挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
蛇足伝 作者:大田牛二
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

2/17

女兵

春秋時代よりも遥か昔のお話
 暗い、暗い牢屋の中にそれはとびっきりの美女がいた。

 美女は牢屋に僅かに漏れる光を見つめながら、今に至るまでの自分の人生を振り返った。








 私が物心ついた頃から私の世界はとても狭かったわ。そう例えば、ここのような牢屋の中で寝起きすることもあったけ、そんな私がある日、馬車に揺られながらある国に連れて行かれたわ。

 自分はどうなるのだろうと馬車に揺られながら怯えたけど、それは同じように揺られながら身体を寄せ合っている私と同じ年の子供たちもそうだったから私は同じように感じている仲間がいるのだと、私は安心したの。

 やがてある宮殿に近づくといつも鞭を持っている男が私たちに馬車から出るように言って、ほとんど無理やり、下ろされた。

 その後、私たちは宮殿の中へ男に連れられて、入った。するとそこには若い男がいたわ。

 若い男に鞭を持った男は腰を低くして近づくとまるで媚びるように挨拶しながら私たちに手を向けながら、紹介していく。

 彼はそれを聞きながら私たちを観察するように見つめる。今思うとあの時の目はとても冷めた目をしていたっけ、そしてそんな目が私を見ると、まるで玩具を見つけた子供のような目に変わったの。

 若い男は私を指差すと鞭の持った男は私をちらりと見て、若い男に耳打ちする。若い男は耳打ちされた内容に頷くように頷くと手元にあった袋を鞭を持った男に渡した。

 それから私は若い男の元に暮らすことになったの。

 若い男は私に訪ねた。

「お前には名前があるか?」

 名前どころか親の顔さえわからない私は首を振った。すると若い男は少し考え込むと私に言った。

「ならば今後はこう名乗りなさい。妲己だっきと、お前の名前は妲己だ。いいね」

 妲己、そうそれが私の名前であり、あの人からもらった名前、いい名前でしょ。私もあの時からずっと大切にしているの。

 名前もらってから私は若い男の元で暮らすようになった。この頃から私は若い男のことを叔父様と呼ぶことにした。

 叔父様は私に様々なことを教えたわ。笑みの浮かべ方、腰の屈み方、上目遣いをする時の角度、言葉使い、その他にも色々と教えてもらったわ。

「それは皆、お前のためになる」

 叔父様がそう言うから私は頑張って、全部覚えたわ。そして、それを披露すると叔父様はとても喜んでくれた。それが私にはとても幸せだったわ。

 それがいつまでも続くことを願いながら、時が経っていった。












 ある日、叔父様に言われたわ。

「お前に頼みたいことがある。聞いてくれるか?」

 私からすれば、叔父様は命の恩人と言ってもいい人、そんな叔父様が私に頼ろうとしている。これほど嬉しいことはなかったわ。だから私は何度も頷いた。

「お前はもう嫁ぐ年になった。そこである高貴な方に嫁いでもらいたい」

 その言葉に私は愕然とした。私にとってもっとも恋しい方は叔父様なのよ。それなのに叔父様と別れなければならないなんて、私にとって苦しいことだったわ。

「妲己よ。これは私のためにもなるのだ」

「叔父様のため?」

「そうだ」

 大恩ある叔父様のためと言うのであれば、私は嫁ぐことに同意したの。だって、叔父様のためになるのであれば、私はどんなことでもしようと思っていたのだから。

 こうして私は嫁ぐことになったの。そして、叔父様の部下に私が連れて行かれたのは、とても大きな宮殿のある場所だったわ。

 宮殿の中に入ると私は大きな男が玉座に座っていた。

「王よ。こちらが我らが献上する美女でございます」

 部下の男は私に目配せをする。私は頷き、叔父様に教えられたように小首を僅かに傾け、相手を見上げるように見る。そうするとね。王様は顔を赤らませるの。

「うむ、気に入ったぞ。今晩にも楽しむとしよう」

 こうして私は王様に抱かれたわ。最初は悔しさもあったけど、王様は熱心に私を求めてきてね。それは私としても嬉しかったわ。自分を必要としてくれる。そう感じたから。それからはとびっきり楽しい日々を送ったわ。

 王様は私に何でもくれるの。私の欲しいものなんでもね。叔父様も王様に気に入られるためにとことん甘えなさいと言ってくれたから、私は王様に様々な物を求めたわ。

 そのうち、王様は面白いことをやりだしたの、酒池肉林と言ってね。酒で池を作って、林には肉を吊るして、裸で男も女もすき放題に過ごすのとても楽しかったけど、すぐに辞めることになったわ。

 多くの人々に反対されたから王様がやめちゃったんだ。でも私はあの楽しい日々を取り戻したいと思ったの。だから私、叔父様に相談したわ。すると叔父様は王様に直接言えば良いと返事して、こういう風に言えばいいよと言ってくれた。

 私は叔父様の言われた通りに言った。

「王様はなんで酒池肉林をやめてしまったのですか?」

「大臣たちが反対したからだ」

「何故、やめる必要があるのですか?」

「だから言っておるだろう。反対する者が多いからだ」

 私は王様に身体を寄せる。

「でも、王様は天下を治める選ばれた存在ですわ。そんな王様が行っていることに反対するなんて、大臣たちは何て、愚かなのでしょう。そんな大臣たちに従う必要はありませんわ」

 耳元に近づき、囁く。

「貴方様は王なのですから」

「うむ、その通りだな」

 王様は私の言葉に納得して、また、酒池肉林をやってくれたわ。それでも大臣たちの反対は止まないものだから王様はとても苛々し始めた。だから私は言ったの。

「大臣たちは王様が処罰なさらないから王様のことを内心では馬鹿にしているに決まってますわ。王様の優しさを理解できないあの者たちには、恐怖を与えるべきですわ」

「恐怖を与えると言うが、どのようなことをすれば良いのだ」

「私はこのような処刑が宜しいと思いますわ」

 私が耳打ちすると王様はとても喜びになったわ。

 こうして王様は炮烙の刑を行ったわ。火の上に多量の油を塗った銅で出来た丸太を渡して、その熱された丸太の上を罪人に裸足で渡らせてね。渡りきれば免罪、釈放するというものなの。

 罪人はね。その焼けた丸太を必死の形相で渡るの。でも油が塗っているから滑って転落しそうになるわ。そうすると丸太にしがみつくんだけど、熱くてたまらず、ついには耐え切れずに火に落ちてしまうの。この様子を観ながら王様は私を抱きながらとても喜びになったわ。

 そうやって楽しんでいるのに、また邪魔をする男が出てきたわ。王様もむっとした表情を浮かべたけど、邪魔した男は比干ひかんと言って、王様の親戚にあたる人で、王様も頭が上がらない人だったの。

 でも、私は王様がその男を殺したいと前々から思っていたことを知っていたの。だから私、王様に言ったわ。

「王様、私面白いことを聞きましたの」

「なんだ?」

「聖人の心臓には七つの穴が開いているそうですわ。私、とても見てみたいのです」

「そうか」

 王様はにやりと笑うと比干を死に追いやったわ。心臓を見たけど、七つの穴は空いてなかったわ。残念。

 それからまた、西伯・しょうという人が炮烙の刑を諌めに来られたの。だから私は懲りない人もいるのねと思って案の定、王様は怒って、幽閉してしまったわ。すると叔父様からその人を助けるよう王様に聞き入らせるように頼まれたわ。

 何でも、西伯・昌は叔父様のお父上と言うの、叔父様のお父上を王様に殺させるわけにはいかない。そう思った私は、王様に言ったわ。

「西伯・昌様は人民を愛している方ですわ。そんな人を殺してしまうと王様の名声に傷が付きます。それに私、炮烙の刑を見るのに飽きてしまいましたわ」

「そうか……」

 その後、財宝も届けられたこともあって、西伯・昌様は殺されることはなかったわ。私はとてもほっとしたし、叔父様からは、お礼の手紙も来たわ。本当によかった。

 西伯・昌様はしばらくして、お亡くなりになったそうなの。その頃から叔父様の手紙をあまり届かなくなったから私は心配していたけど、そんな時、宮中が大騒ぎになったわ。

「どうなさったのですか?」

「何、馬鹿な者が国に逆らおうとしているのだよ」

「まあ、何て愚かなことを王様、必ずや討伐なさってくださいね」

「ああ、もちろんだとも」

 王様はたくさんの兵と一緒に都を出て、数日経つと、王様が帰ってきたの。その時に顔は忘れもしない。とても鬼気迫る顔をしていたわ。王様は私に会うとすまない、すまないと繰り返して、民に作らせた鹿台に登ると火をかけて、いなくなったわ。

 私は火が登っていくのを見ながら、宮女たちと共に、宮殿から逃れようとしたの。そうしたら、たくさんの兵が乗り込んできて、私たちは瞬く間に囚われてしまったの。









 こうして私は牢屋の中にいる。今までのことを思い返していると扉が開いた。

「おい、こちらに来い」

 男に連れて行かれるとそこには叔父様がいたわ。

「あ、叔父さ‥…」

 声を出そうとした瞬間、私は男に膝から座らせられた。男の行為をやめさせようと叔父様を見るとそこには今まで見たことない目をした叔父様がいたわ。

「叔父様、なんで」

 叔父様は私から目を離し、横の男に言った。

「斬れ」

 残酷な言葉を聞いた。

「なんで、なんで私、叔父様の言うとおりにしたよ。ほら、叔父様の言うとおりの喋り方もしたし、仕草だって、ねえどうして」

「ああ、お前はよくやってくれたよ。実に素晴らしい働きだった。だから、安心して逝くと良い。天はお前の死を祝福するだろう」

 叔父様は天に向かって、祈るような仕草をする。

「私は、私は叔父様にとって……」

 なんですか?……








 女の首が転がる。

「片付けておけ」

「はっ」

 私は部下に女の始末を任せ、歩き出す。

「おお来たか、たん

 兄は私を見るととびっきりの笑顔を向けてきた。

「やりましたな」

「ああ、これで多くの民を笑顔にできるぞ」

 兄は大いに笑う。

「左様でございますが、ここからが大変でございますぞ」

「ああ、その通りだ。旦よ、頼むぞ」

「承知しております」

(私は叔父様にとって……)

 拝礼しながら女の言葉を思い出す。

(お前は道具さ、しかし、嘆くことはない)

 兄を見る。

(私も道具さ。兄の国を守るという道具なのさ)

 彼はそう呟いた。
女言葉は難しい
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ