第七話 異界の蜘蛛
夜の森ってホント怖い。
真っ暗で頭ぶつけるまで飛び出た枝も見えない。
ランタンの明かりだけを頼りにどんどん進んでく
ゼップさんに付いていくのがやっと。
鳥か動物が動く音がすると腰が引けちゃって、
オトに手を引いてもらう始末。
「クルス、ヘタレ」
「困ったお母さんだな」
「クルス、おかあさんじゃないよ?」
「そうなのか? よく似てるけどな」
認識阻害のせいです。
親子だと思い込むとそっくりに見える。
「でも、おかあさんよりすきだ」
「そりゃあ相当だな」
「うん、そーとー。
ゼップはどう? クルスすき?」
「ゼップさん、だよオト」
んでゼップさん、ちらっと私を見ないで。
二十四で独身ってこっちでは結構アレなの、わかってるから。
「……まあ、好きだ」
気を遣わせてしまった。
オトにつき合わせてるだけでも心苦しいのに。
「私たちはどこへ向かってるんですか?」
「狩りに使う狩猟小屋だ。
ルネスが無事なら避難してるはずだ」
「そもそもルネス君はどうして森に?」
「犬だ」
「イヌ?」
「ワンコかわいい。たべちゃいたいくらい」
「お、おおおオトも食べちゃいたいくらいかわいいよー。
そういうたとえだよね? えへへ」
「かわいいだけじゃない。犬は大事な狩りの相棒なんだ。
その犬が、まず最初にいなくなった」
「赤い月の夜?」
「その後だ。赤い月の夜の前後には穢れた獣もよく出る。
襲われたんだと思ったよ。一緒にいたルネスは責任を感じていた」
「それで探しに?」
「いや、俺が行かせなかった。
危険なことはさせたくなかったんだが……
いま思えば、もう少し言い方があったかもな」
オトが私の手をぎゅっと握ってくる。
怒られたときのことを思いだしちゃった?
「どしたん? オトはいい子だよ」
「……クルス、おこるとこわい」
「はは、そうか、怖いか。
でもな、好きだから怒るのは嫌いだから怒るのより怖いんだぞ」
「そんなバカな……! クルスはオトをすきすぎる」
ゼップさん、笑いを堪えるのが苦しそう。
「ほらほらオト、匂いに集中。臭い匂い、しない?」
「あんまし」
「信用できるのか、それ。確かにひどい匂いだったが、
あの体液を見るまでまったく感じなかったぞ」
「この子は異界の風に敏感です。
あのときも最初から臭いって言ってました」
「異界の風……ね。
まあ魔術師の言うことだ。そういうことなんだろう」
「こや、みつけたー」
「危ないから走らないで。
手を離さないで、いやマジで戻って、お願い、歩けない」
「オトは夜目も効くのか。狩人になれるぞ」
「人の気配はしませんね」
「一応、中を確認してくる。あんたは火をおこしてくれないか。
異界の生物ってのは火を嫌うんだろ?」
「結界ほどの効果はありません。
オトの鼻が頼りです、油断しないで」
狩猟小屋の前には薪が積んである。
細い枝もストックしてあって、使いやすい。
石で囲ったサークルの中で火をおこし、
持ってきた道具を並べてるうちにゼップさんが戻ってきた。
「誰もいないな。立ち寄った形跡もない」
「ここで待ちますか?」
ゼップさんは森の暗闇に目を凝らす。
弓と矢筒、装填済みのクロスボウを肩にかけ、
少し長めの鉈で武装してる。
戦うことは視野に入れないで欲しいなあ。
「あんたの見立てを聞かせてくれ、魔術師」
「ここで朝まで待機。日が昇って異界の影響が弱まったら、
応援を呼んで捜索するのが最善です」
「探知とかできないのか?」
「生命探知はできますが、森は生命が多すぎる。
特定は不可能です」
クソって言ってるけど、声は出さなかった。
オトのこと、すっごい気にかけてくれてる。
子供を守るっていう意識が高いんだ。
それだけに今の状況は、絶対つらい。
「相手はおそらく異界の蜘蛛です。
巨大な巣を作り、集団で狩りをする習性がある。
暗闇を好み、エサは巣に持ち帰って保存する。
襲われた男性が連れていかれたなら、巣があると考えるべきでしょう」
「一体ならどうだ? この装備でやれるか?」
「力は人よりはるかに強く、非常に俊敏。
硬い甲殻に覆われていて、刃が通りません。
知能も高く、道具を使ったという記録もあります」
「最悪じゃないか。
そんなのが巣を作ったら俺たちの村は全滅だ」
「わかってもらえましたか。対処には高位の魔術師が必要です。
私程度では話にもなりませんよ」
ゼップさんが焚火の前に座り込む。
火の揺らめきのせいか、すごく顔のしわが深く見えるな。
あれ? そういやオトは……
なんか小屋の周りちょろちょろして遊んでる。
遠くへ行かないならいっか。
「……ちょっと待てよ、おかしくないか。
刃も通さないって言ったよな?
でもあの体液はなんだ? 血じゃないのか?」
「それは……私も不思議に思ってました。
甲殻の隙間に偶然入ったにしては、量が多い」
「手負いだ。巣に戻るか、どこかでじっとしてる。
オトがいれば接近にも気づける。
ルネスを探しに行きたい、手伝ってくれ」
「ルネス君がここに来ていないのはむやみに動かず、
隠れているからです。比較的安全と言えるでしょう。
それがわかっただけでもここに来た価値はありますよ」
「なぜ言わない?」
「なにを?」
「もう手遅れかもしれないんだろ」
「……そう言えば納得するんですか?」
するわけない。
怒るだけだ。
怒鳴られるかと思って身構えたけど、
ゼップさんは私の後ろに目を向けてる。
蜘蛛が来たのかと思って慌てて振り返るとオトのお尻。
地面に頭つけて、興奮した猫みたいにお尻をふりふりしてる。
あ、ヤバい、これって……
「こら、オト、ダメ! 口に入れたらダメ!
ペーしなさい、ぺー」
あああああ、
口からちょっとヘビの尻尾出てる~
なんでこの子は……
ちゅるんって飲み込むな。
「なんだそいつは⁉ 人間じゃないのか」
こっちもヤバい。
驚いて認識阻害が効果を失った。
オトの奇妙な髪色や象牙みたいな肌。
人間離れした外見がたぶんそのまま見えてる。
だからっていきなりクロスボウ構える?
「待って、この子は違うの。魔女じゃない。
外形呪詛……見た目だけなの、呪われてるのは」
「人の子はヘビを丸呑みしたりしない」
「そっ……うだけど、危険はない。
魔力はないし、人を傷つけたこともない」
「お前らなんだろう、
その異界の蜘蛛ってのを連れてきたのは」
「違う」
「どけっ、お前も撃つぞ」
オトがいきなり私の前に出てきて腕を大きく広げた。
私を庇ってる?
カバー率四割くらいだけど。
「ちょっ、あんたなにやってんの。
下がってなさい、危ないでしょ」
「クルスがあぶないの! オトがまもるの!」
困ったな。
オトがちょくちょく私の涙腺ぶっ壊しにくる。
そんな場合じゃないんだって。
私は上からオトに覆いかぶさり、
暴れるのを押さえながらゼップさんに懇願した。
「ゼップさん、今までこの子を見ててどう思った?
普通の子だったでしょ? ルネス君とどこか違った?」
「魔女は殺せと教わった」
「そうやって大勢の子供が殺されたのよ。
オトと同じ、見た目だけの魔女が」
自分の言葉で頭をハンマーで殴られたような気がした。
……見た目だけ?
押さえてる力が緩んでオトが飛び出す。
ゼップさんに突進して焚火に突っ込みそうだったから襟首つかんだ。
「見た目だけ……中身は別物……
そうだよ、ゼップさん。
もしかしたら蜘蛛は一匹しかいないのかもしれない」
「今さらそんなことを信じるとでも?」
「信じる価値はあるよ。
……うがー、じゃないオト、大人しくしなさい。
私たちのことを黙っててくれたら……
いいよ、今からルネス君を探しに行こう」
構えてたクロスボウが下を向いたね。
冷静になってしまえばゼップさんは私やオトを
撃つなんてできないってわかってる。
「なぜ一匹しかいないと言える?」
「私の推測が正しければ消えた犬、手斧での負傷、
連れ去られた男性……全部が繋がるからだよ」
さすが狩人。決断が早い。
迷ってたら獲物に逃げられちゃうものね。
うなずいたゼップさんに私は不敵な笑みを返しておく。
全てが私の手のひらの上、的なやつ。
でも本当は当たってる確率は半々ってとこ。
それにもし私の推測通りだったとして、そのときは……
事態はより深刻ってことなんだよね。
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