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第11話 三年ぶりの外の世界

 モニカの姿をした少女と出会った。

 その日は晴れだった。

 気持ちいいほどの快晴だった。

 三年ぶりの、外の世界だった。


 破滅の光が止んで……。

 代わりに太陽光が上空から降り注いでいる。

 そう、上空が見える。


 一帯に人工物は欠片一つ残っていなかった。

 二人が収容されていた研究所はもうない。

 すべて消滅したのだ。シオンとモニカの姿をした少女を除いて、研究所ごとすべての人間が消滅した。

 研究所は森林の中にあったらしいが、一帯の大地が綺麗に削り取られている。


 少女は横方向と上方向に向けて半球状に滅びの魔法を放ったのか、地面はさほど抉られていない。

 少女の首輪が、何メートルか下の地面に落下していく。少女はぱちぱちと目を瞬いて、落下していく首輪を見下ろしている。


「もう離さないぞ。逃がさないぞ」


 シオンは首輪を外すと、そのまま少女に抱きついた。


「……逃げはしない」


 少女は強ばらせていた身体から力を抜いて、ぽつりと呟く。そして――、


「けど、少し苦しい」


 と、付け加えた。


「ご、ごめん」


 シオンは慌てて少女から離れる。


「……貴方は馬鹿なの?」


 少女がシオンを見て言う。


「は、はあ? なんで?」


 シオンは呆気にとられて間の抜けた声を出す。


「私は貴方を殺そうとしていたのに、抱きついてくるなんて」


 わりとまっとうな理由だった。


「いや、それは……つい、無我夢中で。で、でも、もう殺すつもりはないんだろう?」


 シオンはバツが悪そうに答えると、少女に訊き返した。殺すつもりなら、とっくに攻撃を加えてきているはずだと思ったからだ。


「……ない」


 少女はこくりと頷く。


「そうか」


 シオンは嬉しそうに口許をほころばせる。と――、


「っ……」


 少女が顔を歪め、空中で苦しそうに蹲った。


「ど、どうした!?」


 シオンが慌てて少女に寄り添う。


「やっぱり、駄目。首輪がないと……」

「首輪? でも、アレは……」


 躊躇うシオン。すると――、


「アレがないと、私は……っ!」


 少女の頭上に光の輪が浮かび上がり、背中には三対六枚の光の翼が現れた。


「なっ……。お、おい! な、なんだ、コレは!?」

「首輪を嵌めれば、収まるの。大丈夫、首輪をつけても貴方のことはもう殺そうとしないから」


 少女はそう言って、首輪が転がる地面へとふらふらと降りていく。


「首輪を嵌めればって……」


 唖然とするシオンだったが、神眼を発動させて光の輪っかと光の翼を鑑定することにした。鑑定するには神眼を発動した状態で対象を視界に収める必要がある。

 すると、光の輪と翼のすぐ傍に、縦十センチ、横二十センチほどの半透明な長方形の枠が浮かび上がる形で鑑定結果が現れた。その枠に触れることはできないのだが、そこにはシオンだけが閲覧できる鑑定結果が記されている。

 鑑定対象はもちろん光の輪と翼についてだ。

 鑑定結果が記された半透明の枠の中には――、


================

【名称】

 不完全な天使の輪

【説明】

 天使の力が集約された高エネルギー体。

 持ち主が亜天使デミ・エンジェルであるため、力を制御できていない。

 状態が非常に不安定。暴走の危険あり。

================


================

【名称】

 不完全な熾天使の翼

【説明】

 天使の力が集約された高エネルギー体。

 持ち主が亜天使デミ・エンジェルであるため、力を制御できていない。

 状態が非常に不安定。暴走の危険あり。

================


 と、記されていた。


「……は?」


 シオンは驚き、呆けて口を開ける。戦闘中、確かに研究所の所長は天使がどうのこうのと言っていた。自分に熾天使の因子が発動したと天啓を授かってもいた。

 しかし、天使はあくまでも神話上の存在だ。実在するのかもしれないが、人の世に関わったことがあるなど、神話以外では聞いたこともない。

 敬虔な信者ならば実在すると心から信じているのかもしれないが、少なくともシオンは存在を懐疑的に思っていた。

 天使の輪っかと翼を生やした人物が目の前に現れれば、驚くのが当然だった。

 すると、シオンが呆気にとられている間に――、


「お、おい!」


 少女は地面へ降り立ち、自ら首輪を嵌めた。

 天使の輪と翼はフッと姿を消してしまう。

 シオンは遅れて地面に着地した。


「もう大丈夫」


 少女は深呼吸をしてシオンに言う。装着した首輪の前方には十字架がはめ込まれていた。


「……その首輪、視てもいいか?」

「うん」


 シオンが神眼を発動して尋ねると、少女はこくりと首を縦に振る。シオンは少女が嵌めた首輪をじっと凝視して鑑定を開始した。


================

【アイテム名】天呪の首輪(ホーリースレイブ)

【ランク】六

【説明】

 天使の力を抑制し、従えるための首輪。

 装着後、主人と定めた者の命令に逆らえなくなる。

 以降、自由に着脱できなくなる。

 主人が定めた命令に逆らおうとすると装着者に激痛が走る。

 主人の意向で激痛を与えることも可能。

 装着後、一日以内に主人を定めない場合にも、装着者に激痛が走り死に至る。

【特記事項】

 主人未登録

================


 と、記されている。


「……なんでこんな首輪を嵌める?」


 シオンは怒りで身体を震わせて尋ねた。


「私は亜天使デミ・エンジェルだから、天使の力を制御できないの。この首輪をつけていないと力が暴走して死んでしまう」


 少女はまるで他人事のように、淡々とした口調で説明する。


「天使って! 何なんだ、それは……。君は、モニカじゃないのか?」


 思わず憤りを感じて力が籠もったシオンだったが、目の前に立つ少女の顔を見つめると苦々しい顔になって問いかけた。


「……モニカ。さっきの戦いの中でも私のことをそう呼んでいたけど、私の名前はモニカじゃない」


 少女はきっぱりと首を横に振る。


「っ、でも君は! 君は……!」


 モニカの顔をしているじゃないか。

 モニカと同じ声をしているじゃないか。

 なのに、どうしてそんなにも無表情なのだ。

 シオンの中で様々な感情が湧き起こり、それらをすべて吐き出すことができず、言葉に詰まってしまう。


「貴方は私のことを知っているの?」


 少女はきょとんと小首を傾げて尋ねる。


「モニカのことなら、知っている。君とよく似た、いいや、うり二つの顔と声をした女の子だったんだ。だから俺は君がモニカなんだと思って……」


 シオンは少女の顔を見て、君がそうなんだろうと縋るように語る。


「私はモニカじゃない。私は研究所で生まれた人造の天使……ううん、天使になり損ねた失敗作なの。前の主の人がそう言っていた」

「そんな、馬鹿なっ……」


 少女の顔と声は確かにモニカのものなのに……と、シオンは形容しがたい喪失感に襲われる。


「モニカって子も私みたいに研究所で生まれ育ったの?」

「違う。モニカはヴァーミリオン王国の第一王女として生まれ育ったんだ。けど、五年前に失踪してどこかへ消えてしまって……、本当に俺のことは、俺のことは知らないのか?」


 シオンは一縷の望みをかけて尋ねた。が――、


「ごめんなさい」


 少女は申し訳なさそうに首を縦に振る。


「君を……、君自身を鑑定してもいいか?」


 シオンは息を呑んで訊いた。


「うん」

「あ、ありがとう。じゃあ……」


 シオンは固唾を呑み、神眼を発動させて目の前に立つ少女を鑑定する。鑑定事項は『彼女が何者なのか』ということ。


================

【名前】なし

【種族】亜天使デミ・エンジェル

【年齢】16歳

【性別】女

【レベル】14

【ランク】1

【基礎パラメーター】

・膂力:C(72/100)

・敏捷:C(72/100)

・耐久:C(72/100)

・魔力:C(72/100)

【特殊パラメーター】

・神聖魔法SS

・神聖気A

・槍術A

・体術B

・自己治癒C

・魔力自動回復C

・全状態異常耐性C

【スキル】

・亜天使の肉体

全基礎パラメーターの等級を2つ上げる。特殊パラメーターに『自己治癒C』『魔力自動回復C』『全状態異常耐性C』『神代魔法SS』の項目を追加。神代属性の魔法を習得できるようになる。

・魔力変換(神聖気)

特殊パラメーターに『神聖気A』の項目を追加。魔力を神聖気に変換することで『膂力』『敏捷』『耐久』を一時的に強化することができる。また、『自己治癒』『全状態異常耐性』の高強化、闇属性の生命体に対する攻撃力の超強化状態を付与する。

・戦乙女の資質

特殊パラメーターに『槍術A』と『体術B』の項目を追加。

【特記事項】

 人造の亜天使であるため、天使としては不完全。

================


 確かに、少女は天使だった。

 そして、自己申告通り天使としては不完全らしい。


(ランク1で、なんだこのでたらめなステータスは……。いや、待て。戦乙女の資質? これは確かモニカも持っていたスキルのはず……。年齢も俺やモニカと同じ)


 ランク1にしてランク4相当はある基礎パラメーターや各スキルを確認して目を見開くシオンだったが、今はそれよりも少女の正体がモニカなのではないかという方が気になった。


(けど、名前がないだと? 本当にモニカじゃないのか? ……待てよ。なら、こう鑑定したらどうなるんだ? 目の前にいる少女はモニカ・ヴァーミリオンなのか?)


 ふと思い立って、鑑定事項の変更を思い浮かべてみる。


================

 世界記録アカシックレコードへアクセスします。

 モニカ・ヴァーミリオンを検索。

 該当する人物の記録が一名存在します。

 当該人物と鑑定対象のデータを比較照合します。

 鑑定対象の外見情報はモニカ・ヴァーミリオンと酷似。

 ただし、肉体情報はモニカ・ヴァーミリオンと不一致。

 人格情報はモニカ・ヴァーミリオンと不一致。

 モニカ・ヴァーミリオンの現在位置を検索。

 ……ロストしました。

 以上より、鑑定対象がモニカ・ヴァーミリオンであるかは不明。

================


(…………おい、どういうことだ? ……鑑定できないのか!?)


 不明という言葉に困惑し、次第に苦々しい顔になるシオン。


「くそっ!」


 何が万能鑑定だと憤ったシオンだが――、


「あっ、いや、すまない……。訊きたいんだが、君は名前がないのか?」


 目の前の少女と視線が合うと、慌てて謝罪する。そして、鑑定結果を踏まえて少女自身にも尋ねた。もしかしたら鑑定結果と食い違いがあるかもしれないと考えて。


「うん。私に名前はない」


 少女は首肯するが――、


「年齢は十六歳?」

「そうなの?」


 二つ目の質問では首を傾げる。


「自分の年齢がわからないのか? この眼で調べた限りではそうらしいけど……」


 シオンはじっと少女の表情を窺った。


「私は研究所の中で保管された状態で成長したらしいから。目を覚まして外で活動できるようになったのも五年前。そう教えられた」


 それは、奇しくもモニカが失踪した年と同じである。


「じゃあ、五年以上前の記憶はないのか?」

「うん。眠りに就いていたから」


 と、少女は語るが、そんなことがありえるのだろうか? 目の前の子はモニカなんじゃないだろうか? そうであってほしいという願望だとわかっていても、シオンはそう思いたくなる。


「……目覚めてからの五年間は、何をしていたんだ?」


 シオンが尋ねた。


「研究施設に収容されていた。私は貴重な人造天使の成功例でもあるからって。けど、暴走する危険もあるから、研究の時間以外はずっと封印されていた」


「何の研究をしていたんだ?」

「よくわからない。天使のことと、魂の研究……らしい。私に天使としてどれだけの力があるのか、魔物エラーと戦っていたりもした。あとは血液を抜かれたり、情報解析する箱の中に入れられたり……」

「やらされていたことは俺と大差ないな。魂の研究をしているとは俺も聞いた。けど、君のような人造の天使まで作りだして、ここの連中はそんな研究をして何をしようとしているんだ?」


 少女が使用した魔法の威力は人知を超えていたし、仮に天使を量産して使役できるとしたら、非常に危険だろう。

 王族を拉致してまで研究を行うような連中だ。何かとんでもないことをしようとしていることだけは間違いないように思える。


「たぶん本物の天使を作りたいんだと思う」

「……本物の天使。いったい何をもって本物とするんだ?」

「わからない」

「そう、か……。わからないことだらけだな。本当、嫌になるくらいに」


 シオンは疲れたように笑った。研究所が消滅し、職員も消滅してしまった今となっては何もわからない。

 組織が本物の天使を作った先に、何をしようとしていたのかもわからない。


「ごめんなさい」

「いや、君に向けた愚痴じゃないんだ。すまない。それより、君はここに来るまでどこの研究所にいたかわかるか?」

「わからない。この土地にも今日来たばかり」

「そうか。だよな……」

「でも、組織の名前がダアトだということは知っている」


 何か手がかりになればと思ったのか、少女はそんなことを打ち明けた。


「ダアト……。そういった名前の巨大組織が存在するとは聞いたことがないけど、馬鹿正直に表の世界でもその名前で活動しているわけもないか」


 何しろ王族を拉致して、人造の天使まで創り出すような闇の組織だ。とはいえ、少なくとも二箇所に研究施設を構えて維持できるほどの組織だから、少なからず表の世界とも関わっていることは予想できる。


「組織のことが気になるの?」


 少女がシオンに尋ねてきた。


「まあ、二度と関わりたいとは思わないけど、今後のためにも最低限のことは知っておきたいというところかな。生きていることが知られれば、俺達お尋ね者になるだろうし。今後、どうしようか?」


 シオンが苦笑して答える。当時は意識を失っていたのでどういう手段で拉致されたのかはわからないが、王城にいた自分を拉致してこんな研究所に送り込めた組織だ。堂々と城に戻っていいのかは考えてしまう。すると――、


「私はこの場に残る。貴方は自由に逃げるといい」


 と、少女はそんなことを言ったのだった。

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