Side-L 才能
ライトが北の魔王軍四神将・ムジークに斬りかかった頃。
全身に傷を負っているルナは瞳に滾る闘志だけは絶やさずに、四神将補佐のピエールと向かい合っていた。
「ホハハハハ、まだやるつもりか」
筆を振るいながら嘲笑するピエールを睨み返し、ルナは静かに魔力を研ぎ澄ましていく。
「奥義が役に立たない以上オマエに勝ち目はないだろうよ」
「ふん、あんたなんて“月光姫”を使うまでもないわ」
「ホハハハハハ! 虚勢を張るのも大概にしろ。先程まで手も足も出てなかったであろうよ」
「さっきまでは本気を出してなかっただけだもん。アタシが本気になればあんたなんかギッチョンギッチョンなんだから」
「ホハハハハ、では試してみるか?」
「望むところよ」
ニヤリと口角を上げたピエールは筆から赤い魔力を散らし、五つの魔法陣を描いた。
「<芸術魔法>――“芸術爆発”」
ルナの周囲に展開された魔法陣から紅の魔弾が射出される。尾を引いてルナに迫った魔弾はしかし、見えない壁に阻まれるように彼女の痩身を傷つけることなく爆散した。
直前で、ルナがすべての魔弾を殴りつけたのだ。
「ホウ、今のを防ぐか。なかなかやるな少女よ! だが――」
「させない!」
大きな声が響き、ピエールの視界に映るルナの姿がブレる。新たに魔法陣を展開しようとしていたピエールが驚く間も無く、彼の鳩尾に殴打が突き刺さった。
「かはあっ……!」
遥か彼方まで吹き飛ばされた彼だったが、今度は背面から拳が襲いかかり、再び元の位置まで飛ばされる。
「なっ……何が……?」
さらに頰や胸部、こめかみに鋭い痛みが走る。とどめのアッパーカットを喰らって、ようやくピエールはルナの姿を捉えることができた。
このまま引き下がるものかとなんとかルナの細腕を掴む。
「ハアッ……ハアッ……ハアッ……! 見違えるほど動きが速くなったな少女!」
「だから言ったじゃない、アタシが本気を出せば――って」
骨をも握り潰せそうなピエールの握力に動じることなく、ルナは淡々と言葉を紡ぐ。
「ていうか、わざわざアタシの手首を掴むなんてバカね」
「?」
ピエールが頭上に疑問符を浮かべると同時、ルナの手首がクイッと動いて逆にピエールの手首を掴み返した。そのまま彼女は二の腕に魔力を込め、渾身の力でピエールの左腕を引き抜いた。
「ッッ!!!!」
彼の肩から噴水のように血が溢れる。
「にゃはははっ、どうよ」
余裕の笑みを浮かべるルナを睨みつけながら、ピエールは片腕で魔筆・カリココを振るう。
「<芸術魔法>――“叛逆の狼煙”!」
焦げ茶色の魔力が飛び散り、大きな魔法陣が描かれる。魔法陣がすっぽりとピエールを覆うと、彼の全身が狼煙のように揺らめくオーラに覆われた。
「許さん、オマエだけは許さんぞォ! このオレの手で引き裂いてくれる!」
「できるもんならやってみなさい」
激しい火花を散らして二人の拳と筆がぶつかる。
「ホォオハハハハハハハハハハハハハハ!」
「はぁぁあああああああああっ!」
幾撃となく拳と筆が混じり合い、攻撃の余波に辺りの地面はえぐれ暴風が吹き荒れる。
形勢は互角かに見えたが、深手を負っていた分ルナの表情に少しずつ疲労の色が出てきた。
「どうした、動きが鈍ってきたぞ少女!」
「鈍ってなんか……ない!」
勢いよく突き出された拳はピエールの肩に食い込んだが、彼は意に介さず隻腕にオーラを纏わせ反撃した。
「<芸術魔法>――“渾然一体”!」
彼が叫べば、一瞬にして魔筆とピエールの拳が融合して巨大な鈍器と化する。彼の渾身の一撃は確実にルナの額に命中した。
「〜〜っったあ!」
鈍い音が響く間も無く彼女は遥か後方に吹き飛ばされる。
弾丸のごとき勢いで迫るピエールの姿を視界の端に捉え、彼女は悔しげに歯軋りをした。
「ああもう前言撤回! ――“月光姫”!」
吹き飛ばされながら発動したのは彼女の奥義。月夜に真価を発揮する身体強化魔法だ。発動から瞬きほどの間も置かずして彼女の全身が白銀のオーラの包まれる。
やがて身をひねって着地した彼女はすぐにピエールの間合いまで戻ってきた。
「ホハハハハ! 真価を発揮できない魔法を使ったところで付け焼き刃にしかならないであろうよ!」
「付け焼き刃でもないよりマシよ!」
威勢を張りながら一息に拳を振り抜く。が、しかしピエールも同じタイミングで鈍器と化した拳を振り抜いていた。
「ホハアアアッ!」
「いぎっ……!?」
刹那均衡する様子を見せたものの、ルナの小さな拳は弾き返され、腕に嫌な感触が走った。
「まだ終わらん!」
「っ……!」
体勢を崩した隙を見咎められピエールの重い蹴りがルナを襲う。細身の彼女は再び後方へと吹き飛ばされてしまった。
「ホハハハハハハハハ、これが格の差というものだ! ちょっとやそっとの工夫では埋まらぬ力量。もう理解したであろうよ! このオレには勝てんと!」
勝ち誇ったように言い放つピエールだったが、少しして彼の双眸が驚愕に見開かれた。
「何勝った気になってんのよ! アタシはまだまだ余裕よ!」
「――バカな!」
額から血を滴らせ、右腕の骨を折りながらもいつの間にかルナが肉薄していたのだ。
誰がどう見ても劣勢。いや、敗色濃厚。にもかかわらず彼女の瞳には自信が満ち溢れていた。
「なぜまだ動ける!?」
先ほどまでよりも尖鋭化された攻撃を回避しながら問いかける。
「逆に訊くけど、何でアタシが動けないって決めつけるわけ? 右腕は折られたけどあんただって左腕千切られたじゃない」
「そうではない! オレと兄者に散々いたぶられ、胸に火傷を負い、額には致命傷になり得る傷を負っているではないか!」
「だから何だっていうの? 気合いがありゃ何とかなるわよ」
「きっ……気合い……!?」
自分の言動は棚に上げてピエールは思わず「こいつはバカか!?」と声に出しそうになったが、他に説明のしようもない。まさか本当に気合いだとでもいうのだろうか。精神論は嫌いではないが、果たしてどこまで信用できるものなのか。
「……面白い。気合いであらゆる困難を乗り越える。これぞまさに芸術! オマエの気概に敬意を表して全力で潰してやろう!」
「さっきまでは全力を出してなかったかのような物言いね」
「気持ちの問題だ!」
言いつつ放たれた拳撃は先ほどよりも重い。
なるほどこれが気合いかと一人納得し、ピエールはルナのこめかみ目がけて蹴りを繰り出す。あっけなく蹴りは防がれたが、代わりにルナの左手は封じた。
「<芸術魔法>――“芸術爆発”!」
「っ、また!?」
彼女らの周囲に五つの魔法陣が展開され、爆撃が二人を襲う。ピエールの捨て身の攻撃に一瞬たじろいだルナは魔弾を迎撃し損ね、結果全て被弾してしまった。
ピエールの全身も黒焦げになったが、彼は苦痛をおくびにも出さず追撃を加える。
「<芸術魔法>――“革命”!!」
藍色の魔力が彼の右腕にまとわりつき、彼の拳がルナの腹部に触れたかと思えばすぐに爆散する。
“芸術爆発”の威力を一撃に濃縮したかのような衝撃にルナの意識が遠のくが、ライトがいる手前情けない姿は見せられないという思いから何とか持ち直す。
「ホハハハハ、これでもまだ倒れんか。見上げた根性だ!」
ピエールの賞賛の言には答えず彼女は疾駆する。
「ホハハハハ、見たところ“月光姫”の効果も切れかかっているようだが?」
「……うるさいわね」
「いい加減サレンダーすればいいだろうよ」
「余計なお世話よ……!」
怒鳴りつつピエールの背後に回り込んで正拳突きを繰り出すが、<芸術魔法>“革命”により返り討ちにあう。
再度立ち上がっては“革命”の一撃を受け、また立ち上がっては殴り飛ばされ。幾度となく同じことを繰り返しているうちにピエールの息も上がってきた。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ! いい加減にし……ろッ!」
トドメを刺すつもりで突き出した一撃を躱され、ピエールはあることに気がついた。
「……また速くなっている?」
呟いた時には彼の身体は宙を舞っていた。
間違いない。速くなっている。“月光姫”の効果が切れかかっているにも関わらず、だ。
金髪の少年が現れてから一段少女の動きが速くなった。それは直前まで『本気を出していなかったからだ』と。さらに渾身の一撃を受けても何度も立ち上がる。これは『気合いだ』と。少女はそう言っていたがこれは――。
着地して体勢を立て直したものの、ルナの姿を見失ったピエールは一つの結論に達した。
「――成長している……っ!」
そう、極限まで研ぎ澄まされた空気の中、恐るべきスピードで成長しているのだ。
才能ある者は窮地に立たされれば立たされるほど成長するという。認めたくはないが彼女も才ある者ということなのだろう。
殴打の嵐を浴びながらそんなことを考えていたピエールは口角を上げ、地面を蹴ってルナから距離をとった。
「ホハハハハ! 素晴らしい! まさかこうして天才と戦えることになるとは!」
普段であれば彼の言葉に何かしら反応していたであろうルナはただピエールを見据える。
意識が朦朧とし、もはや何を言っているのか聞き取れないのだ。
「これぞまさに人生!」
言いつつ魔法陣を展開した彼はルナの周囲を覆う歪な牢獄を築いた。
「“嘆きの牢獄”」
「……」
「もうお互いにそれほど魔力は残っていないだろうよ。これで仕舞いだ!」
牢獄を殴りつけて脱出しようとするルナの様子を眺めながら完成させた魔法陣は五十五。
「<芸術魔法>――“芸☆術☆大☆爆☆発”ッッ!!!!」
ピエールの声を合図に五十五門の砲口から一斉に紅の魔弾が射出される。着弾と同時に“芸術爆発”の比ではない爆発が起こる。
「ホハハハハ、果たして耐え切れたかどうか……」
黒煙の上がる地点を眺めていたピエールが息を飲む。
彼の視線の先には黒焦げになりながらもしっかりと地に足をつけた銀髪の少女が立っていた。
彼女は左拳にありったけの魔力を込めると一瞬でピエールの間合いに踏み込み拳を一振り。
「――“月光拳”」
必殺の一撃を受けたピエールは膝から崩れ落ち、最後に一言
「天才と戦えて光栄だ……」
呟いて、意識を手放した。
ピエールが倒れたのに少し遅れてルナも仰向けに倒れる。だが――
「お疲れさま」
途中でライトが抱き止め背中に土をつけることはなかった。
「さすが四天王だ。見直したよ」
「……ふん、アタシだって……やる時はやるんだから……」
「あれ、なんだ、寝てるのかと思って言ったのに」
「まあいいか」とライトがため息混じりに言う頃には本当に、ルナは寝息を立てていた。
「……ふう、やっぱり前言撤回だね。戦争中に寝るようじゃ四天王失格だ」
苦言を呈しつつも、ライトは柔らかい表情を浮かべていた。




