范増の進言
長らく更新できずにすみませんでした。
あらすじ―
楚は項羽と劉邦を大将に抜擢し、お互いを争わせ、先に関中へ入った将を王に封じるとした。
北上した項羽軍は圧倒的な強さを誇り、連戦連勝を重ねるが敵対した街の住民を皆殺しに続けたため、抵抗が激しくなり、歩みは遅々(ちち)として進まずにいた。
韓信は、項羽の方針に異を唱えるために進言をするのだが、逆に怒りを買ってしまう。
殺されるかもしれないと思った時に、韓信を救ったのは范増だった。
「将軍、今のままですと関中入りを沛公に越されてしまいますぞ」
「ふん!」
項羽は鼻で笑って言う。
「あんな田舎者の下品な親爺に俺が負けるわけがないだろう」
范増はそれに同意する。
「確かに、戦闘で将軍に敵う者は中原中を探してもおらんでしょう。
だが、関中入りは直接沛公と戦うわけではないのです。
あの男はこんな極端な手は使わないと思いますが、例えば戦いを避け続け、関中入りだけを目指し、進軍すれば先に入る事はできるでしょう」
范増の説を聞いた項羽はハッとした。
確かにそうだと思ったのだ。
もともと、項羽は勘がいい。
しかし范増の説を認めはしたが、項羽自身が納得するかどうかはまた別問題だ。
そしてこの若き将軍は他人を見下し、自身を過大評価する傾向が強かった。
だから、特に現在関中入りをかけて争っている好敵手というべき存在を、おいそれと認めるわけにはいかなかった。
名門、項家の当主であることもそれに拍車をかけている。
項羽の自己愛の基礎となる部分に、楚の名将項燕や、その子である武信君項梁の存在があるのは間違いない。
これがもし劉邦が貴族の出であるとか、七国の将軍の家であるとかならば一目置いたかもしれないが。
范増は項羽の表情から考えていることを読み取り、そして内心ため息をついた。
(先に韓信の事を済ませておくか……)
「ところで将軍、さきほどの韓信を重く用いなされ。
百人隊長、いや将軍として使うのです」
「は?
あの男を将軍にだと?」
「そうです。
わしが見るにあの男は只者ではない。
今はしがない雑兵ですが、兵を指揮させたら古の孫呉のような将になるかもしれません」
項羽からすれば、それこそまさか?というような話だった。
続けて范増は言う。
「しかし、もし将軍が重く用いる気がないのなら、今のうちに殺しておしまいなさい」
項羽は疑問に思う。
「理由を聞いても?」
重く用いろと言ったと思ったら今度は殺せ、とかどっちなのだ?
項羽は少し混乱した。
「あの男は大望を抱いております。
将軍が重く用いないのならば、働き場所を他の主君に求めてここを去るでしょう。
やがて年月が経ち、なんの因果か敵対することになるかもしれません。
その時やっかいな存在となります」
項羽はまた鼻で笑う。
「はん!ひょろっこい、豆苗のようなやつだぞ?
とても戦の役に立つとは思えん。
それに叔父上が俺の朗中に、と配置されたのだ。
それを変えるつもりはないし、殺すつもりもない」
范増はがっかりし思わず天を仰いだ。
「そうですか……、それではわしは韓信については何も言いますまい。
しかし、兵の狼藉と住民の虐殺については別です。
特に住民を皆殺しなどせずとも良いではありませんか!
何万といる民を殺し尽くすなど正気の沙汰ではございません。
あの始皇ですら、そこまでやらなかった。
将軍は悪逆で始皇を超えるおつもりか。
それに何万も殺すことはそれだけでも時間が掛かりすぎます。
一体、将軍は真剣に先に関中へ入るつもりはあるのですか!」
項羽は段々と熱を帯びてくる范増の言葉に尻込みしそうになり、手で言葉をさえぎりをながら
「わ、わかった……亜父の言う事も考えてみよう」
范増の気に押されて項羽はこう言うのが精一杯だった。
項羽の前を辞した范増は護衛をつけず陣内を歩いている。
考えるのは韓信のことである。
さきほどからずっと、大事な機を失ったような感覚に陥っていた。
(後々に大きな影響が出なければ良いのだが……)
そう願わずにはいれなかった。
范増ほどの才知でも過ぎた時は戻せないのだ。
(しかし、わしは項羽を援け、覇業をなさねばならん……)
范増は改めて自分の原点を思い出し、また新たな思考へと沈んでいくのであった。




