諦めたらそこで試合は終了なのよ
ユニバンス王国・鎮魂祭会場舞台
楽し気に踊る2人の距離は近く、その仲は睦まじい。
凛と振る舞う騎士に対し女性は乙女のように恥じらい時折距離を詰める。
半歩ずつ距離を詰め……優し気な曲が響き渡る中、2人は見つめ合いキスをした。
愛し合う2人の日々は穏やかに過ごす。けれど舞台上が暗転した。
また影が舞台の上に姿を現す。
今度は化け物ではなく人の形をした物だ。
騎士と女性の仲を裂くように影が2人の間へとその身を押し込んで来る。
ゆっくりと2人は舞台の端と端に追いやられ……遂に悲劇が起きた。
腕を振りかぶる影が女性を追う。必死に逃れようと彼女は影の中に身を押し込み……進むごとに翻弄されていく。それでも真っすぐ彼の元へと向かう。
傷つき衣装を破かれながらも女性は必死に手を伸ばし進み続ける。
だが女性の背後にまた腕を振りかぶる人の影が。
観客は皆、その影が剣を握っている姿を想像した。
『振り下ろされれば女性は助からない』と。
けれど腕が振り下ろされ……その身を翻し女性の背後に立った騎士が斬られた。
崩れ落ちる最愛の人を抱き寄せ、女性は嘆き悲しむ。
実際に声を発しはしないが、誰もが舞姫の咆哮を耳にした気がした。
表情と身振りだけで彼女は『声』を発している演技をして見せたのだ。
最愛の人を失った女性は幽鬼のように舞台に立つ。
吹けば倒れてしまいそうなほど弱々しい様子で、死んだ彼を探すように彷徨うのだ。
見ていてこれほど痛々しいことはない。
涙を我慢できず溢れさせる者が数を増やしていった。
「お疲れノイエ」
「はい」
舞台から戻って来た最愛の妹にホリーは飲み物と食べ物を放る。
両方を受け取り交互に口に運ぶノイエは何処か満足げだ。
クスリと笑いホリーは手を伸ばし彼女の頭を撫でてやる。
実の姉が作業の邪魔だと言いたげに睨んできたので数歩離れる。騎士風の衣装を纏っていたノイエは上から剥かれ、薄いドレス姿へと変化した。
やはりノイエは白が似合う。
全身を真っ白にしたノイエは……そこでホリーは気づいた。妹の胸が潰れたままだ。
慌ててナイフを取り出して胸を潰すために巻かれている布を切り裂いた。
「楽」
「でしょうね」
ドレスの内側から存在感が復活し、生地を押して双丘が姿を現す。
「ホリー。下着!」
「おおう」
胸の布を失ったノイエの胸が復活したが、色々と宜しくない状況になってしまった。
このままだと観客が違った意味で興奮してしまう。
慌ててブラを掴んできたホリーはそれをドレスの隙間から捻じ込み身に着けさせる。
「あ~。時間がない!」
「誰の進行よ!」
「私に言わないでよ!」
『今回は雇われだ!』と声高に言いたくなっが、ホリーは我慢し準備を急ぐ。
コリーもまた衣装の修正を終えノイエから離れる。
ホリーもまたブラの金具を止めてノイエから離れた。
2人が離れたのを感じたノイエは、軽くアホ毛を揺らして辺りを見渡した。
「歌の人は?」
「あ~!」
らしくない悲鳴を上げセシリーンは辺りを見渡す。
ノイエの声が耳に届いて思い出したのだ。
とりあえずリグを引き剥がし、背後に居るシュシュを投げ飛ばす。
「大変よ! どうしましょう!」
「……頑張れ」
またも首にダメージを受けたシュシュは、折れた首の骨を力任せに元に戻した。
「ノイエの耳にここからの声って届くのかしら?」
「実験したら?」
「そうね」
リグの提案を受け入れ、セシリーンは慌てながらもノイエに話しかける。
返事はない。動きはない。
視界は傾いたままで……きっとノイエが首を傾げているのだろう。
「あ~。終わり~だね~」
「ダメよ! それだとダメなの!」
セシリーンは慌てた。心底慌てた。
自分も成功しなければ、彼が頑張ってくれた意味がなくなる。
自分たちの罪を無くす為に頑張ってくれた彼に……足を引っ張りたくない。
「なら方法は簡単でしょう?」
静かな声音が響いた。
4人目となる人物の声が魔眼の中枢に響いた。
見えぬ目ではなく顔を向けることでセシリーンは相手を中央に捕らえる。
発する音は間違いなく刻印の魔女だ。
フードを目深にかぶる魔女は薄っすらと口元だけを覗かせている。
ニヤリと笑う魔女の様子にシュシュとリグは悪い予感を覚えた。
「簡単な方法とは?」
意を決してセシリーンは魔女に問う。
「歌詞を覚えている人が歌えば良いのよ」
答えは簡単で簡潔だった。
ブルッと全身を震わせたセシリーンは、静かに自分の腕を抱きしめる。
「……出来ない」
「そう。なら彼の頑張りもここまでで」
「……」
ギュッと胸の奥を締め上げられた気分になった。
セシリーンはカタカタと奥歯を震わせ、きつくきつく自分を抱きしめる。
「歌えない歌姫はただの邪魔者よ。この場は要らない」
「……」
「それに貴女の場合は歌えないんじゃない」
「どういう……こと?」
振るえるセシリーンは心の奥から溢れて来た言葉を素直に口にした。
「話せるでしょう? つまり声は出るのよ」
「……」
「ならば後は至極簡単よ」
クスリと笑い刻印の魔女は足を動かす。
座る舞姫の前で立ち止まり、そっと握った拳を動かしセシリーンの胸を叩く。
「貴女に必要なのは勇気よ」
「勇気?」
「ええ。それを胸に抱けば貴女を歌えるわ」
拳を離し魔女は羽織るローブを翻す。
「貴女に良い言葉を贈ってあげる」
もう一度笑い魔女は、中枢の床に存在している椅子のような石を右足で踏みつけた。
「諦めたらそこで試合は終了なのよ。貴女の歌はもう終了したのかしら?」
「……」
一度二度と唇を動かし、三度目でセシリーンは強く噛み締めた。
「終わってない」
「そう」
強い言葉だった。
満足げに笑う魔女はタンタンと爪先で石を叩いた。
「なら貴女がすることは1つよ。そして妹に感謝なさい」
爪先で叩くと言う動作だけで魔法を成した魔女は、抵抗なく全力で魔力を供給して来る“ノイエ”という存在にある種恐怖した。
無条件すぎる。
何をどうすればここまで無条件で人を信じられるのか……純粋や無垢を通り越して精神的な病気を疑ってしまうほどの異常さだ。
「貴女の勇気を見せなさい歌姫」
石から足を離し魔女は数歩離れる。
ゆっくりと足先から姿を消しだし……最後に魔女は言葉を残した。
『それとも舞姫に負けたままでも良いんだ?』と。
頭を抱えて苦悩するホリーを尻目にノイエは発声練習をしていた。
歌の人が居ないから歌詞が分からない。でも椅子に座っていないだけだ。お手洗いかも……と思ったが様子が違う。何となくだがいつもの場所に居る気がする。
だったら話しかけてくれれば良い。いつものように声を聞かせてくれれば良い。
なのに声が聞こえない。どうしてか分からない。
「……」
彼に聞きに行きたいが、行って良いのか分からない。
次に何をすれば良いのか分からない。分からない。
とりあえずお腹が空いたから声を出しながら食べ物を求める。
食べ過ぎるのは良くない。昔そう言われた気がする。
でも食べる。お腹が空いたから。
モフモフとパンを食べていると不意に意識が遠くなる。
いつものだと思い、ノイエは自ら進んで意識を手放した。
ふと息を吐いてノイエは辺りを見渡すように顔を動かした。
観客席からではなく舞台袖から聞く音は近しいが違う。
やはり舞台の方が音に緊張感が存在し、ピリピリと肌に突き刺さる。
「ホリー」
「……まさかセシリーン?」
「ええ」
自分の名を呼ばれたことでホリーは妹が本来の存在ではないと気付いた。
妹であるノイエは名前を覚えられないのだ。
「何で戻ってるのよ?」
「私に聞かないで」
素直な言葉を口にし、セシリーンは肩を竦めた。
そっと手を動かし歌姫は自分の体となっているノイエの髪に触れる。
「色は大丈夫かしら?」
「光量を増やして誤魔化すわ。貴女は常に目を閉じているから……レニーラはどうにかするでしょう」
「そう。ならそっちはお願い」
フッと息を吐いてセシリーンは呼吸を整えた。
「そっちはどうにかなるのかしら?」
「ええ」
ホリーの問いにセシリーンは応える。
「私を誰だと思っているの?」
静々と歩き出した“歌姫”の背をホリーは苦笑しながら見送った。
(C) 2021 甲斐八雲
中に戻ったセシリーンは大ピンチです。
ノイエにどうやって歌詞を教えれば…。
そこに姿を現したのは刻印の魔女。
彼女も歌姫に勇気を問います。
ノイエの体を借りて外に出たセシリーンは、覚悟を決めて歩みます。舞台へと…




