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侯爵令嬢、甘いひとときを過ごす

(陛下って……こんなにかっこよかった……?)


 国で一、二を争うほどの美形とは知っていたが、今目の前にいるイザクは、寝起きで乱れた髪といい、シャツの下から覗く胸板といい、匂い立つような色気を放っていて……。


(元からこんなにかっこよかったのかしら……? それとも、私が急に意識しだしたの……?)


 どうしよう、とシエナは悶えた。イザクが男に見える。完全に恋愛対象の男に見えてしまった……!


 美形で、強くて、国王様で、人望があって、優しくて、守ってくれる。三拍子どころじゃない、四拍子も五拍子も揃ったイザクを男として意識してしまうと、胸のあたりが甘く苦しい。何だか空気が薄い気がする。今すぐ窓を開けるべきだとシエナは思った。


(ああ、私……守ってもらえて、陛下のこと、好きになってしまったのかもしれない……!)


「どうしたら……私、どうすればいいんですか、陛下……」


 感情をもてあまし、迷子の子供のような様子を見せるシエナにイザクは瞠目する。それから、シエナの乱れた髪を梳いてやり「どうもしなくていい」と囁いた。


「俺が側妃になれと言ったせいでお前が困惑していたのは分かっていた。急にあれこれどうしようという気は俺にはないから、ゆっくり考えてくれ。側妃になれと言ったのは、知っていてほしかったからなんだ、俺の気持ちをお前に。だから、答えを急いだりはしないから、俺から逃げるのだけは、やめてくれ。拒絶はしないでくれ」


「陛下……」


「襲われているお前を見て、心臓が凍るかと思った……。また俺の手から逃げて、知らないところでお前に何かあったらと思うと……」


 イザクはそこで言葉を切り、シエナを再び腕の中へと閉じ込める。


 シエナがイザクの厚い胸板へ凭れかかり耳をそばだてると、力強い心音が聞こえてきた。


(この心臓が凍るだなんて……)


 一見冷たそうに見えるイザクの体温が実は高いことをシエナは知っている。彼の体内に魔力が宿っているせいかもしれないが、その体温が、シエナを安心させてくれて先ほども離れがたかった。しかし、そんな心臓が凍ると思う程、自分を案じてくれたのだろう。


(この人は、本当に何のてらいもなく嬉しいことを言ってくれるから困るわ……)


 困ると言っても、決して嫌な気持ちではないのだ。嬉しくて、光栄で、でもその気持ちだけじゃ上手くいかないから困ってしまう。でも陛下は、どうもしなくていいと言った。今はまだ、流れに身を任せていてもいいのだと。


「大国の長ともあろう方が、甘いですよ……。お世継ぎの問題もあるでしょうに、私が妃になると頷くまで気長に待つおつもりですか?」


「ああ。世継ぎにはあまり興味がないし、それに、俺の代わりはいるしな」


 苦々しそうに言ったイザクに、シエナは噛みついた。


「代わりなんて……! 私を守ってくれると言ってくれたのは、陛下だけです。代わりなんていません」


「そうありたい。……シエナ、妃になる件、ゆっくり考えてくれるか?」


「……善処します」


 むず痒い気持ちになり、シエナは赤くなった耳へ髪をかけながら言った。


(このままの私でも、自分のことで精一杯の私でもいいと陛下が言ってくださったなら、そう思っているって知った今なら、もう私が陛下を拒む理由なんてないもの……)


「……驚いたな、自分で思った以上に舞い上がりそうだ」


「え? なんでですか?」


 口元に手を当て、涼しげな顔をほんのり赤らめたイザクを不思議に思いシエナは見つめた。


「……お前から前向きな返事がもらえたのは初めてだからな」


「……う……その節はすみません」


 初めてのプロポーズはこっぴどく断り、二回目は困惑で黙りこんでしまった。更にその後は気まずくて逃げ出してしまったことを思い出し、シエナはもう一度土下座した方がいいかもしれないと考えた。


(思えば拒絶されることを怖がっていた陛下がこんなに私が妃になるのを切望してくれている時点で、陛下は私に守られたいと思っているわけじゃないとどうして気付けなかったのかしら……)


 独りよがりを反省し額に手を当てていると、ふと視界が陰った。イザクが厳めしい表情でシエナの指先を見ている。イザクは元々迫力のある顔立ちをしているので、眉間にしわが寄ると一層威圧感が出て怖かった。


「陛下……?」


「その爪」


 イザクはシエナの包帯の巻かれた手をそっと握った。


「あ、爪がはがれてしまったみたいで――でも大丈夫です」


 イザクの眉間のしわがますます深くなったので、シエナは慌てて付け加えた。


「この爪の傷は、お前が俺の手のひらの傷用にくれたものと同じ薬で治るのか?」


「へ? ええ、おそらく。でも、この手じゃしばらくは薬を作れないですけど……」


「そうか」


 イザクは頷くと、以前シエナがイザクにやった薬を懐から取り出した。持ち歩いてくれていたのかとシエナが目をぱちくりさせている間に、イザクはシエナの指先の包帯を解いた。シエナがされるがままになっていると、すぐさま傷があらわになり、爪の半分がはがれた生々しい肉がのぞいた。


 傷を見ていると、指先に神経が集中し、じくじくと熱を持ってくる。イザクは薬の蓋を開けると人差し指で中身を掬い、ジェル状のそれをシエナの傷口へそっと塗りこんだ。


「いっ……う~~っ」


 シエナは焼けるような痛みに呻いたが、イザクは丁寧に薬を塗った。それからベッド脇の小机に置かれていた救急箱から包帯を取り出し、手際良く巻きつけていく。


 やけに手慣れているのが、右目の傷痕のせいなら悲しいとシエナは思った。


「陛下、陛下自らそんなことしていただかなくても……! その薬だって、陛下にさしあげたものなのに……」


「お前の薬のおかげで俺の傷はもう塞がったから大丈夫だ。それに……お前が怪我をする前に救えなかったんだ。せめて手当くらいさせろ」


「……私が怪我したのは、陛下のせいじゃないのに……」


 勝手にシエナが怪我をしたのだから、イザクが気に病むことなどない。しかしどうやらイザクはシエナをすぐ見つけられなかったことに責任を感じているらしかった。


 薬の浸透が早いのか、痛みは包帯を巻かれている間に波のように引いていった。しかし、痛みが引くと今度はくすぐったさが襲ってくる。イザクのことを意識しはじめたせいか、触れられるのが気恥ずかしい。


 シエナがそわそわし始めるとイザクにもそれが伝わったのか、彼は小首を傾げた。その際にさらりとイザクの目へ前髪がかかって、それだけでかっこよく、シエナの胸がざわついた。


「どうした?」


「いや、あの……な、んか……恥ずかしい、です……」


 シエナがまごつきながら言うと、イザクは真顔で押し黙る。機嫌を損ねたのかと思うと、イザクは口の端をふっと歪めて微笑んだ。


(う……わあ……! なに、なにその笑顔は卑怯でしょ……!)


 見るものを惚けさせてしまうほどの凄絶な笑みだ。余裕があって、少し意地悪で色っぽい笑み。艶やかな椿のように破壊力抜群の笑顔を見せられてシエナの心拍数が上がる。そうとは知ってか知らずか、イザクは機嫌よく言った。


「……恥ずかしいなんて、お前の口から聞けるとはな」


 シエナの中で確実にイザクへ向ける感情が変わりつつあることに気付いたのだろう。イザクは嬉しそうだった。それが狙っている女子を攻略し達成感充ち溢れる男のような笑みなら惹かれたりはしないのだが、イザクはあまりにも無邪気に微笑むので、シエナはふわふわもにゃもにゃした甘酸っぱい想いが胸に渦まいた。


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