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犯人は叫ぶ

 午後十一時半。

 指定した学校のグラウンドに赴くと、彼は既に来ていました。あれ、そういえば今日は何日でしたっけ。

 七月に入ったことは確かなのですが、もう梅雨明けしたのでしょうか。空には田舎ほどではありませんが星が散らばり、月がその球体を暢気にぷかぷかと浮かせています。

 ――ユウキくんと屋上に行ったときと雰囲気が似てる、と僕は思いました。

 丁度いいです。

 どうせ今日、死ぬのですから。

「人を呼び出しといて感傷に浸ってんじゃねえよ」

 彼は僕がぼんやりしていることにイライラしたらしく、声を荒げて言いました。

「お前のせいでやるはずだった問題集ができなかったんだ。どうしてくれんだよ」

「そんなこと言ってる場合ではないでしょう、溝口さん」

 僕がそう言うと、溝口さんはカマキリ顔をくしゃくしゃに歪ませて僕を睨んできました。

「……どうして俺だとわかったんだ?」

「ほえ?」

「だから、どうして俺がゲームをばら撒いたとわかったんだと訊いているんだ!」

「あれ、電話でお話しませんでしたっけ。僕の名推理」

「自分で名推理だとか言ってんじゃねえよ。お前がほざいたのは俺がゲームをばら撒いたってことだけだ」

「ありゃりゃ、僕としたことが。いけませんね」

「その推理とやらを言うために、俺をここに呼び出したんじゃねえのかよ」

「ああ、そうでしたそうでした。ちょっとほかのことに気を取られて、今の僕、ちょっとまともじゃないんです」

「まともなやつなんかどこにもいねえよ」

「それもそうですね」

 ひゅるりと僕と溝口さんの間を弱い風が吹き抜けました。生暖かい不快な空気が僕と溝口さんを包み込みます。

「……話を戻す。どうして俺がゲームをばら撒いたとわかったんだ?」

「パソコンです」

「パソコン?」

「ええ、コンピュータールームのパソコンです。三日ほど前に溝口さんを別件で尾行してしまして、そのとき溝口さんは一度席を立ちましたね。その隙にあなたのPCの画面を見たのです」

「て、てめえっ、俺のPCを勝手にいじりやがったのか!」

「ほとんどいじってませんよ。ちょこっと見ただけです。だってウインドウが最小化の状態だったんですから。ゲームの開発画面が、です」

「だからなんだってんだよ。ゲーム作りは俺の趣味だ。それとゲームばら撒きとどう関係があるってんだ?」

「大いに関係ありますね。開発中のゲームの、その前の作品を、僕は一度プレイしているのですよ」

「何!? そんな馬鹿な……。この学校の人間がどうして――」

「正確には工藤さんがプレイしていたのを、僕がちょこっとやらせてもらっただけなのですが」

「工藤!?」

「ええ、工藤さんです。けちんぼで卑しい工藤さんは、ゲームばら撒き犯がばら撒いたゲームを狙って小学校に侵入し、ゲームをかっさらったのです。本人は少しの間借りた、とぬかしていますがね」

「あのクソ野郎……そんなことしてたのか……」

「工藤さんがプレイしていたゲームと、溝口さんのパソコンの開発画面に映っていたニャンニャンワールドのおにゃの子が同じだったもので。続編にも同じおにゃの子が登場するのですね」

「…………」

「開発元なら大量にコピーしてばら撒くのも容易いことでしょう」

「…………うるせぇ」

 溝口さんは俯いて、唾をペッと吐き出しました。「くそったれ……」

「どうしてそんなことをしたのですか?」

「……下の世代がバカになればいいと思って」

「バカ?」

「ああ、そうすれば万が一受験に失敗しても、下の世代がバカならレベルが下がって俺が合格する確率も上がるだろ」

「不合格になる予定なのですか?」

「……お前にはわかんねえだろ。つかささんのように優秀な従兄弟がいることのプレッシャーが」

「司さん? ああ、神田さんのことですね。城門さんからお話は窺ってますよ。お父様によく神田さんと比較されているだとか」

「弥生姉のやつ……こんなチビにくだらねえこと言いやがって!」

 溝口さんにチビと言われたくはありませんね。非常に不愉快です。でもここで抗議すると話は止まってしまいますし、もうこの後すぐに僕は死ぬですから、どうでもいいです。

 ただ、やり残したことがないようにしなければ。

 できれば最後に名探偵みたいに犯人を追い詰めて、それで死のうじゃないですか。

 今まさに僕は名探偵の如く犯人の溝口さんを追い詰めております。事件がしょぼいのがちょっと残念ではありますが、僕のしょぼさを考えれば吊り合っているかなと、思わなくもないです。

「城門さんに当たってはいけません。幼馴染だなんて、そんな心躍る間柄のお方がいるだなんて、溝口さんは主人公になる資質が十分にありますよ」

「そんなのはゲームだけだ。現実はただうぜーだけなんだよ。くそっ、気楽なお前見てるとイライラするぜ。俺はな、両親からずっと司さんみたいになれって言われ続けてきたんだ。高校はどうにか司さんと同じところに入れた。司さんが部活優先であんまりレベル高くないとこ選んだのだが幸いしただけだがな」

「なるほど。僕がこの学校に入れたぐらいですしね」

「だが大学受験はそうもいかない。司さんが受ける大学名を聞いたときは言葉が出なかった」

「ちなみにどこの大学なのですか?」

 溝口さんは都内の某国立大学の名をあげました。僕もその学校のお名前ぐらいなら存じ上げていますが、一生どころか来世にも縁がないと思っているほどのおつむの良い学校です。

「高校生全部がバカになればいい、そう思ってそこいらの高校に自作のエロゲーをばら撒いた。最初は高校だけだったが、次第に全ての人間がバカになればいいと思って下の世代にまで手を伸ばし、最後は子供がいるところならところ構わずばら撒いたんだ……」

 溝口さんはぼそぼそと恐ろしく聞き取りにくい声で喋っています。その様子は、悪いことをして親に叱られ言い訳をする子供のようです。

「俺は……勉強なんかしたくない。ゲーム作りが一番好きなんだ……。進路だって大学なんかじゃなくて本当は専門学校に行きてえんだよ……」

「行けばいいじゃないですか」

「行けるわけねえだろ! 親父がそんなこと許すか!」

 溝口さんは顔を上げ、怒鳴りました。まるで真夏の日差しを浴びて汗をかいたかのように、彼の頬は水滴で濡れていました。

「司さんと比べられるたびに、死にたくなる……」

「いっそ死んでみては?」

「バカか。死ねるわけないだろう」

「いいえ、死ねますよ。死のうと思えば。ただ思わないだけです」

「思わないんじゃなくて、思えないんだ。死にたいとは思っても、死のうとは思えないんだよ。てめえだってそうだろう?」

「僕は思えますよ。今だって思ってます」

 溝口さんは涙と鼻水で濡れた唇を変な形に吊り上げて、無理やり笑い顔を作りました。

 ふと、城門さんの言葉を思い出しました。

『自信過剰で勝気な性格だったけど、それは今考えると、そうしないではいられなかったんだろうな』と仰っていたのを。

 ここまで追い詰められてなお、溝口さんはその性格を崩そうとしません。これも強さなのでしょうか。僕にはちょっとわかりませんし、わかる必要もありません。

 溝口さんはどうだか知りませんが、僕はどうせもう――もう間もなく、死ぬのですから。 

「ふん、じゃあ死んでみろよ。プールで溺死でもいいし、屋上から飛び降りでもいいぜ」

「わかりました。そのつもりで僕はここに来たわけですしね」

 僕は溝口さんの横を通り過ぎて、校舎に向かいました。

「どうせ死ねねえよ!」

 溝口さんの罵声が風で流されていきました。

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