第12話 生きる理由
ほんの少し前まで研究所があった跡地で。
「私はこの場に残る。貴方は自由に逃げるといい」
少女はシオンにそう告げた。
「……は?」
シオンは激しく面食らい、戸惑った声を漏らしてしまう。
「……………………」
少女はそれ以上、何も言わない。
だから、シオンが尋ねることにした。
「こんな場所に残って、どうする?」
「森の中なら人が来ないはず。私が天使の力を暴走させても関係のない人達に被害は出ない。貴方が行ったら、折を見てこの首輪を外す。今なら主も設定されていないから」
と、少女は言うが、シオンにはその意図がまったくもって理解できなかった。
「なんで暴走させる……。暴走させたらどうなる?」
「たぶん、私は死ぬ」
「なっ……」
シオンは絶句してしまう。終いには――、
「助けてくれてありがとう。これでようやく、私は死ねる」
少女はそんなことまで言いだした。
「ふ、ふざけるなっ!」
シオンは思わず声を荒らげて叫ぶ。
「……どうしたの?」
少女は不思議そうに尋ねる。
「どうしたもこうしたも、君に死んでほしくて助けたわけじゃない!」
「でも、私は貴方が探していた人じゃないよ」
「そうだけど、なんで死ぬ必要がある!?」
シオンは苛立って問いかけた。
「生きる理由がないから。生きていても天使の力を暴走させて、誰かに迷惑をかけるだけかもしれないから。行く場所もないから。外したくても外せない、この首輪に生かされているのが辛かった。だから、ずっと死にたかった」
と、少女は死ぬ理由を列挙していく。
「そんな……。そんなこと……。じゃあ君は……、自由になったらずっと死にたいと思って生きていたというのか?」
シオンは声を震わせて問いかける。
「うん」
少女は淡泊に、何の躊躇いもなく頷いた。
「くっ……。じゃあ、なんでその首輪を自分からつけ直した?」
生きながらえたかったからじゃないのかと、シオンは言外に訴える。
「今ここで暴走したら、貴方に迷惑をかけるから。貴方はすごく強いけど、貴方のことを殺してしまうかもしれない」
迷惑をかけたくない。大事なことだ。とても大事なことだ。だが、だからこそ――、
「っ…………」
シオンは苦虫を噛み潰したような顔になる。
生きる理由がないと、少女はそう言った。本当にその通りなのだろう。少女は空っぽなのだ。
なのに、倫理観なんて高尚なものだけは持ち合わせている。
――そんなの虚しすぎる!
シオンはキュッと唇を噛みしめると――、
「なら……、なら、俺と一緒に来い!」
と、少女に呼びかけて、右手を差し出した。
「………………私は貴方を殺そうとしたんだよ」
少女は少し意外そうに目を瞬いて、シオンの手を見つめた。
「それは首輪に逆らえなかったからだろう」
「でも、この首輪をつけている限り、また誰かに操られるかもしれない」
「そんなこと……、ちょっと待ってくれ」
シオンはそう言うと、神眼を発動させる。そして、少女の首輪に手を伸ばした。
「私の主になるつもり?」
少女は小さく目を見開いて訊く。
「違う。その首輪から余計な魔法を外すんだ」
「……そんなことができるの?」
「できるかもしれない。けど、まずは君の首輪を調べてみないことには……」
シオンはそう言いながら、少女の首輪を改めて鑑定する。一度完成した魔法陣を後から書き換えることは非常に難しいが、やってみる価値はあった。
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アイテム名:天呪の首輪
ランク:六
説明:天使の力を抑制する首輪。
装着後、主人と定めた者の命令に逆らえなくなる。
以降、自由に着脱できなくなる。
主人が定めた命令に逆らおうとすると装着者に激痛が走る。
主人の意向で激痛を与えることも可能。
装着後、一日以内に主人を定めない場合にも、装着者に激痛が走り死に至る。
特記事項:前主人の死亡により、現主人は未登録
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(……よし、天使の力を抑制する機能だけを残せばいいんだな。他の機能は削除だ)
シオンは半透明の枠を発生させて首輪の効果を再確認すると、視界から半透明の枠を消し去った。
今のはアイテムとしての首輪の効果という情報を閲覧したのだが、効果を変更するには首輪に組み込まれた魔法陣をいじる必要がある。
そのためには――、
(首輪に組み込まれた魔法陣を起動して鑑定する必要があるな)
シオンが神眼の獲得に伴い習得したスキル『魔の隷属』の能力により、魔法陣を解析して仕組みを理解すれば、魔法陣を書き換えて効果を変えることもできるかもしれない。
「今から首輪に魔力を流し込んで魔法陣を起動する。発動させて主の登録をするわけではないから安心してくれ」
シオンはそう言うと、首輪に魔力を流し込んだ。直後、首輪の前に魔法陣が浮かび上がり、シオンは神眼でそれを凝視する。
半透明の枠は浮かび上がらない。今のシオンは魔法陣の構造そのものを解析して理解しようとしているからだ。
鑑定結果を文字として表示させて読解するよりも、直接に頭の中に魔法陣の情報を叩き込んだ方が早いからだ。ただし、ダイレクトに情報が頭の中に入り込んでくる分、脳への負担は大きい。
凝視すればするほどに解析が進んでいるのか、魔法陣に対する理解が深まっていく。どこをいじるとどうなるのかがわかっていく。ややあって――、
「…………見れば見るほどに悪質な魔法陣だな」
シオンが顔をしかめて呟いた。この魔法陣を設計した者は碌な人間ではないだろう。そう断言できた。
「その眼は何なの?」
少女が訊く。
「あらゆるものを鑑定できる神眼らしい。鑑定したい対象の知りたい情報を閲覧したり、見つめることで対象の情報を解析できたりする。今やっているのは後者の作業だ。で、解析した魔法陣に干渉して魔法陣を書き換える作業も行っている」
シオンは人差し指で首輪の魔法陣に触れて、何かを描くようにスラスラと指を動かしながら答える。
「……魔法陣の書き換えは困難。というより、ほぼ不可能。それも神眼のスキルの力?」
絶対に不可能とまで言い切らなかったのは、世界には様々な不可能を可能にするスキルが存在しているからだろう。少女はスキルの可能性に言及した。
「神眼とは別のスキルだよ。正確には神眼の副次的な産物として発生したスキルみたいだけど、神眼と併用することで解析した魔法陣や魔法に干渉できるんだ」
「……さっきの戦いで魔法を消滅させていたのもそのスキルの力?」
シオンが嘘を言っているとは思わなかったのか、少女は続けて尋ねる。
「ああ。魔法を無害な魔力に分解した」
「……そんなに規格外なスキルの詳細を教えてしまっていいの?」
基本的にステータス、特にスキルの内容は可能な限り秘匿すべき情報だと言われている。希有なスキルを持っていることが周囲に知られれば襲われる可能性があるし、戦士の場合は手の内を晒すことで不利になりかねないからだ。
どうやらそういった一般常識は少女も心得ていたらしいが、あれこれ訊いてきたということは寡黙な雰囲気とは裏腹に相応の好奇心があるのかもしれない。
「俺も君のステータスを覗かせてもらったからな。俺だけ教えないのはフェアじゃないだろう」
と、シオンは答える。ただ、そういった理由を抜きにしても、シオンは目の前にいる少女に自分のスキル情報を教えることにさして忌避感を覚えてはいなかった。
本人が自覚しているかどうかはともかくとして、その理由は少女の見た目がモニカに似ているからなのかもしれない。
「……そう」
少女は何かを考えているのか、微妙に間を開けてから頷く。
「よし、書き換えが完了した。これでどうだ?」
話をしている間にシオンの作業が完了した。首輪に組み込まれた魔法陣の書き換えが成功したか、神眼を使ってその効果を改めて鑑定してみる。結果――、
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アイテム名:天鎖の首輪
ランク:六
説明:天使の力を抑制するための首輪
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シオンが意図した通りに、見事に効果が変わっていた。
「成功だ。これでもうその首輪が君を戒めることはない」
「そう、なの?」
実感がないのか、少女はきょとんとした顔で確認する。
「ああ。どうだ。これでその首輪をつけていても君が俺を襲うことはなくなった。だから俺と一緒に来い」
シオンはふふんと得意げに笑うと、改めて少女に手を差し伸べる。
「……どうしてそこまで私にこだわるの?」
少女はシオンの顔色を窺い、躊躇いがちに尋ねた。
「言っただろう。死んでほしくて助けたわけじゃないと」
「私はモニカじゃないよ」
「そんなことは理解している。いや、君がモニカなんじゃないかって思っている部分はあるけど……、それとこれとは関係ない」
「……でも、私には生きる理由がない。居場所も、貴方と一緒に行動する理由も」
少女はどこか寂しそうに顔を曇らせる。
「そんなのは一緒になってから探せばいい」
「…………」
あまりにもあっさりとシオンに言われて、少女はぱちぱちと目を瞬く。
「そりゃあ俺もこんな研究所なんかに収容されて、生きる理由を見失いかけた。けど、こうして出られたのに死にたいなんて思わない。外の世界はきっと素晴らしい場所のはずなんだ。せっかく外の世界に出られたんだ。なら、外の世界を見て回ってもいいじゃないか。生きてみればいいじゃないか。この世界は見たことがない場所がたくさんあるんだから、居場所なんて探せばどこにでもある。なのに探しもしないで諦めるなんて、もったいなさすぎる」
「私は失敗作だから……」
「失敗作なもんか。まずはその認識を改めろ。君は失敗作じゃない」
「そんなこと、初めて言われた……」
「そうだ、君は失敗作じゃない。モニカと同じ顔をしているんだ。声をしているんだ。可愛いじゃないか! それだけで成功作だろ!」
シオンは力強く断言する。
「…………ふふ」
少女は笑った。初めて笑った。それはまるでモニカが笑っているようで――、
「そういう顔もできるんじゃないか」
シオンは目をみはる。
「貴方がおかしなことを言うから……。貴方はやっぱり馬鹿だと思う」
少女は柔らかく口許をほころばせて言う。
「ひどいことを言うな」
シオンはちょっぴりバツが悪そうに照れ笑いをする。
「でも、貴方の言葉に救われた。ありがとう」
「礼なんかいい」
「……本当に私も一緒に行っていいの?」
少女が不安そうに訊く。
「当たり前だ。そもそも俺はそのつもりで、これからどうするか話を振ったんだ」
だから、一緒に行こう。シオンはそう言って、少女に手を差し出す。
「……うん」
少女はそっと、シオンの手を取ったのだった。





