守るか、止めるか
空は、何事もなかったみたいに青かった。
でも——
さっきまでそこにあった“ひび”の感覚は、消えない。
「……ねえ」
魔女の声。
振り向く。
その表情は、今までで一番静かだった。
「君、さっきの……覚えてる?」
「……全部じゃないけど」
頭を押さえる。
断片的に、残っている。
暗い空間。
無数の穴。
何かを埋めていた“存在”。
「……あれ、俺じゃないって言われた」
「うん」
魔女は頷く。
「でも、“似てる”とも言われたでしょ」
「……ああ」
その言葉が、妙に重い。
「……ねえ」
魔女が、少しだけ間を置いて言う。
「ここから先、ちょっと大事な話する」
空気が変わる。
「いい?」
「……何が」
「君の“選択”」
その一言で、喉が詰まる。
「さっきの“本体”」
魔女は空を見上げる。
「たぶん、また来る」
「……だろうな」
「しかも今度は、ちゃんと取りに来る」
「取りにって……」
魔女は、まっすぐに僕を見る。
「君を」
沈黙。
風の音だけがする。
「……なんで」
やっとそれだけ言えた。
「なんで俺なんだよ」
魔女は少しだけ考えてから、答える。
「バランスが崩れてるから」
「……」
「この世界、本来は“削る側”と“削られる側”で成り立ってる」
それは、もう聞いた。
「でも君は違う」
一歩、近づく。
「どっちでもない」
「……」
「だから、“修正対象”になる」
その言葉に、背中が冷える。
「……修正って」
「消すか、取り込むか」
あまりにも簡単に言う。
「……ふざけんなよ」
思わず吐き捨てる。
「そんなの——」
「選べるよ」
魔女が遮る。
「……は?」
「選択肢はある」
静かな声。
でも、逃げ場はない。
「二つ」
指を二本立てる。
「一つ目」
魔女の声が、少し低くなる。
「“守る”」
「……守る?」
「君がここに残る」
「そして、その力で“穴”を壊していく」
頭に浮かぶ。
さっきの感覚。
触れたら、壊れる。
「でも、それを続けたら——」
魔女は、少しだけ言葉を止める。
「世界のバランスが完全に崩れる」
「……どうなる」
「わからない」
正直な答え。
「でも、たぶん」
目を細める。
「全部、消えるかもね」
「……」
言葉が出ない。
「二つ目」
魔女の声が、少しだけ静かになる。
「“止める”」
「……どうやって」
「君を、ここで止める」
一瞬、意味がわからなかった。
でも——
すぐに理解する。
「……それって」
魔女は、目を逸らさない。
「うん」
静かに言う。
「私が、君を壊す」
空気が止まる。
「……冗談だろ」
かすれた声。
でも。
魔女は笑わなかった。
「……なんでだよ」
怒りがこみ上げる。
「なんでそんな話になるんだよ!」
「仕方ないから」
即答だった。
「君が存在してるだけで、世界が壊れる可能性がある」
「……っ!」
「でも君を残せば、“穴”は消えるかもしれない」
矛盾している。
でも、それが現実。
「……あんたは」
震える声で聞く。
「どっちを選ぶんだよ」
魔女は、少しだけ黙った。
長い沈黙。
風が吹く。
やがて。
小さく息を吐いた。
「……私はね」
ゆっくりと、口を開く。
「昔、同じことがあった」
「……は?」
初めて聞く話。
「私の町にも、“ズレた存在”がいた」
「……」
「そのとき私は——」
一瞬だけ、声が揺れる。
でも、すぐに戻る。
「“止める側”を選んだ」
心臓が強く跳ねる。
「……じゃあ」
喉が乾く。
「今回も、そうするのかよ」
魔女は、何も言わない。
ただ、こちらを見る。
その目に——
ほんの少しだけ、迷いがあった。
「……ねえ」
静かな声。
「怖い?」
答えられない。
「当たり前だよね」
少しだけ笑う。
でも、その笑いは弱い。
「私は」
ゆっくりと言う。
「もう、同じ選択したくない」
「……」
「でも」
次の言葉で、空気が凍る。
「間違えたくもない」
その瞬間。
足元の影が、大きく揺れた。
まるで——
何かに反応したみたいに。
「……来る」
魔女が空を見上げる。
僕もつられて見る。
空が、再び歪む。
今度は、さっきよりも大きく。
「……時間切れだね」
魔女の声。
決断の時間が、終わる。
「選んで」
まっすぐに、僕を見る。
「君が、“どうしたいか”」
空のひびが、音を立てて広がる。




