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少年と剣  作者: 編理大河
冒険者たち
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98/109

潜入捜査


「成る程、確かにミカヅキ殿なら潜入にうってつけですね」


 ロゼが得心がいったとばかりに頷く。確かに影に潜れる亜精霊のミカヅキならば、敵にも気付かれにくいだろう。皆の注目を集める中、ギブソンが自らの鞄から手のひらにすっぽり収まるほどの大きさなの水晶球を取り出す。


「それは?」

「これがあればミカヅキの視点をそのまま、この球に映せるんだ。魔力の波長をミカヅキと合わせなければならないんだけど、そのためにあるのがこれさ」


 アルクの問いにそう答え、もう一つと小さい魔石らしいものを取り出しミカヅキへと放り投げる。ミカヅキはその石を口を開けて、己の体内へと送るとそのまま飲み込んだ。


「では、行ってまいります」


 ミカヅキはすこしばかりおどけた様子で首を小さく傾げた後、トコトコと近くの影に歩み寄り、そのままずるりと入り込んだ。しばらくすると、薄暗いトンネルの構内らしきものがガラス玉へと移る。壁には松明が取り付けられており、見張りらしき男が二人出口付近に武器を携え立っているのが見えた。


「こちらミカヅキ。そちらからはちゃんと見えているでしょうか。これから潜入ミッションを行いたいと思います、オーバー」

「ああ、問題は今のところない。ちゃんと映っているよ。なにか危ない様子があったらすぐ引き返すんだよ。では引き続きミッションを続けてくれ、オーバー」


 ギブソンの声に反応するかのように、ミカヅキは再び陰に潜る。


「へえ、便利なものだな」


 ラカンも感心しているようだ。目を大きく開き、水晶球を覗き込んでいる。


「ああ、大賢者殿の設立した魔導工房に作ってもらった逸品さ。オーダーメイドでね。本来ミカヅキにはこうした能力がないんだけど、これのおかげで潜入捜査なんかではいつも大助かりだよ」

「一介の文屋ごときがずいぶん大層な物を持ってるんだな。それに潜入捜査ってなんだよ?」

「ジャーナリストの必須科目だよ。まあ、持つべきものはコネってことさ。絆って大事だよねえ」


 ラカンとギブソンが軽口の応酬をしている間に、再びミカヅキが見張りの背後から姿を出したようだ。トンネルの出口からは鬱蒼と覆い茂る森と、そこから差し込む木漏れ日が見て取れる。再び見張りの方を振り返ると、見張りはミカヅキの存在に気付くことなく会話を交わし始めていた。


「あー、暇だなあ」

「おい、しっかりしろよ。仕事だろ」

「わかってるけどさあ、暇は暇だろ。こんな辺鄙なところじゃ飲みにも行けないしな。せっかくかわいい子がいっぱいいるのに触れることすら許されないし」


 その同僚の言葉に、もう一人の見張りは声に険を含ませそれを咎める。


「当たり前だ。俺らは野盗とは違うんだ。規律まで失っては奴らのようになってしまうぞ」

「まあなあ。でも自国民をさらってることは事実だし、同じ穴のムジナじゃないかって思うんだよなあ」

「バッカ⁉ お前不用意な発言は慎めよ」


 そう言って男は周囲をキョロキョロと見まわす。岩陰に隠れていたミカヅキの姿にはどうやら気付かなかったようだ。


「今の発言は聞かなかったことにしてやる。相手が俺じゃなかったら斬首だったぞ」

「あ、ああ。わりぃ、すまなかった」

「……天下国家のためには多少の犠牲はしかたないんだ。あいつらだってアデルハイドに媚び、今の弱腰のスーラを肯定し、日々くだらないことで阿呆みたいに笑ってる連中だ。別に気に病む必要はないんだ。そう、ないんだ」

「……本当にそう思ってんの?」

「……もう黙れ。仕事だぞ」


 それから見張りの男たちは会話を交わそうとはしなかった。これ以上は意味がないと判断したギブソンはミカヅキを先へと促した。


「中々興味深い話だった。成る程確かにただの野盗連中とは違うらしい。だが、時間も惜しいし先へと急ごうか」


 ミカヅキはその言葉を受け、足を奥へと進める。鬱蒼とした森ではあったが、地面はしっかりと整地がなされ、時折人や馬車がそこを進んでくるのが見えた。それをやり過ごし、奥へと進むと、やがて大きな砦らしきものが見えた。長い年月を経て劣化している城壁を多くの植物の蔦が覆っている


「ここからはより慎重にいきたいと思います、オーバー」


 ミカヅキは人の間をすり抜けるように影から影へと潜り込み砦の中へと入っていった。時に容易く視認できそうな場所へと悠然と歩いていくが、不思議と見張りの視界へとその姿をさらすことはしなかった。感心しているアルクの目の前で、水晶球の映像がふいにピタリと止まる。


「おっと、これは……」

『魔術結界だな』


 ミカヅキの呟きにハルがそう答える。映像を見ても一切なにもわからぬが、ミカヅキやハルにとっては違うのだろう。


「主様。たかが野盗が張れる規模のものではなさそうです」

「そうだね。相手にも魔術の専門家がいるらしい。ミカ、行けるかい?」

「ええ。それなりに精緻に構築されていますが、この程度なら容易いです」


 ギブソンの声に朗らかに答えたミカヅキは、悠々と前へと進んでいく。ただ進んでいるだけのように思えるが、カシスは違うらしく感嘆の声を上げる。


「はあ、ミカヅキさんもやるにゃんね。一瞬で結界に同調しすり抜けたにゃん」

「そうなの?」

「まあ、あの領域はちょっと魔法や魔術を齧ったぐらいじゃわからないだろうね」


 首を傾げるアルク達に、ギブソンは微笑む。


「あ、なんか牢屋みたいな場所に入ったわよ」


 ヨルカが皆に注意を促す。そこには多くの若い女性が鉄格子のなかに幽閉されている光景があった。パナシェがそれを見て憤りを隠せぬように声をあげる。


「こんなのって」

「ふむ、事前情報の通り、敵さんは強い規律を持つ集団のようだね。おかげで誘拐された女性の身の安全はそれなりには保証されているようだ」

『ああ、彼女たちの身なりは相応に整えられているな。それに衛生面も問題なさそうだ』


 確かに囚われている女性たちの外見に傷はない。そればかりではなく、控えめだが女性同士で小さく会話を交わし合い、笑い合っている姿も見受けられる。そんな女性たちへとワゴンを押しながら男が近づいてくる。どうやら食事を持ってきたらしい。一部の女性からは遠慮ない歓声があがる。


「待たせたな、飯の時間だ。こんな場所に閉じ込められ何もできないのも辛いからな。料理はそれなりのものを振る舞わせてもらったよ」


 精悍な顔立ちの青年が、口角を崩しながら女性たちに話しかける。しかし、その立ち振る舞いは異性の関心を引こうとする素振りなどなく、ただひたすらに紳士的な印象を与える。それを受け、一人の女性が前へと進み出て、男へと礼を述べた。


「いつもありがとうございます、ザックさん」

「礼なんていらないよアグリさん。それを受け取る資格なんてこっちにはないんだから」


 親しい知己のように二人は会話を交わしている。やはり、悪い待遇は受けていないのだろうと、その様子から窺い知ることが出来た。ザックと呼ばれた男は顔をクシャッと歪めながら、アグリと呼んだ女性の目を見据える。


「それにもうすぐ君たちの出荷が決まる」

「……そうですか」

「……行先はアデルハイドだ。あの国の法、モラルはしっかりしている。裏社会の人身売買とはいえ、拷問などの行為はないだろう。この国と違ってね。むしろ、ここよりもいい暮らしができるんじゃないかな」

「あなたたちはそれによって、何をしようとしているのですか」


 アグリに詰問され、ザックは目をぎゅっと瞑る。そしてしばらくの沈黙の後、口を開いた。


「強いて言えば、世直しかな」

「世直し?」

「うん。俺は小さな農村に生まれたんだ。父と母、それと村一番の美人の姉がいた。とりとめもない普通の家族だったんだが、ある時領主の息子が俺の姉を見染めてね。姉には相思相愛の相手もいたが、領主の息子には勝てず、姉は泣く泣くそいつに嫁いだ。しかし、そいつにはよからぬ噂があってね。嫁をこっぴどく殴りつけるって噂があった。実際、そいつの前妻二人は若くして謎の怪死をしていたからな。俺は反対したし、両親も悩んでいたが、断った際は確実に報復があることも承知していた。姉もそれを危惧し、黙ってそいつに嫁いだ。そして二年後に……」

「……ザックさん」

「そんな世の中を変えたくて軍に入った。そして解ったんだ。この国は外圧がなければ変わらないんだって」


 ザックの吐き出すような言葉にアグリは俯く。


「どうやら相手は賊ではなく軍関係者のようだね」


 それを聞きながらギブソンがポツリと呟く。その声には感情がこもっておらず、聞いたアルクの背筋に冷たいものが走るのを感じた。当然、そんなギブソンの鬼気は届くことなく二人は会話を交わす。


「大好きなお姉さんを亡くされたんですね。……私も妹がいるんです。早くに両親を亡くして二人で支え合って生きてきました」

「確か、移送の最中逃亡した……」

「はい、ラムっていうんです。とても賢い自慢の妹で。売られたらもう会うことも出来ないのかしら」



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