Road V
二人の前に大きな扉が現れ、紗奈がドアノブに手を伸ばすと背後から黒い影がその手首を掴んだ。千歳が後ろを振り返ると真っ白だったこの空間を黒い影が侵蝕しており、そこから黒い影が蔦のように伸びてきて紗奈の脚や腕、身体に絡みつく。
千歳は影を取り払おうとするが影の蔦は離れず、引きちぎれもしない。千歳がふと刃物をイメージすると1本の刀が現れた。鞘に納まっておらず柄も鍔も着いていない、刃と茎が剥き出しのその刀を手にした千歳は紗奈の身体から影の蔦を切り離す。すると黒い影が人の形を成し、イザナミの姿になると二人の前に歩み寄ってきた。
『長門、なぜ紗奈をこの奈落から現世へ連れ戻そうとする?』
イザナミの問に千歳は不安そうな表情の紗奈を抱き寄せる。そして───
「俺の大切な人だからだ」
そう答えながら千歳は刀の切っ先をイザナミに向けた。
『それでお前が───共に闇へ堕ちようともか?』
「俺は紗奈ちゃんの傍にいる。闇の中でも、奈落の底でも。ずっと・・・!」
その言葉に紗奈はギュッと千歳を抱きしめる。イザナミは不気味な笑みを浮かべながら後ろを振り返り、闇の中へと歩いていった。
『ならばせいぜい足掻くがいい───"人間"』
不穏な言葉を残しながらイザナミは姿を消し、紗奈が千歳の身体から名残惜しそうに離れる。そして扉のドアノブを握りしめ、紗奈が扉を押し開けると二人は扉の外へ足を踏み出した。
─────
───
─
千歳の意識が覚醒すると紗奈の身体から力が抜けて倒れそうになり、千歳はそっと彼女の身体を抱きかかえる。そして目を覚ました紗奈の視界には千歳の顔とあの闇の中には絶対に無いであろう青空が映り、彼女は自分が現世に戻ってこれたのだと安堵した。
「紗奈ちゃん・・・?」
千歳が確かめるように紗奈の名前を呼ぶと彼女はニコッと優しく微笑み、眼からは涙が流れる。
「ただいま・・・!」
紗奈の言葉を聞いた瞬間、感極まった千歳は彼女の身体をギュッと抱きしめる。一瞬苦しそうな声をあげた紗奈であったがその表情はとても穏やかなものであった。
「魁よ、人間を侮蔑するがあまりあの童を過小評価していたようだな」
そう言って天翁がジロっと睨むと魁は『バカな』と狼狽えており、天翁はひとつ呆れたようなため息をつくと視線を千歳に移した。
「長門 千歳、よもや"奈落"に堕ちた意識を現世に覚醒させるとはな。彼奴もまた紛うことなき英傑の者、朧の言う通り同志として引き入れておくべきであったか・・・」
天翁はそう言って千歳と紗奈のもとへと霧と共に現れ、千歳は紗奈の身体から腕を離して身構える。
「此度はここまでだ」
「え・・・?」
突然の言葉に戸惑う千歳をよそに天翁は後ろを振り返ると霧と共に消え、次の瞬間にはもといた場所へ戻っていた。そして指で空間を撫でると裂け目を出現させ、帰還しようとするが魁が背後から天翁を呼び止める。
「天翁、お待ちを!ここで私が人間を───長門を屠って見せます!」
魁の言葉に再び呆れたようなため息をついた天翁は後ろを振り返り、眼から不気味な眼光を瞬かせながら魁を睨んだ。
「大義を見失うな、あやつらを屠ることなど造作もないことだ」
「では───!」
「儂が恐れているのは"万が一"というものだ。それが起こった時、儂らの計画が頓挫するかもしれんからな。」
天翁の言葉を聞き、魁は口惜しげに『わかりました』と頷く。そして天翁が空間の裂け目に消えていき、魁と他の同志二人もそれに続いた。最後に残った朧がどこか誇らしげな表情を浮かべながら千歳にお辞儀をして裂け目の向こうへと足を踏み入れると空間の裂け目が閉じ、危機は去った。千歳たちは安堵感のあまり大きなため息をつきながらその場に座り込んだ。
空を仰ぎ、ひと息つきながら璧立千刃を解いた千晶は真っ先に桐江のもとへと早足で歩み寄る。
「桐江、生きてるんだよな?幽霊とかじゃないよな?」
「な、なにを仰っているのですか?坊ちゃん・・・?」
あの幻覚を見たあとなので千晶は確かめるように桐江の頭を撫でたり腕をプニプニと触り、脇腹を突っつくと桐江がくすぐったそうにしている。そして千晶の手が脚に触れそうになったところで桐江の平手打ちが千晶の頬に直撃し、小気味のいい音を響かせた。
「生きてるに決まってるやろなにしてんねんアンタは!」
「ぐはぁ!」
声を上げて倒れる千晶を見た桐江は我に返り、慌てて千晶に駆け寄った。
「も、申し訳ありません坊ちゃん!でも本当にいったいなにを───」
桐江は千晶が腕で顔を隠しながら泣いている事に気づきギョッとする。
「よかった・・・桐江・・・生きててくれて、本当によかった・・・」
声を殺して泣いている主人を見た桐江は『ふぅ』とひと息つくと千晶の頭をポンポンと撫でた。
「桐江はいつも、坊ちゃんの傍におりますよ・・・」
千晶がいったいなにを見たのか、桐江は知らない。ただ今は思う存分泣かせてあげよう。桐江は千晶が身体を起こすまでの間、ずっと頭を撫でていた。
息子たちの奮闘を見届け、全員無事であることに安堵しながら、事態を収束させた者が自分たちではないことを玄信は情けなく思っていた。ポケットに入っているスマホから着信音が鳴り、玄信は画面の応答ボタンをタップすると耳に当てる。
「もしもし、長門です」
『状況終了、総員直ちに帰還せよ』
無機質な声でその一言だけ告げられると電話が切れ、玄信はスマホをポケットにしまうと息子のもとへと歩み寄る。千歳が立ち上がろうとするのを『そのままでいい』と制止し、自身の状況をどう説明したらいいものか悩んだ。
「千歳、父さんな───」
意を決した玄信が千歳に話そうとすると千歳が『父さん』と、玄信を呼んで言葉を遮る。
「いいよ、今はまだ聞かない」
千歳は星霊であるナガトと戦うことを家族に話していなかった。そんな自分に父親の秘密を聞く権利があるものか、その思いから出た言葉であった。
「・・・そうか」
玄信もまた、千歳の気遣いを甘んじて受けることにした。息子の成長を喜びながらも同時になにか寂しさのような感情が芽生える。
こうして千歳と玄信の親子2人は別々の帰路に着いた。




