張良の場合
張良は秦に滅ぼされた韓という国の王族だった。
代々宰相の家柄で国が続いていれば自分も宰相として腕を振るっていただろう。
だが張良が物心つく頃に国は滅びた。
王も一族も皆殺しだった。
幼い張良と弟だけギリギリ逃げることができた。
以来ずっと逃亡生活。
滅ぼされた時の事は忘れられない。忘れようがない。
目の前で父が、母が兄妹が処刑されたのだから。
張良に中にあるのは復讐だけだった。
父を母を一族を滅ぼした秦に、始皇帝に復讐する。
それだけを思い、生きてきた。
逃亡生活は苦しく、耐え切れなかったのだろう、途中で弟が死んでしまった。
「粛ー!!死ぬなーー!頑張れ!!秦を、始皇帝を殺すんだろ!」
「…兄さん… 僕は…こ、ここまでみた…いだ… 残…念だ… 兄さんが秦を滅ぼす…のを見たか…っ……」
「粛ーー!!!」
秦に、始皇帝に復讐するために、張良は弟の葬式をしてあげられなかった。
「すまない…粛、ふがいない兄を許してくれ……葬式をあげるお金は全て皇帝を殺すための資金にしてしまった。
俺とお前の願いが叶ったら、立派な葬式をあげる。
それまで見守っていてくれ粛…。」
逃亡生活を続けながら資金を貯め、復讐する機会を狙っていた。
張良は自分自身の事を良く知っていた。
(俺は体が強くない。線も細いし、力も弱い。
俺自身が直接手を下したいがそれだと目的は達成できんだろうな…。
だとすれば俺の代わりに腕が立つ者を雇わねばならん。
しかも義理堅く、己の命を投げ出せる者を…。)
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機会を狙っているうちに倉海君という人物に出会う。
張良はこの人物ならば悲願が叶うのではないか?と期待した。
彼は力も強く、自分の命を掛けることに躊躇しない男だった。
張良が選んだ復讐方法は暗殺であった。
何の組織も持っていない元王族が出来る事といったらこれぐらいだろう。
後はいつ、どこで、どう狙うか?だった。
一般市民が皇帝に近づく機会は皆無だ。だが始皇帝は全国を旅していた。
それを狙う…!
だが、どうやって?
張良は鍛冶屋に頼んで大きな大きな槌を作らせた。重さは約30キロ。
これを振り回し、ブン投げて、行列の始皇帝が乗っている車もろとも潰してしまおうというのだ。
これならば…。
張良と倉海君は念入りに準備した。
何度も何度も実験し、誤差を修正した。
威力の方は申し分ない。車ごと始皇帝をぺちゃんこに出来るだろう。
ひとたまりもない。
投擲して命中する精度もいい。
後は行列がどの道を通るのかがわかれば……。
うまく行列の隊に聞き出せたところによると博楼紗を通過すると言う。
しめた…!
博楼紗ならば身を隠せる場所もあるし、道自体は見晴らしが良い。まさに襲撃にはうってつけの場所である。
「張良様、絶好の機会が巡って来ましたな!」
「うん、我が一族の悲願……思い知らせてくれる……!
粛、天より見ていてくれ!!」
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二人は今、博楼紗の無数にある岩山の陰に身を隠して行列を待ち構えていた。
「倉海君、皇帝は用心深い。
情報によると同じ御車を三台並べてどの車に乗っているかわからないよう偽装している。
だが今日は真ん中の車に乗っているようだ。
真ん中を狙ってくれ。」
情報どおり、行列が博楼紗を進んでいく。もうじき張良達にも御車が見えてくるハズだ。
身をかがめて目をこらす。視界に車が見えた!
「俺が合図したら投げ槌を回し始めてくれ!」
「了解!」
やがて御車が射程距離の手前まで進んでくる。
「回せ!」
倉海君が槌を回し始める。すぐにブォンブォンと空気を切り裂く音に変わる。
「今だっ!投げろっ!」
「っ!!」
倉海君の「うおりゃ!!」という心の声が聞こえた気がした。
投げ槌はうねりをあげて行列に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
ドォーーーン!!!!
凄まじい音が響き渡る。
手応えははあった。
だが砂埃が舞い上がって着弾点がわからない。
目を凝らしていると風が砂埃を少しずつ流していき状況が見え始めた。
「……っ!!
今すぐ撤退だっ!!一番前の車に当たった!!
ちっくしょう!!失敗だっ!!」
悔しさに心を占領されそうになるが、すぐに頭を切り替えてここから無事に脱出せねばならない。
追っ手が動き出す前に…!
(何て事だ、何て……!!
粛すまない、兄さんは失敗してしまった)
だが、
生きてさえいれば、また狙う機会もあるだろう……。
この辺の思考の切り替えの早さは張良の優れたところである。
のちに劉邦の覇業を助ける参謀、軍師として大いに役に立つことになる。
行列からは怒号とともに何人もの走り回る姿があって大混乱しているようだ。
混乱が収まればすぐに犯人を捜し始めるだろう。
だがその時にはすでに撤退は完了している。
「またしばらくお尋ね者生活だな…。」
そう独りごちて二人は落ち延びて行った。
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