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司馬欣の奮闘

秦の副将、司馬欣しばきんは文官だった。


長史という身分で三公(行政、軍事、司法の長にあたる)の属官で法にも詳しかった。


それが何の因果だろう章邯と、もう一人の副将董嬰とうえいと共に一軍をまかされることになり、反秦に立ち上がった反乱軍を相手に奮戦することになる。


幸い、というべきであろうか。


大将の章邯に軍事の才が開花したことにより連戦連勝を重ね、各首領を次々と打ち破り、秦が再び安寧を取り戻すかと思われたが後一歩の所で項羽に阻まれる。


秦正規軍は敗北を喫した後、黄河を渡り函谷関にこもった。


楚を中心とした反秦連合軍は近いうちに函谷関を攻略しようと寄せてくるはずなので章邯は咸陽に使者を遣わし援軍を請う事にしたのだが、何度使いを出しても梨のつぶてであった。


章邯は趙高が邪魔をしていると睨んでいたが、首都咸陽にて実権を握っている趙高を何とかせねば兵士の一人すら動かせない。


そこで副将の司馬欣を直々に遣わし、二世皇帝の耳に入るよう働きかけることにした。


司馬欣は咸陽へ入り、役人達へ買収を行うと情報を必死に集めた。


結果、章邯の読み通り咸陽はもはや趙高が完全に支配しており、その権勢は皇帝を超えるほどだった。


司馬欣はその現実を知り愕然としたが、それよりも援軍を何とかせねばならない。


そこで官吏時代の友人で信頼のおける張黶ちょうえん を頼ることにした。






張黶ちょうえん!おい張黶!)


「ん?あれ?

司馬欣か?

どうしてここに?いやぁ活躍は聞いているぞ!!

凄いじゃないか!」


司馬欣は布を深くかぶり、いかにも農奴をよそおい物かげから呼びかけたのだが、張黶ちょうえんはすぐに気づき人の良さそうな笑顔でこちらに近寄ってくる。


司馬欣はとっさに周りを気を配り、身振り手振りで張黶ちょうえんに騒がないようにと伝える。


張黶ちょうえんはその様子からただ事ではない雰囲気を感じ取り、身を潜めている司馬欣に近づくと小声でささやいた。


「後でうちに来てくれ、使用人も家内も全て人払いをしておく。

時刻は……」









□□□□□□









深夜、阿房宮――


ここ阿房宮では酔いつぶれた二世皇帝胡亥が寝室で寝ていた。


(余談だが、始皇帝が建設を開始した大工事事業で有名なものは万里の長城、始皇帝陵、そして阿房宮である。


阿房宮の大きさたるや前殿部分だけで東西に六百~八百メートル、南北に百~百五十メートルもあり、殿上は人が一万人座ることができるほど巨大であったという。


しかし宮殿に関して言えば阿房宮だけでなく、実に咸陽付近百里内に二百十以上の宮殿を造営している。


そして当時の秦の版図全土に計七百前後の宮殿を造営した。


まさにアホの極みである。そしてその事業は二世皇帝がそのまま引き継いだ)


大抵は夜伽のため側室が一緒にいるはずだが、今夜に限って宴で酔いつぶれたせいか皇帝一人だった。


(……陛下!陛下……!)


小声で二世皇帝へ呼びかける張黶ちょうえん


やがて


「む、ううん……。

……ん?誰か?」


「陛下、張黶ちょうえんにございます。


命を賭してお伝えしたき事態にございます」


「んんん……、張黶ちょうえんだと?


良い、許す何だ?」


「は、実はここ連日のように咸陽に早馬が参ってまいります。


それは全て章邯将軍の手の者でございます。


そしてその内容は鋸鹿きょろく にて秦軍は楚軍に破れ、諸侯は反秦連合軍を組み函谷関に攻め寄せる構えとの事」


それを聞いた二世皇帝は一瞬で酔いと目が覚めた。


「なに?そんな話は初耳だ?


それが本当ならば我が秦に危機が迫っているという事ではないか!


なぜ誰も知らせなんだ!」


「恐れながら申し上げます。


伝令は咸陽に届いておりましたが、丞相により全て報告が上がってきませなんだ」


「なんだと!?


丞相はなぜ報告を上げなかった?


何を考えている」


「は、それがしどもも危機をもっておりましたが、現在この咸陽で丞相に意見を言えるものはございませぬ。


それがしも陛下にお伝えしたことが漏れましたら恐らく命はございますまい。


ですが国家存急の折、知らぬ存ぜぬは不忠と思い、陛下に直訴した次第にございます」


「むむむ……、そうか、知らぬは朕のみであったのか……。


いや良く知らせてくれた。


そなたには害が及ばぬように致す、安心するがよい。


が、それよりも今は丞相を問いただせねばならん


誰ぞ!!丞相を呼べ!」


皇帝の声が宮殿に響き渡り、慌しく官吏が動き出す。


張黶ちょうえんは友人のための働きができたことにほっとしたが、また同時に自分の命はないだろうと覚悟するのだった。

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