現実主義者の弱点
「ふん、お前ら庶民が同室か。これは先が思いやられるな。せいぜい私の足を引っ張らぬようにしてもらいたいな」
相変わらずこちらを嫌な目で見る、ウィロアイド。
うわー、嫌な空気。
「なっ!」
思わず飛びかかろうとしたジェイを、ヴォイドが止める。
「はっ、庶民風情が!私に何をできるというのだ」
ウィロアイロが、思い切り見下したような視線をジェイに向けた。
「離せ!ヴォイド」
ジェイがちょっと暴れている。
意外とジェイは血の気が多いのかな?
「はい、ジェイの負けー。先に手を出したら、終わりだからね。取り敢えず落ち着いてみようか?」
ヴォイドに羽交い絞めをされて身動きの出来ないジェイの頭を撫でた。
和むなぁ。
て、私が落ち着いてどうするよ。
「なんでそこで頭撫でるんだよ…」
どうやら、ジェイは落ち着いたようだ。
軽く項垂れているが、暴れる気配はなくなった。
「全く騒がしい事だ。ああ、これだから庶民はいただけない。それとも、それが庶民たる所以なのか。これからひと月、この者らと付き合わねばならんとは、なんとも不運な事よ」
おお、上から目線発言。
おっと、今度はヴォイドの雰囲気がまずい。
普段大人しい分、怒ると怖そうなんだよね。
腕の力が入っているのか、羽交い絞めにされたジェイがなんだか苦しそうだ。
「ヴォイドも、落ち着いて。ウィルイアドもさ、いや、違ったな。ウィロイード?あれ?あ、そうそうウィアードもさ、いちいち人を怒らすような発言は控えようよ。どう見ても、この狭い所で3人に喧嘩を吹っ掛けるのは、得策じゃないって判るだろ?」
「ウィロアイドだ!ふん、名前も覚えられないか、この女男」
おや?
昨日の夜会に招待されてた口なのかな?
琉生の姿を見られていたわけか。
道理で先程から、何というか嫌な眼で見てくると思ったら。
はは、どいつもこいつも、男男言いやがって。
一体どこに目をつけてやがる。
まぁ、女だとバレるのもまずいんだけど、なんだかなぁ。
はぁ~。
「それは申し訳ない。わざとだ、ウィロアイド=リジェン=ケウェオ=ケナンヴェマ。名前が長すぎてどうも呼びにくい。長いからウィルと短縮する事にするよ」
と私が言うと間髪いれずに反論してきた。
「貴様に呼ばせる名などない」
あーもう面倒くさい奴だなぁ。
「あそ。んじゃ、ジョンドゥでいっか。面倒だし」
「なぁなぁ、何だ?そのジョンドゥって。名前だよな?全然かすりもしてないけど」
ジェイが不思議そうに聞いてきた。
知らなくて当然だ。
地球で使用されていた、名前不詳さんに便宜上付けられるものだから。
他には、名無しの権兵衛や、ジョン・スミスというのもあったなぁ。
「前に住んでいた場所で使われていた、便利な名前なんだ。身元不明の男性遺体が発見されたりすると、便宜上ジョン・ドゥって名付けるんだよ。名前がないと不便だからね。解りやすく言うと、名無しさんって事なんだけど。他にもジョン・スミスってのもあるけど、名前負けしそうで可哀そうだから、ジョンドゥにしてみた」
「身元不明の遺体…名前負け…だと?…貴様…この私を愚弄するか!!」
本当、皆若いよね。
これくらいの事でいちいち怒っていたら、この先やっていけないよ?
ウィロアイドが勢いで私を殴ろうとするが、私はすかさず躱した。
だから、なんで狭いところで殴ろうとするかな?
少し考えてみたら、どうなるかとか判るのに。
このままだと、ウィロアイドが倒れそうだったので、躱した時に倒れないよう軌道を修正してあげた。
太極拳ってこういう時に便利だよね。
「んじゃあ、どうしろと?君が名前を呼ぶなと言うから、便宜上の名前を考えたんだろ?これから先、名前を呼ばずに生活していくのは正直無理だと思うのだが」
さらに、ウィロアイドが殴ろうとしてくる。
どうも頭に血が上っているらしい。
ヴォイドがウィロアイドの肩を掴んで、阻止しようとしたが肩を掴み損ねたようだ。
ウィロアイドがヴォイドの妨害を躱そうとした時にバランスを崩し、そのまま私の方に倒れて来た。
私はそれを避けようとしたが、うまくいかず、ウィロアイドの体を正面から受け止める形となった。
「うわっ」
が、彼の体重を支えきれずにそのまま後ろに倒れる。
その際ベッドの角に肩を強打した挙句、ナリアッテに借りていたシャツの肩部分を破ってしまった。
「つぅっ」
肩痛い、背中痛い、それに加えてしてケツが痛い。
そしてそれより何より、心が痛い。
ナリアッテごめんよー。
あー、肩がこんなに見えるぐらいに破れたら、シャツ直せないかもなぁ。
手で縫って直らなかったら、ナリアッテ怒るかな?
怒らないでほしいなぁ。
それから、そろそろウィロアイド、体を起こして欲しいな。
正直、へそ辺りが君の呼吸で生暖かくなって気持ち悪いから。
それから、起きあがろうとする努力は認めるが、それ以上手をずらそうとしないでくれ。
右手はそれ以上下げると、女だとばれる。
左手はわき腹にあるが、私の弱点はわき腹だから、それ以上動かされると非常に困る。
ずらすのやめて下さい、お願いします。
本当にお願いします。
という願いもむなしく、左手が弱点に触れる。
私の意思とは裏腹にびくっとなる。
「…あ、や…やめ」
思わず、掠れた声が出る。
さらに動く。
「ひぁっ…い」
本当にダメ。
「おね…がい…いっ」
懇願しようとするも、さらに触れられる。
その瞬間、体が大きく反応しのけ反ってしまった。
「いっ…ひゃ…あっ」
涙がじわっとにじんできた。
力が出ない。
だけど、脱出を試みる為、体をねじってみる。
が、やはり力が入らず元に戻リ、今度は右手がわき腹に来てしまった。
「…ひゃ…ぁ」
何とも情けない声が出た。
もう嫌。
その時に、部屋の扉を叩く音がする。
「失礼します」
そういって扉が開く。
「……………失礼しました。どうぞお続け下さい」
そう、一言残してばたんと扉を閉めていってしまった。
ちらと見た限り、ウィロアイドの侍従だった。
そういえば荷物がなんたら言ってたな。
そんな事より、もしかして…変な誤解された?
この体勢がまずかった…?
ウィロアイドが股に顔を埋めてるようにしか見えなかっただろうし、入り口からだと。
こっちはこっちで髪が乱れて、シャツは破れて、涙ためて。
君のせいで変な誤解されてしまったではないか。
もう、ほんとに嫌。
「おい」
そこへ、底冷えのする声が響く。
ヴォイドの声だ。
ヴォイドが怒っております。
ここまで怒るのを初めてみた。
やっぱり怒らすと怖いんだ。
ちょっと部屋の気温が下がったような気がする。
目が据わりきった状態で、ヴォイドが一歩近づいてくる。
思わずさがりそうになった。
ウィロアイドのせいで動けなかったが…
「貴様の、そのくそ頭をルイ様のお体からどけろ。さもないと―――――」
ヴォイドがもう一歩近づく。
その手には光りものが握られている様な気がするのは、私の気のせいでしょうか…
さらに近づく。
「―――――貴様の首を今すぐ胴からおさらばさせてやる」
この殺気に当てられて、動けずにいるウィロアイド。
硬直している。
そのおかげで手の動きも止まったが、殺気が増すごとにビクつく為、その度に手がわき腹に触れる。
声が漏れそうになるが、この状況でうひゃーなんて大声出せません。
でも結局声を抑えきれなくて、「う」とか「あ」とか出るけど…
限界です。
もう、勘弁して下さい。




