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リトライ・ヒーローズ!  作者: ブロッコリー
10/19

ロックンロール・スター/暗闇のライブ


「そこを左!まっすぐ行って付きあたりをまた左!」


「マキナだよなあ!?さっきから、どこから喋ってんの!?それ!」


タロウはマキナの声に導かれ、人気の無い倉庫に辿り着いた。


重い扉を開けると、暗闇に輝くスキンヘッドが良く映えていた。


もっとも、何も『生えて』いないのだが。


さて、昼間も見たスキンヘッドの男、ヘイジが抱えているのは、予想通りリアムだ。気を失っているらしい。


「タロウ!来てくれたんだな!」


ノエルがこちらを振り向いた。


タロウは「おう」と短く答えると、手前に構えるマキナに訊ねる。


「なあ、さっきのアレ、どうやった?あの、頭に響いてくるやつ」


マキナは『バスター・ガングローブ』を見せると、「機械鎧(マシンガイ)の機能よ」と、得意気に説明した。


「人間の可聴域外の音を広範囲に飛ばしたの。アンタなら、聞こえると思って。後は発信機」


「発信機?マジ?どこに?」


「役者は揃ったようだなあ!」


スキンヘッドのヘイジは、昼間と違い、クビに襟巻のようなギプスをして、顔を真っ赤に腫れあがらせていた。


「それ、ギャグでやってる?」


タロウは首元を示すジェスチャーをしながら訊いた。


ヘイジはコメカミに筋を立て、「うるせえ!」と唾を飛ばした。


「いいからよぉ!とっととリアムを離しな!その襟巻をよぉ!全身に広げたくなかったらなぁ!!」


ノエルが、今にも殴り掛かりそうな勢いで怒鳴った。


ヘイジは「おおっと」とリアムを前に突き出した。


「そう焦るなよノエルくぅん?こっちには人質がある。それに『用心棒』も雇った」


ヘイジは芝居がかった仕草をして「お願いします!先生!」と腕を広げる。


すると倉庫の隅の暗闇から、ジャガー頭の怪人が姿を現した。


その怪人は唐突にギターを取り出すと、激しいギターソロを演奏した。


アンプすら繋がずに、爆音である!


タロウとノエルは、その音圧に思わず耳を塞ぎ、マキナはポケットに手を突っ込んで立ち、「また機怪人かよ…」と、呆れた表情をした。


ひとしきりの演奏を終えると、その機怪人は静かに語る。


「ご静聴ありがとう機械鎧(マシンガイ)御一行。今のは自己紹介がわりのギターソロ…!今の俺は『機械帝国(アンドローチャー)』じゃねえ…フリーの機怪人(ロックンローラー)…故に、コードネームは名乗らねえ。あえて呼ぶなら、『マックス・ジャガー』」


ギターのピックを持ったまま、その機怪人は名乗りを上げた。


「フリー?どう言う事?」


マキナが首をかしげる。


「この出会いは偶然って事さ。人生とは、転がる石の様に思いがけない軌道を描くものだ…ロックンロール…」


マキナはその言葉を「ふぅん」と聞き流すと、横のノエルに声をかける。


「ノエル、ライブの時間まで、後どれぐらい?」


ノエルは腕時計をちらりと見て、「後1時間」と答えた。


マキナは「そう、じゃあ…」と、ポケットからフロッピーディスクを取り出した。


「早めに片付けましょう…変身(スタート・アップ)!」


『…99%…100%Hello,World!!』


音声とともに、安東マキナは機械鎧(マシンガイ)へと変身する!


タロウもまた、両腕から『骨角(こっかく)』を生やし、臨戦態勢に入る。


「お前ら、マジで何者?」


唖然とするノエルに、機械鎧(マキナ)はサムズアップで答える。


「正義の味方」


マキナは拳の『ガングローブ・ガントレットモード』を振るい、先手必勝を体現せんばかりに、ジャガーに襲いかかった!


ジャガーはギターでそれを受けると、機械鎧(マシンガイ)を押し返した。


「中々…!…っやるじゃない!」


タロウも参戦し、2対1の状況になってさえ、ジャガーは一歩も引くことなく応戦した。


「おい!こいつフザけた見た目してる癖に、かなり強えぞ!」


タロウは距離を取ると、『鬼人態(きじんたい)』になろうと、全身に力を込めた。


マキナは慌ててそれを制止する。


「バカ!この倉庫、小麦粉の倉庫よ!引火したらどうなると思ってんの!?」


タロウは「小麦粉ぉ?」と首をかしげる。彼には粉塵爆発の理屈はわからないが、マキナの剣幕に並々ならぬものを感じ、全身を覆い始めていた陽炎を収めた。


その瞬間、ギターの爆音が倉庫内に響き渡った。


マキナが音圧に顔をしかめると、ジャガーは不敵な笑みを浮かべてギターをかき鳴らしながら言う。


「オーディエンスがいれば、いつだってそこはライブ会場になる…ロックンロール…」


機怪人の強化擬似筋肉繊維と精密モーター、そしてジャガー専用の音楽回路から繰り出される超弩級迫力演奏!!


マキナは『音響兵器』の可能性を考慮し、咄嗟に聴覚を遮断する。


「うっさ…」


音響兵器(このてのやつ)ね…ちょっと前なら苦戦してたけど、タイミングが悪かったわね。『この前』の失敗から共振、骨伝導共に対策済み!…後は、ノエルは?無事かしら?


鳴り響く演奏を無視して、マキナは後方のノエルを見遣るが、彼は呆然と演奏を聴くだけで、特に身体に異常は無い様だった。


…?


マキナは安心と共に困惑する。


音圧の攻撃でもなければ、特殊な周波数による効果も無い…?一体何の為の…?考えられるのは…注意を逸らしてからの「伏兵」!


マキナはそう思い至ると、機械鎧(マシンガイ)のカメラを、全周警戒に切り替える。


「!?タロウ!!」


伏兵の存在こそ認められなかったものの、左後方に構えていたはずのタロウが、その場に倒れ伏し、伸びている!


クソ!やはり音響兵器…!?タロウに耳栓の一つでも渡してやるべきだった…!


「サンキューベイベッ!」


ジャガーが演奏を切り上げると、奥に控えていたヘイジが歓声を上げた。


「さっすがジャガー先生!もう1人倒しちまった!」


ジャガーはその声を受けて、初めて敵の方を見たように怪訝な顔をする。


「…そこの観客(メン)…何寝てるんだい?俺の演奏(ロックンロール)は退屈だったかい?」


気を失ったタロウを不思議そうに指差すジャガーに、マキナは「白々しい…!」と怒りを露わにする。


「貴様の攻撃でこうなったんだろう!どんな仕掛けを使った!?」


そう叫ぶマキナに、ジャガーは逆に憤慨した様子で言い返す。


「攻撃とは失礼な!ロックンロールは平和の象徴足り得るものだ!その男が急に倒れたんだろう!」


その言葉を受けて、その場にいた全員が「は?」と言う顔をした。


沈黙が流れ、マキナは思考する。


すぐに、今日の『デート』の一幕に思い至った。


思えばタロウは、マキナがリアム達の演奏(ストリートライブ)を感知する数百メートル前から、その音を拾っていた。


彼は、耳が『良すぎる』のだ。


つまり、タロウは突然の爆音にビックリして気絶してしまった。それだけの事だった。


そしてマキナは、さらなる疑問に直面したが、その疑問は先にヘイジが口にした。


「ジャガー先生!じゃあさっきの演奏は何だったんですか?!」


ジャガーはその声を無視して、「次の曲行くぞ!」と演奏を続けようとした。


「真面目にやってくださいよ!」


ヘイジが懇願すると同時に、マキナはジャガーに襲いかかる!


「その通りよ!演奏してる余裕なんて無くしてやる!!」


マキナが全力で振りかぶった拳を、ジャガーは演奏の手も止めぬまま、ハイキックで相殺した!


マキナは「チィ!」と歯噛みすると、右手の『ガングローブ』のスイッチを押し、『鋼拳連打(マシンガイ・マシンガン)』を放つ。


機械鎧(マシンガイ)の上半身の駆動系をオーバーヒートギリギリまで酷使する、超高速の連続打撃だ!


しかしジャガーは、それを躱し、いなし、時には相殺しつつ、尚も演奏を止めない!


『温度上昇許容範囲超過、冷却シフトへ移行』


先に根を上げたのは機械鎧(マシンガイ)の方だった。


放熱板が開き、冷却ガスが放射される。


「リズムに乗るのはいいが、ライブ中に暴れるのは勘弁だ!」


ジャガーはその一瞬の隙をついて、尻尾を伸ばして機械鎧(マシンガイ)を拘束した。


「クソ!離せ!」


マキナは悪態を吐きながらもがくが、一向に拘束が緩む気配はない。


オーバーヒートの反動か…!出力が不足している!


「ライブが終わったら離してやる!三曲目!いくぞ!」


ジャガーはそう叫ぶと、再々度ギターに手をかける。


ヘイジはその背後で、「いや、奴らをボコってくださいって…もういいや」と諦めたように溜息をついた。


しかしそこに待ったをかけたのは、意外にもノエルだった。


彼はギターケースを開き、マキナの傍まで歩みを進めると、チューニングを手早く済ませ、顔を上げた。


「…対バン…しねえか?」


突然の一言に、マキナとヘイジは「何を馬鹿な事を」と言いかけたが、ジャガーだけは笑って答えた。


「ほう…君もギターをやるのか少年(ボーイ)。いいだろう…存分にやろう!曲目はどうする?」


ノエルはギターを構えると、自信に満ち溢れた表情で言う。


「そっちに合わせるぜ。そのぐらいのハンデは必要だろ?代わりと言っちゃあ何だが、俺が勝ったらリアムを解放しな」


「いいだろう」


ジャガーもまた、ギターを構える。


ヘイジが小さく「良くない、良くないですよー」と声を上げた。


先にジャガーが、弦を弾く。


最初のワンフレーズを聴いただけで、ノエルは「なるほどな」と呟くと、そのまま演奏に参加した。


曲目は1990年代に一世を風靡したアメリカのオルタナティブ・ロックバンドの代表作だ。


音楽にさほど興味のないマキナでも、ワンフレーズで「聴いたことある」と分かるほどの有名曲だった。


しかし驚くべきは、彼らのギター・テクニックであった。


機械鎧(マシンガイ)の分析をもってしても、一糸乱れぬ正確な音程とリズム。


マキナには、両雄甲乙のつけ難い完璧な演奏に聞こえた。機怪人であるジャガーはまだしも、純粋な人間であるノエルにもこのような芸当ができるものかと、彼女は驚愕を隠せずにいた。


「必ず勝つ」…ノエルには絶対に負けられないプライドがあった。小さい頃、母親の交際相手の1人がアパートに置いていったギターを、何となしに弄っていたのが原点だ。幼いリアムはそれに合わせて、手拍子をしたり合いの手を入れたりしていた。


「オーディエンスがいれば、そこはいつだってライブ会場」…か。いい事言いやがるぜ怪人さんよお。


一曲目が終わる。互いに実力を認め合った2人は、どちらからと無しに二曲目を開始した。


選曲は、80年代スラッシュメタルの大物の曲らしい。複雑な構成のリフが冴える、アップテンポのハードな曲だ。


「NirvanaにMegadeathか!好きだねえ!」


ジャガーは爽快に笑う。今までに無い好敵手の登場に、純粋に勝負を楽しんでいた。ただ一つの不満があるとするならば、恐らくはノエルの高度な技量が、何らかの雑念によりMAXまで引き出されていない事。


「リアムを助けなければ」…ノエルは、彼女との日々を思い返す。胸の内には、彼女への想いと、音楽への感謝があった。


「路上ライブやりたい」と、リアムが言い出したのは、彼女が15の頃だったか。母親に「やかましい」とギターを壊されてから、10年以上後。それ故に、その言葉は意外だった。


堪え性のないリアムが、コツコツと貯めた貯金で楽器代を賄ったのは、更に意外だった。未だに信じられない。バイト地獄の中にライブ時間を捩じ込むのは、それこそ更なる地獄の幕開けだったが、歌を唄う妹は、見違える程に輝いていた。


その姿に当てられて、死ぬ気で練習したし、音楽の勉強だって寝る間を惜しんでやった。


リアムは特別だ。彼女を日の当たる場所まで守り導く事こそが、このくだらない生の使命なのだと、本気でそう思った。


二曲目も終盤にさしかかってきた。マキナは勝負を見守ることしかできない自分に、泣きたくなる想いだった。彼女の機械の聴力は、冷酷に勝負の判定を下している。やはり技量はほぼ互角だが、機怪人と人間には決定的な差がある。先に限界を迎えたのは、ノエルの体力だった。


「くっ…!」


ノエルの膝から力が抜け、息も絶え絶えに崩れ落ちる。


腕は重く、全身から汗が噴き出した。


「どうした!?三曲目はまだか!?まだまだこんなものじゃないんだろう!?見せてくれよ!人間の可能性(ロックンロール)を!!」


「うるっせえ…こっちゃあ本番控えてんだ。リハでいちいち本気出してらんねえんだよ…!」


ノエルは枯れた喉から何とか虚勢を搾り出すと、ギターのネックを強く握った。


指が砕けそうだ…!膝も震えてらあ…!


自分でも理解(わか)る…体力はすっかり底をついている…!でも、負ける訳にはいかねえ!リアムが待ってんだ…!この勝負…!絶対に勝つ!!!


ノエルは心の中で叫ぶと、眼孔に炎を燃やし、勢いよく弦を引っ掻いた。


三曲目!これで最後だ!

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