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開く扉

『帰ってきたら、訊いて欲しいことがあるんだ……』

 辺りは一面の桜並木。

 花弁の舞い散る中、エリィは何か面白そうに視線を逸らした。

『嫌』

 顔を横向かせたエリィを見ながら、青年―ルーイは明らかに落ち込んだ。

『リーン……』

 ルーイのあまりの落胆振りに、エリィは苦笑しながら視線を戻した。

『うそだよ……早く帰ってきてね』

 エリィの言葉にルーイは涙を浮かべていた瞳を瞬かせ、微笑んだ。

『約束……』



××××



 子供のように指と指を絡めた約束は、幼い頃に交わした、とても小さなもの。

 あれからもうすぐ五年。



―貴方はまだ、あの時の約束を覚えていますか……?



××××



「――さま? ……茉莉香マリカ様」

 同行者―逃亡に加担してくれている青年の声に、エリィは意識を現実に引き戻された。

「ごめんなさい、どうしたの?」

 首を傾げて訊ねるエリィに青年は溜息に近い息を吐くと、地図の一点を指した。

「王都があるのがここL-1、そして現在地がここL-3……地上への扉が開く場所がここ、L-2です」

 指し示された場所に、エリィは驚いて青年の顔を見つめた。

「L-2? でも、それじゃあ……」

 エリィの言葉に、青年は困ったように頷いた。

「王都から一番離れているS-9地区が理想でしたが、時間が無くて……それならいっそ王都の目の前で、と言う話になったんですよ。……L-2なら、妖水アヤメが作り上げた扉でいけますし。灯台元暗し、と言うでしょう?」

 青年の言葉に、エリィは頷いた。

「わかったわ、妖水の扉で地上に降りればいいのね……貴方は?」

「私は扉の直前までお送りします……地上での護衛は火群ホムラが」

 青年から告げられた護衛の名前に、エリィは驚いて目を瞬かせた。

遙人ハルトがこられない事は知っていたけど……火群が地上に降りるの?」

 一番意外な人物の名前を出されたためか驚いているエリィの様子に苦笑し、青年―遙人は口を開いた。

「……火群に頼んだんです。これから先の事態に備えたとき、火群が一番いいだろうと思いましたので」

 遥人の言葉にエリィはひとつ頷くと、詰めていた息を吐き出した。

「でもまさか……私が地上に降りることになるなんてね……」

「申し訳ありません……ですが、我々としては貴方を失うわけには行かないのです――何があっても」

 思いつめたような遥人の言葉に、エリィは苦笑した。

「これでも判っているつもりよ? ……ただ」

 不意に途切れたエリィの言葉に、遥人は怪訝そうにエリィを見つめた。

「ルーイが言いたい言葉があるって言われていたの。帰ってきたら訊いてあげるって約束したから……」

 羽織っている外套マントの胸元を握り締め、エリィは感情を抑えるように息を吐き出すと毅然と顔を上げた。

「ルーイはどうしても肝心なことはすぐに言葉にしてくれない……照れてるんだろうけど、途中で絶対言葉を止めちゃうの」

 悲しそうに微笑みながらも、エリィは口を閉じようとはせずに続けた。

「だから私は知らない……肝心な言葉はいつも。いつも、ルーイは呑み込んでしまうから……その先の言葉は、知らない」

「アイリーン様……」

 困惑気な表情を浮かべながらもやさしく声を掛けた遥人に微笑むと、エリィは外套を被り直した。

「大丈夫……訊いてくれてありがとう、嬉しかった」

 そういって微笑むと、エリィはどこか遠くを見るように視線をさまよわせた。

「行きましょう……追っ手に捕まるわけには行かないもの」

 エリィの言葉に周囲の気配を探った遥人は、深く息を吐いて頷いた。

「はい……貴方はただ、逃げ延び、生き延びることだけを考えてください――茉莉香様」

 遥人の言葉にエリィ……茉莉香は強く頷くと、遥人の後に続いてその場を後にした。



××××



 選ぶこともできず、突きつけられたのは深い、孤独。

 それでも生き延びなければならない。



 たとえ――何を犠牲にしても。

 どれだけ嘘を並べても……。



 そして地上への扉は、開かれた。




 彼らの誰にも、この決断の先に待つ意味を理解してはいなかった……。

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