ロックンロール・スター/暗闇のライブ
「そこを左!まっすぐ行って付きあたりをまた左!」
「マキナだよなあ!?さっきから、どこから喋ってんの!?それ!」
タロウはマキナの声に導かれ、人気の無い倉庫に辿り着いた。
重い扉を開けると、暗闇に輝くスキンヘッドが良く映えていた。
もっとも、何も『生えて』いないのだが。
さて、昼間も見たスキンヘッドの男、ヘイジが抱えているのは、予想通りリアムだ。気を失っているらしい。
「タロウ!来てくれたんだな!」
ノエルがこちらを振り向いた。
タロウは「おう」と短く答えると、手前に構えるマキナに訊ねる。
「なあ、さっきのアレ、どうやった?あの、頭に響いてくるやつ」
マキナは『バスター・ガングローブ』を見せると、「機械鎧の機能よ」と、得意気に説明した。
「人間の可聴域外の音を広範囲に飛ばしたの。アンタなら、聞こえると思って。後は発信機」
「発信機?マジ?どこに?」
「役者は揃ったようだなあ!」
スキンヘッドのヘイジは、昼間と違い、クビに襟巻のようなギプスをして、顔を真っ赤に腫れあがらせていた。
「それ、ギャグでやってる?」
タロウは首元を示すジェスチャーをしながら訊いた。
ヘイジはコメカミに筋を立て、「うるせえ!」と唾を飛ばした。
「いいからよぉ!とっととリアムを離しな!その襟巻をよぉ!全身に広げたくなかったらなぁ!!」
ノエルが、今にも殴り掛かりそうな勢いで怒鳴った。
ヘイジは「おおっと」とリアムを前に突き出した。
「そう焦るなよノエルくぅん?こっちには人質がある。それに『用心棒』も雇った」
ヘイジは芝居がかった仕草をして「お願いします!先生!」と腕を広げる。
すると倉庫の隅の暗闇から、ジャガー頭の怪人が姿を現した。
その怪人は唐突にギターを取り出すと、激しいギターソロを演奏した。
アンプすら繋がずに、爆音である!
タロウとノエルは、その音圧に思わず耳を塞ぎ、マキナはポケットに手を突っ込んで立ち、「また機怪人かよ…」と、呆れた表情をした。
ひとしきりの演奏を終えると、その機怪人は静かに語る。
「ご静聴ありがとう機械鎧御一行。今のは自己紹介がわりのギターソロ…!今の俺は『機械帝国』じゃねえ…フリーの機怪人…故に、コードネームは名乗らねえ。あえて呼ぶなら、『マックス・ジャガー』」
ギターのピックを持ったまま、その機怪人は名乗りを上げた。
「フリー?どう言う事?」
マキナが首をかしげる。
「この出会いは偶然って事さ。人生とは、転がる石の様に思いがけない軌道を描くものだ…ロックンロール…」
マキナはその言葉を「ふぅん」と聞き流すと、横のノエルに声をかける。
「ノエル、ライブの時間まで、後どれぐらい?」
ノエルは腕時計をちらりと見て、「後1時間」と答えた。
マキナは「そう、じゃあ…」と、ポケットからフロッピーディスクを取り出した。
「早めに片付けましょう…変身!」
『…99%…100%Hello,World!!』
音声とともに、安東マキナは機械鎧へと変身する!
タロウもまた、両腕から『骨角』を生やし、臨戦態勢に入る。
「お前ら、マジで何者?」
唖然とするノエルに、機械鎧はサムズアップで答える。
「正義の味方」
マキナは拳の『ガングローブ・ガントレットモード』を振るい、先手必勝を体現せんばかりに、ジャガーに襲いかかった!
ジャガーはギターでそれを受けると、機械鎧を押し返した。
「中々…!…っやるじゃない!」
タロウも参戦し、2対1の状況になってさえ、ジャガーは一歩も引くことなく応戦した。
「おい!こいつフザけた見た目してる癖に、かなり強えぞ!」
タロウは距離を取ると、『鬼人態』になろうと、全身に力を込めた。
マキナは慌ててそれを制止する。
「バカ!この倉庫、小麦粉の倉庫よ!引火したらどうなると思ってんの!?」
タロウは「小麦粉ぉ?」と首をかしげる。彼には粉塵爆発の理屈はわからないが、マキナの剣幕に並々ならぬものを感じ、全身を覆い始めていた陽炎を収めた。
その瞬間、ギターの爆音が倉庫内に響き渡った。
マキナが音圧に顔をしかめると、ジャガーは不敵な笑みを浮かべてギターをかき鳴らしながら言う。
「オーディエンスがいれば、いつだってそこはライブ会場になる…ロックンロール…」
機怪人の強化擬似筋肉繊維と精密モーター、そしてジャガー専用の音楽回路から繰り出される超弩級迫力演奏!!
マキナは『音響兵器』の可能性を考慮し、咄嗟に聴覚を遮断する。
「うっさ…」
音響兵器ね…ちょっと前なら苦戦してたけど、タイミングが悪かったわね。『この前』の失敗から共振、骨伝導共に対策済み!…後は、ノエルは?無事かしら?
鳴り響く演奏を無視して、マキナは後方のノエルを見遣るが、彼は呆然と演奏を聴くだけで、特に身体に異常は無い様だった。
…?
マキナは安心と共に困惑する。
音圧の攻撃でもなければ、特殊な周波数による効果も無い…?一体何の為の…?考えられるのは…注意を逸らしてからの「伏兵」!
マキナはそう思い至ると、機械鎧のカメラを、全周警戒に切り替える。
「!?タロウ!!」
伏兵の存在こそ認められなかったものの、左後方に構えていたはずのタロウが、その場に倒れ伏し、伸びている!
クソ!やはり音響兵器…!?タロウに耳栓の一つでも渡してやるべきだった…!
「サンキューベイベッ!」
ジャガーが演奏を切り上げると、奥に控えていたヘイジが歓声を上げた。
「さっすがジャガー先生!もう1人倒しちまった!」
ジャガーはその声を受けて、初めて敵の方を見たように怪訝な顔をする。
「…そこの観客…何寝てるんだい?俺の演奏は退屈だったかい?」
気を失ったタロウを不思議そうに指差すジャガーに、マキナは「白々しい…!」と怒りを露わにする。
「貴様の攻撃でこうなったんだろう!どんな仕掛けを使った!?」
そう叫ぶマキナに、ジャガーは逆に憤慨した様子で言い返す。
「攻撃とは失礼な!ロックンロールは平和の象徴足り得るものだ!その男が急に倒れたんだろう!」
その言葉を受けて、その場にいた全員が「は?」と言う顔をした。
沈黙が流れ、マキナは思考する。
すぐに、今日の『デート』の一幕に思い至った。
思えばタロウは、マキナがリアム達の演奏を感知する数百メートル前から、その音を拾っていた。
彼は、耳が『良すぎる』のだ。
つまり、タロウは突然の爆音にビックリして気絶してしまった。それだけの事だった。
そしてマキナは、さらなる疑問に直面したが、その疑問は先にヘイジが口にした。
「ジャガー先生!じゃあさっきの演奏は何だったんですか?!」
ジャガーはその声を無視して、「次の曲行くぞ!」と演奏を続けようとした。
「真面目にやってくださいよ!」
ヘイジが懇願すると同時に、マキナはジャガーに襲いかかる!
「その通りよ!演奏してる余裕なんて無くしてやる!!」
マキナが全力で振りかぶった拳を、ジャガーは演奏の手も止めぬまま、ハイキックで相殺した!
マキナは「チィ!」と歯噛みすると、右手の『ガングローブ』のスイッチを押し、『鋼拳連打』を放つ。
機械鎧の上半身の駆動系をオーバーヒートギリギリまで酷使する、超高速の連続打撃だ!
しかしジャガーは、それを躱し、いなし、時には相殺しつつ、尚も演奏を止めない!
『温度上昇許容範囲超過、冷却シフトへ移行』
先に根を上げたのは機械鎧の方だった。
放熱板が開き、冷却ガスが放射される。
「リズムに乗るのはいいが、ライブ中に暴れるのは勘弁だ!」
ジャガーはその一瞬の隙をついて、尻尾を伸ばして機械鎧を拘束した。
「クソ!離せ!」
マキナは悪態を吐きながらもがくが、一向に拘束が緩む気配はない。
オーバーヒートの反動か…!出力が不足している!
「ライブが終わったら離してやる!三曲目!いくぞ!」
ジャガーはそう叫ぶと、再々度ギターに手をかける。
ヘイジはその背後で、「いや、奴らをボコってくださいって…もういいや」と諦めたように溜息をついた。
しかしそこに待ったをかけたのは、意外にもノエルだった。
彼はギターケースを開き、マキナの傍まで歩みを進めると、チューニングを手早く済ませ、顔を上げた。
「…対バン…しねえか?」
突然の一言に、マキナとヘイジは「何を馬鹿な事を」と言いかけたが、ジャガーだけは笑って答えた。
「ほう…君もギターをやるのか少年。いいだろう…存分にやろう!曲目はどうする?」
ノエルはギターを構えると、自信に満ち溢れた表情で言う。
「そっちに合わせるぜ。そのぐらいのハンデは必要だろ?代わりと言っちゃあ何だが、俺が勝ったらリアムを解放しな」
「いいだろう」
ジャガーもまた、ギターを構える。
ヘイジが小さく「良くない、良くないですよー」と声を上げた。
先にジャガーが、弦を弾く。
最初のワンフレーズを聴いただけで、ノエルは「なるほどな」と呟くと、そのまま演奏に参加した。
曲目は1990年代に一世を風靡したアメリカのオルタナティブ・ロックバンドの代表作だ。
音楽にさほど興味のないマキナでも、ワンフレーズで「聴いたことある」と分かるほどの有名曲だった。
しかし驚くべきは、彼らのギター・テクニックであった。
機械鎧の分析をもってしても、一糸乱れぬ正確な音程とリズム。
マキナには、両雄甲乙のつけ難い完璧な演奏に聞こえた。機怪人であるジャガーはまだしも、純粋な人間であるノエルにもこのような芸当ができるものかと、彼女は驚愕を隠せずにいた。
「必ず勝つ」…ノエルには絶対に負けられないプライドがあった。小さい頃、母親の交際相手の1人がアパートに置いていったギターを、何となしに弄っていたのが原点だ。幼いリアムはそれに合わせて、手拍子をしたり合いの手を入れたりしていた。
「オーディエンスがいれば、そこはいつだってライブ会場」…か。いい事言いやがるぜ怪人さんよお。
一曲目が終わる。互いに実力を認め合った2人は、どちらからと無しに二曲目を開始した。
選曲は、80年代スラッシュメタルの大物の曲らしい。複雑な構成のリフが冴える、アップテンポのハードな曲だ。
「NirvanaにMegadeathか!好きだねえ!」
ジャガーは爽快に笑う。今までに無い好敵手の登場に、純粋に勝負を楽しんでいた。ただ一つの不満があるとするならば、恐らくはノエルの高度な技量が、何らかの雑念によりMAXまで引き出されていない事。
「リアムを助けなければ」…ノエルは、彼女との日々を思い返す。胸の内には、彼女への想いと、音楽への感謝があった。
「路上ライブやりたい」と、リアムが言い出したのは、彼女が15の頃だったか。母親に「やかましい」とギターを壊されてから、10年以上後。それ故に、その言葉は意外だった。
堪え性のないリアムが、コツコツと貯めた貯金で楽器代を賄ったのは、更に意外だった。未だに信じられない。バイト地獄の中にライブ時間を捩じ込むのは、それこそ更なる地獄の幕開けだったが、歌を唄う妹は、見違える程に輝いていた。
その姿に当てられて、死ぬ気で練習したし、音楽の勉強だって寝る間を惜しんでやった。
リアムは特別だ。彼女を日の当たる場所まで守り導く事こそが、このくだらない生の使命なのだと、本気でそう思った。
二曲目も終盤にさしかかってきた。マキナは勝負を見守ることしかできない自分に、泣きたくなる想いだった。彼女の機械の聴力は、冷酷に勝負の判定を下している。やはり技量はほぼ互角だが、機怪人と人間には決定的な差がある。先に限界を迎えたのは、ノエルの体力だった。
「くっ…!」
ノエルの膝から力が抜け、息も絶え絶えに崩れ落ちる。
腕は重く、全身から汗が噴き出した。
「どうした!?三曲目はまだか!?まだまだこんなものじゃないんだろう!?見せてくれよ!人間の可能性を!!」
「うるっせえ…こっちゃあ本番控えてんだ。リハでいちいち本気出してらんねえんだよ…!」
ノエルは枯れた喉から何とか虚勢を搾り出すと、ギターのネックを強く握った。
指が砕けそうだ…!膝も震えてらあ…!
自分でも理解る…体力はすっかり底をついている…!でも、負ける訳にはいかねえ!リアムが待ってんだ…!この勝負…!絶対に勝つ!!!
ノエルは心の中で叫ぶと、眼孔に炎を燃やし、勢いよく弦を引っ掻いた。
三曲目!これで最後だ!




