手向けの花・上
早朝からギルドは開く。ハルが言うには朝一番に張り出す、おいしいクエストを求め、冒険者の中にはギルドが開く前からギルドの前に張り込む者もいるというのだが……。
「あんまり人いないね」
『ここはあまりせわしくないな。まあ冒険資源の乏しいスーラ国の地方都市だからな。それ程クエストといえるものがあるわけでないのも解るが。しかし、迷宮持ちでこれとはなぁ。以前ラッドと訪れたときはもう少し活気があったような気がしたが』
ギルドは閑散としていた。数組のグループがいるのみである。その中には先日あったトリプルファングの三人もいた。
「あっ、アルク君だー」
ペールがアルクを見つけ、声を掛けてくる。セゾンやヴァイツもにこやかに手を振ってきた。
「アルク君も早朝からクエスト探しか。精がでるな」
「今日はおいしいクエストはでもゼロだぜ。はぁ、俺たちは今日もどぶさらいか」
ヴァイツが大げさにため息をついて見せる。そんなヴァイツの後頭部をペールが拳でこつんと叩いた。
「ぼやかないの。この前ので装備一式おじゃんになっちゃったんだから仕方ないでしょ。暫くは続けるわよ」
「はあ、駆け出しはつれえなあ。なあ、あの金貸しの蛙野郎のフロッガから金借りてさ、それで武器一式揃えようぜ。そうしてフィールドやダンジョンで稼ぐんだ」
そう提案したヴァイツの頭頂部に再びペールの拳が降り注ぐ。今度はゴツンと派手に音が響いた。
「痛えぇぇ」
「馬鹿ッ! あんな高利貸しにお金借りたら、クエスト一回失敗しただけで、首が回らなくなるわよ。一生債務奴隷よ」
「冗談だって。本気で叩くなよ。あっ、でも屋敷からパナシェ君が出てきてたな。なんか借金でもあんのかな」
「パナシェ君が? それは心配ね……って、屋敷まで行ってんじゃないわよ。借りる気満々じゃない。それにパナシェ君はあんたと違ってしっかりしてるし、クエストかなんかでしょ」
「わああ、ごめんよお」
ペールの拳骨の嵐が降り注ぎ、ヴァイツは慌ててギルドの外へ逃げる。それを追うペール。残されたセゾンは苦笑しながら、アルクに向き直った。
「というわけで、ウチはまだ財政再建中というわけさ。だけど、なにか手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれ。恩人のためなら俺たちは助力を惜しまないよ。いつだって力になる」
アルクの肩をぽんと叩き、セゾンもギルドの外へと出ていった。
『中々に義理堅い連中だな』
「うん、助けられてよかったね」
その後、アルクは壁の依頼を眺めていたが、特に急務ですらない雑用といえるものばかりで、大したものは何もなかった。
『もうここで学ぶことの出来ることも少なくなってきたな。そろそろ次のステップに移るために、次の町に移ってもいいかもしれないな。後、やっていないことといえば迷宮ぐらいのものか。といっても、この町の迷宮は日帰りで事足りる下級レベルのものでしかないが』
「そうだね。うーん」
「どうしたの。何一人でぶつぶつ言ってるの?」
壁の張り紙を眺め唸っていると、隣から聞きなれた声が聞こえた。
「いや、たいしたクエストがないなって」
「あはは、たしかに今日は凄い不作だねえ」
声の主であるパナシェはコロコロと笑う。アルクはふと先ほど金貸しの屋敷からパナシェが出てきたという話を思い出す。しかし、パナシェに切羽詰まったような雰囲気は感じられない。きっと、ぺールの言う通りクエストだったのだろうと、アルクは思った。
「こういうときは懇意にしているギルド職員に聞くと、意外と掘り出し物のクエストがあったりするんだよ。師匠からの教えって奴さ。とりあえず、アネットさんのところに行こうよ」
パナシェに促され、アネットの下へと行く。
「あ、君たちか」
アネットは物思いに耽っていたのか、アルクたちが目の前に立っていても気付かずに頬杖をつき、ぼーっとしていた。ようやく気付き、居住まいをただすも、いつものような活気がない。
「アネットさん、大丈夫ですか」
「ええ、心配してくれてありがとうね、パナシェ君。ちょっと考え事をしていてね。それで今日はどうしたの」
アルクはろくなクエストがなく、困っていることをアネットに伝える。
「ああ、確かに今日は特にない日ねえ。こんなにまともな案件がないのも珍しいレベルね。迷宮での胡散臭い話はもしかしたら……。あっ、今のは忘れて。何でもないから。クエストねえ。私も紹介できるような案件は……あっ」
アネットはそこで、ハッとしたようにアルクの顔を見る。
「アルク君って、山育ちで植物とかの採集も得意なんだっけ」
「まあ、苦手ではないですね」
「そっかあ、じゃあ一つ君にお願いしたいクエストがあるんだけど。依頼主は私よ」
「アネットさんが?」
「ええ。この季節、山の頂上で月の光を浴びて育つ花があるの。ムーンセレッソっていうんだけどね。夜になると月のマナを取り込んで、美しく光るピンクの花よ。昔はもう少し多かったんだけど、スーラの王女様がこの花を気に入ってしまってね。乱獲されて、この付近ではあまり見ないわね。それを探して欲しいの」
アネットの依頼というのも驚いたが、その内容が花探しというのも意外であった。パナシェもそうなのか、首を傾げ、アネットに話しかける。
「アネットさん、花好きなんですか」
「私じゃなくて、姉が好きだったの。すごいお転婆な人でね、昔はよく取ってきて私や母に持ってきてくれていたわ。もう少ししたら誕生日だから、プレゼントしたいなって」
アネットは少し頼みづらそうな様子を見せながらも、依頼を引っ込める気配はない。それだけ、ムーンセレッソの花が欲しいのだろう。普段保護者のように振る舞う気配が、今はない。
(ハル、そのムーンセレッソって)
『ああ、確かにこの地方に春だけ咲く花だ。それでも昔はそれほど珍しいものではなかったが、そんなことになっていたとは。だがこの地方で一番高いデーヴァ山の山頂なら、確実に咲いているのではないか』
ハルに言われ、マップで確認する。ここからなら泊まりの行程になるだろう。
「わかりました。お受けします」
「ありがとう、私のわがままを受けてくれて。でも無理ならいいのよ。あなたたちの命が一番大事なんだから」
「はい」
「じゃあ報酬金額はこんなものでどうかしら」
提示された金額はかなりの額だった。この町に来てからこの額のクエストは見たことがない。それだけアネットも本気なのだろう。
「少し高すぎません」
「ふふ、冒険者は基本自分の不利になるような交渉はしないものよ。これは私なりの誠意と思って。私のわがままに付き合わせてしまうね」
そう言って微笑んだアネットの表情はどこか少しばかり悲しそうに見えた。
「んー、アネットさんにも色々あるんだねえ」
ギルドを出て少しばかりした場所で、パナシェが深くため息をつく。
「そうだね。だからこのクエストは成功させて、アネットさんのお姉さんを喜ばせてあげたいね。たぶんデーヴァ山には咲いてるだろうから、泊りの行程で行こうと思う。明日出発でもいいかな」
「えっ、オイラも行くの?」
アルクの言葉に目を丸くするパナシェ。アルクもまた断られると思っておらず、呆けたようにパナシェを見返す。
「先にアネットさんに依頼を聞きに行こうっていったのはパナシェだし、アネットさんと付き合いの長いパナシェがいなかったら、このクエストも依頼されなかったと思うんだ。パナシェの都合が悪いなら仕方ないけど」
「でも、オイラいない方が良くない? 大したことできないよ」
少しばかり自信がなさげな様子を見せるパナシェ。
『確かに。私のスキルがあれば、別段パーティーを組む必要はないだろう。ソロの方が報酬も独り占めできるし、損得で考えるならアルク一人の方がやりやすい』
(でも……)
『それとアルク自身がどう考えるかは別だ。損得勘定のみで動くなら冒険者になどならないほうがいい。アルク自身が何を望み、欲するかを理解することが大事だ。君はどうしたい』
ハルの言葉を受け、アルクはパナシェに自分の思いを告げる。
「僕もこの前の薬草採取で隣にパナシェがいてくれて心強かった。今度のクエストでも、もしかしたら魔法を撃って倒れちゃうかもしれないし、そうなったときにパナシェがいてくれたら何とかなると思う。それにパナシェと一緒に冒険すると楽しいし、また一緒に冒険したいんだ」
パナシェはアルクの言葉を聞き、あー、うーと呻き始める。そして暫くして、アルクへと向き直る。
「そこまで言われたら仕方ないなあ。オイラ、アルクのようには出来ないと思うけど、それでもいいなら行くよ。……それにオイラもアルクとは、また冒険してみたいと思ってたし」
「じゃあ」
「これから色々準備しないと。とりあえずいったん解散してギルド前に集合でいいかな」
「うん、ありがとう。パナシェ」
「こちらこそ。誘ってくれてありがとうね、アルク」
パナシェは白い歯を覗かせて笑った。パナシェは一度荷物を取りに、家へと帰る。
アルクはその背中を見送った。
『よかったな、アルク』
「うん、楽しい冒険になるといいなあ」
友達と一緒の冒険を思い浮かべ、アルクは心躍らせる。他愛のないお喋りや、共に食べる食事などはさぞ楽しい時間となってくれるだろう。
『アルク。そこまでパナシェとの冒険が楽しいのなら、一つ提案があるのだが』
「えっ、何?」
アルクはハルの提案を聞いて、喜んで賛同した。どうしてその発想に至らなかったのか、アルクには不思議な思いがした。ハルはむしろはやくそのように促してやるべきだったと反省したが、剣の身でしかないハルがアルクの身を保護者として庇護しようとしたら、必要以上に警戒すること以外なく、またアルクがハルという保護者を差し置いてそれを決めるには、まだアルクは幼すぎたのであった。
ギルドの前に再集合したパナシェは、アルクの出で立ちを見て、あんぐりと口を開ける。そんなパナシェは背中に大荷物をしょっており、いつも背負っているスコップは腰に掛けられていた。
「ずいぶん大荷物だね」
「アルクはそれだけなのっ? 泊りになるんでしょ。野営の準備とかは?」
パナシェに指摘され、確かに自分の装備がいつも通りのザック一式しかないことに、違和感を覚える。浮かれすぎて、いつも通りの準備で済ませてしまっていた。仕方なく、アルクは適当に言い訳をした。
「これ、収納の魔法がかかってるんだ。だからいくらでも入る」
「ウソッ。そういうのって、一つでお屋敷とか買えちゃうやつだよ」
「本当だよ。ほら」
アルクはザックに手を入れ、アイテムボックスを行使し、容量以上のなにかわからないアイテムを取り出す。
「うわっ、本当だ。それもお祖父さんの?」
「うん、譲り受けた」
「はあ、アルクには驚かされてばっかりだよ。ほら、早く閉まってよ。そんなの持ってるのバレたら狙われるよ」
パナシェはアルクの手を掴み、強引に何かよくわからないアイテムを仕舞わせた。
「じゃあ準備は万端なんだね。それじゃあ、行こうか」
メレンでは住人が朝食などを済ませ、仕事に取り掛かろうとしようとする中、アルクとパナシェはデーヴァ山に向けて、出発した。
日が落ち、夕暮れが周囲を染め始めること、二人はデーヴァ山の麓に到着する。デーヴァ山は思っていたより遥かに雄大な山容で、見上げると山の陰影がくっきりと目で見て取れた。時折山中からギャーとけたたましい鳴き声が聞こえてきた。
今日の天気は若干曇り気味だったが、風は弱く、比較的楽に着くことが出来た。だが途中避けがたい魔物や、単体の魔物などを狩り、収入を確保しながらの道だったため、想定より時間が経っていた。
「じゃあ、野営の準備をしようか。明日の朝に山に登るって感じでいいんだよね」
「うん。その後、夜になるのを待ってムーンセレッソを取って、山中でも一晩野営して、朝下りるって感じかな。……でも先客がいるみたい」
「えっ」
『ああ、少し離れた場所に四人。まあ場所的に同業者の可能性大だな』
「あっ、こっちに気付いたかな」
相手方のうちの一人が、こちらに向かって、歩いてくる。敵意は感じないが警戒は怠るなとのハルの警告に頷き、臨戦態勢を取る。パナシェにも目配せすると、身体を強張らせながらも、両手でスコップを握りしめる。そうしてガサガサと茂みを掻き分け、現れたのは意外なことに顔見知りの人物だった。
「お前ら……こんなところで何をしてる」
「あれっ、モルトさん!」
「奇遇だね」
果たして、現れたのはモルトであった。少しばかり怪訝な様子を見せながらも、警戒は解いている。しばし、悩む素振りを見せた後、「もう夜になるから気をつけと」とボソッと呟き、立ち去ろうとする。しかし、振り返った瞬間、目を塞ぎ、天を仰いだ。その先にはずんぐりむっくりとした体躯の老人がいた。
「おーい、モルト。何かおるんか? お、ずいぶんちっこいのがおるのう。身なりからして冒険者か。こんな遠くまで大したもんじゃ。モルト、知り合いか?」
「ええ、まあ」
苦々し気な表情を浮かべながらも、モルトはその老人に礼儀正しく返事をする。アルクは老人をじっくりと観察する。少しばかり身長は低いが、筋骨隆々とした身体や、顎に蓄えた立派な髭から、本で読んだとある種族を連想した。
(このおじいさん、ドワーフ?)
『ああ、正解だ、アルク。スーラ王国は人種の融和にあまり積極的でないから亜人の姿もあまり人の暮らす場所では見ないが、このご老人は間違いなくドワーフだ』
アルクの視線に気づいたのか、ドワーフの老人はアルクを見て、ニィと豪快に笑みを浮かべる。
「俺が珍しいかボウズ。俺はドワーフのラルフってんだ。冒険者を五十年近くやってる。そんでモルトの師匠ってやつよ」
「ふえぇ」
パナシェが驚きの声を上げる。アルクもモルトは孤高の男のように感じていたから、こうして師匠と一緒に野営しているということが、とても意外に感じられた。モルトはというと、眉をひそめながらも、それを否定せず、ただじっと立っている。
「まあ、こうして出会ったのも何かの縁じゃ。こっちへ来るといい。今ちょうど飯に
するとこだったんじゃ。お前たちも食ってくとええ」
「アルク、どうする」
ラルフの誘いに、パナシェは戸惑いながらアルクに判断を委ねる。アルクも少し悩んだが、ラルフから敵意は感じないし、メレンの町で周囲の冒険者とは少しばかり違った気配を放つモルトという冒険者に興味があったため、誘いに乗ることにした。ハルも警戒は怠らないようにする必要があるが、おそらく大丈夫だとの判断をアルクに告げる。
「じゃあ、お言に甘えていいですか」
「おう、構わんよ。若い冒険者とは最近、とんと関わらないからな。こんなとびきり若いちびっこ冒険者をお客に招けるなら、二人も喜ぶだろうよ。こっちじゃ」
ラルフは手招きして、来た道へと戻っていく。アルクもパナシェを促して後へと続く。モルトもため息をつきながら、後ろから着いてきていた。茂みを掻き分け、少しばかり行くと、開けた場所へとでる。そこにはたき火を囲む二人の老人がいた。周囲には毛布などが置かれており、野営の準備がされている。
「おお、戻ったかラルフ。どうじゃった」
「あんまし、長いからうんこでもしてるのか、ってウェインがうるさかったよ」
「ああ、少しばかり想定外なことがあってな。少しばかりちっこいお客さんを連れてきたぞい。ほら、こっちへ来るとええ」
アルクたちがおずおずと前へ進み出ると、火の前に座っている老人二人は目を細め、続いてアルクたちを手招きした。
「確かに、随分とちびっこな冒険者だねぇ。大したものだね」
「だが、本当にこんなとこまで来て大丈夫なのか。勇気と蛮勇はちと違うぞ」
幼いながらにここまで二人できたアルクたちに感心すると同時に、心の底から心配する様子を見せる二人。そんな二人を見て、モルトが仕方ないとばかりに口を挟む。
「実力的には大丈夫かと思います。特にこっちの腕輪をした方は、ステップウルフを五、六体楽に狩れるぐらいの魔法を撃てますから。俺はこの前それを直で見てますし」
モルトの言葉に老人三人が目を丸くする。
「ほお、それは凄い。それは将来有望だね。ほら、おいで。夕食はまだだろう。ちょうどシチューが出来上がったところだからね」
「おう、将来の名冒険者様候補を歓待じゃい。こっちの眼鏡の細いのがユアン。わしがウェインじゃ。そっちのちっこいドワーフのラルフと三人、メレンで生まれ育ってな。かれこれ五十年近く、冒険者をやってるな」
アルクたちも自分の名前を名乗る。そしてたき火のまえに促されるままに座ると、匙の入った木の椀が差し出された。受け取り中を見ると、野菜や肉の入ったバターの香りの立ち込めるシチューが並々と入っている。モルトの方を見ると、モルトは黙って頷いて見せる。ならばと、匙にてシチューをよそり口へと運ぶ。
「んっ」
口にした瞬間、濃厚な脂の甘味と強い塩の味が口に広がってくる。疲れた身体にはそれが染み渡るようで、気付けばもう一口、もう一口とばかりに匙を口に運んでいた。隣のパナシェも同様に、シチューをがっついている。中身を完全に平らげると、アルクはたき火に置かれた鍋や、その周囲を見回した。そこには大した調理器具はなく、このようなシチューをどうやって作ったのだろうかと首を傾げる。
「フフッ、このシチューをどうやって作ったか、気になるのかい」
ユアンがそんなアルクの様子を見て、笑いながら話しかける。アルクはその正体を知りたい一心でただ首を縦に振る。
「こいつはな、ぺミカンというのを使ってるんじゃ」
ウェインが横から、そう口を挟んでくる。
「ぺミカン?」
「ああ、野菜や肉を炒め、そこにバターやラードを流し込んで、低温で固める行動食じゃ。こいつはお湯に溶かせば、スープになるし、そのまま齧っても、パンにはさんでもええ優れものじゃて」
「まあ、しっかり作らないと、ただ脂っこいだけの行動食になってしまうがね。私も改良に大分苦慮したよ。君たちがよければ、作り方を伝授するのもやぶさかではないがね」
ユアンが微笑みながら、そう話す。アルクもそれを知りたかったため、シチューをお替りしながら、製造法を聞いた。その間、ラルフ、ユアン、ウェインは干し肉やシチューをつまみに、木の椀に注いだ液体をちびりちびりと飲んでいた。途中、漂う酒精の匂いからそれが酒であることにアルクは気付いた。
「あんまり飲まないでくださいよ。誰が夜の番をすると思ってるんですか」
「それは当然、我らの愛弟子がするに決まってるだろうが」
ラルフの言葉に、老人三人はワッと笑い、モルトは苦い顔をする。ただで飯を食わしてもらっている手前、アルクは夜の番をすることを進み出る。
「あの、よかったら僕たちが」
「いやあ、お客さんにはそんなことはさせられないよ。ほら、これも美味しいよ。食べてみるといい」
「ああ、夜の番は我らが愛弟子モルトがやってくれるさ」
老人たちは更に、干し肉や乾パン、ドライフルーツ、チーズなどを進めてくる。それらはメレンの町で購入できるものよりもうまく感じた。パナシェもそう感じるのか、チーズを頬張りながら、アルクに笑顔を向けてくる。
「わあ、アルク。これ凄く美味しいよ。メレンの町で売ってるのかなあ」
「嬉しいことをいってくれるのう。パナシェ君、こいつはワシ等の自作の品じゃな」
「自作! すごいっ! ねぇ、アルク」
「うん、すごく美味しいです」
しっかりと味付けされた干し肉や、とろりと中がしっとりとしたドライフルーツは食べてて飽きが来ない。アイテムボックスがあるため、あまり保存食を食べてこなかったアルクだが、これらの食べ物の趣の深さに感動していた。
「ふふ、店で買うとどうしても自分の好みと外れたものがあるでな。今は冒険も道楽だから、ついでに酒のつまみに合うように改良したんじゃ」
「私たちも現役の頃は、食事など食べられればいいとばかりに功名ばかりを求めていましたからね」
「今思うともったいないことをしたもんだ。あの頃も充実はしていたが、余裕がなかったな。俺は今の冒険が一番楽しく感じるなあ」
しみじみと昔を懐かしむように語り合う老人たち。そんな中、モルトがアルクに話しかける。
「お前たちはそういえばここに何をしに来たんだ?」
「えっと、僕たちは依頼でムーンセレッソの花を取りに来たんです」
それを聞いたモルトはハッとした表情で目を見開く。そして何かを問いかけようとするが、口ごもり押し黙ってしまう。
「ほう、ムーンセレッソか。奇遇じゃの。そこのモルトもムーンセレッソ目当てでこの山に来とるんじゃ。まあ、ワシ等は違うがの」
「しかし、懐かしいのう。モルトたちに初めて会ったのもこの場所だったな」
「そうだねえ。あの時のモルトは泣き虫で、いつも泣きべそをかきながら連れまわされていたねえ」
老人たちはしんみりとした様子で黙々と手にした酒に口をつけた。その表情は幾分か寂しそうだ。
「昔のことですよ……。そう、昔の……」
モルトはただそう呟く。少しばかりの間、静寂が周囲を包み込む。ただ、たき火の中の木が爆ぜる音だけが響いていた。
「あぁ、しんみりするのは止めよう。今夜はお客さんもいることだしな」
「ああ、我らの楽しい冒険行を続けよう」
「そうさな。酒も話もまだ尽きんよ。ほら、まだまだ食いもんはあるぞ」
ウェインの声をきっかけに、再び活気を取り戻す老人たち。アルクとパナシェは老人たちの若かりし冒険譚を聞きながら、勧められた食べ物を思う存分に食べる。強かった魔獣や、世界に名だたる冒険者を直に見たこと、世界の様々な町の風俗などを老人たちはアルク達に語ってくれる。その話はアルクたちにとってどれも興味深く、いつのまにか聞き漏らすまいと真剣に身を乗り出し、話しを聞いていた。
アルクはその間に一度、モルトを見たが、ただたき火の篝火をじっと眺める姿からは何の感情も読み取ることは出来なかった。初めての野営の夜は、期せずしてとても賑やかに楽しく過ぎていった。




