Magic hour
若葉が目を覚ますと身体を紗奈に抱きかかえられており、千歳と紗奈の二人に心配そうな表情で見つめられていた。
「兄さんと・・・姉さん?あれ、私なんで───」
二人に視線を送り、状況がわからず混乱する若葉を紗奈がギュッと抱きしめた。『ぐえっ』と苦しそうな声をあげ、若葉は千歳に説明を求めるが頭を撫でるだけで何も言わない。しばらくして紗奈の抱擁から解放され、若葉が立ち上がると倦怠感と共に筋肉痛のような痛みが全身に走った。千歳はその場に倒れそうになる若葉の身体を支え、そのまま彼女をおんぶした。
「ちょっ、兄さん。なにを───」
「いいからいいから」
恥ずかしがっていた若葉も全身の謎の疲労感に歩く気力が湧かず千歳の背中に体重を預ける。そして千歳は千尋たちに声をかけ、若葉をおぶったまま紗奈と共にその場を後にした。
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橘家の門の前で立ち止まると千歳は若葉を背から下ろした。紗奈がインターホンのボタンを押すとチャイムが鳴り、扉から若葉の姉である日輪が顔を覗かせる。若葉の姿を見るや日輪は駆け寄り、若葉を抱きしめた。
「1ヶ月も連絡しいひんでどこに行っとってん!心配したんやで!?」
「姉ちゃん・・・」
目に涙を浮かべ、若葉の頭を撫でながら日輪は声を張り上げた。その様子に若葉も眼から涙が溢れ出し、日輪の身体を抱きしめる。
「ごめんなさいぃぃぃ!!!」
若葉も声をあげながら泣きだし、しばらくすると日輪に抱き着いたまま寝息を立てて眠っていた。日輪が『よいしょっ』と声をあげ、若葉の身体を抱き上げると潤んだ瞳で千歳を見詰めた。
「千歳はん、ほんまおおきにな」
「いや、俺は・・・」
日輪からの感謝の言葉に千歳は戸惑った。そもそも若葉は千歳と天翁たちとの戦いに巻き込まれただけなのだ。若葉を危ない目に遭わせてしまったのは自分だ。と、千歳は日輪からの感謝を受け取れる心境ではなかった。
「あんさんが守ってくれへんかったらこうしてまた妹と会えへんかったかもしれへん、そやさかいうちは感謝させてもらうで。ほんまおおきに」
「・・・はい」
千歳の返事に満足したのか日輪は笑みを浮かべ、若葉を抱きかかえながら家のドアへ向かって歩く。そして大声で誰かの名前を呼ぶとドアが開き、日輪と若葉は家の中へと入っていった。
若葉を家まで送り、千歳と紗奈は顔を見合わせてひと安心すると紗奈が千歳の手を握った。
「ちぃちゃん、私も疲れた・・・」
「あぁ───うん、わかった」
千歳がしゃがむと紗奈が背に乗っかり、首に手を回して体重を預ける。夕焼けの空と夜空の境目を見詰めながらその美しい光景に紗奈はこの世界に戻ってこれたことを実感した。
(ありがとう、ちぃちゃん。ずっと一緒だよ・・・)
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翌朝、目覚まし時計の音で目を覚ました千歳が身体を起こすと全身の関節と筋肉に痛みが走った。鳴っている目覚まし時計を止め、二度寝しようかと思ったが妹の紅葉が千歳の部屋に顔を覗かせる。
「あれ、お兄ちゃん起きてる。おはよう」
「おはよう紅葉ちゃん、身体中痛いんだけど二度寝しちゃダメ?」
「ダメー。もうすぐ夏休み終わっちゃうんだから、早起きする習慣付けなきゃ」
即答で却下され、千歳は『だよねぇ』と名残惜しげにベッドから立ち上がると紅葉と一緒に部屋を出る。1階のリビングでは母親の楓が朝食の準備をしており、千歳はテーブルに座った。妹の青葉がリビングにおらず、楓を手伝っている紅葉は氷の入ったグラスにコーヒーを注ぐと千歳の前に置いた。
「青葉ちゃんは部活?」
「そ、大会近いから本当は1日練習だったんだけど、昨日この辺りで緊急事態警報・・・?ていうのがあったみたい。だから午前中で終わりなんだってさ」
「え、なにそれ?知らない・・・」
千歳はコーヒーにミルクとシロップを入れてかき混ぜながらスマホで検索するが近辺の地域でそういった警報が発令されたという情報が出てこない。不思議に思う千歳の前にトーストが置かれ、紅葉が千歳の向かいに座る。
「それでお兄ちゃんは夜の花火大会、やっぱり紗奈ちゃんと行くの?」
「花火大会か・・・そういえばアメリカにいて日本の祭には行けてなかったな」
思い立った千歳はRAILで紗奈を花火大会に誘う。するとすぐに紗奈から『浴衣着ていくね』と返信が返ってきた。千歳は紗奈の浴衣姿を想像し、夜が楽しみで仕方なかった。その様子に紅葉はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら千歳の表情を見詰めている。
「な、なに・・・どうしたの紅葉ちゃん?」
「んーん、なんかお兄ちゃん、アメリカに行ってから雰囲気変わったなって。目の下のクマも消えてるし、空気がよかったのかな?」
紅葉に言われ、千歳はアメリカでの日々を思い出す。エヴァンス夫妻との楽しい思い出やダンテが見せてくれた大自然。修行を経て龍脈を会得できたこと、どれもが記憶を色鮮やかに彩っていた。
(それでも、やっぱり一番嬉しかったのは───)
紗奈に想いを告げ、彼女と結ばれたこと。その思い出は千歳の記憶の中で宝石のように眩い輝きを放つ。だからこそ千歳は紗奈の傍で、彼女を守るのだ。
たとえ、敵が神であっても───




