楽しいショッピング
「へいらっしゃーい」
と答えながらも、その武器屋の親父は二秒で「なんだこいつら?」と眉をしかめた。
己が居城にやって来た客は、目を疑うような子供が二人。
片方が成人を迎えたかも怪しい魔導師姿の青年に、もう片方が乳離れもしていない金髪の幼女。二人は仲の良い兄妹のように会話しながら、慣れた様子で自分の店内を散策し始める。
「って、ルカ坊じゃねぇか。いったいどうした、こんな店に来て」
「ご無沙汰しています、オヤジさん。実は色々と装備が入り用になってしまいまして」
“ルカ坊”こと“鋼鉄の六人”のルーカスは、相変わらずナヨナヨとした愛想笑いを浮かべながら頭を下げていた。
“鋼鉄の六人”壊滅の知らせは武器屋の親父も耳にしていた。
そのパーティ最後の一人が、孫ほども小さな女児を連れて自分の店を訪れるという違和感に、親父は明らかに不快な顔で肩を竦める。
「悪いが魔法使いの道具なんてここにはほとんど置いてないぞ。子供の遊び場じゃないんだ。商品を買わないならとっとと帰ってくれ」
「ボクの方は間に合ってるので大丈夫です。今日は、この子の装備を見繕いたくて」
ルカ坊は引き攣った笑みを浮かべながら、もう一方の金髪幼女へ目を向けた。
金髪幼女は親父の言葉を気にする様子もなく、勝手知ったる己の庭のような足取りでちょこちょこと店内を駆けまわっていた。
「おいこら、店の中で走り回るんじゃねぇよ! 武器をひっくり返して怪我したって知らねぇぞ!」
「んー、やっぱりロングソードじゃ扱いづらいな。重さはともかく重心が崩れすぎる。……おいルカ、そっちのショートソード取ってくれ」
「これですか?」
幼女は親父を無視して手近な長剣を手に取り、火掻き棒感覚でクルクルと手首を回す。
そんな彼女に、ルカ坊は引き攣った笑みを浮かべて刃渡り60センチほどのショートソードを手渡した。
長剣を戻しながらそれを受け取った金髪幼女は、今度は真剣な表情で息を引き絞りながら正眼に剣を構える。
「ったく、やっぱりこれでもデカすぎるか」
「エストックとかレイピアとかもありますよ?」
「細身の剣はなんか好かねぇんだよなぁ。って言っても実用性を考えたらサブとしてそっちも確保しておいた方がいいか。――おい、オヤジ!」
「お、おう?」
まるで熟練の冒険者に声を掛けられた心境に陥りながら、親父は慌てて顔を上げた。
幼女はショートソードの刀身を鷲掴みにすると、柄の部分で自身の頭をノックしてみせる。
「この剣、柄が入れ換えられるやつだよな? ちょい手間だけど、この店で一番細い女性用の柄にとっかえてくれないか? 出来るだけ長くて、両手で幅広く持てるようなやつを頼む」
「……それは別に構わないが、お嬢ちゃんの護身用ならダガーとかナイフにしておいた方がいいんじゃないか?」
「当然それも買うよ。そこに飾ってる一番刃が長そうな短剣と手前の肉厚なサバイバルナイフをひとつずつ、もちろん鞘付きでな? あと弓って今はどんなのがあるんだ?」
幼女は親父の忠告を面倒臭そうに聞き流しながら、返答を待たずに弓が立ち並ぶコーナーへと移動した。
親父は思考が追い付かずに言葉を失うが、幼女はかまわず全長80センチのショートボウを手に取る。
「うーん。こんなオモチャみたいなのでも、オレが持つとロングボウみたいな感じだなぁ」
「まあ全体的な縮尺が違いますからねぇ」
幼女の代わりに親父にショートソードを届けていたルカ坊が、苦笑交じりの溜息を吐いた。
その言葉に少しだけ我を取り戻した親父は、アッハッハと嘲るような笑いを響かせる。
「弓なんて止めとけ止めとけ。嬢ちゃんの背丈じゃまともに弦も引けねぇよ。たまにいるんだよなあ、斥候の真似して弓を使いたがる子供が――」
「よっと」
幼女はやはり親父を一切無視して、その場にゴロンと仰向けに寝転んだ。その状態で弓の端に両足を添えて固定し、両手でグイッと力任せに弦を引っ張る。
幼女の腕力では到底力足らずに見えた糸の張力も、全身をフルに活用した攻城兵器のような射撃体勢にはいともたやすく引き絞られていた。
「なんだ、わりと行けるじゃん。……でもどうせ中距離で一発当てるのが精々って思えば、これ以上デカくする必要なんてないか」
「矢は何本くらい買っておくんですか?」
「練習用って思えば十本くらいは欲しいかな。あ、一応鉄の矢尻にしておいてくれよ」
「はいはい分かりました。というわけでオヤジさん、あれに合った矢と小さい矢筒も追加でお願いします」
ルカ坊は小間使いのように幼女へ返事を返しながら、懐から貨幣の詰まった袋を取り出し親父の前に置いた。
その中身を確認する余裕もなく、親父は唖然とした顔で立ち上がろうとしている幼女を見つめ続ける。
「お、おいルカ坊。あのガキはいったい何者なんだ?」
「あー、実はあの子はこの前ボクが保護した子供で。何と言うか色々と事情がありまして、今度から一緒にクエストに行くことになったんです。なんでもご両親が行商人をしていたとかで武器防具には結構詳しいみたいですよ」
「冗談言うなよ、ありゃ詳しいなんてもんじゃないだろ。だいたい、その辺の行商人の子供があんな弓の使い方知っててたまるか。カワイイなりして、実はどこぞの蛮族の出身とかじゃないのか?」
「……誰が蛮族だ」
売り場を移動して、今度はバックラーや手甲を眺めていた幼女がギロリと不満げな視線を向けた。
親父はルカ坊と一緒になってアハハと乾いた笑いで場を誤魔化し、そして幼女が顔を戻してからヒソヒソとルカ坊に耳打ちする。
「おい、本当に何なんだあいつは。まるでカミさんにドヤされたみたいな殺気放ちやがったぞ」
「あ、あはははは。色々とあったんですよ、そりゃもう色々と……」
その分お金はちゃんと払いますからと、ルカ坊はカウンターに置いていた袋から金貨や銀貨の山をちらつかせた。
親父は納得がいかないながらも、ちゃんと支払いしてもらえるならと溜飲を下げる。
「おいルカ坊。“黄金の猟犬”の時も思ったんだが。粉をかける女には十分気を付けておかないと、俺みたいに後々身を滅ぼすことになるぞ」
「……今の発言、奥さんには内緒にしておきますね」
ガントレットにするか小盾にするかで悩んでいる幼女の後ろ姿を眺めながら。
引き攣った笑みを浮かべたルカ坊は、真面目な顔で忠告してくる親父に溜息混じりの返答を返した。




