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【白】の魔王と【黒】の竜  作者: 川村圭田
最終章 【白】の魔王と【黒】の竜
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逢ひ見ての


 ──夜──


 大魔王杯はライトが優勝の座を勝ち取り、俺との記念試合に臨んだ。

 どちらも実力は拮抗しており互角の戦いが続いていたが、連戦に次ぐ連戦で疲労が溜まっていたのだろう。魔力切れを起こし、ライトはあっさりと降参した。

 結果はライトの負けだが、実質的には引き分け。新四天王の実力を知らしめるには十分だった。


 ライトのおかげで盛況のうちに大魔王杯を終え、多くの住民が帰途につく頃。英霊たちが眠る墓地に魔王軍の関係者が集まった。

 皆の視線を一身に受け、俺は棺に火をつけた。すぐに棺は勢いよく立ち昇る炎に包まれる。



「【幻影卿】ハルバード・モンドール。数百年のながきに渡り東の魔王領を陰から支え、最後まで魔王の忠臣として仕えてきた。その生涯に心からの感謝を表する」


 一礼し、俺は続ける。



「フェル・ドラゴニカ。魔物の子でありながら人の子と絆を結び、人と魔族が手をとりあう世界の先駆けとしてあり続けた。その献身に敬意を表し、【人狼】の二つ名を贈る」


 近くに控えるライトに目を向けると、胸に手を当て、別れを惜しむように目をつむり続けている。

 あまり人との関わりを重要視してこなかった彼だが、フェルとの関わりだけは大切にしていた。唯一無二の親友であることは間違いない。かつての俺がそうだったようにひどく心を痛めていることだろう。



「今の東の魔王領があるのはお前たちのおかげだ。本当にありがとう。安らかに眠ってくれ」


 言葉に霊力を乗せ、ハルバードとフェルの魂を浄化する。


 きっと、二人に未練はない。

 それを証明するかのように、無数の白い光が粒となって天高く昇っていく。



「皆、最後の挨拶だ。心残りのないように」


 俺は他の者たちが近づけるように一歩身を引く。

 その場にいた者たちは順に挨拶をしていき、やがてドラゴニカ姉弟の番になった。ハルバードへの別れを告げ、フェルの棺に向き直る。



「フェル、長いことライトと共に過ごしてくださりありがとうございました。わたしにとってもあなたはかけがえのない家族でした。最大限の感謝をあなたに。どうか安らかに眠ってください」


 オリビアは白い花を火にくべ、合掌する。

 続けてライトも口を開いたが、なかなか言葉が出てこない。何度か息継ぎをしたり、笑顔を繕ったりしてみても効果は無いようだ。



「……最後の時くらい、ちゃんと気持ちを伝えたいのにね」


 なんとか言葉を絞り出したライトは懐から布製の胸章を取り出した。見れば、中枢魔法協会(セントラル)の所属であることを表す身分証だった。



「これは君と共に歩んできた軌跡そのものだ。黄泉の国でまた巡り合えるよう、君に贈るよ」


 燃え盛る炎を意に介さず、直接棺に手向ける。



「…………本当に……ありがとう」


 俯いたライトの頬に一条の雫が流れる。それを悟らせまいと彼は俯いてきびすを返した。

 入れ替わるようにして、最後にルナが歩を進めた。先にフェルへの挨拶を済ませ、次にハルバードの棺に向き直る。



「ハルバード、今までアタシとお兄ちゃんのことを見守り続けてくれてありがとう。もうアタシたちは大丈夫。東の魔王領はアタシとお兄ちゃんがしっかり守っていくからね」


 誓いを立てるルナの真紅の瞳に涙はなく、強い意志だけが浮かんでいる。

 寂しくないわけではない。それ以上に、東の魔王領を守っていく覚悟がまさっているのだ。

 ハルバードは数百年の永きに渡りこの地を守り続けてきた。もうその役目からは解放してやりたい。これからは俺たちが守っていく番だ。


 全員が挨拶を終え、俺は再び棺の前に歩み寄る。



「身が朽ち、命が果てようとも、その想いは確かに引き継がれん。漂う風に在りし日を想起し、流れる水に魂の温もりを感じ、芽吹く若葉に輪廻を確信する。魂よ安らかに、想いよ永遠とわに。眠り、巡り、再び逢いまみえんことを──」



 ◇ ◇ ◇



 長い一日を終え、俺は寝室のベッドに倒れ込んだ。

 様々な疲労がドッと押し寄せてくる。


 今日は魔王祭の最終日ということで朝から駆けずり回り、大魔王杯ではライトと激戦を繰り広げ、そして夜にはハルバードとフェルに別れを告げた。

 肉体も精神も参っている。明日は少しゆっくりさせてもらおう。


 そんなことを考えていると、扉が控えめにノックされ、一人の人物が部屋に入ってきた。



「遅くなりました。髪を乾かすのに時間がかかってしまいまして」


 火照った頬を掻きながら入室してきたのはオリビア。腕の中には立派なワインボトルが抱えられている。



「いいよ。俺も今しがた大浴場から帰ってきたところだ」


 言いながらゆっくり上体を起こしている間にも、オリビアは勝手知ったる様子で戸棚からグラスを2つ取り出す。そのままベッド脇の小さいテーブルにグラスを置き、ボトルの栓を抜くと優しく注ぎ始めた。



「わたしが生まれた年に造られたワインです。だからでしょうか、とても舌に馴染むんです」


 言いながら彼女は俺の隣に腰掛ける。



「今日も一日お疲れ様でした」


「ああ。お疲れ」


 グラスを合わせてからワインの香りを嗅ぐ。そのまま一口。



「若いな」


「はい。でも香りが開くと全然違いますよ」


「そうなのか?」


 グラスを軽く回してワインを空気に触れさせる。そろそろだろうかと鼻を近づけてみると、芳醇な香りが一気に鼻腔を突き抜けた。

 香りだけでも十分すぎるほどだ。飲んだら一体どれほどだろうか。



「……なるほど、これは美味いな」


 深みの増した味わいに思わず笑みがこぼれる。



「ふふ、気に入ってもらえたようでよかったです」


 オリビアも満足そうに口角を上げる。

 そのまま互いに風味を堪能していると、彼女がふと窓の外に目を向けた。



「雪……」


 どちらともなく立ち上がりバルコニーへ出る。



「綺麗ですね……」


 しんしんと降り出した雪の奥には城下町の明かりが仄かにまたたいている。地表からはところどころ霊気の粒子が立ち上り、雪と相まって幻想的な風景を醸し出していた。



「いつかを思い出すな」


「ええ。あの時こぼした一言が、こうして現実になる時がくるとは……不思議な感覚ですね」


 オリビアが魔界に来た時のことを思い出し、二人して笑い合う。



「雪景色を肴に飲むワインもいいもんだな」


「理解してもらえて何よりです」


 先ほどまで感じていた疲労が嘘のように、美しい光景を前にして俺の体が軽くなっているのを感じる。やはり酒の力は偉大だ。

 俺が上機嫌で最後の一口を飲み干すと、オリビアが肩を寄せてきた。



「グラス、空になっちゃいましたね」


「そうだな。続きは中で楽しもうか」


 いくら綺麗な景色とはいえ、いつまでも外にいては風邪をひいてしまう。頷いたオリビアと共に室内に戻り、窓を閉めた。

 では2杯目を、と俺がボトルに手を伸ばしかけるとオリビアに遮られた。



「オラクさんは酔ったらどうなるタイプですか?」


「『どうなる』とは?」


「暴れるとか、大人しくなるとか、すぐに寝てしまうとか。人によってあるじゃないですか」


「そういう意味か。あまり変わらないとは思うが、強いていうならすぐ寝るタイプかもな」


「『すぐ寝る』……ですか……」


 何やら考え込むオリビアに問いかける。



「オリビアはどうなんだ? あまり酔うイメージはないが」


「わたしもオラクさんと同じです。酔いすぎると寝てしまいます。なのでそうなる前に──」


 と言いかけたところでオリビアは口を閉ざしてしまった。代わりに潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。

 見つめられ、改めて感じる。綺麗な瞳だと。この翡翠の瞳に見つめられて心が動かない者はいないだろう。緊張に震える唇に、真っ赤に染め上げた耳。顔のパーツどれをとっても美しい。戦場では凛々しい印象が強いが、こうして見るとただの可憐な女の子だ。


 俺はそっと彼女を抱き寄せ、顔を近づける。オリビアも目を閉じ俺の腰に手を回してきた。


 ぎこちなさを交えつつ唇が重なり合う。距離感を測るように、触れて、離れてを繰り返す。

 次第に二人の息遣いが荒くなり始め、俺は一旦顔を離した。目を開けたオリビアがニコッと微笑み、俺は彼女を優しく押し倒す。



「もっと、近くに来て」


 言われるがまま彼女に覆いかぶさり、再び唇を重ねる。



「もっと、ぜんぶ」


 オリビアの声が艶かしく震える。


 これまで歩んできた時をなぞるように。心の傷を癒すように。俺たちは熱く、濃密に互いの気持ちを確かめ合った。


 

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