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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
第三章 ふるさとのため
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Side-O 混沌の戦場に降り立つ姫


 ――時は少し遡り、戦場の上空に転界魔法陣が現れた頃――



「この魔力……まさか……」


 ホッと息を吐くように、上空を見上げる俺の口から自然と言葉が溢れた。


 今まさに出陣しようとしていた俺とハルバードは、希望にすがるかのように固唾を飲んで世界と世界を繋ぐ扉を見つめる。

 扉から溢れ出る膨大な魔力は間違いなく、俺たち二人がよく知る人物のものだった。


 やがて扉が開き、まばゆい光の奔流が発生したかと思えば光は三つに分かれ、流星のように戦場へ堕ちていった。

 そのうちの一つが東の魔王軍本陣に向かってくる。

 光は俺の目の前に降り立ち、粒子を撒き散らして反転する。中から姿を現したのは、頭部に黒角が生えておらず、背にかかる程の金髪をなびかせた翡翠眼の麗人。オリビア・ドラゴニカその人だった。



「……」


 何と声をかけたらいいのか分からず俺は口を開けて固まる。ハルバードも上手く息を音声にできないようで、俺と同じ状態になる。口火を切ったのは気まづそうに頰をかくオリビアだった。



「えっと、助けに来ました。……一応」


「……」


「あ……その、迷惑でしたか?」


 おずおずと上目遣いで尋ねてくるオリビアに首を振り、俺はできる限り優しく微笑んだ。



「ありがたい。とても」


「それを聞いて安心しました」


 彼女はホッと胸を撫で下ろす。



「けど何でまた魔界に……。危ないから来なくていいって言わなかったか?」


「はい。でも、オラクさんたちが困っているだろうと思って。それに助けていただいた恩もありますから」


「……何も今返さなくても良かったんだけどな。いや、こんなことを言ったら失礼か」


 「とにかくありがとうな」と伝える。



「ところでさっき光が三つに割れたように見えたんだが、誰が来てるんだ?」


「わたしとライト、それとフェルです。ライトはルナさんを助けに、フェルは敵の魔物の部隊のところへ行きました」


「フェルも来てくれたのか。それにしてもよくライトが承諾してくれたな。あいつは戦いが嫌いだったろう」


 俺が問いかければ、オリビアは珍しく悪戯な笑みを浮かべた。



「ちょっとわがままを言いました。ライトはわたしの言うことに逆らえませんので」


「ああ……そうだった。愚問だったな」


 相変わらずの彼の様子を聞いて思わず苦笑が漏れる。



「それでどうしましょう? 東の方からたくさんの魔力を感じるのですが、そちらへ向かいますか?」


「うーん、どうするか……。オリビアから見て戦いの渦中と“果ての森”の軍勢、どちらが厳しい相手になると思う?」


「どうでしょうか。ええと、“果ての森”……の、軍勢……ですか? そちらは近くで観察したわけではないので何とも言えないのですが、戦場の中心にいる人物の姿はうっすらと見えました。そちらは少し厳しいかもしれません」


 オリビアをして厳しいと言わしめる相手がいるのか。よほどの強者とみていいだろう。



「どんなヤツだ?」


「一ヶ月前、人間界に来ていた方です。あの白髪に眼帯の……」


「アドルノスキーか」


 セラフィスも言っていたが、オリビアから見ても強そうに見えるのか。



「ならそちらはハルバードに任せよう」


「御意」


「ではわたしは“果ての森”の軍勢を迎え撃てばいいですか?」


「ああ。いや、待てよ? 流石に一人で四神将もいる軍勢を相手にするのは荷が重いだろから……どうするか。東の魔王軍の部隊を率いてもらうわけにもいかないだろうし、誰か四天王をオリビアの補佐に回すか……」


 しかしそれもそれで四天王に対して失礼極まりないだろう。というかそもそもオリビア一人で四神将に勝てるものなのか? ルナとの模擬試合では6対4ぐらいの頻度でオリビアが勝つが、四神将の実力はさらにその上をいくんじゃないのか?

 あー、でもいざとなればオリビアには転移魔法があるか。転移防止結界が張られているとはいえ、俺ですら何とか構築できたんだ。転移のスペシャリストであるオリビアならば問題あるまい。


 となると問題はやはり雑兵を誰が相手にするか。東の魔王軍の兵士たちはオリビアのおかげでだいぶ実力がついた。できるなら彼らを駆使したいものだが……。



「……やっぱり変更しよう。ハルバード、お前は“果ての森”からの軍勢を撃退。オリビアは悪いけどアドルノスキーと当たってくれ。勝てとまでは言わない。四天王が誰かしらいるはずだから、そいつと協力して何とかアドルノスキーを抑えて欲しい。ハルバードが四神将を屠れば【北の魔王】も重い腰を動かさざるをえないはずだ。俺が【北の魔王】を倒すまで辛抱して欲しい」


「わかりました」


「危険な目に合わせてすまない。もし命の危険を察知したらためらわずに逃げてくれ」


「はい」


 問題はあと二人の四神将がどこにいるのか分からないことだ。いや、実質一人か?

 ライトはルナのところへ加勢に向かったと言っていた。ということはルナのところに一人、四神将がいると考えていいだろう。信号弾を確認していないが、ルナのことだから熱くなって信号弾の存在を忘れてしまっていたとしてもおかしくない。


 残り一人がどこにいるのか。それによって戦況が大きく左右されそうだ。


 まさに俺がそんなことを考えていた時。幸か不幸か新たな一報が飛び込んできた。



「お伝えします! 北の魔王軍の八芒星の一角が陣地を離れ、西方へ向けて進軍を開始! 更に、七芒星型となった北の魔王軍は全体がこちらへ向かって進軍を始めました!」


「……とうとう総攻撃の舵を切ったか」


「また確定の情報ではありませんが、【北の魔王】が先頭になって軍を率いているとの情報も!」


「ほう」


 それはまたありがたいような厄介なような。



「サタン様、いかが致しましょう」


「ハルバードとオリビアは今さっき伝えた通りだ。俺は【北の魔王】を倒しにいく。西方へ向かった別働隊は今は無視しよう」


 おそらく別働隊の狙いは魔王城だろう。四天王以上の戦力がいない手薄な魔王城であれば攻略できると踏んだのだろう。

 実際北の魔王軍の猛攻を受ければひとたまりもない。しかし幹部が出払っている以上迎え撃つことは不可能。であれば、敵の親玉を潰して投降を迫るしかあるまい。



「ではじぃは直ちに出陣しましょう。敵将を討ち次第本隊へ合流します」


「よろしく頼む」


 慇懃に礼をしたハルバードは足元を杖でつつき、自身の影の中へ潜った。



「俺たちも急ごう」


 コクンと頷いたオリビアは転移魔法陣を描く。

 転移防止結界の効果を受けながらも、彼女は着実に魔法陣を構築していく。どうやら問題はなさそうだな。



「オリビア」


 転移の光に包まれる直前。俺は彼女を呼び止めた。



「幻術をかけてやろうか? そのままだと北の魔王軍だけでなく東の魔王軍にも人間であることがバレてしまう」


 こてっと首をかしげた彼女は自分の頭を触り、「あ」と口を開いた。



「これは事前にライトとも相談してきたんですけど、黒角を生えてるようには見せなくてもいいんじゃないかと思います。戦闘中にどれだけ集中力が持つかも分かりませんから、どうせ途中で幻術が乱れるのであれば、魔力の無駄だし最初からかける必要はないのではないかと。オラクさんの配下の方たちはみなオラクさんのことを信頼しているみたいなので、人間を客人として迎えていたと分かっても、オラクさんへの非難の声は出ないのではないかと思います」


「いや俺への声はどうだっていいんだよ。それよりもオリビアやライトに迷惑がかかると思ったんだ。万が一迫害でもされたら……」


 誰に対しても分け隔てなく接するよう言っているとはいえ、皆が皆俺の言葉に従うとも限らない。



「大丈夫ですよ。悪く言われることには慣れていますから」


 そう苦笑した彼女の表情で悟った。五大貴族として矢面に立つことがままあったのだろう。



「オリビアがそう言うなら無理強いはしない。ただ覚悟はしといてくれよ?」


「はい。覚悟ならできています」


 凛々しい表情で頷いた彼女はやがて、転移の光に包まれていった。



「さて、俺も行くか」


 戦場に漂う魔力の中でもとりわけ大きい反応を見つけ、転移魔法陣を繋げる。

 西方に向かった別働隊の動きが気になるが、この先にいる人物を倒せば戦わずして降参させられるだろう。ここが正念場だ。



「“転移”」


 一言呟けば視界が真っ白に塗りつぶされ、やがて砂塵にまみれた戦場が目の前に広がる。

 ちょうど十数歩先には雷に身を包んだ、黄色い髪を揺らす筋骨隆々の魔族の姿があった。



「ようやく姿を見せたでごわすな」


 彼は悠々とこちらへ歩み寄り、立ち止まると小さくお辞儀をした。



「【北の魔王】、【雷神】のトオル・オキシド・ピンクゴリラでごわす」


「【東の魔王】オラク・ジエチル・マンムート・サタンだ」


 俺は両の手に魔力を込め、黒い炎を漲らせる。



「戦う前に一つ聞いておきたい。なぜあんたは東の魔王領に侵攻してきたんだ? 理由もなく争いを起こすような柄じゃないだろう」


「おはんが一番よく理解しているでごわしょう。おいどんは領内の意思を汲み取っただけでごわす」


「領内の意思……?」


「飢餓に苛まれる領民たちが望んだのは、豊かな地を奪うこと」


「っ!」


 可能性の一つとしては考えていたが、まさか本当に飢餓が原因だったとは。しかし――



「こちらから何度も支援の申し出はしたはずだ」


 その度に「必要ない」との答えが返ってきてたはずなんだけどな。



「……おはんはこの期に及んでとぼけるつもりか?」


「何?」


 どんな返答が来るのかと【北の魔王】の顔を見つめていると、思いもよらぬ言葉が返ってきた。



「こちらから交渉を申し込んでも受け付けようとしなかったのはおはんらでごわしょう。ましてや支援の申し出など受けたことはないでごわす」


「……なるほど、そうきたか」


 どうも認識が食い違っているみたいだ。これは少々面倒だな。



「今更善意者を取り繕おうとしても遅いでごわす」


「取り繕ってるわけでもないし、善意でも何でもないんだけどな」


 【北の魔王】は話は終いだと槌を構えたので俺も臨戦態勢に移る。



「疑惑に満ちた言葉での会話はもはや不要。拳での会話で、真実を語り尽くしやしょう」


「仕方ないな。戦いはあまり好まないが、今回は別だ。仲間を殺された以上、殺意を覚えずにはいられない。どちらかが力尽きるまで、とことん付き合おうじゃないか」


 互いに下半身に力を溜め、一気に解き放つ。

 刹那、雷鳴が轟いた。


 

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