第八十三話 儀式の目的
鏡を通り抜けると同時に変身解除。
ふふふ、これで白装束の連中にバレることもないでしょ。
遅刻したとき、こっそり学校に入ったのを思い出すわね。
一応、生徒会長だったし、優等生だったし、ドキドキしたなぁ~。
マリはひたすら楽しそうだったけど。
「ずいぶん余裕そうですねえ、ニトクリスの鏡に取り込まれたって
聞いたから急いで来たのに」
「うげっ、もう来てたの?」
白装束はいなかったけどミッドナイトブルー装束はいた。
ノエルが腕組んで威圧的な視線を私に向けてる。
こ、これは変身したことを咎めてるのかな?
でもなんで? 異界での変身なら問題ないでしょ。
「大規模な爆発があったと報告がありましたからね。
あなたが地下に入ったころには、私もこちらに向かってました」
「そうなんだ。素直にあんたを待ってればよかったかな。
上の連中は? それなりに高位の魔術師がいたでしょ?」
「あんなのオーロラとフィニクスがいれば問題ありません。
さっさと終わらせてこっちに来てみれば……
あなたという人は、まったく。これではこの鏡はもう向こうと
繋がることはないでしょうね」
「もしかして、向こう側が見えてた?」
「この上なく鮮明に。私が地下を封鎖してなかったら
大変なことになってましたね。反省してください」
「えへへ、ゴメン。そんでナイス判断。ミカは? 無事だった?」
「ええ、生存者も保護しました。ミカなんて泣いてたんですよ?
あなたを助けてくれって。まさかあなたにドリルがあるとは知らずにね。
反省してください」
「重ね重ね、申し訳ない」
ミカの名前が出たらノエルが柔らかくなったな。
かわいい弟子の安全を優先させたから、感謝してくれてる?
「……にしても、生存者は保護したんだよね?」
「もちろんです。セシリアさんでも治療は難しいでしょうが、
私が到着した時点ではまだ息はありました」
減っている椅子は一つだけ。
かなり衰弱していたから、椅子から解放するのにも
広い場所と時間が必要になるだろう。
あとの五人はそのまま残されてる。
つまり、この五人は死亡。
「……ノエルはこの儀式が何かわかる?」
「生贄にしては捧げる対象が見当たりませんね。
猫に食べさせるというのも、あまり聞いたことはありません。
拷問、処刑の可能性は?」
「捧げる対象が猫そのものだとしたら?」
ノエルは持っていたスタッフでこつこつと床を叩く。
考えるときの癖っぽい。
まあ、この間話したばかりだし、すぐ気づくよね。
「ブバスティス……バステト神?」
「そう。鏡に囚われる前に、何か引っかかってたんだ。
向こうで音速戦闘してるときに頭の中、一回空っぽになって、
戻ってきたら整理されてた」
「音速……どうゆうこと? 何の話?」
「どうやって邪神に堕としたか、その答えがこれだと思う」
「確かにバステト神は人肉食らいの猫頭の女神とされました。
しかしもとは豊穣神ですよ? 猫に人を食べさせるというだけで、
そこまで人の信仰が変わりますか?」
「女は夜に満足させれば猫になり、満足させねば獅子になる」
「……なんだかやらしいですね。ムーアはすぐそうやって
なんでも性的なメタファーにしたがりますよね」
「やらしくないわ! 格言じゃい。いやまあ、そういう意味もあるよ?
けど思い出して、バステト神はもともと獅子頭の女神なのよ」
唐突にノエルが真面目な顔して五人の遺体を調べ始めた。
察しがよくて助かる。
調べてるのは目。当然、そこだよね。
「バステト神の右目は太陽神の荒ぶる力でしたよね?
では左目はなんです?」
「再生の力」
「遺体は全て左目がくり抜かれてます。傷口はみな同じ、
スプーンのような道具で綺麗に取り除かれてますね」
「あ、そういう細かいとこは言わなくてもいいのよ?」
「そうですか? 大事なことだと思うのですが……」
「知識欲の怪物め……。まあ、そういうことだから、儀式の
目的が見えてこない?」
「満足した猫……もちろん儀式的な意味合いですが。バステト神の
化身となった猫から再生の力を集めた」
「そして持ち去った。
ブラックハンズの目的はネフレン=カの復活だったよね?」
「なるほど、繋がりはしましたね」
だからってハイタッチって空気にはならないけどね。
とりあえずの結論を得て、ひとまず部屋の外へ。
鏡は枠以外は炭化しちゃって力を失っているようなので、
回収は後回しで。
「いや、部屋の外に出るだけでも呼吸が楽だね……って向こうの
通路、崩落してるんだけど? 何があったの?」
「ああ、相手の魔術師が中途半端な爆破術式を使用したので、本物を見せて
やりました。私の圧勝です」
「圧勝です(キリっ)じゃねえよ。いちいち張り合わないでよね。
こっちの部屋まで崩落してたら儀式の証拠もご遺体も
全部潰れてたでしょうが。
あの鏡が壊れてたら私も帰ってこれなかったかも──」
「加減はしました。それに、あの姿のあなたがそんなことで排除できるなら
私も悩まずに済んでましたよ」
「悩んだ? 私の排除を? 鬼か?」
「当然でしょう。危険極まりない力です。それをあんなに簡単に……」
ノエルが急に黙って私をじっと見つめてる。
くりっとしてて綺麗な目なんだよなあ、この子。
まずは美少女と言ってよい。
「……なに? そんな見ても何も出ないよ」
いきなり肩をつかまれ、首筋に噛みつくみたいに匂いを嗅いできた。
まずは変態と言ってよい。
「やめてよ! アレポだってもうちょっと遠慮があるよ」
「魔力の匂い、変わってますね」
「だからっていきなり嗅ぐな。やることが極端なのよ、ノエルは。
そんなだから協会でも浮いて……匂いが変わってる⁉ ありえない。
あなたみたいに二種類の魔力があるならともかく」
「あなたの場合は、ドリルのときの常軌を逸した魔力が漏れ出てる、
その匂いが濃くなっています」
「常軌を逸したって……まあ逸してるか。
う~ん、自分で感じる魔力の流れは普段通りだけど。
鏡の中にいたことが何か関係してるのかな」
「というよりは……」
今度はおもむろに身体に触ってこようとしたから、
さすがにノエルの手をはたき落としたよ。
舌打ちするな。面倒そうな顔するな。バカを見る目で私を見るな。
「少しだけです。肌に触ればわかると思うので」
「私にはあんたがムーサ技芸員に見えてきたよ」
ノエルがすごい笑ってる。すごいウケてる。どこか面白かった?
女子同士の何やっても許される空気感、出してるけど。
触らせないよ?
「まったく、わからない人ですね。結界ですよ、結界。あなたの身体を
被膜のように覆う結界が張ってあるんです」
「バカ言わないでよ、そんな結界いったい誰が……」
あ、先生か。
私に黙って魔力感知を妨げる結界を張ってくれてたんだ。
なんっだよもー……
逃げてきたのに……二度と会わないって言ったのに……
先生らしいことしないでよ。
「どうやら心当たりがあるようですね。術式さえ見当たらない、完全に
あなたと一体化する結界。すさまじく高度な魔術です。
導師であってもできる人とできない人がいるでしょう」
「そ、そんななの? ぜんぜん実感がないけど」
「あなたにとっては皮膚と変わりません。変身したとき、あの魔力の
放埓な拡散を抑え込むのが役割です。
綻びがなければ、私も気づかなかったと思います……
気づくのにもう少し時間がかかったと思います」
「なんで言い直した……そのプライドはなんなの?
ていうか綻び? もう効果がないの?」
「かなり傷んでいる状態ですね。その芸術品をよくもそんな……
まあいいです、変身を隠してくれるのもあと一度、
それも数十秒といったところでしょう」
死ぬほどかっこわるい。
白装束が来なかったのは単なる偶然だって思い込んで、
先生の助力を想像さえしなかった。
ありがとう先生……
この結界が消えてしまわないように努力します。
あなたのもとに戻るつもりは決してないけれど。
読んでいただき、ありがとうございます。
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