侯爵令嬢、困惑する
「あ、の、えっと! 陛下、お花! 沢山贈っていただいてありがとうございました……!」
何とかこの綿菓子のように甘ったるい空気を霧散させようと、シエナは無理矢理話題を変えた。
「ああ、そういえば飾ってくれているんだな」
イザクはシエナの部屋を鮮やかに彩る花々を見ながら言った。
「ええ、花器以外にも押し花の栞にして薬学書に挟んだり、あとは」
シエナは服の胸元に手を入れ、樹脂でコーティングされた押し花のペンダントを取り出して見せた。
「アクセサリーにしてみました。これが侍女にも好評でして、いくつか作ってあげてみたりして。陛下、ありがとうございます」
「器用なもんだな。魔法薬の調合といい、お前は何でも出来るんだな」
「今生ではありとあらゆる知識を詰め込もうと思ってますからね」
感心した様子のイザクに、シエナは得意げに返す。イザクはベッドの端に腰かけ直すと、おもむろに言った。
「喜んでくれて何よりだ……実を言うと、お前に花を贈るのは少し怖かったから」
「え?」
「昔、母の気を引きたくて花を贈ったことがあってな。あの人も花が好きだったから」
「陛下のお母様……ですか」
(それって、王太后様のことよね。陛下を拒絶し、今は別の城に住んでいると噂の方……)
「王太后様は、そのお花をどうされたのですか?」
「ああ、喜んで受け取ってくれた。ように見えた。笑顔だった。笑顔のままー……俺が贈った花を、あの人は握りつぶした。けがらわしいと」
「そんな……」
シエナは口元を手で覆った。イザクは「シエナが落ち込むことじゃない」と言った。
「だから花にはあまりいい印象がなかったんだが、お前が俺の贈った花を大事に飾ってくれているのを知ったから、少し花を好きになれそうだ」
「……嬉しかったですよ、私は。陛下に花をいただけて」
シエナが前のめりになって言うと、イザクは口元を綻ばせた。
「そうやってお前はいつも俺を掬いあげてくれるな。心を閉ざしていても、自然と」
「陛下……」
「どれだけ感謝しているか、伝わればいいのにと思う」
「……それなら、そうおっしゃってくれるなら、これから伝えていってください」
シエナはイザクの服の裾を掴みながら、控えめに言った。
「……お互いのことを、もっと知っていきませんか」
もっと沢山会話を交わして、会って、交流を深めていけば、妃になることをストンと受け入れられる気がする。
半ば誘い文句のような物言いだっただろうかとシエナが上目遣いで反応を窺うと、イザクは優しい表情で「ああ」と頷いてくれた。
「そうだな、これからお前のことをもっと知っていきたいし、俺のことも知ってほしい。俺も極力お前の元を訪ねるし、お前も、いつでも俺の元へ訪ねてきてくれ」
その返答に、シエナも大輪の花が咲き綻ぶように微笑む。
……ああ、逃げる必要なんてなかったのだ。イザクは話が通じない相手ではないし、最初からこうやって膝を詰めて話しあえば良かった。シエナは心の靄が晴れて行くのを感じながら、そう思った。
それからというもの、イザクは時間を見つけてはお忍びでシエナの館へと通うようになった。シエナはシエナで王宮へ足を運び、たわいもない話をするようになった。
話の内容は多岐に渡り、薬学や魔法、剣術のこと、陛下が訪れた国での文化や制度に珍しい動植物のこと、異国の料理やシエナの前世での武将の話など。どれも色気にかける内容だったが、中々に楽しかった。
イザクは聞き上手であり、意外に話上手でもあったので、シエナは毎回新しい情報をくれるイザクの話を楽しみにしていた。特に一日中虹の消えない国や、永久に溶けない氷の城の話を聞いた時はワクワクが止まらなかった。
イザクがマスコミに何か圧力をかけたのか、シエナが襲われて以降、二人の関係がおおっぴらに記事に書かれることが減ったのも、シエナの気持ちを上向かせていた。
そのうちシエナの爪も生えて元の桜貝のような美しさに戻り、全てが順調に進みだしたと思った。何もかも円滑に、穏やかに進みだしたと。
けれど――――……。
「陛下が訪れないのは、どうしてなの……」
突然、イザクはシエナの前に姿を現さなくなってしまった。




