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蛇足伝 作者:大田牛二
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鄭崇伝 ~心は水のように清らかにして~

いつぶりかの投稿。

前漢の人物です。
 鄭崇ていすうは字は子游しゆうといい。代々王家(王莽おうもうの家)と互いに婚姻を行っていた家柄であり、高密国の豪族である。しかし、祖父の代で資産が一定以上に多いためということで、平陵移住させられた。

 父の鄭賓ていひんは法令に明るく御史となり、名臣の誉れ高い貢禹こううに仕え、公平性がある人物として知られていた。

 その父の名声もあり、鄭崇は若くして郡の文学史となり、丞相の補佐官に着いていた。弟の鄭立ていりつ傅喜ふきと同じ師について学び、互いに友達で仲が良かった。

 そのためか傅喜が大司馬になると鄭崇は推薦された。すると漢の哀帝あいていの目に止まり、尚書僕射に抜擢された。彼は哀帝に何度も謁見を求め、諫言を行い、哀帝は彼を親しみ、彼の意見によく耳を傾けた。

 鄭崇が哀帝に謁見する度、なめし革の靴を引きずっていたため、哀帝は笑いながら、

「私は鄭崇の靴の音を聞き分けることができる」

 と言った。親しみを込めた言葉といえ、二人の関係は良好であった。

 その関係が変化したのは、ある日、哀帝が祖母の傅太后の従弟・傅商ふしょうを封じようとした際、鄭崇は諌めた。

成帝せいていは五人の親舅おじを侯に任命しよとした際、天が赤黄色になり、昼になっても暗く、太陽には黒い気が漂いました。今、陛下は祖母の従兄弟二人が侯となっており、傅晏ふあんは皇后の父であり、傅喜は三公に任命されており、やはり傅氏と因縁がございます。今、何の理由もなく、傅商を侯に任命されようとするのは、制度を見出し、天の心に逆らう行為ではなく、傅氏の福とはなりません。私は師より、こう聞いております。『陽に逆らいし者、その極まるところ弱く、陰に逆らいし者、その極まるところで不吉にも若くして死ぬ』また、『人犯す者、乱亡の災いあり、神犯す者、病みて、若死にするなり」とそれゆえ、周公は戒めました。『これ王、苦難を知らず、ただ快楽に従い、時にまた長生きせず』と言っております。衰えし時代の君は若死にしますが、それは陰を犯したがため、願わくは身命を賭して国の禍いに当たりたいと存じ上げます」

 そう言って、彼は命を受けるため上表文の下書きをもって、立った。

 彼は外戚がこれ以上、権力を持つことは帝室にとっても国にとっても危険であると考えたのである。

 しかし、傅太后はこれに激怒し、

「天子たる者が一臣下に専制されるのであろうか」

 傅太后は哀帝に従わないよういった。その祖母の言葉に従い、哀帝は彼に勅を下した。

「私は幼くして孤児となってから皇太后自らがお育て下さり、襁褓を免れると礼をもって教え、成人してからもその恩沢は盛んであった。『この恩徳に報わんと思うも天の如く極まってしまっている』先に皇太后の父を追号し、崇祖侯としたが、思うに特の報いとしては格別のものではなく、私はこれを恥じている。傅商は皇太后の父の同腹の弟の子であり、小さい時から皇太后がお育てになられた。恩義においてもっとも親しい者である。彼を汝昌侯に封じ、父の後を継がせ、改めて崇祖侯を汝昌哀侯とする」

 鄭崇はまた、董賢とうけん(哀帝の男の愛人)に対する哀帝の寵愛が激しすぎたため、諌めたが、逆に罪ありとされ、職務上において譴責を受けるようになった。

 そのため病にかかり、首におできのようなものができたため鄭崇は骸骨を乞おうとしたが(辞職しようとしたが)、果たせないでいた。

 彼は哀帝に親しみをもっていたのだろう。そのため哀帝のために尽くしたいという思いがった。

 そんな中、鄭崇を陥れようとしていた男がいた。彼と仲が悪く、佞臣であった尚書令・趙昌ちょうしょうである。

 趙昌は彼が哀帝から疎まれているのを利用し、鄭崇が宗族と通じて邪なことを疑っている疑いがあるため、取り調べすべきと奏上した。

 哀帝は、鄭崇を責め立て、

「汝の門にはまるで市人のように賓客の往来が激しようであるが、私を厳しく留め立てしようというのか」

 と言うと、鄭崇はこう答えた。

「私の門は市のようなものではございますが、私の心は水のように清らかにして、透き通っておりますどうかとくとお調べなさいませ」

 自分のことを信じて欲しい。その気持ちが彼の言葉ににじみ出ており、哀帝ならば聞いてくれると考えていた。

 だが、その言葉に哀帝は激怒した。

「こやつを徹底的に調べろ」

 鄭崇は獄に入れられ、徹底とした取り調べの果て、鄭崇は獄中で死んだ。

 彼という水は清かったが、哀帝という泥魚は彼の水の中で生きることはできなかったというべきだろうか。

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