羊飼いの少年
遅くなりました。
居巣に着いた韓信一行は、居巣を拠点に王族の行方を捜していた。
鐘離眜と韓信は二手に分かれてあちこちとくまなくしらみつぶしに捜していく。
桃花は留守番か韓信と一緒に行動した。
居巣の付近であろうと当たりを付けて捜し回ったものの、すでに結構な日にちが経っている。
見つからないから、といって諦めるわけにはいかず、毎日毎日二手に分かれて朝早くから日が沈み切るまで歩き回る日が続く。
ここ最近は鐘離昧も歩き疲れが溜まってきたのか、剣を振る鍛錬も控えめに抑えてるようだ。
ある日、居巣から少し離れた村を桃花を連れて歩いてると、くい、と桃花が手を引いてきた。
「?」
振り返って桃花が見ている方を見ると子供達の喧嘩を見かけた。
いや、喧嘩というより一人の少年を数人で取り囲んでいる。
いじめに近いか?見れば取り囲まれている少年の格好は一際貧しそうだ。
貧乏だとその家の子供は標的になりやすいものだ。
韓信は自分の幼少期を少し思い出し、おせっかいをすることにした。
勤めて冷静な声で
「おい、そこの子供達。どうかしたのか??」
と問いかけると
「なんだよ?誰だ兄さん?この辺りの人じゃないね?」
連れの中心の存在なのだろう、一番体が大きい少年がいじめている少年の胸倉を掴んだまま答える。
「ああ、旅の途中だが、見れば大勢で一人を攻撃してるのはいただけないな。
やるんなら一対一でやればいい。お前は体が大きくて力も強そうだ。負ける事はないだろう。」
取り囲んでいる少年達は互いに見やり目で(どうする?どうする?)
などと相談しているようにも見える。
やがてリーダーの少年は胸倉を掴んだ少年から手を離し
「ちっ、何か気がそがれちまった。みんな行こうぜ。
おい、またゆっくり遊んでやるよ。」
などと、どこかで聞いたような台詞を吐いてぞろぞろと立ち去って行く。
見かけと身なりはとてもみすぼらしいがなかなかに根性があるようだ。
いじめられている子の目が死んでいないことに韓信は気づいた。
「僕の家はもともとこの村の人間じゃないらしく、貧しいのと合わせて彼らはよくちょっかいを出してくるんです。
今みたいに取り囲まれて殴られたり蹴られたりします。前にさっきの体の大きな彼と一対一で闘って結局負けたけど相手にもケガさせたんだ。それからは絶対徒党を組んでくるんです。」
「あ、羊の世話をしないと。」
羊飼いをしているようだ。
ふと、韓信は違和感を感じてじっと少年を見る。
韓信の視線を感じた少年は、だんだんと居心地が悪くなってきたのか
「な、なんですか?そんなにじっと見て。僕は嘘は言ってませんよ?」
「それだ!!」
急に韓信が叫ぶ。
「えっ?」
びっくりする少年。
「その言葉遣いだ!お前さん、村の出身じゃないと言ったね。ひょっとして出自は高貴のお方ではないかな?」
ほんの少しぴくっと反応した少年は韓信に
「旅のお方にしては言葉が庶民の言葉ではありませんね。おさむらいさんこそ、この辺りで何をなさっておいでですか?」
二人ともしばらくじっと黙っていたが、やがて少年は急いでこの場から立ち去ろうとする。
あわてた韓信は
「まぁ待て、まぁ待て。わかった、正直に話そう。
実は、楚の項将軍家の依頼で楚王の血に連なるお方を捜してここまで参った。」
「えっ!!」
「やはり。何かご存知のようですね?」
と韓信は言葉使いを改め敬語で話す。
「いえ、私は何も…。」
「そうですか。ではご母堂さまに会わせて頂けませんか?」
「母に、ですか?」
「そうです。」
少年はしばらく迷っているようだったが、
「わかりました、案内します。」
どうやら会わせてもらえるらしい。
韓信は密かに当たりを確信し、二人は少年の後ろを着いていった。
少年に案内されたところは小さくて今にも傾き潰れそうなあばら家だった。
補修したくても出来ない何か事情があるのだろう、と韓信と桃花は少年に続いて中に入る。
家の中は日中なのに暗い。壁の隙間から筋のような光が入ってきて目が慣れてくるとかろうじて中の様子が分かる。
見ると部屋の隅で暗い中にも手先を動かして針仕事をしている女性がいた。
まだ表情までは伺えないが、それとなく品を感じさせ少年の母親だとわかる。
「心かい?」
女性が少年に向かって声をかけ、その後に韓信たちに気づいたようだ。
「あなたがたは…?」
「申し送れまして失礼しました。私は韓信、この子は楊桃花。楚の項将軍家の依頼で楚王の一族を捜しに参りました。」
女性はあっけにとられたような顔をして、韓信に訊ねる。
「い、今楚王と言いましたか?」
「はい、奥方様は楚の王太子の室の方でらっしゃいますね?」
女性はしばし逡巡した後に
「……はい。私は確かに王太子の側室の一人でした。」
韓信は自分の予想が合っていた事を知った。
「やはり、そうでしたか。それではこの方は楚王の嫡孫で間違いありませんね?」
「はい。私の息子心は楚王太子の落し胤。あの時私以外の室と子供は全て秦によって殺されました。心は楚王の血を引く唯一の生き残りでございます。」
「おお……。」
韓信は思わず絶句する。楚が滅んだ時は韓信はもちろん生きていたが幼少だった事もあり、あまり覚えてないのだ。
加えて韓信は庶民なので王家の存亡などとは縁がなかったという事もある。
だが目の前の夫人から国が滅んだという時の断片を聞き、その言葉に込められた感情が伝わってきた。
韓信はしばらく夫人にかける言葉を探しながら、心の中で少しの間滅んだ楚の為に闘い、命を落としていった人達へ祈りを捧げた。
夫人は姿や身につけているものは貧しく顔も汚れていたが、元は高貴の姫君だったのだろう。
整った顔立ち、気品を感じさせる。
「項将軍家から来たとおっしゃいましたが……。」
夫人が問う。
「はい。私は反秦の旗を掲げて立ち上がられた項将軍家の当代、項梁さまに仕えている者であります。只今項梁さまは彭城にて奥方さま、心さまが生き延びておられる事を信じて楚王の座を用意してお待ちでいらっしゃいます。私共は項梁さまの密命を帯び、楚が滅んだ時に落ち延びられた奥方さまの足跡りを追ってこの居巣まで参りました。」
「そうですか、項家が……。それで彭城は項家が押さえているのですか?」
「彭城だけではありません。旧楚の版図であった土地はほぼ反秦の勢力、項梁さまが押さえてございます。」
「なんと!秦への反乱が激しくなっている、というのは聞き及んでいましたが、そこまでとは。」
「楚だけではございません。現在、戦国の六国を全て再興すべく各地に人を派遣しているようでございます。奥方さま、心さまにおかれましては何とぞ、彭城にて王に就いて頂きたくお迎えに参った次第です。」
「わかりました。韓信と言いましたね?少しお待ちなさい。」
ごく自然に、当たり前のように夫人は支配者の空気になった。もちろん、韓信はそのつもりで接していたのだが、直前まで夫人は警戒していたのだろう、瞬間的に変った雰囲気に感心した。これが貴族、王族というものなのだろうか。
夫人は行李(竹や藤などで編んで作られた葛籠、直方体の容器でかぶせ蓋になっている)の中から、一片の布切れと小さな絹袋を取り出して来た。絹袋の方は色鮮やかな装飾でとてもこの家には似つかわしくない。
「これを御覧なさい。」
といって布切れを渡してきた。
韓信は受け取って光に当ててみた。服の襟の部分を切り取ったもののようだが…。ひっくり返してみると文字が書いてある。
『楚懐王嫡孫熊心』(楚の懐王の孫、熊心)
「おおっ!まさしくこれは!」
「この子の産着です。落ち延びる時、心はまだ私のお腹の中でした。太子は私を逃してくれ、その時に名前と産着を頂きました。王子でも姫でも大丈夫な名前を付けてくれたのです。そして…この袋です。」
と夫人は絹の袋を大事そうに韓信に渡した。
韓信も恭しく受け取る。手触りもとても滑らかで、それだけでこの袋の中身の価値が高いことが分かる。
「開けてみなさい。」
夫人に言われ韓信は封を解く。
すると中からは印綬が出てきた。
まさか……、と思いながら裏返して彫られている印章を読む。
なんと、そこには……。
一話で終わらせる予定だったのですが、予想以上に長くなりましたので二つに分けました。
誤字脱字ありましたらご一報お願いします。
感想、評価、意見ありましたらよろしくお願いします。




