第八話 ピンチは殴って解決デス
この世界では火薬はまだ一般的ではない。
あるにはあるんだけど製造に手間がかかり、
魔術に比べて扱いにくいという評価。
そんなふうに魔術が発達してる反面、
そのせいで進歩が妨げられてるものも結構あるんだよね。
なので私みたいに魔術的に火薬をこねまわしてる
魔術師なんてそうそういない。
火薬を枯葉で包み、土に埋めて時間をかけて土元素と融合させ、
それを水に浸し、再び土に戻すことで可塑性を……
プラスチック爆弾だよ、プラスチック爆弾。
しーふぉー。
魔法少女時代、米軍特殊部隊と共同作戦なんてのもあったから
実際に使ってるの見たことあるんだ。
明確なイメージがあるって魔術ではすごい大事。
現代社会の技術に近づけようとするだけで、
先生には革新的って褒められたな。
逆に魔術師として致命的な弱点になることもあるんだけど……
「こいつを矢に付けるとなると飛距離、速度、ともにだいぶ落ちるな。
確実に当てるなら近距離で、動きも止めたい」
「そっか……でもこれ以上は減らせないしなあ」
クロスボウの矢にしーふぉーをくっつけ、
試しに狙いを定めてみてもらってる。
そんなに重くはないんだけど、だいぶ感覚が狂うみたい。
「当てられたとして、起爆はどうするんだ?」
「矢に起爆符を巻くの。それで矢がアンテナになって
私の魔力で離れたところから起爆できる。
もとが黒色火薬だから、本物ほど威力はないけど」
「よくわからんが……凄そうだ。
攻撃魔法、ちゃんと持ってるじゃないか」
「その量で軽く一カ月はかかるのを攻撃魔法って言えるならね。
三級以上なら杖の一振りでもっとすごい爆発をやってのける」
「四級と違いすぎないか?」
「四級と三級じゃ子犬と熊ぐらい違うよ。
明かりは私が持つ。囮になるからそこを狙って」
「危険すぎる。俺に向かってきたところを撃てばいい。
獲物と俺。シンプルだ」
「知能があるって言ったでしょ。
視界の外から撃たないと避けられる。
一発しかないんだから、いちばん確実な方法を取るべきよ。違う?」
見るからに怯んでるなあ。
そういうの失礼だよ?
私を侮ってるってことだから。
「……なんというか、やると決めたときの覚悟がすごいな。
魔術師ってのはみんなそうなのか?」
「クルスはやるときはやるおんなだ。
かつてオトがピンチにおちいったとき、ドリ──」
「オト~、匂いの方向、わかったかなぁ~?」
「ひぃっ、ゼップ、たすけて」
ゼップさん、戸惑ってはいるけど嫌がってはいないな。
もう認識阻害は解除してる。
多少ぎこちなくはあるけど、ちゃんとオトを子供として見てくれてる。
「ありがと」
ランタンを受け取るときに、
彼の足にくっついてるオトを見ながら礼を言う。
「礼を言われるようなことはしてない。
それよりこいつ、噛まないだろうな?」
「噛むよ?」
慌てるゼップさんを見てオトと二人で笑って、
こういうのいいなって思う。
オトのことを気軽に冗談にするの、誰とでもそんなふうにできたらな……
「しかし本当に、異界の蜘蛛のほうに行けばルネスがいるのか?」
「そうじゃなかったら私の推測はハズレ。
そのときは迷わず逃げる。蜘蛛の集団に遭遇したら終わりだよ」
「クルス、あっちからくさいにおい」
「匂いはひどい? いっぱいいそう?」
「ううん、いっぱいはいない。でもヘンなにおい。
あっちとこっちがまじってる」
「えらいよ、オト。これは当たりかな」
「止まれ。何か引きずった跡がある」
ゼップさんの指示に従って全員停止。
屈んで地面を確認してみたけど……
そんな跡あります?
ランタンの明かりだけじゃさっぱりわからん。
狩人のトレッキング能力たかっ。
「暴れた形跡はないな。
意識がないか、それとももう……」
「今はルネス君のことだけを考えて。
連れていかれた男性を助ける余裕まではないから」
「見捨てろと?」
「たとえ生きていても」
ゼップさんは彼にしかわからない痕跡に手を置き、
謝罪するように首を垂れる。
そして彼が小さく口にした名前。
連れ去られた男性の名前が、夜が聞き耳をたてていたみたいに、
森の向こうから大きくなって返ってくる。
「モーレさん、しっかりして、モーレさん!
くそっ、放せ、モーレさんを放せよ」
音の方向がわからない。
どっちを向いても音が回り込んできて常に別の方向から聞こえる。
走り出そうとするゼップさんに体当たりして動きを止めた。
じゃないと止まらないよ、この体重差。
「ゼップさんは姿を見せないで。
私が行く。方向だけ教えて。オト、ゼップさんと一緒にいるんだよ」
「らじゃ。クルス、がんばっても、がんばりすぎるな?」
不安そうなオトのほっぺに頬をぎゅっと押し付け、
ゼップさんのほうに行かせた。
「奴を光の中に入れろ。動きが直線になった瞬間を狙う。
俺の目は鳥が飛び立つ瞬間も捉えるんだ、信じろ」
「あなたを信じる以外にどうしろっての」
ゼップさんに言われた方向に走り、注意をひくために大声も出す。
異界の蜘蛛の聴覚が優れているという記述はないが、
ゼップさんの気配をできるだけ隠したい。
集中して。
足が滑る。
注意を受けていなかったら危なかったな。
過去の土砂崩れで急な斜面がある。
滑落して木や石などにぶつかれば大けがだ。
たぶんルネス君は、それで動けない。
「ルネス君、そこを動かないで。
犬の名前を呼ぶの。残ってる記憶を刺激して」
おかしい。
ルネス君と倒れてるモーレさんは見えた。
でも近くにいるはずの蜘蛛が見えない。
聞こえるのに。
土と一緒に下生えが跳ね上げられる音。
甲殻が擦り合わさる音。
しゅうしゅうと蛇が威嚇するみたいな音が。
「な……んで見えないんだよ」
焦ってランタンを振り回して余計に何も見えなくしちゃってる。
そして気づく。
光が消える瞬間があることに。
その方向に向けたときだけ、
光が吸い込まれるみたいに影が生まれた。
影が近い。風圧が顔に当たってる。
想定していたのよりずっと接近されてる。
あれ?
これ失敗じゃね?
「ステイ!」
ゼップさんの声にビクッてなった。
同時に私の前で地面を滑るみたいな音。
急停止だ。
影にランタンを向けるのをやめると……
「やっぱり変異か」
闇の中に浮かび上がる猟犬のようなフォルム。
前足と胴体の一部はまだ犬のままで、
甲殻に覆われた四本の足が蜘蛛になった下半身を支えてる。
犬の頭の口が首元まで裂け、
鉤状の牙が私の喉元を狙って突き出す。
片方の目と震える二本の前足。
それだけの部分で必死に命令を守ってる。
牙の先から垂れる液体が地面に落ちると、
落ち葉が溶けて硫黄のような匂いがした。
撫でてあげたかったよ。
がんばってる犬の頭。
犬と蜘蛛の胴体の接合部に斧で付けられた傷があって、
ほのかに青白く光る血が零れてた。
放たれた矢は正確に傷に吸い込まれ、犬が甲高い声で鳴き、
真横に転がる。
起爆は一瞬だ。
魔力を電波みたいに放射するだけ。
起爆符に私の魔力が流れれば勝手に爆発する。
……するんだけどなぁ。
肩から生えかけの触手が起爆符を巻いたシャフトを切り飛ばしてる。
魔力を感知してる?
「あったまいいな、蜘蛛のくせに」
けど舐めんな。
プランBは常に用意してある。
腰に下げたハンマーを手に取り、横倒しになった蜘蛛に飛び掛かる。
結局はさあ、最後はいつだって同じなんだよ。
このくらいはさんざんやってきた。
魔法少女はねぇ……
ピンチは殴って解決デス♡
「ゴメンね」
舌を出して喘ぐ犬の、ステイの命令をこなして
褒められ待ちの目に、それしか言えなかった。
先端に紙雷管を張り付けたハンマーで
矢にくっつけたしーふぉーをぶっ叩く。
もちろん抗魔符は新しく仕込んでる。
でももとが黒色火薬だからね。
抗魔符がどれだけ防いでくれるかは未知数。
あ~あ、
せめて指は全部、残ってますように。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
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