆
アラマチは、真実を告げる。
「この王宮の中で唯一、ミルホワ様が土を掘り返したりしても誰も違和感を持たない場所――家庭菜園。その地面の下には、物言わぬ証拠が眠っているはずです」
「……わたくしの、負けですわ」
すべてが暴かれた。
殺人という不条理劇の幕が降りたらしい。
同時に、これでわたくしは終わり。
大義名分を得た父は、いよいよわたくしを処分するだろう――
破滅の未来に震えるわたくしの手を、アラマチが支えてきた。
「アラマチさん……?」
「ミルホワ様は、悲しい人です。本来ならば、罪は裁かれるべきですが――あなたを苦しめた、フリュンの罪を誰も裁こうとはしませんでした。誰も味方をしようとしませんでした。誰も、あなたを助けようとしませんでした。だから、あなたは手を汚すしかなかった。そうなんですよね?」
「そう……そうよっ、わたくしは……!」
喉から手が出るほど欲しかった言葉。
飢えと渇きが満たされる感覚。
気づけば、わたくしは喉を震わせていた。
「う……うぅ……ひ……ひっく……!」
「泣かないでください、ミルホワ様。本官は、あなたの味方になりたいんです」
ニコニコとほほ笑むアラマチ。
その愛らしい顔が、誰かと重なったような気がする。
「さて。それでは、計画の第二段階ですっ」
「……計画って?」
「ふれんどしっぷ計画の第二段階ですよぉ。あらためて、お願いなのですが」
――ああ。
どうして、気づかなかったんだろう。
悪魔は、いつも天使の顔をして近づいてくる。
そのことはフリュンで知っていたはずなのに――。
可憐な唇から愛らしき誘いを装った取引を放つまで。
わたくしは、アラマチという女の本性がわかっていなかったのだ。
「ミルホワ様。本官の、友達になってくれませんか?」
細い指は毒蛇のように。
あるいは救いの主であるかのように。
破滅に怯えるわたくしの凍えた指を溶かすように、ほのかな熱を伝えながら、二度と離さないようにと、逃がさないようにと、深く、まぐわうかのように、どろどろとした執着と愛撫が蜘蛛の糸のごとく粘りつき、組みつき、絡みつき、気づけば――わたくしは口づけを交わし、甘ったるい堕落の杯を飲み干ざるを得ませんでした。
後に”血の暗殺王女”と呼ばれることになった、ミルホワ・ロティシュール。
その懐刀として辣腕を振るい、ミルホワにとっては身分の差を超えた無二の「親友」として、歴史の書に名を残すことになる首席捜査官、コトコ・アラマチ――
新町古都子が記憶する二度目の人生は、
こうして物語の幕を開けたのです。
EpisodeⅡ『In MagicLand』…END
Next EpisodeⅢ…『Unknown four』




