Fireworks Ⅰ
日が沈みはじめた頃、紗奈と一緒に花火大会へ行く約束をしていた千歳は待ち合わせのために身支度を整えると1階のリビングへ顔を出した。
妹の紅葉と青葉が浴衣姿ではしゃいでおり、傍では母の楓がスマホで双子姉妹にポーズを取らせながら写真を撮っている。
「お母さん、紗奈ちゃんと待ち合わせてるから行ってくるよ」
「あら、浴衣着ないの?千歳の浴衣もあるのに・・・」
そう言って楓は千歳に用意した浴衣を指さすが千歳はなんだか気恥ずかしくなり、遠慮がちな笑みを浮かべた。
「俺は・・・いいや。じゃあ、行ってきます」
千歳が家の外に出ると隣の椎名家の門の前で浴衣姿の紗奈が立っており、千歳に気づくと紗奈は笑みを浮かべて『カランッコロンッ』と下駄の音を鳴らしながら歩み寄る。
「こんばんは、ちぃちゃん!」
「う、うん・・・こんばんは、紗奈ちゃん」
挨拶を交わしながら千歳は浴衣姿の紗奈に見惚れていた。私服や制服とは違う、どこか艶やかさを感じさせる装いに千歳の胸が高鳴る。
「あれ、ちぃちゃんは浴衣じゃないの?」
残念そうに頬を膨らませる紗奈に『ちょっと待ってて』と言いながら千歳は慌てて家に戻り、再びリビングへと顔を出すと楓に歩み寄った。
「お母さん、その・・・俺も浴衣着たいんだけど・・・」
その言葉に楓の表情にはパァっとした笑顔が溢れ、慣れた様子で千歳に浴衣を着せていく。着付けが終わると楓はスマホで千歳の写真を撮り、双子姉妹とも並べて兄妹3人の浴衣姿を写真に収めた。
「うん、やっぱり似合うじゃない」
「ありがとうお母さん、じゃあ今度こそ行ってきます」
千歳が再び玄関のドアを開けると外では紗奈が待っており、千歳の装いを見た紗奈は満面の笑みを浮かべる。
「おぉ!ちぃちゃん似合ってる!カッコいい!」
「そ、そう・・・?」
紗奈に浴衣姿を褒められると千歳は浴衣を用意してくれていた母に心から感謝した。そして紗奈の浴衣姿に見惚れていると悪戯っぽい笑みを浮かべながら紗奈が千歳に擦り寄ってくる。紗奈がなにを求めているのか、千歳にはなんとなくわかった。
「紗奈ちゃんもその───可愛いよ」
千歳の言葉に紗奈は満足気に微笑みながら千歳の腕に抱きつく。腕の感触にドキッと胸が高鳴る千歳に紗奈が『行こっ♪』と上機嫌な様子で声を掛け、2人は花火大会の会場へと向けて歩き出した。
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有間家の屋敷の扉が開き、玄関から千尋と許嫁の美琴が浴衣姿で外に出る。
「美琴さん、下駄は歩きづらいでしょうから気をつけてください」
「大丈夫だ、実家で何度も履いて───」
そう言いながら美琴はふらっとよろめき、倒れそうになる身体を咄嗟に千尋が支える。
「ご、ごめん・・・」
「いえ、危ないですから手を繋いでいましょう」
千尋は美琴の手をギュッと握り、彼女の浴衣姿に心が奪われる。普段の装いとは違う雅な出で立ちには、まさに"大和撫子"と呼ぶに相応しすぎる美しさがあった。
「綺麗ですよ、美琴さん」
「それ、もう何回も聞いた・・・」
そうは言いつつ美琴は嬉しそうに頬を赤らめ、以前であれば想像もできなかった表情を目にした千尋は自然と笑みが溢れる。鬼恐山での一件から美琴は気持ちが吹っ切れ、幼かった頃のような柔らかい笑顔を見せることも多くなった。千尋は美琴がまた倒れそうになることが無いように彼女と並び、ゆっくりとした歩調で花火大会の会場へ歩き出した。
屋敷の縁側に座っていた万歳にはそんな2人のやりとりが聞こえ、器の酒を1杯飲み干す。
(ふむ、辛口にすればよかったかの・・・)
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下駄の音を鳴らしながら千悟が歩いている。そしてある1軒の家の前で立ち止まり、表札には『櫛田』の苗字が刻まれていた。緊張した面持ちで千悟がインターホンのボタンを押すとドアが開き、1人の女性が顔を出す。
「あら、どちらさま?」
「はじめまして、狭間 千悟です。櫛田さ───澪さんと待ち合わせをしていて・・・」
千悟が名乗ると女性は弾けたような笑みを浮かべながら『パンッ』と音を立てて手を合わせた。
「アナタが"千悟くん"なのね!ちょっと待ってて、いま娘呼んでくるから!」
女性はウキウキとした様子で家の中へ戻っていった。"娘"と呼んでいたことから澪の母親なのだろう。千悟は緊張を和らげるためにひとつ深呼吸をした。そして再びドアが開くと中から浴衣姿の澪が現れ、千悟のもとへと歩み寄る。
「こんばんは、千悟くん。今日はバイクじゃないんだね」
「やぁ、今夜は浴衣だからさ」
千悟は挨拶を返しながら澪の浴衣姿を見れたことに心の底から歓喜し、すっかり魅了されていた。
「浴衣、よく似合ってるよ。澪───さん」
「ありがとう、千悟くんもカッコいいよ」
澪は嬉しそうな表情を浮かべながら千悟に褒め言葉を返すが、『でもね』とつぶやきながら眼鏡を指でクイッと押し上げると千悟ににじり寄った。
「"さん"付けは無し───だよ?千悟くん」
「いやでも、やっぱりいきなり呼び捨てっていうのもな・・・」
千悟が照れ気味にそう言うと澪は『ふふ』と悪戯っぽく微笑んだ。
「私たちは恋人なんだから」
「・・・うん、そうだな」
"恋人"───この言葉の響きに千悟の胸にはジーンと熱いものが込み上げてくるのを感じる。星霊であるリョーマとの戦いの直前、千悟は澪に自分の想いを告げた。澪は告白を受け入れ、千悟の恋は実ったのである。
「さ、行こうか。今日は2人きりだ」
そう言って千悟が手を差し伸べると澪がその手を握り、2人はゆっくりとした歩調で花火大会の会場である結月大社へと歩き出した。




