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少年と剣  作者: 編理大河
冒険者たち
99/109

侵攻作戦


「やったね、アルク! ラムのお姉さんだよ」

『ふむ、確かに面影が似ているな』


 歓喜の声を上げ、パナシェがアルクの腕をゆする。ハルの言う通り、確かにラムをそのまま大人にしたような容姿だ。姉が無事でいるということを知ったら、ラムもとても喜ぶに違いない。だが――


「ミカヅキならラム君のお姉さん一人なら救出することも可能かもしれないが、それは得策ではない。わかるね」

「はい」


 アグリ一人だけなら救出は可能かもしれないとギブソンは言う。しかし、囚われているのはラムの姉だけではないのだ。自分たちの存在を感付かせれば、残された女性たちに危害が及ぶかもしれない。


「賢明な判断だ。では、捜査を続けよう、ミカヅキ」


 食事をしながら親し気に会話を交わすアグリとザックから視線を切り替えると、ミカヅキは更に奥へと進む。しばらく、やたらと広い通路が映し出された。それを見てハルが怪訝そうに呟く。


『しかし、無駄に通路が広いな。天井も横幅も信じられないぐらい拡張されている。以前はもっとこじんまりとした感じだったが』

「確かに少しばかり広すぎる感じはするわね。馬車とか通れるようにしているのかしら」


 ヨルカも不思議そうに首を傾げる。なんでだろうと考えようとしたとき、奥の方から大きな歓声が響き渡る。


「ミカヅキ、気を付けていくんだよ」

「了解です」


 声を潜めながらミカヅキは進み、そして行き当たった扉を開かずに影にへと入った。次にミカヅキの視線を通して水晶球に映し出された光景にアルク達は息を呑む。

 そこは広い講堂だった。そこを埋め尽くすように鎧に身を包んだ兵士たちが、一糸乱れず整列している。奥の檀上にはひと際立派な軍服に身を包んだ男が、大音声にて演説を行っていた。


「諸君、今わが国では平和という美名を騙り、隣国アデルハイドに犬畜生のごとく腹を見せ、民生の充実を謳いながら軍縮を企む第二王子を筆頭とした改革派が跋扈している。その実、彼らはスーラの良き伝統を破壊し、国益をアデルハイドに流そうとしている売国奴である。現在、王は老いて第二王子に何も言えず、王太子はアデルハイドの干渉により第二王子に押されてしまっているのが現状である。しかし、悲観することはない。何故ならここに国を憂い、聖戦へと赴かん勇者たちが集まっているからだっ!」


 その言葉が終わるやいなや、講堂を揺るがすほどの歓声が兵士たちから湧き上がる。そしてしばらくそれは止むことはなく続けられた。


「どうやら敵は愛国烈士の皆さんらしいね」

「ここからだと見えにくいですね。主様、もう少し近づいてみます」


 ミカヅキは周囲に視線を巡らし、二階部分にあたるバルコニーへと壁を走りながら、音もなく駆け上がる。バルコニーには人はおらず、そのまま這うようにして、敵の首領の真横あたりまで移動した。ミカヅキの眼下で演説を続ける男は鼻の下に優雅にひげを蓄えた壮年の人物であった。その背筋はピンと伸ばされ、軍服も肌に吸い付くようで非常に様となっている。更にその後ろには長身の男が立っていた。長い長髪をざっくばらんに後ろでまとめ、防具一つ身に着けぬ軽装で腰に剣を携えている冒険者風の男だ。護衛か何かだろうか、兵士ばかりの雰囲気の中、随分と異彩を放っている。


「憎き仇敵を堕とすため、かの国に麻薬を売りさばき、人権を振りかざす中で奴隷を買わせ、その資金で武具を揃えた。幸いにしてスポンサーも現れ、切り札も揃えられた。準備に抜かりはない。一月後、我らはアデルハイドに侵攻するっ!」


 再び湧き上がる歓声。


「えっ、そんな」

「これってやばい奴じゃ」

「とんでもない事件に首を挟んじゃったにゃん」


 仲間たちは、話の大きさに驚愕している。アルクも思わず唾をゴクリと飲み込み、水晶球を覗き込むラカン達の顔を窺った。しかし、ラカンもヨルカも別段気にした様子もなく、男の演説を眺めている。ロゼも眉をひそめてはいるが、あくまで冷静な様子だ。首領は更に演説を続ける。


「此度の戦、勝利はないであろう。しかし、確かな傷跡を残すことで怠惰に生きるスーラの者たちに覚醒を促せると私は信じている。ここに集まったのは己の命を投げ打つ聖戦の勇者である。諸君らと共にあれば、我らが大願はきっと果たされるだろうことを疑ってはいない。そう、全てはスーラのためにっ!」

「「「スーラのためにっ」」」


 兵士たちが興奮と共に復唱し、その熱気が講堂を揺るがす。


「アイアコッカ隊長ばんざーーいっ」

「隊長のためならこの命、いつでも投げ打ちますッ!」


 感極まったらしい兵士たちが思い思いに叫び始める。アイアコッカと呼ばれた男は鷹揚に手を振りながらそれに答えている。演説は終了したらしく、あとはただひたすらに拍手と喝采が響いていた。


「はあ、なんだかすごいこと聞いちゃったね」

『しかし、相手が盗賊でなく国家の手から放たれた軍の集団だとは。狂信的な愛国者らしいし、厄介な相手だな』


 思ったより緊張していたらしい。アルクは自分でも驚くほど深く息を吐き出していた。いつのまにか握りしめていたのだろう手のひらはびっしりと手汗で濡れていた。


「そうだね。帰って早急に対策をたてないと。ミカヅキ、もう大体わかったから帰っておいで……ミカヅキッ⁉」


 ギブソンがミカヅキにそう促したのと同時に、アイアコッカの後方に控えていた男がぶらりと前へと進み出た。そしてミカヅキのいる場所をまっすぐと凝視すると、目にも見えぬ速さで抜刀し、剣を振り切る。次の瞬間、何かを切りつけるような音と共に映像が乱れた。


「えっ?」

「ミカヅキ殿ッ⁉」


 パナシェとロゼが悲鳴を上がる。アルクも咄嗟のことに呆然としてしまい、何も反応ができなかった。しかし、ギブソンは流石に余裕こそないものの、安堵を浮かべながら水晶球へと話しかける。


「危ないところだったね」


 すると、水晶球の映像は真っ暗であったがミカヅキの声が返ってきた。


「ええ、主様が気付いてくれていなかったら、くらっていたでしょうね」


 その声に皆ホッと胸を撫でおろす。


「気付かれてしまったかな?」

「いや、どうやらそうではないようです」


 ミカヅキはそう答える。いまだ視界は暗闇の中だったが、声は聞こえてきた。


「おいっ、何かいたかっ」

「いえ、何もおりません」

「はあっ、まったくトキリ先生も小動物を見つけるとすぐ斬りつける癖を何とかしていただきたい」


 それはあのアイアコッカという隊長の声であった。


「いやあ、すまんすまん。常に何か命あるものを斬っていないと腕が鈍る気がしてな。しかし、何もいないとなると斬り逃したのか。確かに何かいたかと思うんだが」

「おそらく小さな鼠か何かだったのでしょう。ここには軍と同様の魔術結界もありますし、間諜や使い魔の類もそう侵入はできません」

「ぬっ、そうか。だが鼠一匹であろうと斬り逃がすとは俺もまだまだ修練が足りんな。精進せねば」


 そんな会話が聞こえてくる。どうやらミカヅキの存在はバレてはいないようだ。


「幸いバレてはいないようですが、長時間とどまるのはよろしくないでしょう。すぐ帰還します」

「うん、改めてだけど気を付けて」


 ミカヅキはそのあと、慎重に行きよりも時間を掛けながら、アルク達の元へと戻ってきた。身を隠している岩場の影からひょっこりと姿を現す。


「お帰り、お疲れ様だったね。怪我はないかい」

「はい、流石にあの時は肝が冷えましたけど。少しばかり疲れたので休んでも?」

「ああ、構わない。本当にお疲れ」


 ミカヅキはアルク達にも軽く会釈すると、ギブソンの影へと潜り込む。その疲弊した様子にアルクはミカヅキの安否をギブソンに問う。


「ミカヅキさん、大丈夫ですか」

「ああ、長時間実体化していたから疲れたんだろう。さて、これで敵さんの内情もわかったし、早急にゼリカに戻ろうか。すべてはそこからだよね、ラカン君。一人で突っ込まなくてよかっただろう」

「まあ、そうだな。殺るだけならなんとかなりそうだが、人質救出は確かに難儀しそうだ。とりあえず戻って頭数を揃えるか」


 ラカンがそう結論づけると、皆賛同し頷く。そして、敵に見つからぬよう警戒しながら探索の旅を終え、ゼリカへの帰路へと着いた。




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