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少年と剣  作者: 編理大河
冒険の始まり
9/109

パーティー


 アルクとパナシェは昼食を終えると、メレンの町へと帰るために山を下りた。マップの使用による警戒を欠かさず、平野を進む。すると、すこし先の方に見過ごせぬ反応を見つけてしまった。それは魔物の群れに追われ、逃げている三人の反応であった。


(ハルッ!)

『ああ、どうやら必死に逃げているらしいな。しかし、あんまり芳しくない状況のようだ。ここからなら急げば間に合うか……』


 そこでハルが言葉を濁す。アルクもハルの言わんとしていることを察し、パナシェを見る。パナシェは突如足を止めたアルクをじっと伺っていたようだ。


「パナシェ……」


 アルクは言葉に詰まってしまう。襲われている人のことを信じてもらえるかもそうだが、連れていくにしろ置いていくにしろ、パナシェを危険にさらしてしまうこととなるからだ。しかし、そんなアルクに向かってパナシェは力強く頷いた。


「いいよ。アルクのしたいようにすれば。当然オイラもついていくけど」

「えっ」

「山育ちの感ってやつが、何か言ってるんでしょ。まだ時間に余裕はあるし、アルクのやりたいようにやっていいよ。今はオイラたちパーティーだもんね」


 屈託のないパナシェの態度に、アルクは思わず頭を下げる。今この場で隠していたハルの存在を明かして、詫びようとも思わされたが、それは今やるべきことではなかった。


「……ありがとう。この先を少しばかりいったところで、人が数人、魔物の群れに襲われている。今から行けばたぶん間に合うと思う」

「大変だね。じゃあすぐに行こう。急がなくちゃ」

「うん」


 躊躇うことなく救助に向かうことを選んだパナシェに、アルクも力強く頷く。その後すぐ、アルクはパナシェを伴い、魔物の群れに囲まれつつある人たちのいる方角へと駆けだした。




 現場に向かって駆けること十数分。息を切らしつつも、進んでいると、狼らしい魔物に囲まれている冒険者らしい出で立ちの三人の姿を見つけた。


「見つけたっ」

『あれは平野に生息するステップウルフだな。単体で脅威は少ないが、群れで襲われると非常に厄介な相手だ』


 冒険者たちはステップウルフの群れに囲まれていた。一人は倒れ、もう一人は膝をつきながら倒れた冒険者に覆いかぶさっている。立っている最後の一人がボロボロになりながらも必死に手に持っている剣を振りかぶり、抗っていた。


「なんか、すごい多いけど大丈夫かな」

「ああ、全部で十二体だね」


 マップにて数えた数をアルクはパナシェに告げる。途端にパナシェは息を呑む。数にしてこちらの六倍の数なのだから当然だろう。


(何とか間に合ったけど、数が多い。こっちはパナシェと二人だし……いや)

『どうやら我々以外にも救援に来た者がいるらしいな』


 ハルが言うように、反対側から遠目からでも判る大剣を背負い駆けてくる男の姿が、マップで把握するまでもなく見えた。


「はあっはぁ、ねえアルク。このまま突っ込むの?」


後ろから着いてくるパナシェが息を切らしながらそう尋ねてくる。


「うん、このまま突っ込む」


 駆けるときに腕輪に戻していたハルを再び剣の姿に戻す。パナシェも背に背負っていたスコップを外し、前へと構える。


「来るなぁ! 俺たちはこんなとこで終われないんだ」


 剣士らしき男が、必死の形相で剣を滅茶苦茶に振り回す。それは後ろの仲間に近づけさせないための牽制の意図が見て取れた。一分一秒でも自分たちの生存を伸ばそうと抗っているのだろう。。

 しかし、体力の限界を超えていたのだろう剣士のその体が、振るった剣の重さに耐えかねるように大きく揺らいだ。その隙を待っていたとばかりに、ステップウルフの一頭が男の剣を持っている腕へと噛みつく。


「があっ」


 苦痛の声を上げる剣士。慎重に包囲していた他のステップウルフも好機とばかりに襲い掛かろうと、臨戦態勢になろうとする。しかし――


「キャイン」


 突如現れた乱入者が群れへと飛び込み、大剣にてステップウルフを一刀両断に叩き斬る。仲間の一頭を失ったとみると、剣士の腕に噛みついていたステップウルフが牙を放し、距離を取った。新しい獲物の乱入に気を取られたステップウルフたちはまだ、アルクたちに気付いてはいない。


「ハルッ、この距離なら」

『ああ、いけるな。おまけにあの男のおかげで、散会することなくいい塩梅に一か所にまとまってくれている』


 それはまさに絶好の的だった。アルクは深く息を吸い、己の中でマナを練り上げ、そして解き放った。


「サンダーボルトッ」


 突き出した剣から放たれた電撃。それはステップウルフの頭上に渦巻いた後、轟音と共に、頭上へと落ちる。


「えっ、アルク。魔法も使えるの」


 サンダーボルトを見たパナシェが素っ頓狂な声を上げる


『やったな、アルク。大成功だ。初めてにしては上出来すぎる』

「でも全員とはいかなかったな。残りも掃討しないと」


 サンダーボルトの落ちた後には、ブスブスと煙を上げ動かなくなっているステップウルフが五体いた。残りも討ち取るべく、アルクは駆ける。しかし、二組の乱入者と複数の犠牲のため、戦意喪失したらしいステップウルフは、一つ大きく遠ぼえするとあっという間に逃走してしまった。

 サンダーボルトの起こした混乱に乗じて、もう一匹斬った男も大剣を地に下す。じっとこちらを見ているその顔を見て、それが以前ケイネスの横暴を止めた、モルトという男であることにアルクは気付いた。

 モルトはアルクから視線を外すと、倒れ伏している冒険者の元に屈みこみ、手当をし始める。アルクたちも急いで、負傷した冒険者たちのもとへと駆け付ける。


「大丈夫ですか」

「ああ、君たちのおかげで命を拾うことが出来た。ありがとう。俺はチーム・トリプルファングのリーダーのセゾンだ。といってもまだ結成して一年そこらだから、君たちは知らないだろうが」


 最後まで抵抗していた剣士の男が、自らの名を名乗り、アルクたちに向かって頭を下げる。焦げ茶色の髪の毛をしたがっしりとした体つきの青年だ。顔にはまだ幼さが残り、年はアルクより3、4歳上だろう。セゾンは、続いて負傷者の手当をしているモルトにも頭を下げる。


「モルトさんも本当にありがとうございました」

「……別に、たまたま通りかかっただけだ」


 モルトは振り返らず、黙々て倒れている冒険者の男の手当を続けている。どうやら意識もないようだ。その傍らで女性冒険者が負傷した腕を抑えながら、必死に男を励ましていた。その女性の腕からはいまだ絶え間なく血が流れており、決して浅くはないことが見て取れる。


「これは町に運ばないと持たないな。俺もそれなりの等級のポーションを使ったが、それでも駄目だ。お前たちも持ってはいないだろう。この場には治癒出来る者もいない」

「はい」


 セゾンが悔しそうに俯く。


「ないとヴァイツはどうなるんですか」

「この千切れかけている右腕は諦めるしかないな。だが、今町まで背負って急げば、命はなんとかなるだろう」

「そんなっ」


 女性冒険者は悲痛な叫びを上げる。セゾンが「ペール、しっかりしろ」と女性冒険者の背を撫で、励ました。どれくらいの怪我なのか、アルクはパナシェと共にヴァイツの傍らへ行き、傷を眺める。腹部からの流血も酷いが、右腕はほぼ千切れかかり、骨や神経など見て取れた。モルトがポーションを使用したのだろう。微かに淡いマナの粒子が傷口付近に漂っていたが、それでも傷口が塞がる気配はない。パナシェもその惨状に悲痛な声を上げる。


(ねえ、ハル。こんな場合って)

『それを決めるのは君だ。恩を仇で返す輩がいるのもよくある話だ。行き倒れたパーティーに手を差し伸べたパーティーが、助けたパーティーに襲われ物資どころか命さえ強奪されるということもある。哀しいが、それもまた人の姿だ』

(僕は……)


 今、目の前で仲間の窮状に涙を流すセゾンたちを見る。彼らが、アルクに対し剣を向けてくるとは考えにくかった。そんな中、パナシェが手持ちのポーションを使い、セゾンやペールを手当し始めるのを見て、アルクは考えを決めた。。


「あの、僕ポーションあります。このぐらいの傷なら治せるやつ」


 その言葉に一斉に皆の目がアルクに集まり、少しばかりたじろいでしまう。モルトなどは露骨に怪訝な様子を見せている。そんな中、セゾンとペールはアルクに詰め寄り、哀願する。


「本当か、君。なら頼む。ぜひ譲ってくれ。お代は君の言い値で買う。どんなことをしてでも払ってみせる」

「私からもお願い。一流の冒険者になって、広い世界を見て回るのが、ヴァイツの、そして私たちの小さい頃の夢なの。こんなところで終わるなんて」

「わかりました。お譲りします」


 アルクは力強く頷くと、ザックに手を入れてアイテムボックスを使用し、手持ちの中の最上級のポーションを取り出す。蓋を開けてヴァイツの患部にくまなく振りかけると、先程とは段違いのマナの粒子が輝き始める。途端にヴァイツが苦痛の呻きを上げ、身を捩らせた。千切れかけた腕を見ると、神経が再び繋がり始め、肉が盛り上がってくる。


『心配するな。傷の回復には相応の苦痛と体力の消費を伴う。ポーションは身体の治癒力を高めているわけだからな。これだけの傷だ。治ったら余った分を飲ませてやろう』


 ハルの説明に、アルクは頷く。腕がくっついた様子をみたセゾンとペールは歓声を上げ、二人してアルクの手を取る。


「ありがとう。本当にありがとう。これで俺たちはまだ冒険を続けられる」

「あなたは生涯の恩人だわ。この恩は絶対返すから」


 熱い感謝にアルクはたまらずパナシェの方を見て、助けを求めようとする。パナシェはそんなアルクをにこやかに見ながらウンウンと頷いていた。


「このレベルのポーションだと、駆け出しの冒険者なら何か月も働きづめで、ようやく買えるレベルのものだな。よくこんなものをもっていたな」


 モルトがアルクに向き直り、そう尋ねる。


「祖父の遺産の一つなんです。冒険者になる際に、色々用意してくれて」


 アルクの答えに、モルトは何も表情を露にせずにじっとアルクを見る。


「大事な遺産だというのに、こんなにあっさり他人に使うなんて大したもんだな。まあ、そのおかげで傷もちゃんと塞がったし、一時間程体力の回復を待てば町に帰れるだろう。俺はそれまで武具の点検でもしておく。お前たちは倒してステップウルフの解体でもしておくといい」


 モルトはそう言うと少しばかり離れた岩の上に腰を下ろし、大剣の手入れをし始めた。

 アルクは言われた通り、ステップウルフの解体でもしながら時間を潰そうと思い、それを伝えにパナシェの下へ行く。


「解体? それならオイラがやっておくよ。あんまり役に立ってないしさ。アルクは魔法も使ったし、疲れてるでしょ。少し休んでおくといいよ」


 でも、とパナシェの提案を断ろうとしたとき、ハルがそれをやんわりと諭した。


『ここは素直に好意に甘えた方がいい。君は実際、魔法の使用で疲れている。興奮で気付いていないが息が上がっているだろう。それに今日はアルクだけでなく、パナシェとの二人パーティーだ。なら効率的に冒険を行えるよう役割を分担すべきだ。すくなくともパナシェはそのつもりで言ったのだろう』

「……わかった。じゃあ、お願いするね」

「うん、まかせてよ」


 パナシェが解体用のナイフを片手にステップウルフに向かう。


「じゃあ、俺も手伝うかな。すくなくとも金はすぐには返せそうもないしね」


 セゾンがそういって、アルクに微笑むとパナシェの後を追う。アルクは二人を見送ると、地面に腰を下ろす。ハルの言っていたように、確かに呼吸は乱れており、心臓の鼓動も激しい。座り込むと、全身が鉛のように重くなる。一つ大きく息をつき、顔を上げると、ヴァイツの傍らに座り込むペールと目が合った。

 亜麻色のウェーブのかかった髪を女性らしく腰まで伸ばし、黒のローブという冒険者らしい服装の上から、丁寧な細工を施された髪留めやペンダントをしている。冒険者なのにおしゃれだと思わされる女性に会うのは、何気に初めてのことであった。今まで見かけたのは大抵、筋骨隆々で男性と見間違うようなものばかりだったからだ。


「ヴァイツを助けてくれてありがとうね。私はペール。魔法使いよ。といっても、まだまだ駆け出しで火の魔法を三回程撃てるレベルに過ぎないんだけどね。君の魔法、凄かったね。でも剣も持ってるし両方使えるのかしら」

「ええ、まあ。でも、魔法はまだ一日一回ぐらいが限界ですね」

「でも大したものだわ。冒険者になって、どのくらいなの」

「一月ぐらいですかね」


 その答えにペールが目を丸くする。


「一月で! 優秀なお師匠さんでもいるのかしら」

「ええ、祖父の知人に鍛えてもらっていて」

「そっかあ。私たちは幼馴染同士で、パーティーを組んで一年ね。大抵は独学で学んで、最近ようやく形になったから。だからフィールドでお金と経験を貯めようってことになってたんだけど、本当に運がないわ」


 ペールは深くため息をついた。


「まあ、こうして五体満足でいられるんだから、悪運は強いのかもしれないわね。装備も壊れちゃったし、また一からやり直しだけどね」


 苦笑しながら、折れてしまっている杖を眺めるペール。しかし、その顔には迷いは見られない。


「アルク君もパナシェ君とパーティーを組んでるの? パナシェ君は冒険者になった当初から、ギルドでもよくアネットさんと話しているのを見てるけど、アルク君は最近来たのだものね」

「今日一日だけのパーティーですけど」

「そう。でも仲良さそうだし、いいパーティーになると思うけどね。冒険者になって一年しかたってないけどパーティーって本当に大事よ。私たちよりランクの高い冒険者パーティーも内輪もめとかで一瞬で解散してるのをいくつか見てるし」

「へぇ、そうなんですか」


 その後も互いのした冒険などの雑談をペールとしているうちに、パナシェ達が戻ってきた。手にした袋はパンパンに膨らんでいる。


「おーい、アルクぅ。終わったよー」

「ずいぶん楽しそうに話してたじゃないか、ペール。何を話してたんだ」

「駆け出し同士、今までの冒険のことをちょっとね」

「アルクは凄いんですよ。一日でたくさんの種類の薬草を採取するクエストをお日様が昇りきる前に終わらせちゃうんだから」


 パナシェが我が事のように胸を張る。


「ああ、あのいつまでも残っていたクエストか。微妙そうだし、難しいから敬遠してたんだよなあ。そうか、あのクエストを成功させたのか。パナシェ君の解体技術も素晴らしかったし、将来有望なパーティーだな」

「まあオイラとアルクは今日だけのパーティーなんですけど」

「そうなのか。もったいないな」


 そう言いながら、セゾンは手に持っている袋をアルクに渡す。


「確認してくれ。ステップウルフの素材と魔石だ。それと先ほど貰ったポーションの金も必ず返す。今すぐというわけにはいかないが」

「お金は別に」

『いや、彼らの方からそう言ってくるのであれば、断るのは冒険者としての矜持を傷つけることにもなる。こちらからは催促しないぐらいでいいだろう』

「わかりました。でも無理だけはしないでくださいね」

「ああ。救ってもらった命、粗末にはしない」


 その後、パナシェとセゾンも加えて、冒険のことや最近起きたおもしろい町の話などをしながら、ヴァイツの休憩を待った。その間、モルトは少し離れた場所で静かにじっと腰を下ろしたままだった。そうして暫くしてヴァイツが目を覚ました。




「そっかあ、そんなに凄かったのかぁ。アルク君の魔法は」

「ええ、それにモルトさんも凄い勢いで大剣を振り回して、ステップウルフを一刀両断してたわよ」

「いいなあ、俺も見たかったなあ」


 腕が治った槍使いのヴァイツは陽気な男らしく、目を覚まし帰路についてからずっと大声で話していた。髪を短く刈り込み、ヒョロッとした長身を持て余しているような青年だ。三人とも年は十五らしい。ヴァイツも加えた新人一同は共通の話題で盛り上がる。モルトも一度、「警戒は怠るなよ」とだけ忠告してきたが、その後は最後尾の殿に黙々とついていた。


「あーあ、しっかし、また装備を整えるのに下水や土木の日々が始まるのか」

「仕方ないさ。俺たちの目標はアデルハイドでも通用する冒険者になって、世界を巡ることだろ」

「三人で一緒に約束したものね」


 へこたれる様子もなく、三人は次の冒険にむけてのあれこれを楽しそうに話している。その姿を見て、本当に仲がいいのだなと思うとともに、少しだけ羨ましく感じている自分に気がついた。一人は気楽とはいえ、アルクはまだ十一歳なのであった。


『冒険はソロで上級ランクまでいく猛者もいるが、仲間がいることなどによって出来ることは多い。貴重資源の採取のための大遠征などは仲間なしでは行えない。しかし、やみくもに組めばいいというものでもないぞ。無能な味方ほど怖いものはないからな。また人間関係の構築も難しいものだ。先ほどのペールの話でもあったが、一つのいざこざで瓦解することもある。まあ、アルクは焦らず自分にとって必要な仲間というものを考えていけばいい。まあ理想はアデルハイドでじっくり腰を据えて探すことだが。あそこは養成所なども充実して基礎技能のしっかりした冒険者が多いからな』


 アルクの心中を察したハルが、そのようなアドバイスを行う。


「アルク君もアデルハイドを目指すのよね」

「はい、祖父の知り合いから、凄く冒険者の支援制度がしっかりして、冒険資源も豊富だって聞いて」


 ペールの問いにアルクはそう答える。


「かぁ、そうだよな。この国はちょっとしょぼすぎんだよな。パナシェ君もアデルハイドを目指してんでだろ?」

「あ、うん。オイラも行けたらいいかなって思っています。オイラの師匠もいいとこだったって言ってましたし」

「だよなあ。あっ、そうだ。モルトさんは行ってたんですよね。どんなとこなんす」

 

 ヴァイツが振り返り、最後尾のモルトに語り掛けると、セゾンとペールが両側からヴァイツの頭を押さえつける。何やら事情を知っているらしい。


「ちょっ、おま」

「あなたって人は、もうっ」

「……? あっ! そうだ、すいません。リーネさんのことがあるのに、俺……」

「「ああっ」」


 ヴァイツも己の失言に気付き謝罪するが、それが更に踏み込んだ発言につながり、セゾンとペールは必死にヴァイツの口を塞ぐ。


「気にするな。昔のことだ」


 モルトは短くそれだけを言った。アルクが振り返り、モルトの方を見るも平静を保ち、周囲を警戒する変わらぬ姿があるだけだった。


「あ、町が見えたよ」


 パナシェが指さす方を見ると、確かにメレンの門が見えていた。半日しかたっていないというのに、アルクは不思議と懐かしい気持ちとなっていた。一同も安堵のため息や歓声など思い思いに上げ、そこからは自然と駆け足となり、メレンへと帰還した。




「それじゃあ、オイラたちはここで」

「ああ、今日は本当に助かった。ありがとう。君たちに何かあったら俺たちトリプルファングは必ず助けになる。遠慮なく言ってくれ」

「はい、その時はお願いします」


 メレンの町についた一行はギルドの前で別れることとなった。モルトは町へ戻ると早々にどこかに行ってしまった。モルトの分の素材と魔石を渡そうとしたが、「治療代にでもしろ」と受け取らず、その分はセゾンたちのものとなった。

 これからアルクたちは薬師の店へ行き、薬を貰うこととなっていた。セゾンたちは今回の失敗とステップウルフの群れとの遭遇をギルドに報告するらしい。そうすることで他の冒険者に注意を喚起することができるとのことらしかった。

 アルクたちはギルドのすぐそばの薬師の店で五種の薬草を渡し、出来た薬を受け取った。その後、パナシェの先導で依頼主の家に行く。パナシェは、この町の貧民層までいくと、みすぼらしい集合住宅の部屋の一室を叩いた。恐る恐る出てきたのは、くたびれた感じの中年女性であった。初め怪訝な様子でこちらを見ていたが、パナシェの姿を認めると表情を緩め、薬をもってきたことを告げると、口を押えて呻き声をもらした。

 依頼主の女性はアルクたちを家へ入れると、とある一室へと案内する。そこには小さなベッドがあり小さな女の子が寝かされていた。その様子はとても苦しそうで、絶えず発汗し、荒い呼吸を繰り返している。


『ふむ、これはマナ狂いだな。稀に小さな子供がかかるのだが、体内のマナの循環が上手くいかず、体調を著しく崩す。後遺症が残ってしまうことも多いし、最悪死に至るケースもある。しかし、今日作ったこの薬があれば、完治は間違いないだろう』


 母親が娘の身体を起こし、コップにて薬を飲ませる。その効果は覿面で、呼吸は正常に戻り、発汗も治まった。やがて健やかな寝息をたてながら、女の子の表情は安らかなものに変わる。


「ああっ、本当にありがとうございました。もう駄目かと」


 母親は涙を浮かべながら、アルクとパナシェの手を握り、何度も頭を下げた。


「よかったです。よくなって。もし、何かあったらまたギルドまで依頼してください」


 パナシェが笑顔で、その手を優しく握り返した。

 家を出るときに二人の手元には焼き菓子の入った小さな袋が握られていた。


「お菓子もらっちゃったね」

「うん、美味しそうな焼き菓子だね」

「今食べちゃおう」


 パナシェは包みを解くと、菓子を口に運ぶ。


「うん、美味しいっ」


 満面の笑みを浮かべるパナシェをみて、アルクも菓子を口に運ぶ。砂糖などは使われてないのだろうそれは、甘さこそ控えめだが、素材の素朴な味がして、何故かユーリカ村のことが思い出された。

 その後、二人はギルドに戻り、アネットのいる受付へと依頼の報告へ行く。


「ああ、おかえり二人とも。その様子だとクエストは成功だったみたいね」

「ええ、ほとんどアルクがやったんですけどね。でもお薬無事に届けられてよかったです。娘さんも助かってくれて……。ねえ、アネットさん。あのクエストって最初はもう少し成功報酬低かったですよね」

「ん、なんのことかしら」

「もしかしてアネットさんが」

「パナシェ君。ギルド職員が個人の裁量で依頼内容に手を加えるなんてことはあり得ないのよ。でも娘さん、助かってよかったわね」

「……はいっ」


 二人は笑顔で頷きあう。そんなアネットを見て、アルクはふとモルトのことが脳裏に浮かんだ。そして何とはなしにアネットに伝える。


「実は今日、モルトさんに助けてもらったんです」


 すると、途端にアネットの顔から笑みが消える。


「そう、ね。話はセゾン君から聞いてるわ。まあ、あいつもCランクなんだから、それぐらいはしても当然よ。アルク君も大げさに感謝しなくていいのよ。あっ、そういえば、アルク君は魔法も使えるんだってね。ペールちゃんが凄く感心してたわよ」


 アネットはそういって露骨に話題を反らす。その様子を見たアルクは、それ以上は踏み込むことをやめる。その後、すこしばかり雑談を交わした後に二人はギルドを後にした。


「アネットさんとモルトさんの間に何があったんだろう」

「うーん、二人ともいい人だとは思うんだけど」

「オイラ、あんまり冒険者の人とそういう話しないからなぁ。他人の事情には疎くって」


 他人の危機に単身駆け付けたモルトが、アネットに対し何かしたということは考えにくかった。


「まあ、大人には色々あるんだよ、きっと」

「そうだね」


 小さな子供である自分たちでは踏み込めないものも多いのだろうと、無理やりに納得する。そして雑談しながら帰路につき、途中の屋台で夕食を買い食いしながら雑談を交わし、いつもの分かれ道で別れることとなった。

 今しがた聞いたのだが、パナシェは町の郊外の農家の納屋にずっと寝泊まりしているらしい。農家は副業にて冒険者に納屋などを貸すものが多く、駆け出しの貴重な宿場となっているとハルから説明を受ける。


「じゃあ、今日はここでお別れだね、アルク」

「うん、それじゃあまたね」


 手を振り見送るアルクに、パナシェは少し俯き立ち止まる。まだ、何か用があるのかもと話しかけようとしたとき、パナシェが再び顔を上げる。


「ねえ、アルク。今日はありがとう。とっても楽しかった」

「? うん、僕も楽しかったよ」


 冒険で隣に人がいることが、これほど頼もしいこととは思わなかった。隣に話せる仲間がいることの楽しさも知った。それは、ハルに覚える感情とはまた少しばかり違っているものだ。


「楽しくおしゃべりして、クエストを成功させて、他の冒険者の人たちを格好良く魔法を使って助けて、今日みたいな冒険は初めてだったよ。アルクはきっと凄い冒険者になれるよ」

「ん、ありがとう」

「それだけ言いたかったんだ。それじゃあ、またね」


 パナシェは大きく手を振ると、背を向けて勢いよく駆け、去っていった。


『パナシェにとっても、アルクは話し合える大切な友達と思ってくれているのかもしれないな。彼もあの年で、他の冒険者パーティーに庇護も受けず、単独で膨大な雑事のクエストをこなしているようだから、何かあるのかもしれないな。しかし、アルクと変わらぬ年齢であれだけ独立した生活をしているのは大したものだ』

「うん、すごいよね」


 パナシェの師匠の教えもあるのかもしれないが、それでも一人でしっかりと生計を立てているというのは尊敬に値することだった。もう自分はハルとバトラーがいない生活など考えることも出来ない。


『まあ、この町にいる間はいつでも会うことが出来るだろう。その間はしっかりと友誼を結んでおくといい。良き友とは得難きものだからな。さあ、帰ろうアルク。大分冷えてきた』

「うん、そうだね。……友達かあ」


 ユーリカ村ではアルクは一人であった。小さい頃、何とはなしに遊んでいた同年代は、祖母の死後に叔父に引き取られてからはすぐ疎遠となってしまった。メレンを離れるときは、同じようになってしまうのだろうかと考えると、少し心が寂しくなってしまった。

 初春の夜の冷たい風に、アルクは体を震わせると急いで丘へと行き、コテージへと戻る。暖かいココアを入れてくれたバトラーに対して、アルクは今日の冒険を興奮とともに語ったのであった。

 


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